今日は『精神医療改革事典』の紹介をさせてください。
雑誌の「精神医療」第4次100号記念総特集として、編集されたものです。
従来の精神医学系の辞典とは、大きく性格と構成が異なります。
精神疾患や診断・治療法に関わることは、ほとんど取り上げられていません。
「精神医学」という学問について、解説する辞典ではないからです。
「精神医療」という臨床実践の場で、語られてきた言葉を集めています。
専門職が、学会や協会で激しく議論してきた事柄が、取り上げられています。
歴史の暗部ともいえる、精神科病院の不祥事事件等も、多く取り上げています。
立場によって、今も歴史的な評価が割れる政治的な事柄も、収載するようにしました。
一貫しているのは、精神医療は極めて社会的な出来事であるという視点でしょう。
ここに収載されている言葉は、今日までの日本の精神医療のリアルを映す鏡でもあります。
多くの人が忘れ去り、語り継がれてもいない、過去の出来事もありますが。
一方で、現在に至るまで何も変わっていない事柄も、たくさん含まれています。
そして、もしかすると未来に至るまで、この国で残り続ける問題も含まれています。
そういった意味では、これは「精神医療未改革事典」なのかも知れません。
もちろん、その時々に「改革」を目指す試みは重ねられてきました。
その時代の限界はあったにせよ、それぞれの現場で静かな戦いが繰り広げられてきました。
なんとか精神医療を変えようと、時代状況と抗い続けた人びとの記録とも言えそうです。
この本は、昔も今も精神医療改革を追求してきた、62名の執筆陣によって書かれました。
「あ:ICJ勧告」に始まり、「わ:Y問題」に終わる、全268項目。
誌面の都合から、うち79は参照項目とし、解説は189項目に絞らざるを得ませんでした。
割愛せざるを得なかった項目も多々ありますが、およそ類書の無い事典にはなりました。
僕が執筆させていただいた項目は、以下の15項目です。
①岩倉病院問題
②クラーク勧告
③クリティカルパス
④国立犀潟病院問題
⑤障害者総合支援法
⑥精神科医全国共闘会議(プシ共闘)
⑦精神科病棟転換型居住系施設
⑧精神障害者福祉法
⑨精神保健福祉士(法)
⑩全国精神障害者家族会連合会(全家連)
⑪多機能型精神科診療所
⑫地域移行支援
⑬日本病院・地域精神医学会
⑭ピアサポート
⑮保護者制度
上記の中には、世代的にいうと、僕が書くべきではなかった項目も含まれています。
本来は、その出来事にリアルに関わっていた方に、執筆いただければ良かったのですが。
精神医療改革運動を牽引しながら、すでに鬼籍に入った方も多く、果たせませんでした。
執筆を辞退される方もあり、力不足は承知の上で書かざるを得なかった項目もあります。
その事柄をその時代に担っていた方々からすれば、苦笑・失笑ものの記述でしょうが。
その点は、浅学非才の若輩の管見をご海容いただくしかない心境です。
現に精神医療に関わる方は、どれくらいの項目をリアルタイムでご存じでしょうか?
ほとんどの項目をリアルに体験している方は、もう古希を超えている方々でしょう。
いわゆる「団塊の世代」と呼ばれる、1947年~1949年生まれの70代の方々ですね。
還暦過ぎの60代の方でも、「聞いたことはある」範囲のことも多いかも知れません。
ましてや50代の方々は、よほど関心が無いと、知らないことの方が多いでしょうね。
40代以下の方々は、「初めて聞いた」ということが圧倒的に多いのではないでしょうか。
精神保健福祉士を目指す学生は、精神医療史の勉強も一応してきていると思います。
下記の用語のうち、どれだけ知っているでしょうか?
たぶん、現在の法律に載っている制度やサービスの用語は、目にしているでしょうが。
まじめに受験勉強をしていても、およそ聞いたこともない事柄も多いでしょう。
国家試験では取り上げられない、教科書にも載らない、歴史的な事柄なので当たり前です。
それだけ、国家が必要とする専門職の知識は、保守に偏重しているということですね。
でも本当は、未来を担う若い世代にこそ、知っておいてほしい事実ではあります。
「温故知新」の言葉通り、古いものの中に、新しい知見が秘められていることがあります。
歴史を軽んじ笑う者は、結局同じような過ちを繰り返すことにもなるでしょう。
歴史から「何をしなければいけないのか」を考え具体化を図ることも大事でしょうが。
少なくとも、「何をしてはいけないのか」を歴史から学ぶことが大切でしょう。
綺麗事だけでは済まない、この国の精神医療の歴史的経緯と現実を、まずは知るために。
改革が志向されながらも、未解決のまま放置されている事柄と課題を、押さえるために。
そして、現行法に縛られない発想で、精神医療の抜本的変革の方途を、考えるために。
ぜひ手に取って、どこからでもいいから、読んでみて欲しい、1冊です。
『精神医療改革事典』収載項目(五十音順)
※以下の収載項目のうち「⇒」が付くものは、参照先項目を示す。
ICJ(国際法律家委員会)勧告
ICD⇒操作的診断基準
赤堀裁判⇒島田事件
赤レンガ⇒東京大学精神科医師連合
アウトリーチ⇒ACT
ACT
アサイラム(asylum)
アドボケイト
Eクリニック問題⇒多機能型精神科診療所
医局解体闘争
池田小学校事件
石巻事件⇒少年法
いじめ
移送制度
イソミタールインタビュー⇒島田事件
イタリア精神科医療改革
一般入院⇒自由入院
医療観察法⇒心神喪失者等医療観察法
医療法施行規則⇒施設外収容禁止条項
医療法特例
医療保護入院
岩倉病院問題
インシュリンショック療法
インスティチューショナリズム
院内公衆電話⇒行動制限
インフォームド・コンセント
宇都宮病院問題
うつ病
臺(うてな)人体実験
SST
大阪教育大学附属池田小学校事件⇒池田小学校事件
大阪精神医療人権センター
オープンダイアローグ
オープンドア方式⇒開放化運動
オレム・アンダーウッド・モデル
オレム看護論⇒オレム・アンダーウッド・モデル
介護保険
開放化運動
開放療法⇒開放化運動
解離
鍵と鉄格子
画一処遇⇒開放化運動
隔離
学級崩壊
学校崩壊⇒学級崩壊
金沢学会
髪の花
烏山病院問題⇒生活療法
仮退院⇒精神衛生法・精神保健法・精神保健福祉法
看護師
患者クラブ活動
患者使役
岐阜大学胎児人体実験
境界例
共同作業所
京都大学精神科評議会
薬漬け⇒多剤処方
クラーク勧告
クリティカルパス
クロザピン
経済措置
K氏問題⇒岩倉病院問題
刑法改「正」・保安処分に反対する百人委員会⇒保安処分
欠格条項
ケネディ教書
権限委譲(県から市町村)
向精神薬
行動制限
公認心理師法
国際法律家委員会勧告⇒ICJ勧告
国民優生法
国立犀潟病院問題
国連ケア原則(「精神病者の保護及び精神保健ケアの改善の
ための原則」)
こころのケアチーム⇒災害精神医療・DPAT
5疾病・5事業
個人情報保護法
個別看護
コメディカル
災害精神医療
相模原事件
作業療法
作業療法士⇒作業療法
三枚橋病院
敷地内グループホーム⇒病棟転換型居住系施設
死刑制度
自己決定権
自殺
自殺予防総合対策⇒自殺
施設外収容禁止条項
施設コンフリクト⇒施設等建設反対運動
施設症⇒インスティチューソナリズム
施設等建設反対運動
私宅監置
自動車運転
自閉スペクトラム症⇒発達障害
島田事件
社会生活技能訓練⇒SST
社会的入院
十全会病院⇒精神科病院不祥事
重度かつ慢性
自由入院
就労支援
就労移行支援⇒就労支援
就労継続支援⇒就労支援
就労定着支援⇒就労支援
障害構造モデル⇒障害構造論
障害構造論
障害者基本法
障害者虐待防止法
障害者権利条約
障害者自立支援法⇒障害者総合支援法
障害者総合支援法
少年法
処遇困難者専門病棟
自立支援医療(精神通院医療)
新規抗精神病薬⇒向精神薬
新宿バス放火事件⇒保安処分
心神喪失者等医療観察法
身体拘束
人体実験
新谷訴訟⇒自動車運転
心理教育(psychoeducation)
診療看護師⇒看護師
診療報酬
スーパー救急
ストレスチェック制度
生活療法
生活臨床
精神医療国家賠償請求訴訟
精神医療人権センター
精神医療審査会
精神衛生実態調査
精神衛生法(体制)
精神科医全国共闘会議
精神科看護
精神科救急⇒スーパー救急
精神科デイケア
精神科特例⇒医療法特例
精神科七者懇談会
精神科認定看護師⇒精神科看護
精神科病院情報公開―630調査を中心に
精神科病院不祥事
精神科病棟転換型居住系施設
精神看護学⇒精神科看護
精神看護専門看護師
精神鑑定
精神外科
精神CNS⇒精神看護専門看護師
精神障害者権利主張センター・絆⇒精神障害者運動
精神障害者社会復帰施設(法定)
精神障害者福祉法
精神障害者保健福祉手帳
精神病質(psychopathy, psychopathic personality)
精神分裂病呼称変更
精神保健指定医
精神保健従事者団体懇談会
精神保健福祉士
精神保健福祉法
精神保健法
精神療養病棟
成年後見制度
説明と同意⇒インフォームド・コンセント
1968年革命
全国学園闘争
全国精神障害者家族会連合会
全国精神障害者地域生活支援協議会(ami)
全国「精神病」者集団⇒日本の精神障害者運動
全国青年医師連合
全国大学医学部医局解体闘争⇒医局解体闘争
操作的診断基準
相談支援専門員
措置入院
退院後生活環境相談員
退院促進
代弁者制度⇒アドボケイト
多機能型精神科診療所
多剤処方
脱施設化
地域移行支援
地域医療計画
地域精神医学会
地域包括ケアシステム
地域保健法
チーム医療(の推進に関する検討会議)
中間施設
長期在院
治療共同体
治療抵抗性⇒クロザピン、重度かつ慢性
通院医療費公費負担制度⇒自立支援医療
通信面会の自由⇒行動制限
DSM⇒操作的診断基準
DPAT(「こころのケアチーム」も含む)
鉄格子⇒鍵と鉄格子
電気けいれん療法(ECT)⇒電撃療法
電撃療法
電子カルテ
同意入院
東京地業研
東京都精神医療人権センター
登校拒否
当事者活動⇒ピアサポート
東大精神科医師連合
東北精神科医療従事者交流集会
特定行為研修制度
トリエステ⇒イタリア精神医療改革
日本児童青年精神医学会
日本精神科看護協会⇒精神科看護
日本精神科病院協会
日本精神神経学会
日本精神神経学会専門医
日本精神神経科診療所協会
日本精神病理学会
日本精神病理・精神療法学会⇒日本精神病理学会
日本の精神障害者運動
日本病院・地域精神医学会
日本臨床心理学会
任意入院⇒精神保健法
認知症
認知症呼称変更⇒認知症
脳生検⇒台人体実験
ノーマライゼーション
野田事件
パーソナリティ障害⇒精神病質
バザーリア法⇒イタリア精神医療改革
パターナリズム
発達障害
発達障害者支援法⇒発達障害
バンクーバーの地域精神医療と福祉
阪神淡路大震災
反精神医学
ピアサポート
ピアスタッフ⇒ピアサポート
東日本大震災と精神保健活動
ひきこもり
病棟転換型居住系施設⇒精神科病棟転換型居住系施設
貧困
不登校⇒登校拒否
べてるの家
ベルギー精神医療改革
保安処分
包括的暴力防止プログラム(CVPPP)
訪問看護
ボーダーライン⇒境界例
北全病院事件
北陽病院事件
保健師助産師看護師
保健所法改正⇒地域保健法
保護義務者⇒保護者制度
保護室
保護者制度
ホスピタリズム⇒インスティチューショナリズム
母体保護法
みちのくフォーラム⇒東北精神科医療従事者交流集会
無痙攣電撃療法⇒電撃療法
無認可共同作業所⇒共同作業所
やどかりの里
大和川病院事件
優生保護法
抑制⇒身体拘束
ライシャワー事件
リーガルモデルとメディカルモデル
臨床心理士⇒公認心理師法
労働安全衛生法⇒ストレスチェック制度
630患者調査⇒精神科病院情報公開
ロボトミー⇒精神外科
ワイアット裁判
Y問題
『精神医療100号:精神医療改革事典』
編集:第4次「精神医療」編集委員会
2020年12月25日、批評社より刊行
定価1,700円+税、156頁
ISBN:978-4-8265-0719-6