週末は横浜に帰省し従兄の住む親戚宅へ。🚄
先日97歳で大往生した叔母さんの仏壇に線香をあげてきました。
さらに夕食までご馳走になりまして。
いつもながら従姉さんの料理は美味しいです。
そのまま叔母さんとの思い出話になりました。
昔から会うと必ず叔母さんに怒られていた事とか。
信じられないかもしれませんけど亡くなる少し前まで訪ねるたび説教されてたんですよ。笑
だいたい従姉さんが途中で助けてくれましたが。
父の姉である叔母さんは最後まで周囲の手を煩わせること無く自分の事は自分でしてましたけど
ここ数年は口を開けば早く千の風になりたいと呟いていたらしいです。
80歳過ぎても1人で長野の山に登っていた程だから何かとやり尽くした感はあったみたいでして。
とにかく気丈な人だったので自分が居る事による周りへの気遣いもあったのだろうと思います。
今朝もまた目が覚めてしまったなんて口癖のように呟いていたそうですし。
どの段階までを介護と呼ぶのかはわかりません。
でも高齢の叔母さんと同居していた従兄夫婦が10年以上も身動きを拘束されていたのも事実。
ゆえにお2人には長い間お疲れさまでした、とお伝えしておきました。
げんちゃんに労ってもらっちゃった、と姉さんは笑ってましたけどね。
介護に関してはたびたび考えさせられます。
この先も生きていく人間の自由と未来を奪っている現実があるにもかかわらずそれを言えない空気。
そう考えると誰も幸せにならない事に気付きます。
生き方だけではなく死に方ってのもありますよ。
そしてそれに正解はありません。
介護や福祉に関して国はこれ以上動く気配も無いので結局個人で対応するしかありませんね。
という身もふたも無い話でした。
押忍