硝子戸の中でのひとりごと

日常の中のいろいろを
nyamisenjyuで
お送りします……

タイトルは漱石より拝借☆

GW明け愛媛旅3日目

2022-06-21 21:02:58 | ほか国内遠出
愛媛旅3日目は大洲方面へ。

まずは、須崎海岸のほうへ向かいます。
残念ながら、以前の台風の影響で地層の見える海岸へ向かう道は通行止め。
でも、須崎鼻にある須崎観音へは行くことができました。
……須崎鼻って標高90mもあるんだね。
確かにだいぶ高いところだったとは思う。


駐車場で車を降りて歩きます。
こちらが須崎観音。


鐘楼もありました。
わりと洋風。


ちょっと曇り気味なのが残念だけど、なかなかの景色。


鯨みたいで可愛い島があったのでパチリ。
巴理島(びりしま)と言うそうです。


さて、ここから大洲へ。
途中道の駅とか寄り道しましたが、無事に城下へ到着です。

お城へ向かうと、まず見つけたのが松根東洋城の旧居。
……この旅は東洋城に縁がある。
まあ、当然っちゃ当然なんですけどね、ザ・地元ですから。

 

「淋しさや昔の家の古き春」東洋城

明治23年から8年間この地で過ごしたそうです。
ちなみに建物は大洲城二の丸金櫓跡に建てられたものだそうです。
いろいろすごいな。


いよいよ大洲城。
大洲って、もともとは港を意味する「津」という文字を用いて「大津」と書いたんだそうです。
だから「おおず」なんですね。
うっかり「す」って読んでしまいそうになるけれど。

こちらが大洲城。
外から見たイメージは、コンパクトで可愛い。


明治維新後、本丸の天守と櫓は一部保存されていたそうですが、明治21年に老朽化により天守は解体。
その後、平成になってから復元されたのだそうです。
四層四階の複連結式天守。
なかなか素敵です。

こちら、天守から望む肱川。
大洲城は海じゃなくて川のほとりです。


複連結式天守、建て方おもしろいですよね。



お城をしっかり堪能した後、城下町へ行き、大洲神社へ。
小高い丘というか山というか……という場所にあります。

いい感じの鳥居。横入りです(笑)


行ってみたらかなり大きい神社でした。
大国主命と大国さんを祀っている。


帰りは正面から。
こうして見ると結構高いとこにありますよね。
(だから振り返って写真撮ったんですが)


さて、松山市内へ戻ります。
行きは高速だったので、帰りは海沿いを。
夕焼け小焼けラインは……メロディわからず。
運転してくれてる妹も、助手席の私も全く分からず(笑)

道の駅のあるふたみシーサイド公園にも寄り道。
う~ん、ここは天気のいい日の夕方に来るべきだな(笑)


最後は道後へ戻り、この旅4つ目の城跡へ。
道後公園の湯築城跡。
ここはほんとに跡だけの公園ですが、その分時代は古いですね。
時代的には平安末期からだから、ちょうど大河・鎌倉殿の時期です。

道後公園、いつも子規記念館と湯釜だけ見てた感じなので、こっちサイドはちゃんと見てなかったなあ……。



公園内の伊佐庭如矢(いさにわゆきや)の頌徳碑。 
伊佐庭如矢、松山城を公園として保存したり、道後温泉本館のあの見事な建物をつくったりした凄い人。
……ですが、後で調べました(笑)
写真を撮ったのは、揮毫者が安倍能成だったからですね。
漱石オタですみません。



と、いうわけで。
2泊3日の愛媛旅もここで終了です。

城巡りの色合いが濃かったですが、それも良し。
なかなか行けないところに行くことができて、とても楽しかったです。

さて、次はどこへ行こうかな。



GW明け愛媛旅2日目

2022-06-13 22:09:56 | ほか国内遠出
愛媛旅2日目は宇和島方面へ。
想定では晴れのはずが、朝から小雨のぱらつく日に。

まず最初の目的地は、宇和島市立歴史資料館。
宇和島の港町の中にこそっとある感じの建物です。


明治17年に宇和島警察署として建てられたものを、この場所に移築復元されたというもの。
西洋建築に似せて建てられら「擬洋風建築」です。

中はいわゆる郷土の歴史資料館。
無料なんですよ!びっくり。
ここ、十分お金取れると思うんだけどな。

そしてすぐ向かいにあるのが、樺崎砲台跡。
宇和島湾の防備のため、安政2(1855) 年に築造された砲台の跡ですね。



石や土砂を運び海を埋めて台場をつくった、というから、ここは海だったんですよね。
この辺り一帯は、明治以降、どんどん埋め立てが進んだ場所のようです。

昼食を取り、大本命の宇和島城へ。
一時雨が強くなったものの、わりと小雨になって、よし!という感じ。
南側登城口の上り立ち門から入っていきます。


城山を登る石段が現れます。
う~ん、良い感じ。


見事な石垣が見えてきます。式部丸ですね。
テンション上がりますね!
やはり、お城は石垣の魅力が大きいなあ……。


そして代右衛門丸(だいえもんまる)です。
名前の由来は藤堂高虎の家臣・矢倉大右衛門だそう。
石垣の積み方が新旧混ざっているというおもしろいところ。




ぐるりと歩いて二の丸跡へ。
天守も見えてきました。


そして現存12天守の一つである寛文天守です。
きれいな天守ですよね。



天守を出てくると雨も上がっていました。
もうちょっと早く上がってくれたら嬉しかったんですけど、ま、それは仕方ない。

今度は北側登城口へ向かって降りて行きます。
長門丸。こちらも石垣が見事。


どっち向いてもすごい石垣です。


登城口にあるのは藩老桑折氏武家長屋門。
戦後こちらに移築されたようです。


見応え抜群でした。
そんなに大きいというわけではありませんが、ザ・山城という感じ。
素敵なところです。

この後は城下を少し。
まずは、松根邸址。
宇和島藩の家老として活躍した松根図書邸跡なんですが……
漱石オタクのワタクシ、松根東洋城の家だ!という感覚でございました(笑)
この文字は、東洋城によるものだそうです。

こちらは、たまたま通りかかって見つけました。
「伊達宗城 冠の柳」「伊達宗城と西郷隆盛会見の場」だそうです。
ほおお。


そしてそして。
大村益次郎住居跡です。
宇和島畔に招聘され、奥さんと一緒にしばらく住んでいたところですね。


こちらはシーボルトの娘・イネの住居跡。


この後、ぎりぎり滑り込みで伊達博物館へ。
展示を見た後、博物館の近くにあるはずの松根東洋城句碑を探します。

……あった!
というか、こんなでかいと思っていなかったからびっくりしました。
そりゃそうか、宇和島藩家老の息子で 宮内庁勤務の俳人だ。
地元じゃ間違いなく大物中の大物だもん。



というわけで、ずっと来たかった宇和島、おもしろかったです。

3日目に続きます。






GW明け愛媛旅1日目

2022-06-11 20:23:43 | ほか国内遠出
GW明けの翌週末に愛媛へ。
実はまるまる2年前に予定していた旅行でした。
しかしちょうど新型コロナウィルスが流行し始め、まともに緊急事態宣言にぶつかってお流れに。
要はそれのリベンジです。

松山空港から市内へ。
松山城へ向かいます。

リフトで上がり、素晴らしい石垣を眺めながら天守閣へ。
個人の感想ですが、お城の魅力の多くは石垣が占めているように思いますね。
GWが終わったところなので、人が少ない!
写真も撮り放題ですよ(笑)
こちらは大手門跡のほうからの眺め。

松山城って行ったことあるはずなのに、わりと記憶があやふやだったんです。
でも、現存12天守の一つであるこの天守を望む景色はものすごく印象に残っていました。

一ノ門手前から天守を見上げる場所。
ここ、本当に格好いいですよね。

天守、小天守、櫓を四方に配置して渡櫓でつなぐという連立式天守。
なんかどこから見てもおもしろいです。


そして天守からの眺望。
瀬戸内海も見えてテンション上がります。


ぐるっと見て回り、帰りは東雲神社のほうへ向かって歩いて降りることに。
横から東雲神社の正面に入ります。

お参りして長い階段を下っていくと立派な山門が。
まあ本来はこちらからお参りするんでしょうね。

山門横にある高浜虚子の句碑。
「遠山に 日の当りたる 枯野哉」

ちょうど降りてきたところに、今度は正岡子規の句碑。
「牛行くや 毘沙門坂の 秋の暮」

昼食をはさみ、秋山兄弟生誕の地をチェック。


ここから、いわゆるお遍路巡りのお寺の一つ、石手寺へ移動。
何度か松山へはきているものの、このお寺へ入ったことなかったんですよね。

で、到着したわけですが……。


はい。写真は普通のお寺っぽいのあげてます。
しかし……一言でいうなら、だいぶ変わったお寺でした。
頭の中「?」でいっぱいになったのでググってみたのですが、「少し前から様子が変わった」と言っている人がけっこういて、なるほどね~。
まあ、いろいろありますな。

石手寺の近くは、かなりの古社と見られる神社もありました。
その名も大山積神社。
ヤマヅミさま、山の神様ですね。
いわゆる昔ながらの神社って感じで、すごく良かった。
先のお寺でだいぶ心がザワザワしてたんですが、ホッとしました。

そして、宿や温泉のある道後方面へ。
まだまだ外も明るかったので、道後温泉の近くの神社を巡ります。

まずは、階段を思いっきり上ったところにある伊佐爾波神社。

社殿は、何か見覚えあるなと思ったら、京都の石清水八幡宮を模したと言われているそう。
石清水八幡宮と大分の宇佐神宮と並んで全国に三例しかない八幡造りの社殿だそうです。

こちらは温泉地ならでは!の湯神社へ向かう階段。

まず目に入ったのは、中嶋神社の四国分社。
とってもお馴染みの田道間守命が祀られています。
製菓・柑橘の祖神として……あ、愛媛、みかんの産地ですもんね。
なお、湯神社の境内社という位置づけだそうです。   

湯神社はとっても立派でした。


初日の観光はここまで。
夕食を取ってから温泉に入って終了です。

なかなか盛りだくさんで、次回に続きます。



晩秋の奥日光 (日光2日目)

2020-01-07 23:23:55 | ほか国内遠出
だいぶ日が経ってしまいましたが、日光2日目。
いいお天気だったこの日は、バスで一路、奥日光へ向かいました。

いろは坂はもう、冬景色。

バスを降りると、男体山が間近に見えます。

まずは、華厳の滝へ。
明治天皇が滝をご覧になったという碑が出てきます。

まずは、明治帝がご覧になったという場所から。
NO知識で行ってしまいましたが、
華厳の滝って中禅寺湖の水が落下しているんですね。

そして、エレベータで行ける観爆台へ。
やはり迫力が違います。
こちらで見ないとね。
高さ97m。
滝の豪快さもですが、岩肌が迫力あって魅力です。



実はそんなに期待していなかったんですけれどね。
けれど、実物を見たらテンション上がりました。
そして、不謹慎ですが「藤村操……」とか思ってしまいました。

滝を見てから、改めて中禅寺湖へ。
二荒山神社中宮祠の大鳥居が空と湖に映えています。


湖のほとりには、中禅寺を示す道標と明治天皇の御製が。


湖から男体山を望む。
う~ん、美しい。そして冬山だからか、雄々しく感じますね。


少し歩くと、中禅寺が見えてきます。
ここって、輪王寺の別院なんですね。
朱色の山門がひときわ目を引きます。


本堂前にある燈籠の天邪鬼が可愛い。

こちらが本堂。
有名な立木観音がおられます。


今回見たかったものの随一、と言ってもいいのがこの立木観音。
日光山を開いた勝道上人の作と言われています。
もとは中宮詞二荒山神社の中に立っていたのが、
明治時代の台風で土石流と共に湖に流されたものの、
奇跡的に折れることもなく、歌が浜に流れ着いたのだと。 
まずその歴史がすごいですよね。

そして実物! 見に来た甲斐がありました。
実に素晴らしい!
いまだに根を張っているというのも、何とも凄まじい。
一体どうなっているんでしょうね。
来歴からしても、このあたり、不思議に感じます。
もうちょっとゆっくり見たかったなあ~。
なお、私が想像していたよりもかなり大きかったです。

しかし……ここでもやっぱりお守りやら何やらのセールストークが。
日光、これさえなければと随分思いました。
有難みよ……。

気を取り直して、五大堂へ。
五大明王が良いですね。
そしてまたしてもセールストーク。
ここではお線香がプラスでした(笑)

五大堂からは中禅寺湖が見渡せます。
この眺めが美しかった!
奥日光、本当にきれいなところです。


中でうかがった話ですが、私が行った日は奇跡的に暖かかったそうで、
2日ほど前までは雪だったそうです。
冬場は氷点下が日常らしく、山の深さがわかりますよね。

ここで、いったん戻って昼食を。
中禅寺湖ではマスを! ということなので、マスの塩焼き。
美味しかったです。

そして歩いて中宮祠へ。
大きな鳥居が見えてきます。

派手みはないけれど、見事な建物。
拝殿があり、神楽殿があり。
由緒正しい神社、っていう感じですね。
建物はけっこう新しいですが。


そして、男体山への登拝口。
山頂の奥宮へはここから向かうようですが、
私が行った11月下旬は閉門中。
昔から信仰深いところなんだろうな、といういい雰囲気だけ感じてきました。

なお、こちらは中禅寺湖に面した鳥居です。

宝物館では、刀剣をはじめとする宝物を拝見。
見応えありますが、ほとんど貸し切りです(笑)

中禅寺湖周辺はここまで。
バス乗り場まで引き返したら、急に霧が出てきました。
そして、みるみるうちに景色が変わっていきます。
帰りのいろは坂も真っ白でした。

でも、日光の町が近づくにつれて霧の影響がなくなってきたので、
気になっていたスポットへ。
金谷ホテル歴史館です。
終わりかけの紅葉が建物を彩って実に絵になります。



外国人客をもてなしたという「Samurai House (侍屋敷) 」。
レストランのレジで入館用コインを購入して中へ。
和モダンな実に赴きある建物です。
途中で建て増ししてあるのが、余計に面白みを増しています。
係りの方が丁寧にご案内してくださったのも良かったです。


ずっと行きたいと思っていた日光、急遽決めましたが、楽しめました。
時期も時期だったので日暮れが早かったのと、
奈良にも勝る“夜の早さ”は、驚きでもあり納得でもあり。

次回はまた、違う季節に行ってみたいですね。



晩秋の日光 (日光初日)

2019-12-21 21:39:13 | ほか国内遠出
11月終盤、ひょんなことから、日光へ出かけてきました。
関西からはなかなか行きづらいということもあり、初日光です。

東武日光に着くと、残念ながら雨。
その代わり、冷え込みはそれほどでもありません。

バスで一路、日光の代名詞たる二社一寺へ向かいます。
まずは、日光二荒山神社へ。

印象的な鳥居。
こちらが正面……ですよね?
本殿まではすぐです。



お参りをして、神苑のほうへ。
雨に濡れた神苑、しっとりしてなかなかいい風情でした。

有名な化け灯籠。
苔むした感じが魅力的です。


自由に拝観できる大国殿には、大太刀「太郎丸」が展示してあります。
が、私の目を引いたのはコチラ。
「田道間守」の像です。……それって、あの田道間守ですよねえ。
垂仁天皇に仕えて、非時香菓 を持って帰ってきた人。
なんでまたこんなところで、故郷・奈良にゆかりのこの人にお会いするんだろう?(笑)
思わず写真撮ってしまいました。

そしてそして、二荒霊泉!
いいですねえ。飲みませんでしたけど。

ぐるりと神苑を見て回り、日光二荒山神社を後にします。
こちらは東照宮側の楼門です。

いよいよ、有名な日光東照宮へ。
平成29年(2017年)3月に修理が終わった陽明門。
すごい! けど、なかなかにギラギラです。
でも、目立つのは金というより、あの白い部分かもしれない。




こちらは、ちょっと雨が小降りになってからの遠景。
こうして見ると、やっぱり良いなあと。
近づきすぎると、ホントにギラギラなんですよね。
遠くから見て見事さを感じる、っていうのがいいのかなあと思ったり。


陽明門に劣らず見事なのが、唐門。
こちらも胡粉の白さが目を引きます。
「白」って派手ですよね、本当に。

奥宮に向かうところに、有名な眠り猫がいます。
写真はボケボケですが(笑)
しかし……正直に言っていいなら、わりと「それがどーした?」です。
ホンマにゴメンなさいだけど。
(基本的に罰当たり)


そして奥宮。
要するに、家康公の墓所ですね。

さて、陽明門の外にもいろいろ見どころはあります。
まず、素敵なのは三神庫。
上神庫・中神庫・下神庫に分かれていて、上神庫には、狩野探幽による像の絵があります。


で、有名な三猿。
修復後、顔が変わったなんて話題にもなってたけれど、けっこう可愛らしいです。


そして、陽明門の手前にある、輪蔵 と2基の南蛮鉄燈籠。
鉄燈籠は伊達政宗が寄進したのだとか。

 

燈籠つながりで、こちらはオランダ東インド会社から奉納されたという「逆紋の回り灯籠」。
葵の御紋が逆だけど海外製だからお目こぼし……。ちょっとおもしろいですね。
でも、個人的には「すごい! インターナショナル! 」というのが率直な感想です。
東インド会社の設立って1600年でしたっけ?
ああ、時代だなあ~。


そして五重塔。

二荒山神社のほうから入ったので、東照宮の碑とかは後で見ました。
本当はコチラが正面参道ですよね。


参道の近くで腹ごしらえして、後半戦です。
ザ・観光地ご飯だけど、けっこうおいしかった。


さてさて。お次は日光山 輪王寺へ。


タイミングよく、三仏堂の大修理が終わっていて、拝観することができました。
しかも、このあたりから急に晴れてきて、実にラッキー。

この輪王寺には、明治天皇に従ってきた木戸孝允も宿泊しています。
そして実は、三仏堂が解体されたり、日光の景観が変わったりするのを防ぐために、木戸さんが一役買ってたりするようなのですが……
こういうことは悉く知られてないねえ、木戸さん。
まあ、しゃーないか。

というわけで、三仏堂です。
お堂の前の桜の大木がきれいに紅葉していて素敵でした。



途中、修験者の方々が現れてびっくり。
そういえばこのあたりって、修験道が盛んなんでしたっけ。

すぐちかくに、勝道上人の像もあります。

続いて、輪王寺の一部ということになっている大猷院(たいゆういん )へ。
家光公の廟所ですね。
ある意味、東照宮よりも鮮やかな感じがあります。

到着したときに、おそらく先ほどの修験者さんたちが出てこられました。
……ぐるっと大回りして行ったもんだから、だいぶ後れを取ったようです(笑)


階段の上に立つ、鮮やかで華やかな二天門。

夜叉門を潜り抜けると拝殿が出てきます。
権現造の拝殿の中は、文字通りのキンキラキン。
別名を「金閣殿 」というそうです。
狩野探幽筆の唐獅子も見どころですね。

奥の院の入り口にある皇嘉門。
奥には家光公の御廟があるそうです。
「竜宮門」という別名も納得の姿です。
どこも見事だけど、やっぱり派手だなあ(笑)

こちらは、夜叉門にいる烏摩勒伽(うまろきゃ)。
拝殿の中で聴いた説明によると、膝に像がいて「ひざこぞう」のもとになったとか……。
ちょっと可愛い(笑)

さてここで、少し移動。
「明治館」へ行ってみたかったんですね。
建物、とっても素敵です。
いい感じに紅葉も残っていて、これまた嬉しい。


お勧めと聞いていたチーズケーキもいただきました。
確かに美味しかった!
うん、大正解です。


そして、てくてく歩いて神橋へ。
これって、二荒山神社の一部だったんですね~。
朱塗りの橋になったのは寛永13年(1636年)だとか。
神道系のものが朱色になってくるのは仏教と一緒になってからって言いますよね。
現在のものは明治時代に再建されたものだそう。
日本三大奇橋の1つだそうです。奇橋?なんですね。
ともかくも、とても美しい橋です。


ちなみに、到着したタイミングから突然霧が出始めました。
みるみるうちにあたりが霧に煙っていき……
写真を撮ったころはまだ見えていましたが、少し経つと真っ白に。
寒暖差と湿気のせいなのかな?

神橋から少しの所に、板垣さんが立っています。
戊辰戦争の戦火から日光を守ったことでこうして銅像を建てられ、感謝されているそうです。


霧が深くなる中でしたが、金谷ホテルのギャラリーものぞいてきました。
歴史があるってすごいですね。


というわけで、初日光、一日目でございました。

どこも見事ではあるんだけど、ひとつ、声を大にして言いたい!
説明の人たち、お札やお守りの売込みしすぎ!!
そこだけがちょっと引っ掛かってしまいました。
まあ、あんなもんなのかな~。