賛美の心

こちらでは賛美、礼拝、心を主の前において静まり、まことの心で神様を賛美することだけです。

聖書の言葉-すべてを捨てて主に従います・マタイによる福音書4:22

2020-10-20 23:33:26 | 聖書の学び

聖書の言葉-すべてを捨てて主に従います・マタイによる福音書4:22

 聖書の言葉
 すぐ舟と父とをおいて、イエスに従って行った。

マタイによる福音書4:22

 この聖句に「おいて」に触れたが、私たちが知っている通り、当時ペテロが魚に行ったが、何の穫物もなく、主イエスが彼を再度魚に行かれて、穫物がいっぱいありました。同時に主イエスが彼に従うようにペテロたちに呼びかけて、つまり主の弟子となり、この時彼たちは舟をおいて、網を捨て、しかも父親から離れられて、主イエスに従いました。ここから私は聖書にある言葉を思い出しました。「それと同じように、あなたがたのうちで、自分の財産をことごとく捨て切るものでなくては、わたしの弟子となることはできない。」(ルカによる福音書14:33)

 主イエスは私たちにこの世の追求よりも彼を愛するように求められています。それでは、私たちはどのようにして神様を愛する人になれるのでしょうか。神様の言葉はこう言われました。「あなたは自分の肩にある荷の重さ、委託、責任などを認識しているだろうか。あなたには歴史における自分の使命感がどこかにあるだろうか。あなたは次の時代の良き主人としてどのように奉仕するだろうか。あなたには主人としての強い意識があるだろうか。全ての物の主人についてどのように説明するだろうか。それはまことに世界の全ての生き物と全ての物質の主人であるのだろうか。次の段階の働きの進展のために、あなたはどのような計画を持っているのだろうか。何人の人たちがあなたに羊飼いとなってもらいたいと待っているのだろうか。あなたの任務は重い任務か。彼らは貧しく、哀れで、盲目で、途方に暮れており、暗闇の中で泣き叫んでいる。『道はどこにあるのか』と。……神は心でどれほど深く悲しみ、心配しているかを、あなたは考えたことがあるだろうか。神は自身の手で造った罪のない人類がこのような苦しみにあっているのを見ていられるだろうか。結局、人類は毒された不運な者たちである。彼らは今日まで生きながらえたけれども、悪い者によって長い間毒されてきたといったい誰が思っただろうか。あなたは自分もその犠牲者の一人であることを忘れてしまったのか。神へのあなたの愛で、生き残った人たちを救うために喜んで尽力しようと思わないのか。自分の肉と血のように人類を愛する神に報いるために全力で努力したいと思わないだろうか。神に用いられて並外れた人生を生きることを、あなたはどのように理解しているのだろうか。あなたには『敬虔で神に仕える人』の意義深い人生を送るための決意と自信を本当に持っているだろうか。」この中から、人類を救いたいという神様の強い願いを見ました。神様の働きには人間が協力することが求められ、私たちが呼びかけに直面し、選択に迫られた時、もし私たちは自分の利益を優先に考えたら、誰が神様の福音を広めるのでしょうか。これは私たちが深く考えるに値します。


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