ひばりヒットコミックスの本巻には「恐怖列車」「狂人時代」「地獄小僧(の後半)」が収録されています。表題作「恐怖列車」は作者の代表作ではないような気がしますし、あまりいい評判も聞いたことがありません。長編でも短編でもない中途半端な長さで、展開も荒唐無稽、列車はそれほど話に関係ない、というB級っぷりが目立ちます。けれども、むしろ、日曜の昼下がりにテレビ東京が放送している映画のような「B級ホラー」っぷりを忠実に再現しているのかもしれません。
主人公の秀一は、ユキちゃんとブーちゃんとともに田舎に遊びに行った帰りに電車に乗っていますが、その電車がトンネルの中で突然停電し、大きな音と振動に襲われます。すぐに停電は回復するのですが、秀一の向かいに座っていた黒いコートの男がカラスの羽根を一枚残したままいなくなってしまいます。そして周囲の乗客の様子を見ると…。
なぜか全員正気を失っているようなのです。コマをまたいだ「ゴーーーーッ」という描き文字も不気味です。
そして列車は東京に着き、3人はそれぞれ家に帰るのですが、秀一の家から黒いコートの男が出てくるのが見え、玄関先にはカラスの羽根が落ちています。この瞬間、列車での恐怖が秀一の頭の中を走り抜けるのです。家に飛び込んだ秀一は家族の普段の様子を見てほっとするのですが、よく見ると両親の首に見たことの無いホクロや傷があり、態度も急に変わったりしてどうもおかしな感じです。そして深夜、秀一が物音に気付いて見に行ってみると、両親が誰かの死体を庭に埋めているのでした。
両親に見つかった秀一はなんとか見逃してもらうのでした。このあたりのページから人物の顔の絵柄が凄まじいものになっていきまして、まるで楳図かずお作品なみの描き込みです。
次の日、ユキちゃんとブーちゃんも同じ体験をしていると聞き、担任の先生に相談するのですが、そのことを秀一の両親に知られてしまってブーちゃんは殺されてしまいます。秀一はユキちゃんと逃げるのですが…。
ユキちゃんもビルの屋上から落とされて死んでしまうのです。ユキちゃんの死体の描写が明確でないのが余計に恐怖を感じさせます。この左下のコマの絵の構図はコミックス表紙にも使われていますね。
この後は夜の遊園地のお化け屋敷、ジェットコースター、動物園の大蛇の檻と「なんでわざわざそんなところに行くんだ!」と突っ込みたくなるような不条理ながらもスピーディーな展開。けれども結局は両親に捕まってしまい、縛られて線路の上に置かれてしまうのです。
電車に轢かれそうになった瞬間、秀一は病院のベッドの上で目を覚まします。どうやら田舎から帰る列車がトンネル内で事故を起こして以来、秀一は意識不明だったらしいのです。そして怪我も治って退院する秀一が両親の首に見たものは………。
後半の荒唐無稽な展開も「実は悪夢でした」という理由で説明はつくのですが、悪夢と現実の境界がわからない、あと何回悪夢から覚めなければならないかわからないという恐怖が後を引きます。こういった悪夢・幻覚と現実の多重映しは日野日出志作品の特徴ではありますが、本作では主人公(または作者)の情念のようなものは希薄で、いわば「恐怖のための恐怖」を描いているという日野日出志作品としては比較的珍しいポジションではないでしょうか。というわけで、全体の構成や深いテーマといったものはあまり気にせず、瞬間瞬間の不条理な恐怖と誇張された絵柄に注目するとなかなか楽しめる作品です。
蛇足ですが、上の画像の左端コマ外には「●ひばり書房の本に君の名前がのっていたら、その本の題名を葉書でしらせてよ。次回のゲームデンタクが当る抽選に優先参加できちゃうんだよ~ん。(コマーシャル)」と書いてあります。ひばりヒットコミックスには大抵掲載されている一文で、あまりに場違いな文体なので腰砕けになってしまいます。「君の名前がのっていたら」どころか住所まで載っていたりするのですが、おおらかな時代でした。
ゲーム電卓といえばこちらもどうぞ。
日野日出志作品紹介のインデックス
この作品も他の日野作品と同様、いつか実際に読んでみなければならないと思っていた作品の1つだったのですが、先日偶々(定価以上のプレミア価格ではあったものの)「これぐらいなら許容範囲内かな…」と思える値段で売られているのを見掛けて購入し、ようやく1つ目的を果たす事が出来ましたもので、コメントを書かせて頂く事にしたという次第です。
まずタイトルに「恐怖列車」とあるにも関わらず、列車は異変への切っ掛けに過ぎず、冒頭以降は殆ど出て来ないというのが少し意外だったのですが、次から次へと舞台が目まぐるしく変わる秀一の逃避行そのものが、駅に止まらず暴走し続ける列車の様な物だと考える事が出来るかも知れません。
トンネル内での事故前の時点で既にコートの男が登場している事から、コートの男の存在だけは秀一の夢の一部ではなく事実であり、このコートの男が秀一に何かしたのだと考える事も出来そうですが、ここまでの全てが(コートの男も含め)秀一が見ている夢なのかも知れず、無理に納得がいく答えを出そうとすると訳が解らなくなってしまうので、ここは素直にその荒唐無稽さや各場面場面での恐怖を楽しんでおく事が正解なのかも知れません。夜の遊園地や下水道、動物園(の大蛇の檻)等、逃げる場所がいちいち「怖い場所」である事や、子供にとって本来安心出来る筈の自宅も両親の存在も恐怖の対象でしかなく、幾ら逃げてもすぐに追い付かれてしまう安堵感の無さ等、明らかに対象読者層である子供向けに徹した(子供を怖がらせるには十分過ぎる)内容のホラー作品だと感じました。
大人には物足りなく思えるかも知れませんが、こうした「変に捻らず、素直に恐怖を楽しむ」系のホラー漫画も偶には良いかも知れません。
本作を購入されたとのことで、おめでとうございます。日野日出志作品の古本は、まずなかなか見つからないし、あったとしても数千円したりするのでなかなか厳しいですよね。二千円以内で買えたらラッキー、くらいでしょうか。
展開そのものが暴走列車、というのは確かにおっしゃる通りですね。しかも列車というのは基本的に一本道で、進むか止まるかしかできません。障害があるのをわかっていたとしても、避けることができず、突き抜けるか吹っ飛んで終わるかしか結果がありません。言われてみればまさに秀一自身が恐怖列車になった印象があります。
日野日出志作品に数多く見られる、何が現実かわからない恐怖、直前の出来事が次々に否定されるという展開は小説『ドグラ・マグラ』の影響があるのかもしれませんが、その中にあって本作は非常に乾いた恐怖がある異色作です。もうほとんどギャグ漫画といってもいいくらいですが、異様に描き込まれた絵柄が強烈な圧迫感を発していて、これはこれで印象深い作品ですね。