いい日旅立ち

日常のふとした気づき、温かいエピソードの紹介に努めます。

自らの心を記録として詠む~勤め人と歌人~宮柊二

2019-06-29 21:07:01 | 短歌


宮柊二は、兵隊として中国に派遣される前、
北原白秋を師とあおいで、作品をつくっていた。
白秋は、勤めることを嫌い、文学者プロパーとして生きることを選んだ。
宮柊二が戦争に参加することは、師白秋の期待を裏切ることでもあった。
終戦から時を経て、宮柊二は、サラリーマンとして製鉄会社に勤めつつ、
歌人として、歌を詠む道を選ぶ。
そこから生まれる悩みを、さまざまな歌にして詠み、自分の人生を見つめた。

……

はうらつにたのしく酔へば帰り来て長く座れり夜の雛の前

ほのかな雛の灯のもとに座り続ける壮年の男。何か悲しい。自分はいったいなんだったのか。戦争に行き、辛くも生きて帰ってきた。大家族を抱え、しかも歌人と言う一面を出なかった。しかも、結社と言う組織にかかわってきてしまった。
師白秋との決別以来、さまざまな人生の局面で、決定的な決断をしないまま、
出来事たちと関わってきた。
その孤独感を、しんみり詠うのである。

……

あきらめてみずからなせど下心ふかく俸給取りを蔑まむとす
ある刹那こころたかぶる先生はみづからの家持ち給はざりけり

宮柊二は、白秋との確執以来、サラリーマンとして生きることの意味を問い続けたのであった。それでも生活はあり、仕事はあり、家族があった。また、結社のメンバーを率いなければならない立場にもあった。心の葛藤を持ち続けながら、現実に対応していったのであった。

……

貧しかる俸給取り兼詩人にて年始の道の霜にあそびつ
黙々たる一勤め人秋風の吹きのすさびに胸打たせ行く
沈黙を人に見せざる生活のこのあかつきのひとりの時間
自分のみ愛して遂に譲らずと妻言ひしこと胸に上り来
爪切れば棘のごとくに散らばれり汝が内を見るといふこと

……

歌人であり、サラリーマンであり、家を統べる大黒柱でもあった宮柊二には、別の道を選べない、という苦しみが常に伴うのである。




















父への挽歌~介護の末に~宮柊二の連作に見る

2019-06-29 20:41:01 | 短歌

宮柊二の連作に、父のことを含む家族詠があり、
父への挽歌「父最期」という連作に連なる。
子、妻、母とともに父の晩期を「介護」という形で看取った後、
集大成のように詠った。
切々と胸に迫るものがある。

……

「7日前に別離の言葉をしたためてゐた。乱れ乱れた字を辿れば、『長々御厄介になりまして、今日でお別れいたします』とあった。」

いざさらば別離と父が綴りたるいやはての字を辿りつつ読む
わが膝の上に抱かれ息をひく父を見守る家族十一人
苦しみが消えたる顔のま静かに整はりくるさまを見守る
花をもて埋めし父のなきがらを一夜守りつつ蛙ききけり
笹原の笹につばらに朝日来てこの静けさの悲しき朝かも
春の夜も雨とどろけり部屋にゐぬ父は何処に行きしかと思ふ

……

深い感動を味わいつつ、自らの人生で、父と別れた日のことを、しきりに思い出した。








海軍主計中尉小泉信吉の南方からの手紙~戦艦那須乗艦中~

2019-06-29 20:10:31 | 人生


昭和17年、海軍主計中尉小泉信吉(24歳)は、
戦艦「那須」に乗艦し、南方海上(ガダルカナル)にいた。
戦争の真っただ中とはいえ、国内との郵便のやりとりもでき、
日常の生活は生活として、淡々とすすんでゆく。
まるで、日本の中から日本の中への手紙のように、
何もないかのように交わされれる。
その感覚を理解できるようにするため、
信吉から家族4人への手紙を摘記してみる。

……

5月27日付

先日のお手紙に小生が下士官に講義をする予定と申し上げましたが、あれは無事に済みました。
上手に講義できたかどうかは自分ではわかりませんが、気が付いていることは、講義に際して非常に「それだからなあ」「そこでなあ」という口調をしたことです。これは講義を始めるとすぐ自分で気が付いたのですが、なんともなし難いのです。これが中学校か何かなら「なあ先生」とか「なあ公」とかいった綽名がつけられはしないかと考えています。試験を行わねばいかんのだそうで、問題を出せという命令です。実に何とも面映ゆいような気持ちで問題を作り、教育主任に手渡しました。わが身をつねって人の痛さを知れ……。極く易しい問題です。それからおかしく感じたことは、嘗て戦争の始まる前には胸がわくわくするだろうと考えていたのがなんでもなく、そして今度の講義をする前には何か落ち着かぬ気持になってしまったことで、不思議なものだと思いました。
(以下略)

昭和17年5月27日
                       那智艦上 信吉
父上様
母上様
加代子様
妙様

……

筆者の闊達な筆で、戦時中の戦艦の中のことを平易におもしろく語っている。