時刻は午前9:45。
まばらながらもモーニング狙いの客が喫茶『アーネンエルベ』の門を潜り出す。
流石に雑談に興じていた某全身刺繡の悪魔も店員として真面目に働きだし注文の応対に回る。
他にも料理担当らしい赤毛の少女、補助に銀髪のシスターが店員として働くなど妙に濃い面子がいたが、客は特に奇異の眼で見ない。
なぜなら、ここは普段出会えない人と出会える曰くつきの喫茶店で客もまた濃い面子が揃っていた。
例えば栗毛の女子高校生と談笑する金髪赤目の少年や、ひたすらカレーを頬張る髭の男性などと非常に個性豊か面子がいた。
そんな中、両義式、遠野志貴。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、クロエ・フォン・アインツベルン。
そして美遊・エーデルフェルトの5人は机を挟んで談笑していた。
「ふーん、おまえ達も冬木出身なのか?」
「はい、今日はみんなで一緒に外に行っていたんです」
式がチーズケーキを突きつつ質問し、イリヤが答えた。
イリヤの方も飲み物は紅茶とするモーニングセットを食べつつ笑顔で応対する。
一見すると和気藹々とした雰囲気を出していたが。
イリヤの隣に座っている肌黒の少女は時折意味ありげな視線を寄越すし。
同じく隣に座っている黒髪の少女、美遊・エーデルフェルトはそわそわしていた。
式の隣に位置を移動した遠野志貴もまだまだ、どう言葉をかければいいか分からないようである。
そもそも、わざわざお互いがこうして同席するようになった原因は。
出会い頭に式が少女3人の正体を見破り、クロエが逆に皮肉ったため嫌な緊張感が流れ。
後から入ってきたイリヤが全身刺繡の男が兄にそっくりにな事のに驚き、さらには行き成り喧嘩上等の修羅場に驚き。
どうしてこうなった!?
とテンパリ言い出した言葉が。
「あ、相席してもいいでしょうか!?」
と言い出したためである。
式は別に断ることも出来たが、セイバーやアーパー吸血鬼と似たような空気を察し。
興味が湧いたのと、監視も含めて相席に同意し志貴の方は事態が丸く収まることに歓迎した。
実は式は目の前の少女。
特にイリヤスフィールについてはセイバーから聞いたことがある。
なんでもかつて使えていた主の娘で、一度対立したが今は衛宮士郎の家に居候状態だとか。
しかし、彼女らの話を聞く限りどこか微妙に違う。
特にイリヤスフィール、イリヤの態度と発言はセイバーから聞いたものとはギャップがある。
式が聞いたところでは由緒正しい貴族の振る舞いをしているはずだが、どう見ても普通の少女だ。
それにイリヤが言う「お兄ちゃん」の話がどうも違う。
そもそもクロエ・フォン・アインツベルンと美遊・エーデルフェルトの存在は今まで聞いたことが無い。
まあ、しかしここはそういう所だ。
そんな事があっても不思議ではないし、それがここでは当たり前。
だから式は警戒しつつも特に深く追求せず、チーズケーキを頬張った。
「でも両儀さんが言っていた観布子市。
何て聞いたことが無いし遠野さんが言っていた、三咲町なんて冬木の近くにあったかな?」
「イリヤ、ここはそーいう所だから気にしたら負けよ」
おっかしいなぁ、と首を傾げるイリヤ。
そして、音を立てずに紅茶を飲んでいたクロエがアーネンエルベの存在を一言で表現した。
「そうだね、クロエちゃん。
それより3人とも『プリズマ☆イリヤ2wei!』放送おめでとう」
「採算とか色々厳しい中での2期放送だ。
そこは尊敬するな、そして新たな型月の世界の誕生おめでとう」
「……あ、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。
遠野さんや両儀さんと比べれば大したことありません。
私達なんか2人のように伝奇や怪奇物じゃなく萌え全開の新米だし……」
話題を変えるように志貴が2014年7月の放送予定の『プリズマ☆イリヤ2wei!』
『プリズマ☆イリヤ』2期放送を祝福し、式も同じく祝福し新しい型月世界の登場を歓迎した。
美遊とイリヤは型月世界の先陣を切った大先輩とも言える2人の言葉に嬉しさやら恥ずかしさでうまく言葉で表現できなかった。
何せメタい話でぶっちゃけると『プリズマ☆イリヤ』は『Fate/stay night』からのスピンアウト漫画作品だ。
基本的な設定はFateと型月世界観に準じているがかなりの部分がスピンオフゆえに二次創作的なものとなっている。
何せ作者自身が「原作にはフィードバックされない」ので「絶対にツッこむな」と明言しているくらいだ。
その上で内容が大きな子供とお兄ちゃん方が大好きな魔法少女物である。
型月の歴史的にも浅く、そんな自分達が大先輩達に祝福されたのだからイリヤと美遊の反応は仕方がない。
「ふ、ふふふ。
ドラマCDにこそ登場したけどゲームでは白黒だったわたしについに、ついに出番ね!
長かったわ……でもお兄ちゃんをメロメロにして私だけの物にするのだからイリヤは覚悟しなさい」
「ちょっとぉ、それはどういうことよークロエ!
というか、あの合宿といいお兄ちゃんに変な事をしたらただじゃ済まさせないわよクロエ!」
「同意、抜け駆けは反対」
クロエが出番が来た!と喜び、イリヤに恋の宣戦布告する。
イリヤはこれに黙っているはずもなく、即座に戦うことを表明する。
また、美遊もクロエの抜け駆け宣言に一歩も引くつもりは無く、黒い瞳に闘志の炎が宿る。
イリヤと美遊が引くつもりはないと分かるとクロエはニヤリ、と口元を笑わせた。
そして言葉には出てこないが、目線で静かであるが同時に激しい火花が散る、3人の少女達の恋の冷戦が始まった。
「微笑ましいですね、両儀さん」
「おまえはこれが微笑ましいといえる状態に見えるのか?どう見ても修羅場の類だぞ」
そんな様子を見ていた志貴が暢気な意見を言い。
女の視点として見ている式は、その言葉に突っ込んだ。
「いい、そこの眼鏡のお兄ちゃん。
言っておくけど私は本気でお兄ちゃんを狙っているんだからね!」
歳ゆえにお兄ちゃん大好き」にしか見ていなかった志貴にクロエが叫ぶ。
もっとも、そんな背伸びをした様子がますます微笑ましく見えてしまい志貴が微笑する。
「わ、私だって本気。その士郎さんと、その、あの」
美遊も顔を赤らめ思いを口にする。
一体どんな事を想像しているのかは分からないが実に可愛い反応だ。
「わ、私なんておでこにキスされたことあるし。
それに兄妹でも血は繋がっていないから全然大丈夫だし、
前にイリヤの水着に一番ドキドキした、って言ってくれたもん!」
そして、イリヤが2人に対抗するように絶叫。
叫んでからイリヤは気づいたが、その内容に――――くうきが、こおりついた。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
気まずい沈黙が場を占領する。
ふと、式はホロウのとある一節を思い出す。
――――ドクン
「――――――」
…あれ……なんか可笑しいぞ、俺。
焦点がぼやけて、ヘンに言葉が浮かばない。
イリヤを見る。
銀髪の少女は顔を赤くしたり青くしたりと急がしそうである。
だが少なくても式は彼女を見て焦点がぼやけたり、言葉がでないことはなかったことを確認する。
「そうよ。私は人魚だもの。
泳ぎくらい、水のほうが教えてくれるわ」
「――――――」
さっきと同じだ。
イリヤの笑顔で意識が空っぽになる。
クラッとした浮遊感は眩暈に近いが、断じて眩暈なんてモノじゃない。
再度思い出す一節。
もっとも意識が空っぽになっているのはイリヤらしく。
自分の失言にあたふたし、少女2人から突き上げを食らっている。
――――ドクン
くらりと傾く。
…そうだ、みんな同じぐらいキレイだった。
それでも一番をあげろと言うなら。
「……………イリヤには、一番ドキドキした」
ああもう、その通りだ、いまさら誤魔化してどうしようもない。
この節操なしは、ウソ偽りなしに、イリヤの水着に見惚れて、マトモに頭が動かなくなったのだ。
「ホントは今もバクバク言っている。
……その、なんだ。イリヤはドキドキしないか?」
頬を掻きながら、なんとか視線を逸らさないで問い返す。
「うん!すっごくドキドキしてる!」
首もとに抱きついてくる感触に逆らわず、イリヤと一緒に水中に落ちた。
来いよ、ア○ネス!と言わんばかりなロリコン賛美。
ふと、式は視線の先に今は刺繡姿のアヴェンジャーだがその「お兄ちゃん」を捉えて呟いた。
「……………ロリコン」
式がゴミか使い捨て派遣社員を見るような。
絶対零度の冷たい視線と共に率直な感想を述べた。
「ち、違うもん!お兄ちゃんは私が好きなだけでロリコンじゃないもん!!」
「そーよ……じゃなくて、お兄ちゃんはわたしの!」
「士郎さんが、小さい女の子が好きなら……私はいいです」
「いや、ロリコンだろ」
式の言い草に、少女達は思い人であるお兄ちゃんを一斉に援護する。
しかし、結局言っていることは衛宮士郎ロリコン疑惑を強化するものであった。
「士郎君っ……見損なったぞ!」
「あれ、そういえば確か。おまえは歌月十夜で…………。
ああなる程、同類だったな――――よかった、殺人貴。ロリコン仲間が出来て」
志貴が友人が幼女性癖を持つ友人を見損なう。
が、式が絶倫眼鏡のロリコン性癖を思い出して志貴から距離を取る。
「レ、レンとは同意の上だ!」
また、くうきがこおりついた。
「うわぁ、うわぁ、うわぁ…………」
「イリヤ、あれがガチのロリコンね。わたし初めて見ちゃった」
「…………………………」
イリヤ、クロエ、美遊の順で批評すると、ロリコン絶倫眼鏡から少女達は距離を取る
そして、女性陣から白い眼で見られている志貴はただ顔を青くしダラダラと汗を流すほかない状態であった。
※ ※ ※
「おいカレン、またカレーの追加だぜ」
「分かりましたアヴェンジャー。直ぐに用意します」
「はいはーい」
絶倫眼鏡が女性陣から絶縁状態に陥っている中。
アヴェンジャーは店員として忙しく働いている最中であった。
また厨房では今回の黒幕とも言えるカレン、マジカルアンバーが真面目に料理を用意していた。
「流石にそろそろ忙しくなって来ましたね」
「ああ、そうだな。というかこの規模の喫茶店で料理、精算、ウェイターを3人でこなすには少しきついぜ」
カレンの言葉にアヴェンジャーが同意する。
何せアーネンエルベはそれなりに名の知れた喫茶店で規模も大きめだ。
それを3人だけで動かすのはモーニング、そしてランチと徐々に増えてゆく客に対応するには厳しい。
おまけに琥珀、もといマジカルアンバーは普段から家事を行っているため問題なかったが。
カレンは味覚が壊滅的であるため盛り付ける作業、あるいは皿洗いの仕事しかできない。
「そうですねー。そろそろお屋敷から援軍を呼びましょうか」
2人のやり取りを聞いたアンバーは懐から携帯電話を取り出し電話をかけた。
「もしもし弓塚さん、おはようございます。
この間話したお仕事ですけど……大丈夫です!
ロッカーに例のものがありますから太陽の下でも歩けますよ……はい、お給料は弾みますから、それでは」