新宿まで70分

夕べ電気を消して、タオルケットに身体を委ねたのは、確か午前1時20分頃だった。
少し腫れぼったくなったような目は眠りを欲していたというのに、首や腰は少し怠くなって痛み、大の字に投げ出した両足の脹脛は、血流が悪くなってなんとも気持ちが悪く、眠りたいのに眠りを妨げようとしていた。ボクは横になったまま、ゆっくりと右足を天井へ向かって真っすぐに上げ、必至に右手を伸ばしてつま先を掴んだ。固くなった間接、硬くなった筋肉、脹脛も太股の裏側も、ピクピクと震えてスジを伸ばそうとするボクに抵抗する。
なんとか20秒ほど耐えて、今度は左足を伸ばして上げて、左手でつま先を掴んだ。
それを数回繰り返すと、足腰の怠さは大幅に軽減してだいぶスッキリした。
再び大の字になったボクは・・・いつの間にか浅い眠りに埋もれていった。

いつものように、携帯のアラームが鳴る前に目が覚めたボクは、携帯が鳴り出すまで寝足りない思いで・・・布団の上でジタバタ身体を動かして時をやり過ごした。
どんよりする頭で 着替えて洗面台の前に立ち、鏡の中の自分の顏を見ると、疲れた目をしたボクがそこにいる。なんと血色の悪くてやつれたような・・・貧相な顏だろう。気を取り直して歯を磨き、冷たい水でバシャバシャと顔を洗うと、少しは気分が変ったようには見えた。

最寄り駅までは徒歩で5分足らずで、携帯で時間を確かめると、乗ろうとしている電車の発車時間にはまだ5分以上ある。家を出る前に、珈琲を小さな湯飲み茶わんで飲んできたが、妙に喉が乾いて我慢が出来ず、ボクは通りすがりにある自動販売機で缶珈琲を買い、飲みながら駅へ向かって歩いた。50ｍ先に見えるホームには、なぜかいつもよりも人が多かった。
“何かおかしい”そう思っていると、妙な時間に電車がホームに滑り込んで停車した。
“え？なぜだ？？”携帯で時間を見ると到着には3分早い。いつもなら通過電車が猛スピードで通り過ぎる時間だ。駅の改札口までおよそ1分の所で、ボクは各停を見送った。

改札口には赤い枠の緊急告知ボートが立て掛けてあり・・・5時29分に橋本駅で震度4を観測したために、1時間にわたって徐行運転をした影響でダイヤが大幅に乱れております・・・そう書いてあって、ボクは右手にパスネットを握りしめたまま迷った。
今から・・・もう一つの最寄りである西武線の駅へ向かうとして・・・新宿に着くのは8時過ぎ・・・だがそれは、西武線もJRも平常通りに動いていたらの話だ。京王線の次の電車で新宿に出るとしたら・・・平常運行で8時5分着だったろうか。アナウンスでは既に30分遅れていると言っているから、間違いなくかなりの遅れが想像出来る。“う～ん、どうしよう”・・・

すぐに行動していれば、平常運転ならば、10分後の西武線には間に合ったが、ボクは迷いつつも改札を入っていた。2分前に各停が行ったばかりなのに、後を追いかけるように急行が通過して、何とそのすぐ後に各停がやって来た。なんとこの間約5分・・・
“この後は各駅停車はしばらく来ません、できるだけこの電車を御利用下さい”
ボクが最寄り駅で電車に乗ったのは7:18だった。通常なら5分くらいで調布駅に到着するが、今日は西調布で足止めを食らって調布に着いたのは7:31・・・乗り換えた通勤快速が発車したのは7:33・・・途中駅に着くたびに、ギュウギュウ詰めにはなっていったが、いつも乗る電車よりも、“ちょっとキツいかな？”と言う程度であった。吊り革につかまる腕はたくさんあるのに、腕時計をしている人は一人も見当たらなかった。
ノロノロ動いては一時停車する列車の中で、ボクは時間だけが気になった。こんな時くらい、車掌が時刻をアナウンスしてくれてもよさそうなものなのに、それはなかった。

通常なら、朝は新宿までおよそ35分かかるが、通勤快速は54分遅れて、8:24に新宿に着いた。地元の駅で各停に乗ってから、およそ70分、調布からはおよそ50分だった。
日中なら特急で15分程度なのに・・・なんという事だろう。乗り換えた地下鉄が平常通り運行していたから、会社には10分遅れで着く事が出来たが、普段は10分くらい前に会社に着いて、喫煙室で一服する余裕がある事を思ったら・・・ドッと疲れたボクだった。
ダイヤが乱れていたのはどうやら京王線だけだったらしい。
やはり・・・西武線と中央線を使って新宿に出ればよかった。事故がなくて平常なら、8:10には地下鉄に乗る事が出来て、喫煙室で一服する時間もあったに違いないのだ。

それにしても・・・橋本で震度4を観測したなら、震度2くらいの揺れはあったかもしれないのに、全く身に覚えが無い事に、PCを操りながら、ボクは首をかしげていたが、だんだんと慌ただしくなるにつれて、地震の事も、電車が大幅に遅れた事も忘れたのだった。