米大統領選まで2週間となる中、米国内で極端な思想や陰謀論を信じる勢力への懸念が高まっている。インターネットから生まれ、「悪魔を崇拝する著名人らが政治を支配している」と訴える「Qアノン」もその1つだ。増加する信奉者の話から実態に迫った。(ニューヨーク・杉藤貴浩)
8月、ニューヨーク市で「Qアノン」支持を表すTシャツを着た人=ロイター・共同
◆トランプ氏は「悪と戦う救世主」
「この国は今、戦争状態にある。富と名声のために悪魔に魂を売ったエリートたちが子どもの人身売買をしている」。Qアノンに近い人物の仲介で本紙のメール取材に答えたフロリダ州の女性(51)はそう主張した。「勇気と完全さを持ったトランプ大統領を愛している。大統領選では100パーセント彼に投票する」
Qアノンは2017年、ネットの匿名掲示板で「Q」を名乗る人物が書き込みをはじめ、信奉者が増加。民主党や財界、芸能界などの大物が小児性愛サークルをつくり、共謀して世界支配をたくらんでいるとの主張が基本で、左派勢力や既得権益層を敵視する。
その中で、トランプ氏の位置付けは「悪と戦う救世主」。メールの女性は、同氏の新型コロナウイルス感染についても「心無い左翼の連中が何かしたのだろう」と政敵からの攻撃だったと推測する。
人種差別の存在に否定的なのも特徴だ。メールに答えたオレゴン州の男性(47)は、抗議デモは「選挙に向けた大規模な破壊活動だ」と指摘。多くの参加者について「人々がいかに惑わされやすいかを示している」と分析までしてみせた。
◆信奉者は数十万~数百万人?
こうした支離滅裂な主張を無視できないのは、「熱心な層だけでも数十万人」(米紙ニューヨーク・タイムズ)、専門家によっては数百万人ともされるほど信奉者が広がっているからだ。活動の中心がネット上のため、実生活では目立ちにくいが、予想以上に浸透している可能性もある。
実際、メールに答えた女性は不動産業、男性はガラス工芸家として日常を送っているという。南部ジョージア州では下院の共和党予備選で、Qアノン支持者が勝利するなど政治的な影響力も持ちつつある。
トランプ氏の言動も拡大を助長してきた。8月には、Qアノンについて「国を愛する人々」と発言。今月15日にもテレビ番組でQアノンを非難しないのかと問われ、明確に答えなかった。再選へ向け、自身を支持する過激主義者を事実上容認する姿勢は、9月のバイデン前副大統領との討論会で極右団体「プラウド・ボーイズ」への批判を避けたこととも共通する。
◆陰謀論、SNSで急速に拡散
Qアノンに詳しいハーバード大のブライアン・フリードバーグ上席研究員。「大統領選で陰謀論や過激主義がどう作用したのか、検証が必要」と話す=本人提供
米国では今月、新型コロナによる都市封鎖などの規制に反発し、ミシガン州知事の誘拐を計画したとされる過激主義者が逮捕されるなど、大統領選を前に不穏な動きが強まっている。
Qアノンなど陰謀論の動向に詳しいハーバード大のブライアン・フリードバーグ上席研究員は「政治不信が陰謀論と結びつく流れは古くから存在したが、現代は会員制交流サイト(SNS)などで急速に広まってしまう」と指摘。コロナによる都市封鎖や在宅勤務などで、人々がネットの世界に閉じこもる傾向が強まっているとして、「Qアノンが保守層の本流にも受け入れられつつある。大統領選では、陰謀論や過激主義が結果にどう作用したのか、検証しなければならない」と述べた。
Qアノン 書き込みを始めた「Q」は信奉者の間で国家の最高機密を知るとされるが身元は不明。複数説もある。アノンは「匿名」を意味する「アノニマス」に由来する。新型コロナウイルスや気候変動なども陰謀だと主張。反ユダヤ主義的傾向も持つ。米連邦捜査局(FBI)は国内テロにつながる脅威と認識しているとされる。米フェイスブックは今月、関連する投稿の削除を発表した。
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