日々Change。今日の怒りも、恐れも、悲しみも、明日は夢と希望と喜びに。

少々高くても、日本の商品を買いましょう。力を合わせて日本の復興のために。

向井理さんって、ウーパールーパーに似ていません?

2012-06-15 18:16:00 | 有名人ネタ

初めて向井理さんの顔を見た時
あ、ウーパールーパーや!
と思ったのは私だけでしょうか。

向井理さんの大ファンである娘に
思いっきり嫌われました。

でも、似てますよね。WWW







別にモテモテなんで
ひがんでる訳ではないですよ。
似ている事が
良い事か悪い事かは知りません。

娘が怒ったので悪い事なんでしょうかね?



※画像の無断使用、ごめんなさい。深くお詫び申し上げます。




津川雅彦さん、また映画作ってください。待ってます。

2012-05-16 01:06:23 | 有名人ネタ
つい最近、
津川雅彦さんのブログが話題になっていたが
なんとまあ、本人とは反思想のコメントの多い事。

つまり、反対だから発言したくなるんですね。
同調する人はそうそうと頷くだけで。

世の中に不満があれば自分のブログで言えば良いのに。
人の考えほっといてくれと言いたいよ。
橋下市長の批判をしている人間、きっと
役立たずで、給料下げられるか、解雇されるか
市の交通局とか組合の人間やろね。
橋本市長を恨まず、己の無能さ、ずるさ、強欲さを恨め。

石原慎太郎を応援し
橋下市長を応援し
マスコミに批判的
かなり私と重なっているが
この人、朝丘雪路と結婚した時にすごい人だと思ったものだ。
私が20代前半の時で、女性に未熟者の私でも驚いた。

6年ぐらい前に初めて
「マキノ雅彦」名で監督した「寝ずの番」。
最高に面白いです。
ぜひ見て欲しい。
僕が日本映画で珍しく2回続けて見ましたから。

こういう諧謔性、大好きです。
6年ぶりに、借りて見てみようかな。

それにしても津川さんのブログで思った事。
「!」が多いんですわ。もう,半端でなく。
常に言葉を強く発信したいんですかね!
微笑ましく思っちゃいました!
と言うのは、我がウオーキング倶楽部の代表のブログも
「!」が多いのです!
明治時代の反骨心をもったオヤジのイメージかな。
今の日本に一番かけてる部分やね。

元気でがんばれ!
今の生っちょろい馬鹿者を、いや若者に喝を!
(私もいれられる筆頭やわ)


ホイットニーの死で、マイケルを思い出してしまった。

2012-02-20 18:28:05 | 有名人ネタ
ホイットニーヒューストンさんが亡くなった。

マイケルジャクソンとともに僕の中で最大の男女シンガー2人が若くして、
亡くなった。それも二人とも疑惑の死である。
世界ナンバーワンのシンガーとして全うした最後であって欲しかった。

マイケルジャクソンについては、本当のことがあまりにも世間に
知られていないことに本当に悲しく、我が身内のように辛い。
これだけ、世界的に有名な人の真実がゆがめられていることに
誰もどうにも出来ないことなのか、これから時間が経つとともに
永久にそのままの姿で残されてしまうのだろう。

少し前にも、飲み会でマイケルの話が出た時に
私より少し上の男性が、音楽的な物よりも、
子どもをベランダからぶら下げたなど、別の意味での嫌悪感を訴え、
あんに好きになれる筈がないと意思表示していた。

私は職業柄、昔から姿や形、特異な言動行為にあまりとらわれないが、
今の時代でも、高齢者の見方が世の中の多様化でとらえ方が柔らかくなったとはいえ、
礼節や外見に左右される。
私の同時代か年上では、
皮相にとらわれた、道徳的保守的な考えの方が多いのは当たり前だ。
ましてや、マイケルの場合は
薄っぺらいマスコミの興味本位の悪意ある間違った事実報道がある。

しかし,マスコミの伝えた事実と言われる物が
後年まちがっていたとわかったとしても、
ご丁寧に打ち消すようなマスコミはなく。
汚水は流されたまま責任さえ取らない。
ただただ私のような、いちファンは、最初のまちがった刷り込みが
その人の人格を決めつけてしまうのが我慢がならない。

マイケルはその人生が故、一般の人とはあり得ない性格を持ち、
ピュアな精神しか持ち得ず、持ち続けた人物と言える。

マイケルはそのピュアさ故、沢山の金の亡者に利用され、
そんな連中が、マイケルの愛する子どもというピュアな人間を利用し、
ウソまでつかせたことに、更なる苦悶に陥り、
弁解することなく、彼らの欲しがるお金で
自らの苦しみから逃げざるをえなかったのだ。
それがそのまま世間の記憶として残り
異常なマイケルの実像として世間に認知されてしまった。

何十億と言う金をだまし取った家族や、
法の下にマイケルを虐待した警察官はどんな気持ちで
生き続けることが出来るのか。僕には想像できなかった。
(後に死んでいるが)

彼の踊りと歌を聴けば、そのピュアなシンガーの本質が、
彼の真実がわかると思うのだが。
固い頭に刷り込まれたマスコミのゴシップ記事は
彼の音楽を偏見でしか聞かない耳に作り替えてしまった。

マイケル・ジャクソンの1993年の性的虐待疑惑

僕が生まれて最初に聞きにいった外タレ(今時こんな言い方はしないか)
1970年代初め、ジャクソン5の時だった。
それがマイケル。
僕の一見に狂いはない、初体験が彼で幸せだ。

そして、さらに悲しみは
♪and I ~♪♪と言う
ホイットニーの歌い出しの迫力ある声が
一日中、耳に聞えるここ数日である。
音楽は心に生き続ける。まさに実感やね。



デザイナーとして羨望と尊敬の人、石岡瑛子さんが亡くなられた。

2012-01-27 18:00:01 | 有名人ネタ
石岡瑛子さんが21日に亡くなられたと今日ヤフーで知った。
随分、マスコミは遅い発表だと思ったし、
少し前、テレビでドキュメントを見ていたので私には突然の死で驚いた。

僕の20代の頃はグラフィックデザイナーの有名人は
ほとんどが男性だった。そんななかで
女性で唯一、石岡瑛子さんが有名な方だった。
しかもたくさんいる男性を退けて、
当時は一番、理性的でハイセンスなデザイナーだった。

良く仲間内で、大阪のデザイナーが石岡瑛子と
デザインの話したら完全にアホ扱いされるわ。
なんて自虐ネタでふざけたものである。

実際、当時有名なグラフィックデザイナーは
関西出身の方が多く、たくさん東京に進出されていた。
デザインはいくらコンセプトが立派でも
その表現が、感覚が、要するに目にするものが
新鮮でかっこ良くなければ意味がない。
素晴らしいコンセプトが出来ていても、
それをビジュアル化できなければ意味がないのだ。
逆で言えばコンセプトがなくても
それを感覚で表現できて、かっこ良くできれば正解なのである。

さすがに東京芸大卒の「石岡瑛子」。
頭が良くて、感覚もセンスも良くて、
その表現したが感覚でしかないと思えるライン1本だって、
きちんとコンセプトなり意図を持ったものだと、
はっきり言葉で説明できていたのに
驚いたことが何度もあった。

さしずめ、大阪のデザイナーなら
このライン?感覚やん。ここに線があったらかっこいいやん。
って言うところかな。


僕がまだこの業界に入っていない頃の「花椿」


おそらくこの頃から石岡瑛子さんが
アートディレクターとグラフィックデザインをされていた筈



文字のかっこいいレイアウトから写真の扱い
空間の生かし方、いっぱいまねさせてもらいました



このポスターが超有名
資生堂さんから無断借用ごめんなさい


彼女がアートディレクをしていた
20代の頃、資生堂の販促カタログ『花椿」など
その隅々の小さなライン1本から、ちょっとした空間まで、
僕のデザインの教科書だったように思う。
パルコの斬新なデザインも僕を奮い立たせてくれたものだ。

最近はファッションデザイナーとして
ハリウッド映画から北京オリンピックまで
世界的に有名になってしまったが。
70代半ばまで世界の第一戦で活躍されてすごい方である。

あまりにも急に亡くなられて驚きしかない。

                合掌










スティーブ・ジョブズ、世界中のあらゆるデザイナーが父親を亡くした様な気持ちでいるよ。

2011-10-07 19:36:44 | 有名人ネタ
アップルのスティーブ・ジョブズさんが亡くなった。

僕がMacと出会ったのが1989年、当時、僕は友人と2人で会社を興した頃。
もう自分一人で会社をする限界を感じていた頃、
彼から声をかけられ初めて共同で株式会社としてスタートした。
スタッフは多い時で8人、僕にすれば大所帯である。

相棒はちょうどスティーブ・ジョブズのようにアイデアマンで行動派だった。
昔、彼が缶に入ったお茶を販売したいと、その缶のデザインを僕に依頼してきた。
「お金出してお茶なんて買いますか?」と僕があたり前に言った時代。
当時、発想が早すぎたようで、しかも個人では販売経路も広告も難しかったようだ。
それから2年後、1981年大手メーカーが缶入りウーロン茶を大々的に売り出した。
彼の当時の発想は今現実になったものがたくさんあって驚かされる。
10年早かったんだ。

1989年その彼と会社を始めてすぐ。
まだパソコン自体出だした頃、
Mac使うとデザインだってできるらしい、取入れようや、と彼が切り出した。
これからは何でもパソコンの時代や。
この机の上の乱雑なものが全て無くなって、机の上はパソコンだけですむ。

今でも彼の当時の先見には感心する。
「線は引ける、文字は書ける。でも、鉛筆で書いたり、消しゴムで消したり、
そんな気ままな作業が機械のパソコンにできるようになる?
無理やろ。机の上の消しゴムが消えると思う?」
と僕が揶揄したのを覚えている。(数年後、それが現実になったんだよね)
とはいえ、新し物好きの僕も賛成して購入することになった。

かじったリンゴのマーク。
当時、好きだったビートルズのアップルレコードと重なった。
パソコン自体が良く理解出来ていなかった時代。
僕の頭の中はアップルレコードが何かしているんだろうと思っていた。



当時、キザギザの印字しかできず、ハガキの大きさの
デザインらしきものができるパソコンが、プリンタなど入れて400万円した。
購入後、デザインらしき物をしたのは数点のみ。
ほとんど、スタッフでゴルフゲームをする玩具だった。非常に高い玩具だ。



その後、漢字Talkから画期的に変わった漢字Talk7、そして現在のOSXまで。
僕はこの業界でもかなり早い時期から、パソコンで仕事をしている。
Macには沢山いじめられ、泣かされ、何度寿命を短くされたか。

だけどこのセンス、全てが素晴らしい。パソコン嫌悪症の僕だが、
Macとは仕事上の腐れ縁だ。離れられない。
iMac、iPhoto、iTune ネーミングデザインとも先進的だ。

今もパソコンにはうんざりしているけれど、
Macの魅力には脱帽である。
やっとアイコンがでてWindowsも追いついてきたけれど。
昔は、なんでわざわざ時代的なシステムで動くWindowsが売れて、
Macが少数派なのか解らなかった。
スティーブ・ジョブズなかなかのものである。

以前膵臓がんで退いた時、残念に思ったものだが
再び戻ってきてヒットを連発し、病気のことなど忘れていた。

彼はソニー創業者の一人で「ウォークマン」などを世界に売り込んだ
故盛田昭夫氏に影響を受けたらしい。それも僕には誇らしくもある。
ずっとまえ、ニューヨークに行った時、夜テレビを見ていたら、
盛田昭夫がインタビューを受けている番組があった。
彼は英語と日本語(もちろん英語の字幕が出ていた)と両方で
ゆったりとしたソファーに座り、堂々と話していた。
彼が日本語を話す時だけ内容が解るのだが、それでも
あの当時、彼がアメリカですごく尊敬されているのが実感できた。
とても、日本人として先進国アメリカの地で誇らしく思ったものである。

 アップルの取締役会とアップル・コミュニティーへ(全文)

 私はこれまで、アップルのCEOとしての責務や期待に応えられない日が来たときには、
まず自分からあなた方に打ち明けると言ってきた。残念ながら、その日が来てしまった。
 これにより、私はアップルのCEOを辞任する。取締役会の承認が得られれば、
私は取締役会長や取締役、アップルの従業員として従事したい。
 後継者については、事業継承の計画を実行し、ティム・クックを
CEOに就任させることを強く薦める。
 アップルの未来は明るく、とても革新的なものだと信じている。
私は新しい役割において、その成功を見守り、貢献するのを楽しみにしている。
 私はアップルにおいて人生で最も大切な友達を得た。
あなたたちと共に長年働くことができたことを感謝している。
 スティーブ  (2011年8月24日)


                         合掌



JAZZの事、小曽根真さんのこと。

2011-09-05 19:36:33 | 有名人ネタ
この前、たまたま覗いたブログのコメントで女性同士が『小曽根真の音楽っていいよね」
って話していたのでつい首を突っ込んでしまいました。

僕も大好きなJAZZピアニストの一人です。
20年近く前、FM局のデザインの仕事をしていたのですが、その時のプロデューサーが
小曽根さんの番組担当で、仕事の打合わせはその番組の後でいつもしていました。
4、5曲かかっている合間にスタジオから出て、良くおしゃべりをしました。

当時、一般にはあまり知られていませんが、JAZZファンには知られたすごい人で
バークリー音楽院をを首席で出られ、あの若さで日本人ではじめて
カーネギーホールでソロ演奏した人です。



早くから局に来て、いつも番組でかける曲を長い時間をかけて自分で選曲をされていました。
局任せではなく、あんな大御所でも自分でするのだと、
ヘッドホーンをつけ、スタジオの片隅で、
高く積み上げたCDを聴く背中を見て感心し、好感をもちました。

僕の妻が同じように週一の番組の為に、選曲するのに一週間に100曲聞いていたのを、
大変だなといつも見ていたものの、局の担当者がどうしてしないのか不思議でした。
あれは無名のアナウンサーだから、そんな事までやらされるんだ、と理解していたけれど。
その時の妻が『私がこれだけするから、私の番組の選曲は本当に良いとついてきてくれる
リスナーが沢山いるし、曲についていろいろ話せるの」と言っていたが。

小曽根さんもきっと同じだったのだろう。音楽が好きで自分の聴きたい曲を
リスナーの人にも聞かせてあげたいんだ。本当に根っからこの人は音楽が好きなんだ。
あたりまえだよね、だからこんなすごいピアニストになっているんだ。

プロデューサーが、まこっちゃんはあれだけすごいピアニストなのに、
飲みに行くとどこでもピアノを弾くからね。安もんのピアノでも何でも店にあれば弾くから。
あの、世界の小曽根がそこで弾いてるの、小曽根さん知ってる客やったらびっくりするで。
さらに、彼は僕には3本手があるねん、と。
2本で足りない手がもう一本出ている感じだと。本人が言う所がすごいと思う。

あの、真っ赤なフェラーリはまだ乗っておられるのか。(また、真っ赤な車!?)

偉ぶらない人柄はFM局のイベントでもビンゴコーナーの司会にまで出られていた。
ある夏の須磨の海岸のイベントで、何番目かにビンゴを引き当てた僕の息子に
「あ、桃旗さんの子どもさんがビンゴです、おめでとう」と言われたけど
僕は関係者にならないのか、まずいと局のお偉方を見てしまったことまで思い出す。
ちょっと、子どもを呼ばれてうれしかったな。

今、他局でDJされているのかな。だったら、リクエストしてみようか。

島田紳介さん、もう一つ引退の罰に気がついてください。

2011-08-24 12:15:00 | 有名人ネタ
島田紳介さんの引退会見をしていた。
僕はマスコミの書いていることは信用できないけれど、芸能人もパトロン(スポンサー)としがらみだらけの中で生きている職業、引退という切り札を切ったからと言って、本当の事を言ってるかどうか解らない。

ただ、彼の言葉で気になったのが、
この程度のことでもあかんのです、若手の人達の見本としても一番罰の重い引退ということでけじめを付けました。
これは暴力団と直接ではなくメールで、しかもたったの4、5回ということを言っているのですよね。彼としては自分のルールの中ではこの程度ならセーフと思っていたが、芸能人のルールの中ではこれでもあかんのだと、そしてこの程度でも一番重い引退を決めた。

僕の言いたいことは、もっと大事なことを解ってほしい。
Aさんを介してBさん(暴力団)に解決してもらった。Aさんが僕のことを思って、Bさんに頼んでくれて解決できた。自分が直接頼んでいないから、紳介さんは自分の中ではルールを破っていない、セーフなんでしょうね。Bさんには感謝している、恩を感じている。でもBさんとは連絡はしていない。AさんがBさんに頼むことが解っている筈ですよね、ちょっと悪質ではないかな。
彼の話の中で僕はこれが一番問題ではないかと思う。どんな内容にしろ、暴力団に解決させたということは、暴力的か、力による脅迫かそう言うことでしょう。話し合いでも金銭面でも解決しないから困り果ててのことでしょうね。
少し解る気もします。良くあるストーカーなんかの被害で、警察に頼んでもダメ、弁護士もダメ、世の中にはどうしょうもない人がいる。その苦しみは大変な事がある。そんな事があったのかな。

だけど、
このことには何の反省も説明もないけれど、一番若手に示してはいけないお手本ではないでしょうか。
これが進めばなんでもあり、昔からの脅し文句で「オレのバックに誰がおると思とんねん。Y口組やど」になってしまう。今、大阪では暴力団排除に頑張っている。
一番肝心なことに気がつかずに一番重い罰、引退は何なんでしょう。

ソフトバンクのお父さん犬も樋口可南子が嫁さんで幸せなんやろな。

2011-06-15 15:11:18 | 有名人ネタ
年齢とともに嗜好が変わりますよね。
今は子どもも好きな手軽なお寿司があるから違うかもしれませんが、僕の小さな頃は肉が好きで、魚の嫌いな子どもって多かった。椎茸も、ピーマンも、そして野菜が嫌いな子どもが多かった。でも年とともに逆にそう言う物が好きになってくる。
NHKもそう。両親がNHKを見てるのを何がそんな物面白いの?とチャンネル権を奪ったものです。今は何かとNHKを見る。朝の連続ドラマもついつい欠かさず見てしまいます。

今やっている「おひさま」。陽子が嫁いだ蕎麦屋の丸庵。ここの夫婦がとっても良い。まあ、僕は男性だから旦那さんの良い所は僕には持っていないことなので、ずいぶん勝手な言い分になってしまうが。こんな奥さんが良いな。仲が良くて、べたべたするんじゃないけど、やたら旦那をいじる。これも一種のべたべたしている夫婦の姿かも知れないが、夫婦の男と女の性を感じるべたべたではない。でも、俺は愛されてるんだなぁ、と旦那が幸せを感じられる奥さんの姿だ。ああでもやっぱり、いじったり、ちょっかいをかけたりする奥さんは旦那に惚れられてるという、可愛いうぬぼれから小さな小悪魔的な色気をだしてるかな。
実は結婚して3年ぐらいした頃、夫婦で映画を見に行ったことがあり、どんな映画か中身もタイトルも何もかも忘れたけれど、映画の中の夫婦が同じような感じで僕は黙ってみていたけれど。見終わった後、映画館を出ているときに奥さんが「パパはあんな奥さんが理想やろ。」と言ったのを覚えている。
結婚をして、3年もすれば相手に合わすこともなく、我を通し始めて随分衝突し始めた頃だったので、奥さんは日頃の僕の言動から感じ取ってつぶやいたんだと思う。僕は声には出さなかったけれど、「どうして解っているのに好きな旦那の思うような奥さんになれないんや?」とつぶやいていた。

「おひさま」を一緒に見ていた娘が「この旦那さんええな」旦那の額にかかった雨漏りの水に騒いで笑う、寝間着の袖で奥さんが拭くのを見て「この夫婦、仲ええな」とつぶやいた。僕は心の中で「こんな旦那さんもらいや」と言っていた。
そうだよな、奥さんだけの問題ではなく、旦那の問題やな。いまさらおそいわな。

スーちゃん、さようなら。

2011-04-22 09:47:30 | 有名人ネタ
キャンディーズのスーちゃん(田中好子さん)が亡くなった。時代の象徴で一方のピンクレディは昔と変わらぬ姿を時折見せてくれているけれど、これでキャンディーズは永久に見る事は出来なくなった。3人ともそれぞれに可愛いくて、ファンの好みもわかれて、ミニスカートが一番似合う女の子だったと思う。いつか3人そろってまた見れるかと楽しみにしていた。再結成コンサートはファンとしてはお互い歳をとっても、その時代に立ち戻ってみれる最高の楽しみで、懐かしいもの。
スーちゃんの場合役者としても新しいファンが出来ていたのに。
あまりに若い、残念です。ご冥福を御祈りします。