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漱石の羊羹、となりの官能小説で万馬券するハンガリアン

2007年10月22日 | アフター・アワーズ
 最近、読書があまり進まなくなった。そんな折、江戸東京博物館で開催されている「文豪・夏目漱石」展に行った。作品の直筆原稿、蔵書、手紙、文具、さらに漱石自身による書画など、膨大な本物の展示は圧巻だが、絵画鑑賞と違い、ほとんどが原稿なので、字をよむだけというのが、どうも欲求不満になってしまう。まあ、これだけの遺品を保管管理していた東北大学に漱石ファンは感謝しなくてはならないが、面白かったのは、作品の出版にあたって、漱石は本の装丁にことのほか熱心だったことで、アールヌーヴォー調の挿絵や装飾がすばらしく、当時としては画期的で、豪華であったことがうかがえたのだった。

 できれば、美術に対する卓越した批評眼をもっていた漱石が愛した絵画、たとえば『草枕』に出てくるミレーのオフィーリアなど、こうした絵画が展示されなかったのが残念だ。そういえば、『草枕』は原稿がなかった。朝日新聞社入社以前の作品だから仕方ないか。

 それにしても、展覧会の記念グッズコーナーでは、定番の絵葉書、Tシャツなどに加え、漱石が好んだ羊羹(東北大学の地元仙台の老舗「白松がモナカ本舗」が製作)、ピーナッツ、さらには漱石の髭を模したプロピア製の「付け髭」までが売っていた。こういう洒落も楽しい『漱石』展でありました。

 そんなわけで、少し読書欲が回復してきてベストセラーも目を通しておこうかと関根眞一著『となりのクレーマー・苦情を言う人との交渉術』(中公新書)、永田守弘著『官能小説の奥義』(集英社新書)を買い、タイトルに魅かれて岳真也著『文久元年の万馬券』(祥伝社)も読んだ。

 タイトルで読ませる新書が書店をにぎわせているが、『となりの~』は、象徴的な体験談を通じて、クレーマー対応術を指南しようというハウツーもの。こればっかりは、業種によってケースがさまざまなので、体験してみないと分からないし、経験こそが教科書になるんじゃないかと。クレーマーは男に多いとか、高齢になるほど悪質になるとか、そんなこの本の指摘に誰もがクレーマーになり得る社会になっていることの要因があるように思われるのだが、サービス過剰社会は確実にクレーマーを育てる。サービスという付加価値は厄介なのだ。僕も、電器量販店のあまりの対応の悪さに、お客様相談室にメールしたことがあるくらいだし、飲食店で苦情をいうのは、たいがい妻ではなく男の僕なのだが、受ける側は誰もがサービスを受けて当然という態度、する側は精一杯サービスしていますという態度、いずれもゆがんでいることは確かだ。そして、よいサービスに金がかかるのも困ったものだ。

『官能小説~』は、官能小説を万冊も読んだという著者が、事例をふんだんに盛り込みながら本邦の官能小説の構成、ストーリー展開、表現などをこと細かに分類し、分析した労作といいたいところだが、まあ、官能小説のさわりをダイジェストで、腹いっぱい楽しめるお得な1冊というところ。

 岳真也著『文久元年の万馬券』は、『万延元年のフットボール』をもじったと思しきタイトルだが、幕末に横浜の外国人居留地で始まったわが国における競馬の始まりを題材にして、馬のあしらいに長けた福島三春出身の若い武士が、維新の動乱に巻き込まれながらも、馬を通して外国人との交流の中で成長しいく姿を描いたBildungsromanといってもよい小説だ。靖国神社が招魂社といわれていた頃、境内で競馬が催されたという話は、靖国神社の歴史を紐解くと出てくるのだが、この話はさらに遡って維新の10年くらい前、文久の話で始まる。競馬好きは、競馬が横浜の根岸で始まったということくらいは知っているのだが、この小説に書かれてある幕府の閣僚が、競馬場建設に熱心であったことなどは、意外や意外だった。そんなわけで、競馬ファンにはおすすめの1冊ではある。

 さて、秋の夜長に似合うミュージックは、と。澤野工房が送り出すハンガリーのピアニスト、ロバート・ラカトシュ・トリオ「Never Let Me Go」がなかなかいい。クリアでカッチリした録音、もう少しバラードではタッチが柔らかくもいいかなと思いつつも、1曲目「All or Nothing at All」、そして「My Favorite Things」、さらに「Estate」と佳曲ぞろいで楽しめる。でも、ヨーロッパ系のピアニストは、どこかやっぱりエヴァンスが顔を出すんだよなー。
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