賛美の心

こちらでは賛美、礼拝、心を主の前において静まり、まことの心で神様を賛美することだけです。

クリスチャンの結婚 – 神様の御言葉が夫をお戻しくださった

2020-06-28 22:52:51 | 婚姻・家庭

   私の夫は見た目がよいだけではなく、高学歴で、よい仕事に就いています。さらに、かつては兵士で、戦場に行った経験もあります。夫は外見、教育、知識の面で私を上回っています。息子が生まれてからは、夫は仕事から帰宅すると、いつも、洗濯物を手伝ってくれたり、食事を作ってくれたり、息子の世話をしてくれたりしました。夫は息子と私をとても愛しており、本当によき夫で、よき父でした。当時、私は自分のことを世界で最も幸せな女性だと思っていました。私は幸せで、こんなに素晴らしい夫を持っていることを自慢に感じていました。しかし、幸せな一方で、いつか、夫が悪い風潮に従い、別の女性に心を奪われ、私を裏切る日が来るのではないかと、やや不安と危機感を持っていました。

   当時、夫は政府機関のある部門の部門長から、商業グループの副社長に突然昇進しました。夫がこの知らせを伝えてくれたとき、私は嬉しさと同時に心配になりました。嬉しくなったのは、夫の昇進により、名声と社会的地位、そしてお金が手に入るからでした。また、さらによい生活をすることができ、他人が私達を崇めると考えたからでした。一方、不安になったのは、夫が部門長であったとき、仕事のために夜中に帰宅することが時々あり、副社長に昇進すると、接待が多くなり、息子や私の面倒を見ることができなくなること、そして社会には愛人を持つ人が多く、特に、裕福で、有名で、社会的地位がある人々はこの悪い風潮に従う傾向にあること、さらには夫の地位が高くなるほど、よりさまざまな人と出会うこととなり、この悪い風潮に一層従いやすくなってしまことを考えたためでした。これについて考えると、幸福感が突然消失し、その代わりに、不安と恐れで胸が一杯になり、不吉な予感がしました。

   夫が新しい幹部職に就いてから、社会的地位は高まり、より多くの権力を手にするようになりました。目標を達成するために、中間管理職の女性が、一緒に食事したり、お酒を飲んだり、踊ったり、歌ったりして夫を喜ばせるようになりました。最初のうちは、夫もこの退廃的な生活と社会現象に抵抗、憤慨し、それについて強い絶望感を覚えると私に幾度となく言っていました。しかし、徐々に、夫は度重なる誘惑のため、この生活に堕ちないでいることはできず、ご馳走や快楽を求める人生を送り、飲んだり、快楽に浸ったりし始めました。ときには、夜、帰宅しないことすらありました。私は精神的なトラウマとなり、精神崩壊の危機に瀕しました。夫が私にもたらした幸福感はなくなっていました。ある日、息子が「ママ、どうして僕はお父さんに一週間も会っていないの?」と尋ねました。息子の心を傷つけないよう、私は嘘を付き、「お父さんはお仕事で忙しくて、あまりの忙しさに、夜遅くなってから帰宅することがあります。あなたは朝早くに学校に行くからお父さんに会わないのです」と言いました。こう言った後、私は言いようのない悲しみと痛みを胸に感じました。今、私達はお金、名声、社会的地位を手にしましたが、夫は私達から益々遠ざかっていました。これを考えると、かつて感じたことのない孤独と痛みを感じました。私は残りの人生をこのような痛みの強い人生の中で生きていかなければならないのでしょうか?かつて夫が私にもたらしてくれた幸せを思うと、この結婚を諦めたくはありませんでした。離婚の危機に瀕したこの結婚を救うため、次の3原則について夫に交渉しました。1つ目は、夜に接待があるときは、午後9時までに帰宅すること。2つ目は、週に3回は息子と私と一緒に夕食を取ること。3つ目は、浮気をしたら、家の敷居をまたいではならないこと。夫はすぐに同意したものの、夜遅くに帰宅する回数は全く減らず、以前と同じ生活を続けていました。夫が時間までに帰宅しないと、夫と口論になることがあり、そのため、私達の家族から平和な暮らしがなくなりました。夫と私の心は益々離れていきました。かつて、友人や親戚から羨望の的であった私達の家族がこのように壊れてしまったことを目の当たりにし、私は胸が張り裂けるように感じ、失望しました。私は心の中で、「この辛い人生はいつ終わるのだろうか?」と考えました。2012年、私が絶望しているとき、ある人が私に福音を伝道し、私は神様を信じるようになりました。その後、私は、これらの言葉を読みました:ひどく汚れた国に生まれ合わせて、人は社会に駄目にされ、封建的倫理の影響を受け、「高等教育機関」で教えを受けてきた。後ろ向きの考え方、堕落した倫理観、さもしい人生観、卑劣な哲学、全く価値のない存在、下劣な生活様式と習慣──これらはすべて人の心をひどく侵害し、その良心をひどくむしばみ、攻撃してきた。その結果、人はますます神から離れ、ますます反対するようになった。

   これらの言葉を読み、夫がひどく堕落してしまった理由は、サタンが人々を腐敗させるために使う邪悪な社会的な風潮のためであることを明確に悟りました。現在、「人生は短いのだから快楽を求めてその日を生きろ」「女性は悪くなると富を手にし、男性は富を手にすると悪くなる」「家庭での赤旗は下がることはないが、家の外のさまざまな色の旗はそよ風の中ではためいている」などの言葉が社会全体でよく使われています。これらの邪悪な悪魔のような考えは社会的な風潮になりました。この社会的な風潮の影響を受け、人類全体が益々邪悪で、堕落したものになっています。当初、夫は家族の面倒を見て、私のことを気にかけることができました。しかし、昇進に伴い、誘惑に耐えかねて、邪悪な社会的な風潮に従い、徐々に自分を見失い、豪勢で贅沢な生活にふけり、完全に私達を顧みなくなりました。夫だけではなく、腐敗した人類全体が、がっしりとサタンにコントロールされ、それに抗うことも、そこから自由になることもできずにいます。この邪悪な社会的な風潮により、人々は、正常な人間性が持つ平凡でシンプルな生活を送ろうとしません。その代りに、邪悪なものを支持し、高い社会的地位や莫大な富を楽しみ、肉の欲望にふけり、欲を満たすために興奮できるものを追い求め始めています。その結果、彼らは人間性もなく、堕落の一途を辿っています。さらに悪いことには、家族関係は崩壊し、彼らの霊は一層空虚で痛み多いものになり、平和や幸せを感じず、益々疲労を感じるようになっています。かつて、最高の夫、賢く従順な子供、名声、富を持つ私は世界で最も幸せな存在であると常々思っていました。事実に直面し、名声や富、物質的な快楽を得たとしても、私達は不幸で、傷付いていることに気が付きました。しかし、どうしたら幸せを取り戻すことができるでしょうか?私は、「かつては夫と口論や喧嘩をしたが、それでは彼を取り戻すことはできない。夫を取り戻し、ひいては結婚生活を取り戻すために私な何をすべきか?」と自問しました。

   その後、 また別の言葉を読みました:「言葉」という語は単純でありふれたものだが、肉となった神の口から出る言葉は、全宇宙を揺るがす。神の言葉は人間の心、その観念や古い性質、全世界の古い姿を変える。…これらの言葉と、この働きはみな、人間が救われ、神の心を達成し、古い創造の世界における元々の姿を変えるためのものである。神は言葉により世界を創り、全宇宙の人間を言葉により導き、言葉により征服し、救う。ついには、言葉により、古い世界全体を終わらせる。そのときはじめて、経営「救いの」計画が完了する。これらの言葉から、神様は最初に、御言葉により世界をお造りになり、今日、神様は御言葉により私達をお導きくださっていることを理解しました。神様の御言葉のお導きを離れたとき、私達は何が義で、何が邪悪であるかを明確に区別することができなくなりました。そのため、私達は邪悪な風潮に従い、それによる苦しみを味わっているのです。かつては、さまざまな努力やあらゆる手段により、夫を取り戻そうと努力しましたが、どれも失敗に終わりました。この事実に直面し、私のやり方に頼って夫を取り戻し、私達の結婚を救うことは不可能であることが分かりました。同時に、神様によるお救いを受けるために、神様の御前に来ることによってのみ、夫はすべてを見透かし、邪悪な風潮の欺瞞や苦しみを取り除くことができ、神様の御言葉だけが夫の失われた心を目覚めさせ、サタンによる邪悪な風潮から彼を救うことができることが分かりました。私の結婚生活が今後どうなろうと、神様に委ねることにしました。それ以降、私は自分のやり方で夫をコントロールしなくなりました。家族内の口論は徐々になくなっていきました。私はかつて感じたことのない安堵感と解放感を覚えました。神様にお祈りし、神様の御言葉に頼り夫との間の問題を解決しようとすると、神様は私の祈りをお聞き届けになり、環境を実際に整えてくださり、私に道をお開きになってくださいました。

   2013年になり、私は夫に神様の御言葉の証を立て、神様の御言葉を夫に見せました。神様の御言葉を私と一緒に読むことにより、堕落した放蕩生活を送った理由は、サタンによる邪悪な風潮によるものであることを夫は理解しました。夫は自身の楽しみのためだけに生きており、私達を完全に無視することさえあり、そのため、家族関係がもろくなりました。夫はこれまで彼がしてきたすべてを後悔し、神様の御前に来て、祈り、悔い改めました。徐々に、夫は徹夜で家を空けることがなくなってきました。夫に時間があるときは、自宅で息子や私と過ごし、あらゆることについて共に話し合いました。他人が夫を豪華で高級な場所に招待したときは、神様の御言葉に頼り、それらの誘いを丁寧に断りました。夫が誘惑され、惑わされるときは、神様の御言葉から、これらのことを神様が忌み嫌われることを知っていたため、邪悪な性情を裏切れるよう、神様に祈ることによりこの試練に耐えました。夫が変わったのを目の当たりにし、私は心の中でとても喜びました。神様の御言葉が真理であり、道であり、いのちであり、また、神様の御言葉は人々の心、霊、かつての考え、かつての性情を変えられることが本当に分かりました。今、私達は神様の御言葉を読み、意見を交わし、共に経験し、互いに助け合っています。また、神様が私達にもたらしてくださったお救いをより多くの人に証言するため、私達は教会で互いの本分を尽くしています。

   夫を元にお戻しくださり、私達の結婚をお救いくださったのは神様の御言葉でした。私はとても多くのことを経験したため、神様の御前に来て、神様に頼り、真理を求め、神様の御言葉に従い生きることによってのみ、多くのことを見透かし、いのちの正しい道を歩むことができることが分かりました。心の中で本物の平安と喜びを味わい、真実の幸せを得ています!


クリスチャンはどのように婚外恋愛の誘惑に打ち勝つのか(二)

2020-05-30 23:03:47 | 婚姻・家庭

   ワン・ウェイの件でサタンの誘惑に陥ることのなかったジンルは、二度とワン・ウェイに会ってはならないということも分かっていたが、あの晩の出来事と自分に対するワン・ウェイの熱い告白は、映画の一場面のように繰り返しジンルの心に甦ってきた……

   そしてワン・ウェイから再び電話があると、ジンルの心は僅かに揺れた。「もう二度と二人では会わないわ。でも今まで通り、友達ではいられる。自分が節度を持ってしっかりしていれば、大丈夫なのよ。」そう考えて、ワン・ウェイからの電話に出て、しばらくおしゃべりをした。そんな事をしているうちに、ジンルはワン・ウェイがまた電話をしてくるだろうかと考えるようになり、それを楽しみにするようになっていった。ワン・ウェイが電話してくる度に、自然な対応をしようとジンルは自分を落ち着かせた……そんなことが続くうちに、ワン・ウェイからの電話は以前より頻繁になった。ジンルはワン・ウェイとの会話が終わって電話を切った後、いつも心が穏やかでなくなり、心が痛み、自分のしていることが神の心に沿わないのではないかと感じた。ジンルの心の痛みと不安は、正に神がジンルに対してあの時の教えを思い起こさせ、非難しているのだと気づいた。ジンルはすぐに神の前に出て祈った。「ああ神様!私はワン・ウェイとこのようなことを続けるべきではないと分かっています。でも自分の気持ちがコントロールできません。罪に向かっている自分をどうすることもできません。ああ神様!このようなことを続けてあなたを悲しませたくありません。ああ神様!どうか私を助けてください!」

 

 

   その後ジンルはいくつか神の言葉を読み、自分を苦しみから解放する言葉を見つけた。「あなたたちはみな、罪と放蕩の場所で生活している。あなたたちは皆みだらで罪深い人々だ。今日、あなたたちは神を見ることができるだけではなく、もっと重要なことは、刑罰と裁きとを受け、こんなにも深い救い、つまり、神の最大の愛を受けているのだ。……あなたたちは、どうやって生活し、どのように生きていくのかを知らず、また、あなたたちは、このみだらで罪深い場所に住み、みだらで汚れた悪魔であるが、神は、あなたたちがいっそう堕落してゆくのを望まない。また神は、あなたたちがこのような汚れた場所で生活し、サタンの思うままに踏みつけられるのは見るにしのびない。あるいは、あなたたちがハデスに落ちてゆくままにすることなど望まない。神はただあなたたちの群れを獲得し、完全に救いたいと願っている。……」(「征服の働きの内なる真実(4)」より)。 説教と交わりの中で次のように書かれていた。「情欲に溺れた人たちが最終的にどうなるか、あなた方はもう知っていますね。大抵の場合、どうなるでしょうか。呪いを受けるでしょうか。何か良いものは生まれるでしょうか。そこに一生平安はないのです。情欲がもたらすものは混乱とトラブル、それは耐え難い苦しみです。向こう見ずに結婚相手を求めたり異常な求め方をしたりする者に幸せな結末があるでしょうか。良い結果が出ることなどなく、結局は呪いを受けるのです。軽々しく扱うことではありません。」(『いのちに入ることに関する交わりと説教』(VII)から「どのような人が神に完全にされるか」より) 「あなたがある特定の異性にみだらな思いを抱いた場合、その問題にどう対処するでしょうか。考えてみてください。あなたは最低限、結婚というものを尊重しなければなりません。もし相手に夫や妻がある場合、相手の結婚生活を尊重しなければなりません。相手の結婚生活の妨げになってはなりません。相手を尊重するということは、自分自身を尊重するということで、他の人たちを尊重することができないのであれば、自分自身も尊重できないのです。他の人たちを尊重するならば、自分自身も尊重するのです。もしあなたが結婚を尊重しないならば、あなたは人間性に欠けていることになります。もしあなたが結婚を尊重することができるならば、そして、他の人を愛し尊重することができるならば、その相手を傷つけることはしません。もし誰かがあなたに言い寄っても拒否することができるならば、あなたは適切に対処しているのです。そのような誘惑に負けないようにするには何が必要でしょうか。それは真理であり、あなたが真理を持ち合わせているならば、そのようなことをはっきりと知ることができます。この問題の本質をはっきりと理解して初めて、あなたは、自分の行動がどう相手を傷つけるか、相手の心がどう痛手を負うか、相手の人格をどこまで傷つけたかを知ることができ、そうして初めて、そのような行動を避けることができるのです。そのようなみだらな考えや思いが浮かんでも、あなたはいつでもそれを拒否することができ、そのようなものに興味を持つこともなくなり、注意を向けることもなくなります。あなたの心はそのようなものに揺れることはなくなるからです。(『いのちに入ることに関する交わりと説教』(VI)から「現在の教会に広がる三つの問題の解決に焦点を置く」より)

   神の言葉と交わりの言葉を熟慮する中で、ジンルは、自分がサタンの狡猾な策略と本質、そして情欲にまかせるままにした場合にもたらされる害と結果を見抜くことが出来なかったために、抜け出せない感情の渦の中に落ちてしまったのだと知った。

   そのことを思い返してみて初めて、ジンルは「愛は素晴らしい」「愛し合っていれば最後には結婚する」、「永遠を求めるより今を幸せに生きろ」、「愛することは罪ではない」といった考えを洗脳させていたのはサタンであり、サタンが、美しい愛を夢見るようにさせ、道徳や良心に制限されずにワン・ウェイのことばかり考えて連絡を取り合うようにさせて引き込まれていき、罪の中を生きて自分のしていることが過ちだと思わずに罪の喜びを求めるようにさせたのだと気づいた。

   ジンルは自分の周りで不倫問題を抱えている何人もの人々、そして愛人を抱えている何人もの男性のことを考えた。一時の欲を満足させても、結局家族の争いや結婚生活の破滅を招き、時には三角関係が原因で殺人にまで発展するのだ。昨今の動きが広がっているが、大学で、公共の集会や情報公開の場で、メディアを通じて急速に広がっている。有名人や知識人が一夜だけの関係を持ったために非難され、信用を失い、みだらな関係の代名詞のようになってしまった人もいる。特に中国政府の当局者の多くは妻と愛人がいて、その多くは政治的に対立する者たちが不倫問題を利用して陰謀を企て、それによって重罪人として投獄されたりもしている。ジンルは、不倫関係に陥る人達はただ自分の情欲を満たすためだけにそのようなことをしていることをはっきりと理解していて、それは否定的なことであり、邪悪なことであり、人を泥沼に陥らせるだけのものだと分かっていた。賭け事で損をするともう一度やりたくなってしまう人たちが、最後には家族を経済的崩壊へと陥らせ、家族がばらばらになってしまうのと同じように、情欲に溺れる人々は一度そのような関係を持つと、同じことを繰り返すようになり、遂には姦淫の罪から抜け出せなくなるのだ。そのようにして最終的に彼らは自分たちの体を破壊し、将来どこまでもその問題を引きずり、生きる気力を失って自ら命を絶つ人さえいる。それだから、ジンルは情欲に任せていることは良くないと感じた。罪深いことで、天からの罰と怒りを招くことだと思った。そして人を破滅の道に引き込むことであると。そしてジンルは、サタン的哲学と理論は全て妄想であり偽りであり、真実ではなく、人を騙し、サタンが人を堕落させる道具であり、不倫に関わる男女の間に本当の愛はないことを理解した。もし本当の愛があるならば、その人には人間性があり、相手を敬い、結婚というものを敬い、相手を傷つけることは一切しない。不倫をする人間はみな互いの情欲をもてあそび、相手を利用しているのだ。ジンルがそれを理解した時、神の前に出て、こう祈った。「ああ神様!サタンの毒に侵されて生きる結果がどのようなものかやっと理解できました。これ以上サタンの毒に侵されて肉の欲の中に生きたくありません。ワン・ウェイと連絡を取り合いながら生活することは誠実さも品格もないものです。私はこんなことを続けることであなたの名前を辱めることなどしたくありませんし、クリスチャンとしての証しを失いたくありません。私に神様を畏れる心を与え、真理の原則を貫いて肉を捨て、危険を知った時にはそれを避け、神様の栄光のために真の人間の姿を生きる者とさせてください。」

   ある日ジンルがスクーターで教会へ向かっていると、ちょうどワン・ウェイが車で通りかかった。ワン・ウェイはジンルを呼んだ。ジンルは答えたかったが、その瞬間に神様からの言葉と神の前での自分の祈りを思い出した。ジンルはこのままの状態を続けることはできないと分かっていたので、車の中のワン・ウェイを見ただけで何も言わなかった。ジンルはスクーターを止めることなく走らせていくと、ワン・ウェイが着いてきて、クラクションを鳴らした。心の中でジンルは神に祈り、サタンの策略から自分を守り、クリスチャンとしての証しになるようにと祈った。すると、ジンルの心は静まった。ジンルはワン・ウェイに言葉を返すこともしなかった。どうしたらワン・ウェイから逃げられるか、それだけを考えた。分かれ道に来たとき、ジンルはワン・ウェイが一方へ曲がるのを見て、急いで反対方向に向かってスクーターを走らせた……

   ジンルはその後何度もワン・ウェイと路上で出会ったが、ワン・ウェイに対する態度を変えることはなかった。すると神はジンルに道を開いてくださった。ワン・ウェイに会う時はいつでも、ワン・ウェイが誰か知り合いにばったり会ったり、渋滞だったりして、ジンルに近づくことはできなくなった。ジンルはその後ワン・ウェイと接点を持たずに済むようになった。ジンルはケータイ番号を変え、二人はその後会うことも話すこともなくなった。

   このような経験を思い起こし、ジンルは次の事を本当に理解するに至った。この誘惑だらけの世界では、日々サタンからのさまざまな誘惑に直面する。真理を持たない私たちはそのような誘惑を見分けることができず、サタンの毒によって生きてしまい、邪悪な世の流れに流されるままになり、罪に陥って抜け出せず、サタンに騙され傷つけられてしまう。サタンの様々な誘惑と巧みな策略を見抜きたいと思えば、神様の前に出て神様の言葉を身に付け、より多くの真理を理解し、肯定的な事と否定的な事の違いが分かるようにし、サタンの巧みな策略を完全に理解し、誰に会っても、どのような物事に直面しても、神様の言葉にしたがって物事を見、神様の言葉と一致して物事を行い、行動に原則が伴うようにする他に道はなく、そのようにして初めて、サタンの誘惑に陥らなくなる。神様の次の言葉にある通りだ。「人間が自分のものとすべき真理は神の言葉の中にある。それは、人類にとって最も有益で役立つ真理である。それは、あなたがたの体に必要な薬であり、糧であり、正常な人間性を回復させる助けになるものであり、人間が備えているべき真理である。あなたがたが神の言葉を実践すればするほど、あなたがたのいのちは一層早く開花するであろう。また、あなたがたが神の言葉を実践すればするほど、真理は一層明らかになる。あなたがたの霊的背丈が成長するに従って霊的世界のことをもっと明瞭に理解し、より力を得てサタンに勝利するであろう。」(「真理を理解したらそれを実行せよ」より)

   ジンルは胸が一杯になって大きく呼吸し、そして思った。「神様が御言葉をもって私を救い、助けてくださらなかったならば、私はとっくに人間のあるべき姿を失って堕落し、誠実さも品位もないまま、不倫関係に陥るような酷いことをしていたわ。家庭のある人と関係を持ち、愛人になっていたんだわ。家庭を崩壊させた者のレッテルを貼られ、堕落した人生を生き、良心の呵責に苦しみながら残りの人生を生きることになっていたんだわ。」ジンルは心から神に感謝し、讃美した。ジンルは以前のような平穏な生活を取り戻し、教会で喜びを持って自分の本分を尽くし、神の言葉による裁きと清めを受け入れ、真の幸福の道をしっかりと歩んでいる。全ての栄光は神にあれ!


クリスチャンはどのように婚外恋愛の誘惑に打ち勝つのか(一)

2019-12-26 00:02:08 | 婚姻・家庭

   ある晩、ジンルは片付けをしていた。

   「プルルル⋯」電話が鳴った。電話に出ると、聞こえてきたのは、何となく聞き覚えのあるような声だった。「やあ、僕だ、ワン・ウェイだよ。帰って来てるのかい。」

   「ワン・ウェイ?」ジンルは驚いた。「何年も会っていないのに、なぜ突然電話してきたのだろう。」

   「ええ⋯帰ってるわ。何か?」ジンルは答えた。

   「久しぶりだな。ドライブしないか。今そっちに向かってて、もうすぐ着くんだ。外で待ってて。」そうワン・ウェイは言った。

   電話を切ったジンルの心臓は高鳴り、学生時代に引き戻された……

   ジンルは美しいだけでなく、成績も優秀で、ワン・ウェイ以外にも何人もの男子生徒が彼女のことを追いかけた。色々な手を使ってジンルの気を引き、近づこうとした。メッセージを送ったり、手紙を書いたり、贈り物をしたりした。だがジンルは従順で繊細な娘で、勉強に影響が出たり両親の期待を裏切ったりするようなことに心を動かされることは望まなかった。ワン・ウェイのしつこい誘いにもいつも無関心な態度をとっていた。だがワン・ウェイは冷たくされても諦めなかった。数年後、ワン・ウェイは相変わらずジンルを追いかけていた。ワン・ウェイの自分に対する変わらない態度に、ジンルの気持ちはほんの少しだけ動いた。その後、ワン・ウェイの周囲には一日中数人の女子がいるようになった。ジンルの静かな気持ちがざわつき始めた。ジンルは、その学期が終わるまで、ワン・ウェイを試そうと思った。彼についてまわる女子に心を奪われることなく自分を追いかけ続けるのであれば、ワン・ウェイの誘いに答えようと考えた……

 

 

   ブッブー。車の合図でジンルは我に返った。ワン・ウェイは外で待っていた。

   ジンルは車に乗り込み、久しぶりに、そして突然、ワン・ウェイと再会した。二人は黙ったままだった。

   特に当てもなくドライブしたが、何となくぎこちない空気が流れていた。

   かなり経ってからワン・ウェイが口を開いた。「で⋯元気にしてたのかい?」

   「ええ、元気よ。とっても。」ジンルは静かに答えた。

   「今までいったいどこにいたんだい?ちっとも見つからなかったよ。地球から消えちゃったのかと思ったよ。たまたま友達のケータイできみの番号を見つけて、それで電話したんだ。じゃなければもう一度会えるのかどうかも分からなかったよ。」運転しながら時折ジンルの方を見てワン・ウェイが言った。

   「隠れてた訳じゃないわ。忙しかったの、仕事が。友達と連絡取る時間もなかったのよ。」ジンルは落ち着いた口調で言った。車を道の脇に寄せると、ワン・ウェイは心の中の思いを話し始めた。その低い声は悲しみと後悔に溢れていた。「学生のころはいつもきみを追いかけていた。5年間も。でもきみはいつも僕に冷たかった。いったいどうその時期を過ごしたのか自分でも分からない。きみが学校を卒業してから、僕は士官学校に行った。でもきみのことばかり考えていた。卒業してから、僕はきみを探し回った。でも見つけられなかった。結局僕は、家族からのプレッシャーに負けて結婚した。それでも僕の心にはいつもきみがいたんだ。今でも、これからもずっとそうだ。偶然きみの電話番号を見つけた時には、後悔しかなかった。きみを待たずに結婚してしまったことを。もっと早くきみに再会できなかったことを……」

   ワン・ウェイの心の底からの告白に、ジンルは強い悲しみを感じた。昔から美しい顔立ちだが、成熟した立派な大人の顔になったワン・ウェイを見たジンルは、自分の心がワン・ウェイに惹かれることに自分でも驚いた……

   「君のことを追いかけ続け、冷たくあしらわれてきて、僕は暗闇の中にいた。そしてもう一年、君からの応答を待つことにした。だが結局⋯君は君のまま、僕は僕のままだ。なぜなんだ。なぜいつも僕を無視したんだ。僕のことをどう思ってたんだい?教えてくれないか。」傷ついたワン・ウェイは言った。

   ワン・ウェイの言葉を聞いて、ジンルもまた心が痛み、後悔した。「当時自分に思いやりがなかったためにワン・ウェイを傷つけたこと、そして自分が無関心だったためにワン・ウェイと共に過ごす機会を逃したことを。」ワン・ウェイを見ながら、何年もの間自分を思い続けてきたことにジンルはため息を漏らした。自分はもう若くはなく、未だに付き合っている人もいない。友人はみな結婚し、自分だけひとりでいることを思った。自分も誰かに愛され、強い絆で結ばれたい、そう思った。ワン・ウェイと一緒になることを思った時すらあったのだ。ワン・ウェイが自分を追いかけ続けていたことを思い出し、当時はそれを理解できなかったことを思った。そのワン・ウェイが今でも自分を忘れずにいる。ジンルはそんなワン・ウェイの気持ちに答えて一緒になりたいとさえ感じた。だが彼女の理性は、「ワン・ウェイは結婚しているのよ。クリスチャンとして、証しにならなければ。衝動にかられて自分の感情をそのまま伝えてはいけないわ。神様の要求に沿った行動を取らなければ、神様の御心には沿えないわ。」ジンルはそうは思ったものの、心の奥深くで、彼女の理性は方向を失い、苦しかった。

   ジンルは混乱した気持ちを整理し、何ともないように言った。「あのときは次の学期が終わるまであなたを試したかったのよ。もしそれであなたの気持ちが変わらなかったら、付き合ってもいいと思ったの。でもそれから両親の自分に対する期待を考えたわ……こうなることが運命だったのよ。」

   感情を抑えてそう言ったものの、ジンルの心は苦しかった。もし当時に戻れるなら、迷わずワン・ウェイと付き合う、そう思った。そうなっていればこんなことにはならなかったのに。だが今、必死に自分の気持ちを抑えようとするジンルの頬を、涙が伝い、ワン・ウェイに涙を見られないと窓の方を向いた。だがワン・ウェイはジンルの涙を察し、急いでティッシュを取ると、ジンルの涙を拭こうとした。

   ジンルは心の中で神を呼び求め、誘惑に陥らないように、クリスチャンの証しから外れることのないようにと助けを求めた。ティッシュを受け取り、ジンルは言った。「大丈夫よ。」すると、涙を拭いたジンルの手をワン・ウェイが握って自分の肩に引き寄せた。混乱したジンルは、ワン・ウェイの肩に慰められたかった。恍惚としたジンルが、ワン・ウェイの肩にもたれようとしたその瞬間、神の教えと警告がジンルの心に響いた。「悪を行うすべての人々(姦淫する者、あるいは汚れたお金を扱う者、男女の境界が不明瞭な者、わたしの経営を邪魔したり損なったりする者、霊が塞がれている者、あるいは悪霊に憑かれている者など―わたしの選びの民を除くすべての者たち)について言えば、誰ひとり放免されることも、赦されることもなく、全員がハデスに投げ込まれ、永遠に滅びるだろう。」(『キリストの初めの言葉』より)ジンルがそれは神からの裁きと非難であると感じた途端、彼女は我に返った。ジンルは神が聖なるお方であり、神の性質は義であり背くことができないもので、汚れた肉体関係といい加減な男女関係に関わる者は神が最も嫌われることを知っていた。もし自分が男性と過った関係に陥るなら、永遠に汚れ、罪に定められ、神に嫌われ、呪われることを知っており、クリスチャンとしての証しも神の救いも失うと知っていた。一歩でもワン・ウェイの方に傾けば、自分は完全にダメになると分かっていた。そんな状況の中、ジンルはそれまで感じたことのない恐怖と不安を感じた。ジンルは神の性質に背くことは出来ないと思うと同時に、ワン・ウェイの結婚生活を尊重しなければならないと感じた。もはやワン・ウェイは自分を追いかけていた学生ではなく、妻子ある一人の男性なのだ。ここでジンルが一歩誤れば、ワン・ウェイの家庭が崩壊し、自分は女性として恥ずべき人間になってしまう。神の言葉はジンルの中に、神を畏れる心を呼び起こした。持てる力を振り絞り、ジンルは冷たく言った。「もう手遅れよ。家に帰りたいわ。」

   「君はなぜこんなにいつまでも僕を拒否するんだい?君を慰めることもできないのかい?」不満そうにワン・ウェイが言った。

   「誤解よ。あなたを拒んでいる訳じゃないわ。敬意を表わしているのよ。あなたには家庭があるんだもの。家族をかんがえなきゃ。」ジンルは落ち着いてそう言った。

   「じゃあ僕が離婚したら?そうしたらチャンスはあるかな。口先だけで言ってるんじゃない。」ワン・ウェイはそう言ってジンルに迫った。

   その言葉を聞いたジンルの心は再び揺れ、どのような言葉を返せばよいか分からなかった。心の中でただこう祈った。「ああ神様!どうか私の心を守り、あなたのご性質に背くことから私をお守りください。」そう祈ったジンルの心に次の言葉が思い浮かんだ。「彼らの言葉はあなたの心を養い、あなたを虜にする。そうすることであなたが迷い、知らず知らずのうちに引き込まれ、進んで彼らに尽くすようになり、あなたは彼らのはけ口となり、しもべとなるようにする。あなたは不平ひとつ言わず、彼らの思うままになる―彼らにだまされているのだ。」(「あなた方の性格は卑しすぎる」より)神の言葉によってジンルはもう一度気づかされ、自分の心が揺れているのは邪悪な欲に陥りそうだからだと気づいた。これはサタンの狡猾な策略による誘惑であり、それによって罪の中を生きるようにさせ、クリスチャンとしての証しを失わせ、堕落の一途を辿って腐敗させようとしているのだ。だから自分がしっかりと見分け、サタンの巧みな策略を知らなければならない、そうジンルは理解できた。ワン・ウェイは既に結婚している。「それは事実だ」一時の甘い言葉に理性を失い、騙されてはならない、そうジンルは理解できた。もし道を誤って間違ったことを言えば、サタンに騙されてサタンに仕えることになり、恥ずべき女となってしまう。そうなれば、ワン・ウェイの家庭は崩壊し、ワン・ウェイの妻子はこの先ずっと苦痛を抱えていくことになり、ジンル自身も神の前に修復不可能な汚れを残すことになる──とんでもない結果になるのだ。

   その事に気づいたジンルは気持ちをしっかりと持ち直し、静かに答えた。「おかしなこと言わないで。たとえ離婚しても、私たちは友達でしかないわ。冗談でしょ。さあ家まで送ってくれない?」ジンルの決意が固いことを見取ったワン・ウェイは、それ以上何も言わなかった。

   ジンルの家の前に着いてジンルが車を降りようとした時、ワン・ウェイは再びジンルの手を取ろうとした。だがジンルは急いで車を降りて入り口の方へ向かった。家の中に入ったジンルはベッドに倒れ込んだ。今日起きたことを振り返って、なかなか心を静めることができなかった。色んな感情がこみ上げてきた。神の守りがなかったならば、恐らくワン・ウェイの告白と思いやり、慰めに引きずられずにはいなかっただろう。そして醜く不道徳なことをして相手の家庭を崩壊させただろう。そして更に深刻なことは、恐らく感情的誘惑に負けて神の性質に背き、クリスチャンとしての証しを失い、赦されない罪を一生後悔することになっただろう。神の言葉がどれほど大切かを、ジンルは痛感した。それによって神に守られただけでなく、誘惑の中にあっても冷静に、そして自分の言動に敏感でいることができ、正常な人間性を生きることができた。この経験は、ジンルに安らぎと喜びを与えた。ジンルは神に感謝と讃美を献げずにはいられなかった。サタンの誘惑に勝利して堅く立ってクリスチャンとして証しとなることが出来たのは、神の守りがあったからだ。ジンルは神の前に出て感謝の祈りを捧げ、眠りについた。


神様は私に幸せな結婚を与えてくださった

2019-12-11 21:28:25 | 婚姻・家庭

   阿凱:

   こんにちは。私は告白をするためにこの手紙を書いています。結婚して何年も経ちますが、こんなことを言ったのは結婚後初めてで、とても恥ずかしく感じられます。どこから始めればいいのかわからないので、まずは私の子ども時代から始めましょう。

   私は若いころ、結婚は女性の第二の誕生であり、富と物質への崇拝がはびこっているこの社会で衣食の不安から逃れてよい人生を送りたければ、金持ちで有能な男と結婚するしかないと、周りの大人が言っているのをしばしば耳にしました。その瞬間から、お金を稼げる優秀な男性を見つけることが、夫を選ぶ私の基準となったのです。



   成長後、私は自分の望みを叶えるために、将来の伴侶になりそうな人たちを慎重に選別しました。しかしおばが将来の夫を私に紹介しました。美辞麗句を口にせず、飾り気がなく誠実で、貧しい一家に生まれ育った男性、つまりあなたです。あなたは突然私の人生に登場し、私たちはそれと同じくらい突然別れました。私は「金銭が第一」という考えに捕らわれ、金持ちで有能な男だけが目当てだったのです。あなたのあと、私は恋をするのに理想的だと思われる男性と出会いましたが、彼は私のことを軽んじて、最後は別々の道を進みました。それは私にとってとても苦しいことでした。

   その日、あなたとご両親が会いに来て、考えを変えるよう説得しました。私は渋々同意しました。でも、私がそれを後悔していたことを、あなたは知っていましたか。私はあなたのことを、何も持っておらず、私が望む幸せを与えられない人と見ていました。あなたの気持ちを気にしていなかったのです。あなたとは三度別れ、再び一緒になりましたが、それはどれも自分の幸せを追い求めてのことでした。あなたは私のわがままを我慢して待ってくれました。そのことは私を感動させましたが、私はそれでも満足していませんでした。薬でしかコントロールできず、根本的な原因を取り除けない、奇妙かつ苦しい病気にかかったのもそのときでした。私は悲嘆と落胆に襲われ、自分の人生はなぜこんなに困難なのかと思いました。しかし、あなたがその重荷を背負って私にプロポーズしたのもそのときでした。鉄を熱いうちに打とうとしているのか、それとも別の理由があるのか、私にはわかりませんでしたが、どうすることもできない状況の中で、嫌々ながらあなたと結婚することに同意しました。

   結婚後、あなたの家族がどれほど貧しいかがわかりました。三ポンドの大豆が欲しくて、それを買うためにお金を借りなければならなかったことを、今でも覚えています。誰かがお金を求めて来たとき、私はとても恥ずかしく思いました。どうしてこんな夫を見つけてしまったのだろう。これ以上は想像できないほど大きな侮辱を受けたという思いのせいで、私はあなたに叫び、大声で叱りました。「こんな貧乏生活、もう耐えられないわ!あなたと結婚したとき、私は一体何を考えていたのかしら」でもそのたび、あなたは何も言わずじっと座っているだけでした。

   翌年、息子が生まれてあなたはとても幸せでした。それからの日々は私の世話をするのに忙しく、私が回復する助けにしようと、油を買うために再びお金を借りました。その年、あなたの弟の奥さんも子どもを産みましたが、ご主人はお金を稼げたので、奥さんが回復後に食べたいものは何でも買うことができました。それを考えることは、私にとってこの上ない苦痛でした。自分たちの生活はこんなに貧しく惨めなのに、彼女の家庭にはお金があってみんな幸せだ、と私は感じ、自分の家庭と彼らの家庭がこんなに違うのはなぜなのかと思いました。私たちの赤ちゃんも同じ貧しさを耐えなければならないだろうと気づき、私はさらに惨めな気持ちになりました。自分の惨めさはいつ終わるのか、全くわかりませんでした。それを考えれば考えるほど、私の苦痛はより深くなり、ますます泣きたくなるのです。私は疲れ果てるまで泣いてから、空腹のためにベッドの中でいつまでも泣き声を上げる息子を見つめ、抱き上げながら心に感じた痛みのせいで、再び涙を流すのでした。

   その後、あなたが商売の勉強を始めたことに私は喜び、もっとお金を稼いで家族の苦境を変えてくれればと望みました。しかし数年経ってもあなたの商売はまったくお金を稼ぐことができず、ときにはお金を失うことさえありました。私の心の中で、あなたは他人と付き合う能力や商売の才能に欠けた人物であり、そのせいであなたをさらに軽蔑するようになりました。私に優しいことは知っていましたし、とても思いやりがあるのもわかっていましたが、それでも家族が暮らす貧困に我慢できなかったのです。だからあなたと一緒のときは決して幸せではありませんでしたし、物事が自分の望み通りに進まなかったとき、私は内側で感じていた押しつぶされような苦痛を軽くするために、あなたと喧嘩し、役立たずと罵りました。あなたを怒らせるために離婚すると脅しさえしました。それであなたが傷ついたのはわかりましたし、私もあなたをこんな風に扱いたくはなかったのですが、自分を止められなかったのです。翌日、あなたは村の外で仕事を探すために家を出ました。

   あなたが家にいない日々、私はいつも落ち込んでいました。私の両親や親戚やお友達が来て、あなたが私に親切であり、離婚すべきでないことをわからせようと説得しました。私はあなたの愛情と献身、そしていつも思いやりがあって私を気遣おうとしていたことを思い出し、私たちの愛する息子を見ました。家を出るという考えは耐えられず、ようやく、あなたと離婚するという考えを諦めたのです。

   結婚生活の不幸のせいで、私は何度も夜に泣き出し、涙で枕を濡らしました。でも、いつもあなたを軽蔑し、苦痛の中で生きているのは家族の貧しさのせいだと考えていたことに、あなたは気づいているでしょうか。ある日、義母が神様の御国の福音について語ってくれるまではそうでした。神様の御言葉は私の人生から闇を吹き払い、私を苦痛から解放し、あなたへの憎悪を消し去りました。

   神様はこうおっしゃっています。「あなた方の気質、素質、外見、霊的背丈、あなたが生まれた家族、あなたの仕事と結婚、あなたの全て、あなたの髪や肌の色、またあなたが生まれた時間さえも、すべてはわたしの手によって定められたのである。あなたが為すことや、あなたが日々出会う人たちさえ、わたしの手によって定められており、今日あなたが私の前に来たのも、実際、わたしの采配であるという事実は、言うまでもない。あなたは混乱に陥ってはならない。落ち着いて前進すべきである。」神様の御言葉は私に衝撃を与えました。天でも地でも、すべての物事には支配者がいらっしゃいます。支配者は天と地ですべてをお造りになっただけでなく、一人残らずその運命を支配なさっています。そのとき初めて、自分がいつ生まれ、誰と結婚し、家庭を築くのかは、神様によってはるか以前にあらかじめ定められていたのだと気づきました。私が何度もあなたから離れることを選びながら、それでも結局一緒になったのは、何ら不思議なことではなかったのです。結婚後、私がどれだけあなたの家族に不満だろうと、どれだけあなたを軽蔑しようと、また離婚すると脅したにもかかわらず、私は息子を失いたくなかったので、最後はその考えを捨て去りました。神様がすべてを支配なさっていることを知らなかったせいで、自分は人生においてあまりに多くを要求し、あまりにたびたび文句を言っては不満を抱え、そのような苦痛の中で生きていたのだと、私は気づきました。いったんそれを理解すると、私は神様に祈り、神様の計画と采配に喜んで従うようになり、自分を苦痛の根源へと導いてくださるよう神様にお願いしました。

   その後、私は神様の御言葉の中から次の文章を読みました。「社会動向が席巻すると、その創出者となるのはごく僅かな人たちです。その人たちは、ある種の行動を始めたり、ある種の考え方や物の見方を受け入れたりして始めます。しかし大部分の人々は、無意識のうちに、そうした社会動向に継続的に汚染され、捕らわれ、魅惑され、やがてそれを知らず知らずのうちに、無意識のうちに受け入れるようになり、それに呑み込まれて支配されるようになります。こうした社会動向で、心身の健全さが欠如し、真理とは何かを知らず、肯定的なものと否定的なものの区別が出来ない人間は、そうしたサタンに由来する社会動向や人生観、価値観を次々と進んで受け入れてしまいます。この種の人々は、どのような人生を送るべきかに関してサタンが教えることや、サタンにより『授けられた』生活の道を受け入れます。彼らには強さ、能力、またことさらに拒否する意識が欠乏しているのです。」

   神様の御言葉は突然の目覚めでした。サタンは人々を騙して誤った方向へ導くために、ずっと「金銭が第一」とか「パンのない結婚は長続きしない」とか「貧しい夫妻を待つのは災難のみ」とかいう悪しき考えや観念を用い、それらを使って人生や価値に対する私の見方をねじ曲げました。そもそも結婚とは、意思があって同じ考えを持つ二人が一緒に家庭を築くことのはずですが、悪しきサタン的な流行が結婚に数多くの追加条件を付け加え、夫婦の関係を取引の一つに変えてしまったのです。パートナーの一方が、もう一方による物欲と虚栄心の要求を満たせるなら、結婚は曲がりなりにも保たれるでしょうが、さもなければ互いを嫌い、文句を言い、傷つけ合うか、もしくは崩壊して別れることになるでしょう。私も同じだったのではないでしょうか。私は悪しきサタン的な流行に影響され、有能で稼ぎがいい男と結婚して物質的な不安から自由になり、最高の物質的な贅沢を享受することでしか、本当に幸せにはなれないと考えていました。結婚後、私たちの貧困と、豊かな暮らしを送りたいという私の願望のために、あなたが私を満足させられなかったとき、私は惨めな気分になってあなたに文句を言ったり、有能でないとあなたを軽蔑したり、些細なことでしばしばあなたと喧嘩したり、そのうえ離婚すると脅しさえしました。私はあなたのことも惨めな気分にさせていました。ですが、それはどれも、サタンが私をもてあそび、害を及ぼしていたのです。今それを考えてみると、裕福な夫を本当に見つけていたとしても、幸せになるとは限りません。お隣さんは大金持ちの裕福な重役ですが、外に愛人を見つけ、家には数ヶ月に一度しか戻りません。奥さんは高級な服を着て物質的な不安は何一つないものの、夫の冷酷さと裏切りのせいでいつも惨めな思いをしています。また車と家と貯金がありながら、何十回も浮気を重ねて妻を苦しめ、最後は離婚に至った金持ちの男性がこの街にはいます。そうした例は数え切れないほどあるのです。そして自分自身の結婚生活が頭に浮かびました。あなたは財産を作れず、物質的に最高の暮らしを私にもたらすことはできないけれど、私を優しく扱い、私のもとを決して離れず、あらゆる点で私を気遣ってくれます。私の病気が一番深刻だったとき、あなたは私の見ていないところで何度も泣いて、私の母にこう言いました。「彼女が息をしている限り、治す試みを諦めるつもりはありません。治療のために金を借りる必要があるとしても、いのちの最後のかけらが彼女から消えるまで、私はそうするつもりです」私はずっと幸せのうちに暮らしていながら、一度もそれに気づきませんでした。ようやく、あなたが私のそばにいるという神様の采配が、私に対する神様の愛だということに気づきましたが、サタンは私の見方をねじ曲げ、物質的な生活を追い求めて、神様の采配から逃れようともがくように仕組んだのです。それが私の苦痛の根源でした。

   その後、私は神様の御言葉の中で次の文章を見ました。「人々が追求する人生の様々な目標や生活様式を繰り返し調査し、注意深く分析すると、創造主が人類を創った時の創造主の本来の意図と一致するものがひとつも無いことが分かります。それらは全て人間を創造主による統治と慈しみから引き離し、人間を堕落させて地獄へと導く罠です。このことを確認した後の作業は、以前の人生観を捨て、様々な罠から離れ、自分の人生を神に託して神による采配に委ね、神の指揮と導きのみに従うよう心がけ、それ以外の選択肢をもたない神を崇拝する者となることです。」神様の御言葉は私に方向を指し示しました。そして私は喜んで神様の御言葉を実践し、神様の計画と采配に従い、自分の誤った古い目標と見方を捨て、贅沢な物質的暮らしを追い求めるのをやめようと思いました。あなたと平和に人生を送れればそれでいいと考えて、あなたがお金を稼げるかどうかに関係なく、もうあなたと喧嘩しないと決意しました。

   その年の春節の前に戻ってきたとき、あなたが自分を支えるだけのお金しか稼げなかったと知って、私は心の中に再び衝動を感じました。あなたの眉間にしわが寄っているのを見て、またあなたを罵ってしまうと思い、心を静めてくださるよう神様にお願いしました。過去のつらい体験をすべて思い出し、私たちがどれだけお金を稼ぐかは神様によってあらかじめ定められていると理解するとともに、着る服と口にする食事があればそれで満足すべきこともわかりました。私は心が解放されるのを感じ、以前のようにあなたと喧嘩することはありませんでした。あなたの眉間に浮かんでいたしわが消え、顔に笑みが浮かぶのを見ました。私はもう離婚など口にせず、あなたを軽蔑もしませんでした。

   その日あなたは、神様を信じるようになってから優しく寛容になったとか、幸せな家庭を持つのはいいことだとか言って、息子の前で私を褒めてくれました。それに、私の神様への信仰を支えるとも言ってくれました。それがわかったとき、私がどれだけ感動したか知っていますか。神様の御言葉は私を変え、神様は私たちに平和な家庭を与えてくださったと、あなたにお伝えしたいです。

   あなたの妻、阿悦

 

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キリスト教讃美歌「神の愛は私の心を溶かした」


夫に裏切られた彼女を、神は苦痛のもやから救われた

2019-08-26 22:07:41 | 婚姻・家庭

   光陰矢のごとしです。泓(ホン)児(アル)はあどけない少女から優美な若い女性に成長し、恋愛に興味が芽生え、やがて目覚めます。富や地位はどうでもよかったのです。彼女が求めていたのは、どんな嵐を乗り切るときも慈しみと愛があり、困ったときには助け合い、ともに歳を重ねていくような関係だけでした。時が来るのを彼女は静かに待っていました…

   彼は突然泓(ホン)児(アル)の世界に現れました。彼女は彼の端正な顔立ちと澄み切った瞳に胸がときめき、彼もまた彼女に特別な感情を抱いたのでした。そのときから、彼女の穏やかで刺激のない日々は陽光で満ちあふれました。やがて二人の距離は縮まり、彼の優しさと思いやりは、泓(ホン)児(アル)にとって外見の良さよりもいっそう愛しいものでした。

   「この人こそ人生を委ねて一緒に歳を重ねたいと思っていた人だわ」と彼女は確信します。また、彼も「一生幸せにするよ」と誓ってくれました。しかし、彼女の両親は彼の家庭が貧しいことに不満を漏らし、彼女に「別れてほしい」と言います。泓(ホン)児(アル)はそれをまったく意に介さずただひたすら「心から愛し合っているし、絶対に一生連れ添えるわ」という気持ちで、両親の反対もむなしく、二人で遠くに引っ越しました。

   やがて子宝に恵まれ、愛らしくぽっちゃりした息子が不自由なく暮らせるように夫婦は疲れを覚えることなく働きました。泓(ホン)児(アル)にとって大変で疲れることでしたが、愛する人と協力して一生懸命働き、家庭を育むことはとても甘美な喜びでした。

   彼女の誕生日には特別に、彼は半月分の給料をかけて、ラジオで彼女のために「風雨に耐えて」というラブソングをかけさせ、曲が始まるなり、泓児(ホンアル)は感極まって涙を流します。その曲の中に、1つになった2人の心の声が聞こえたのです。

   末永く結ばれ、お互いを大切に思い、愛し合っている夫婦よりも尊いものなどあるでしょうか?彼女が求めていたのは莫大な富ではなく、このように仲のいい夫婦生活でした。円満な家庭があれば十分だったのです。

   月日がたち、瞬く間に20年が過ぎました。一人息子はすっかり成長し、2人はかなりの規模の家業を始めるために二人三脚で一生懸命働きました。しかしある時点で、泓(ホン)児(アル)は夫の帰宅が次第に減り、「接待がある」という言い訳が増えたことに気づきました。かつて温かく幸せだった家庭がだんだん冷えていくようで、泓(ホン)児(アル)は気を揉んでいました。会社の建築を準備をしていたときは夫自ら対処しなければならないことがたくさんあり、当時は目が回る忙しさだったけど、いつもできる限り早く家に帰ってくれていた。今は会社の経営がどの面でも軌道に乗って、前ほど忙しくないはずなのに、どうして前よりも家に帰ってこなくなったのかしら」。

   彼女は不安で落ち着きません。顧客の趣向は当然理解していました、「フットマッサージや、サウナ、カラオケ、ナイトクラブとか色んな娯楽のワンストップサービスが業界の暗黙のルールになっているし、色んな娯楽の場に行って一夜限りの関係を持ったり、浮気をしたりすることは男の人の間では流行っている。夫は来る日も来る日も客を接待し、このような誘惑だらけの娯楽施設に出入りしているということは、まさか…?いえ、そんなはずはないわ!」

   この20年間、彼女と夫はどんな嵐も乗り越えて手に手を取って歩んできました。その間に起きたことはどんなにささいなでも夫婦の愛の証だったのです。これほどしっかりした愛の土台がどうしてちょっとした誘惑で崩れるのでしょう。「私たちの愛ならどのような試練も耐えられるはずよ」、泓(ホン)児(アル)は自分を慰めるためにそう考えましたが、現実と直面してみるとそれでも気が気ではありませんでした。

   現実は、泓(ホン)児(アル)が「きっとそうよ」と思った通りにはなってくれなかったのです。夫は高額な使途不明金が続き、家に帰らないことがさらに頻繁になり、言い訳も非常にあいまいになります。こうしたことが重なって打撃を受けた彼女はますます不安で心が押しつぶされそうでした。

   夫の普段と違う行動から、「多分浮気ね」と感じていましたが、その現実を受け入れて認めようとはしませんでした。「一生幸せにするよ」と誓い、20年間もともに嵐を乗り越えてきた夫が、突然自分を裏切るなど認める勇気がなかったのです。「死が二人を分かつまで」という誓いは気休めの嘘にすぎなかったのでしょうか。

   現実が現実だけにこれ以上自分自身を偽ることができなくなった泓児(ホンアル)は夫を尾行し始めます。ある日、尾行するうちに高級住宅街にたどり着き、そこには彼が別の女性と建てた家があることを知りました。その女性が小さな子供を腕に抱いてあやしているのを見た瞬間、凄まじいショックを受け、自分の目を疑います。「夫が他の女性とホテルに出入りしたり、親密な関係ぐらいにはなったりしているかもね」という疑いは何度か抱きましたが、まさか別の家庭を築き、別の女性との間に子供をつくっているとは夢にも思いませんでした。その厳しい事実を前に、それまで彼女の中にあったわずかばかりの慰めも砕け散り、崩れ去りました。瞬く間に、2人の誓いも20数年にわたる支え合いも跡形もなくバラバラに崩れ落ちたのです。なんて薄情な人なのでしょうか。一生幸せにするという約束を忘れることなどできるのでしょうか「風雨に耐えて」の歌で表した気持ちを忘れてしまったのでしょうか。妻が夫のためにすべてを投げ出したたことも、夫婦で様々なことを乗り越えてきたことを忘れてしまったのでしょうか。どうして忘れることなどできるのか。どうして妻にそのような仕打ちをするのでしょう。20年間育んだ愛が、見知らぬ人の誘惑に負けるなどありえるでしょうか。

   その瞬間、泓児(ホンアル)は怒りと悲しみに心をかき乱されて震え、不意に涙がこぼれました。そしてかすれた声で夫に「本気で私と息子を捨てて、この女を選ぶっていうの」と叫びます。

   夫の顔に罪悪感が浮かび、「すまないことをした。家族は今でも大切だよ」と答えてくれることを彼女は期待しましたが、夫は涙を流して問いかける妻を前にしてもすっかり黙り込んでいました。夫の態度を見て、泓児(ホンアル)は打ちひしがれました。どうしてこれほど薄情に裏切ることができるのか、見当もつきません。心の中の憤りを抑えきれず、夫の顔を強く平手打ちしました。

   泓(ホン)児(アル)はその場を去った記憶がありませんでした。すべてが吸い取られてしまったような感じです。黄昏が濃くなる中、海岸に立ちつくす彼女のそばに見られたのは、夕日とその色あせた残光だけでした。



   苦痛の波が、絶え間なく心にこみ上げてきました。共に過ごした20年の場面が次々と目に浮かびます。彼のために家族の反対を押し切り、毅然として2人で遠くに移り住みました。ともに必死で働き、金に不自由することがあってもお互いの気持ちがそげるは少しもありませんでした。手に手を取って酸いも甘いも噛み分け、雨にも風にもめげずここまで来たのです。

   暮らしが豊かになり、子供が成長したというのに、夫は幸せな家庭を捨てて別の女と巣を作るなどということができたのです。泓(ホン)児(アル)は夫の不貞を憎み、薄情さを憎みましたが、「せっかく一生懸命働いて築いた幸せな家庭が消えてしまうなんて」と思うととても諦めきれず、「取り戻すためにできることなら何でもするわ」と思います。どんな幸福も託していた夫であるだけに、戻ってきてくれさえすれば、過去の過ちは赦せたのです。

   帰宅すると、泓(ホン)児(アル)は夫婦仲を救うための計画を立て始めますが、ある友人から、「男は生活のために仕事に行く所で、冷たい表情に嫌というほど出会う」ので、「家に帰ってくる旦那に必要なのは、家庭の温かさ」でそれさえあれば幸せを感じられるという助言を聞きました。また、「男の心をつかむには先ず胃袋から」だと友人は言います。

   泓(ホン)児(アル)は、夫の好物がギョーザであると知っていたので、毎日手間暇かけて何種類ものギョーザを手作りし、さりげなく夫のことを調べる方法を色々考えました。息子を使って帰宅してもらう理由も思いつけるだけ思いつきましたが、どんなにうまいことを言ってもいつも気乗りしないようでした。泓(ホン)児(アル)は「私が年を取って見た目も悪くなったから気持ちが冷めたのかしら」と考え、若く見せることに多大な精力を費やすようになります。夫の心を取り戻すために様々な方法を考えましたが、すべて無駄でした。その時期は本当に大変で疲れ果て、ひどい無力感を覚えていました。

   毎日、涙を流しながら顔を洗い、夜もよく眠れませんでした。壊れた家庭を修復しようとどれほど多くのことを試したかわかりません。万策が尽きた彼女にできたことは、夫が改心してくれるのを苦しみながら待つことだけでした。

   泓(ホン)児(アル)はそのまま3年待ち、その長い日々の間幾度となく自問しました、「20数年もの愛情が、こんなにあっさりなくなってしまうなんて。こんなに苦労してるのにどうして幸せで完璧な家庭を取り戻せないの」

   何度も問いましたが、答えは見つかりません。来る日も来る日も待ちましたが、何も変わりませんでした。それは間違いなく彼女たちの夫婦生活に対する「死刑宣告」でした。悲嘆にくれた泓児(ホンアル)には、そんなショックに耐える気力もありませんでした。もううんざりしており、前進する勇気も精力もなくなった彼女は40錠のジアゼパムを一気に飲みました…

   翌日目が覚めると、病院にいました。息子と夫もいました。悔し涙がとめどなく流れ、心はボロボロで、泣きたいだけ泣きました。このような状況で家族が揃うとは何とも皮肉ですが、彼女にはどうしようもありません。空を見上げてため息をつきました、「夫婦がともに辛いことを乗り越えられるのに、豊かさに負けてしまう理由なんて誰にわかるかしら。20数年愛がこんなにもろいなんて。」

   それから間もなく、息子の姑が神の終わりの日の福音を泓(ホン)児(アル)に伝え、「あなたを救い、苦しみを全部取ってくださるのは神だけよ」と言い添えました。これは、人が神によって創造されたためです。人類は、始めは神の配慮と保護のもとにとても幸せに暮らしましたが、サタンによって堕落させられたために神から離れてしまい、神の存在を否定し、サタンの害毒の中で暮らすようになったのです。人の不満と苦痛は大きくなるばかりです。神御自身が受肉されたのは、真理を表し人類を救い、サタンの手から奪い返すためなのです。

   人は神の御前に立ち、神の御言葉を読み、そこから真理を理解することで初めて、社会にはびこる諸悪の根源を見抜き、サタンの害毒から離れて、神の配慮と保護のもとに暮らすことができます。息子の姑は神の御言葉の一節を読みました。「全能者は、深い悲しみの中にあるこのような人々に慈しみを抱く。同時に、神は何の自覚もしていないこのような人々にうんざりしている。なぜなら、神は人間から答えを得るのに、あまりにも長く待たねばならないからである。神は探したいと、あなたの心や霊を探したいと、願っている。神は、あなたに食べ物や水をもってきたい、あなたを目覚めさせたいと思っている――そうしてもはやあなたが渇きを感じないように、もはや空腹でなくなるように。あなたが疲れているとき、この世の荒廃を感じはじめるとき、途方に暮れてはならない、泣いてはならない。全能神という、見張る者はいつでも、あなたが来るのを抱擁して迎えるだろう。彼はあなたのそばで見守っている、あなたが引き返してくるのを待っている。あなたの記憶が突然回復する日を待っている――すなわち、あなたが神から来たという事実、ともかくもどこかで道を失った、道端で気を失った、それから知らずに一人の「父」ができたことが意識にのぼる日を。そして全能者がそこで待っていたということ、はじめからずっとあなたが返ってくることを待っていたということを、あなたが理解することを。全能者は苦しげに切望している、そして答えのない応答を待っている。」(『言葉は肉において現れる』の「全能者のため息」より)

   今まで聞いたこともなかったこれらの言葉に耳を傾けた泓(ホン)児(アル)は大変心を打たれ、暖流が心の中で沸き上がって心身が温まるような気分でした。ここ数年、彼女には、心の深い悲しみを分かってくれる人も、苦しみの重荷をともに背負ってくれる人もいませんでした。また、理解して慰めることができる人もいなかったのです。寂しく眠れない夜を何度となく過ごし、明け方まで一人静かに涙を流していました。心の傷が影のように付きまとい、決して忘れることも、振り払うこともできず、「もうずっとこのまま孤独で辛い人生しかないのね」と思っていました。

   しかしその日、その一節が心の扉を叩き、「私が辛くて苦しんで涙を流しているとき、神はそれを御存じでいつもそばにいて、私が気を持ち直すのを待ってくださっている」と悟ったのです。神の親心ある言葉を聞いて、泓児(ホンアル)は涙が止まらず、「神がそばにいてくださる。一人じゃないんだ」と感じました。

   彼女はそれまで神について聞いたことはなく、何も知りませんでしたが、神はいつもそばで見守ってくださっていたのです。間一髪の時に彼女を救い、自殺を決意した彼女の生命を守られただけでなく、人生にすっかり絶望していた彼女に、息子の姑を通して神の声を聴かせてくださいました。

   御自身の言葉を用いて泓児(ホンアル)の心を動かし、温もりを与え、希望をもたらし、絶望と苦痛の人生を好転させてくださったのです。その瞬間、泓児(ホンアル)は神の愛と救いを感じ、傷ついた心が癒されました。心の拠り所を得たのです。

   その後、泓児(ホンアル)は全能神教会に通い、神の御言葉を読み、真理について交わり、兄弟姉妹とともに神を称えて讃美歌を歌うようになりました。彼らが皆親切で、誠実さをもって人に接しているのを彼女は目の当たりにしました。彼らは自分たちの暴かれた堕落について単純明快かつ率直に打ち明け、神の御言葉に従って堕落を分析し、神が好む正直者を目指すことができていました。

   誰も他人を嘲ったりせず、皆互いに助け合い、糧を与え合いました。誰もが幸せそうな、あふれんばかりの笑顔を見せていました。泓児(ホンアル)はこの誠実でうれしい雰囲気が自分にも移っていると感じ、その大家族の中で、今まで経験したことのないような安らぎと自由を得ました。

   久しぶりの温かさと、我が家に帰って来たような気持ちを再発見したのです。苦痛は日ごとに和らぎ、徐々に笑顔が出てきました。長いこと困惑してきた事柄に対する答えを神の御言葉の中に見出し、自分の苦しみの根源がわかるようになりました。神の御言葉には次のようなものがあります。「実は、神の様々な創造物の中で、人間は最も賤しい。人間は万物の長でありながら、そのなかでサタンの策略に影響されるのも、サタンの限りない墮落の道に陥るのも人間だけである。人間はかつて自らを支配したことがない。殆どの人々がサタンの汚れた地で生活し、サタンに嘲笑されている。サタンはあの手この手で人間を悩ませ、人間は死にかけの状態となり、人生の浮き沈みや人間の世界の苦難を経験する。サタンは、人間を弄んだ後、人間の運命に終止符を打つ。」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(1)」より)「こうした社会動向には、それぞれに人間を継続的に堕落させ、良心、人間性、理知を失わせ、人間の倫理や人格をますます低下させる邪悪な影響があり、それゆえ現在、大部分の人々に誠実さや人間性、良心、さらには理知さえ欠如している状態にまで達しているとさえ言えるほどです。」(『言葉は肉において現れる』の「唯一の神自身6」より)「あなたがたは皆、「裏切り」という言葉を知っている。なぜなら、ほとんどの者たちが、これまでに何かしら他人を裏切ることをしたからである。例えば、夫が妻を裏切り、妻が夫を裏切る。息子が父を裏切り、娘が母を裏切る。奴隷が主人を裏切り、友達同士が互いに裏切り合う。親戚同士が裏切り合い、売り主が買い主を裏切る等である。こうした例には、すべて裏切りの本質が含まれている。」(『言葉は肉において現れる』の「極めて深刻な問題──裏切り(1)」より)「人間の本性とは、その者のいのちであり、それは、生き残るために人間が依存する原則であり、人間はそれを変えることが出來ない。ちょうど裏切りの本性のように――もしあなたが、何か親戚や友人を裏切ることが出来るのであれば、それは裏切りがあなたのいのちの一部であり、あなたの生来の本性であることを証明している。このことは誰も否定出来ないことである。」(『言葉は肉において現れる』の「極めて深刻な問題──裏切り(1)」より)

   神の御言葉を通して、泓児(ホンアル)は「人間の苦しみは全部サタンによる堕落に端を発しているのね。人々は皆いわば大だるの中で暮らし、邪悪に染まっているのだわ」と理解しました。私たちはサタンの悪しきささやきを浴びています。例えば、「屋敷をしっかり保ちながら自分はその傍らで楽しめ」、「人生は短い。楽しめるうちに楽しめ」、「人生は短いのだから今を楽しめ」、「男は10人中9人は女と馬鹿騒ぎし、残りの1人はただの馬鹿だ」といった格言があります。

   これらは、男性が他の女性と浮気をして、愛人を囲うことは容認できることであり、地位の印であると説いてします。さらに、誘惑が多い娯楽の場は大通りから小さな路地まで至るところにあり、人々が悪しき肉体的快楽にふけるのにとても便利です。多くの人々は恥ずかしげもなく一夜限りの関係を持ち、浮気に興じます。彼らはあまりにも邪悪で堕落しており、あまりにも下劣なため人間らしさを欠いています。

   真理を理解していなければ、人は善悪も美醜も見分けることができず、ポジティブな事柄とネガティブな事柄の区別もできません。そのような人は、物の見方がねじれ、悪事を公正かつ立派な事とみなします。人間が備えるべき人間性も理性も、倫理観も、尊厳も手放し、肉欲を満たすためだけに誓いを破り、配偶者を裏切ります。サタンの支配下で生き、すっかり肉欲に溺れ、悦楽を追求し、自身の見苦しい欲望を満たしているのです。

   泓児(ホンアル)はこの邪悪な社会について一考しました。夫が妻を裏切り、妻が夫を裏切ることはよくあることです。悪しき風潮で腐敗し、真理を欠く人はこのような行為に何の抵抗もありません。知らず知らずのうちに邪悪な考えの影響を受け、つかの間の肉体的欲求を満たすためだけに責任も道徳も正義も良心も無視します。配偶者を見捨て、家族に途方もない心の傷を与えます。それで一生苦しむ人もいるでしょう。

   泓児(ホンアル)は夫もこのような邪悪なサタン的風潮の被害者であったのだと悟り、夫がかつてとても思いやりと愛情をかけてくれた時のことや、2人とも自分たちのためだけに物質的な富を求めたりはしなかったことを思い出しました。ただ互いへの愛と慈しみ、幸福と円満さだけを求めていたのです。

   しかし裕福になった途端、夫は頻繁に顧客を接待し、あちこちで娯楽の場を飛び回るようになりました。悪しき風潮の魅惑に勝てず、放蕩生活を送るようになったのです。肉欲を満たすことだけを考えて、不倫をし、見苦しい欲望のままに生きま、妻の気持ちも、ましてや家族のことも全く考えていません。こうして家庭が壊れ、2人は離別してしまったのです。

   20数年も分かち合ってきた愛も、悪しき風潮の前では、実にもろく見えました。わずかな衝撃にも耐えられなかったのです。それはすべて、サタンが人間を堕落させた結果ではないでしょうか。

   泓児(ホンアル)は、サタンによってひどく害されたことを自覚しました。彼女がいつも求めていた夫婦生活は、円満で愛し合い、「死が二人を分かつまで」ともに歳を重ねるというもので、そのような夫婦生活だけが、人生の幸福だと考えていたのです。

   夫が道を誤った後、彼女は壊された愛を取り戻すために百方手を尽くし、望みが叶わないと苦痛のもやの中に暮らし、抜け出すこともできず、死んで楽になろうとさえしました。それはすべてサタンが人間に吹き込んだ間違った考えや物の見方に過ぎず、彼女をもてあそび、害するものではなかったでしょうか。

   泓(ホン)児(アル)は神の御言葉を読んで初めて、「人間は皆自分勝手で、、自分の都合のために、自分の主義に従って行動するんだわ」と理解しました。2人の人間の間に真実の愛はありません。ロマンティックな愛など存在しないのです。しかしサタンは人が悪を崇め、何よりもロマンティックな愛を追求し、完全な幻想の中に生きるように、あらゆる馬鹿げた観念を利用して堕落させ、そそのかします。人はますます堕落し、下劣になり、神からどんどん離れます。

   そのことから泓児は、「人は真理がなければ善悪や美醜を見分けることができず、ポジティブな事柄についても判断できない」ことを実感しました。これではただサタンにもてあそばれ、害され、終いには飲みこまれてしまいます。神の救いのおかげで、泓(ホン)児(アル)はサタンによる人間の堕落の実態を知り、苦しみの根源がわかるようになりました。神の御言葉のおかげでずいぶんと心が明るくなり、とても気持ちが安らぎました。

   それから泓(ホン)児(アル)はこの神の御言葉の次の節を読みました。「神の本質は聖なるものなので、あなたは神によってのみいのちに通じる明るい正しい道を歩むことができ、神によってのみ人生の意味を知ることができ、神によってのみ真の人生を送ることができ、真理を獲得し、知ることができ、神によってのみ真理からいのちを得ることができます。人間が悪を避けるのを助け、サタンの危害と支配から人間を救うことができるのは神だけです。神以外に、これ以上苦しまないよう、辛苦の海からあなたを救い出すことができる人や物はありません。このことは、神の本質により決まっています。無私にあなたを救うのは神自身のみであり、あなたの将来や運命、人生に究極的に責任を負うのは神のみであり、神はあなたのためにあらゆる物事を手配します。これは、被造物や非被造物のいずれも成し得ないことです。被造物や非被造物に、このような神の本質を持つものは存在しないので、あなたを救い、導く能力のある人や物は存在しません。これが人間にとっての神の本質の重要性です。」(『言葉は肉において現れる』の「唯一の神自身6」より)

   泓(ホン)児(アル)は神の御言葉から、「神だけが人をサタンの堕落から救うことができる人は神の御言葉を通して真理を理解することで初めて、人間を堕落させるサタンの戦術や方法を見極められる」と理解しました。それだけが、サタンの策略を見抜き、害を逃れ、自由に生きる道なのです。彼女は「何年も間違った考えに支配されていたのね。結婚して幸せになろうなんて幻想に過ぎなかったんだわ」と嘆き、ため息をつきました。思えば、夫もサタンによって堕落させられた人であり、ネガティブな悪事ばかり追求してきました。そのため彼女には苦しみと傷しかもたらせず、何の幸福ももたらせなかったのです。

   人に対する神の愛だけが無私無欲であり、神だけがサタンの支配から人を救いたいと心から願ってくださるのです。人を清め、変えるために神はあらゆる真理を表し、あらゆる環境を采配されます。それはすべて人がサタンの悪影響から逃れるように導き、幸福な人生をもたらすためです。しかし堕落した人類というものは、自分の個人的な興味を引くものに出会うとすぐに裏切るのです。神のみがいつでもどこでも人のそばにおられ、あらゆる逆境を切り抜けられるように助けてくださいます。神のみが本当に頼れる存在であり、神の家だけが人の心と霊にとって本当の避難場所なのです。

   以前の泓(ホン)児(アル)はサタンから生じた悪しき風潮を理解しておらず、ただ夫へ憤りを抱きながら、幸福も喜びもない暮らしをしていました。サタンに縛られて害され、惨めな日々を過ごした苦痛は言い表せないほどでした。今では苦しみの根源がわかったため、夫が憎くなくなったのです。

   肩の荷が下りたようで、かつてなかったような霊の安らぎと安心と自由を感じました。真理の理解を通してあらゆる人や出来事や物事を見分けるという経験を得て、ついに苦しみとサタンの害悪という責め苦を逃れることができたのです。

   神の御言葉の啓きと導きを得た泓(ホン)児(アル)は、以前のようにふさぎ込まなくなります。夫が夫婦愛を裏切ったことの執着を手放し、安らぎを得たのです。ついにもやに覆われた日々に別れを告げました。彼女を知っている人たちは、「人が変わったね。もっと頭がさえて快活になってる」と口をそろえて言います。神の御言葉のおかげでこのように変わることができたため彼女は神への感謝の気持ちでいっぱいでした。

   そして数年が経ちました。泓(ホン)児(アル)は神の御言葉を常に読み、教会生活を送り、兄弟姉妹と神の御言葉について交わり、創造物の一つとして本分を尽くすことに全力を注ぎ、とても充実した日々を過ごしています。真理をある程度理解し、「人が地上で生きるのは配偶者や子供のためだけではなく、創造物としてしかるべき本分を尽くすためであり、そのように生きることで初めて神に喜んで頂ける」とはっきり認識しました。ついに人生の正しい道を見つけたのです。それは神に従い、神の御言葉の裁きと刑罰を受け入れ、神の働きを経験し、真理を理解して得るように励むことです。神を畏れ悪を避けることであり、神に従って神を崇拝する者になることです。これが最も有意義で幸せな人生なのです。

   泓(ホン)児(アル)の願いは、神の導きと指導の下でこのような人生の道を歩み、真理といのちを得て、サタンの害から完全に逃れ、意義のある人生を送ること、即ち、真理の現実を生きて神に栄光を帰すことなのです。