おばあちゃんからまた電話がありました。
「タミアちゃん、あのね、ある雑誌にへんな記事がのってたのよ。」
「どんなのですか。」
「それはね、こんな記事よ。「コラーゲンを食べると消化されてアミノ酸になりますが、そのアミノ酸が皮膚で再度コラーゲンの材料になるのではありません。」というの。
この記事は間違いだわ。だって、ある機能性食品の広告で、コラーゲンを食べた人の肌がぷるぷるになった論文が示されてたのよ。」あらあら、おばあちゃんは勘違いしてます。
「おばあちゃん、コラーゲンを食べたらお肌の潤いが増加しましたという研究成果は、食べたコラーゲンが皮膚のコラーゲンになったとは証明してないんですよ。」
「え??じゃ、なんで「コラーゲンを食べたらお肌が潤った。」と言う人が多いのよ。」
「現在、多くの科学者が考えている仮説はこうです。
コラーゲンを食べた後でお肌がうるおうケースが多いのは、食べたコラーゲンがお肌のコラーゲンになったからではなく、未解明の別の仕組みだろう。
(1)コラーゲンを食べると腸でアミノ酸とペプチドに分解されるが、そのペプチドの刺激で、繊維芽細胞(コラーゲンを作る細胞)が活性化するのでは?。
(2)真皮の中の幹細胞に働きかけて、繊維芽細胞が増えるかもしれない。
(3)たとえコラーゲンは増えなくても、ヒフの水分保持能力がアップするなど、別の理由で肌が潤うケースもあるでしょう。
・・・という説なんです。」
「なんですって?」
「そうねー、たとえ話をいえば、こういうことです。
「ニンゲン町のヒフという壁は、コラーゲンという鉄筋が不足して、壁の修理が必要でした。そこで、チキンポーク町のコラーゲンづくり名人、亜美野さんとぺぷちどくんを町に招きました。
亜美野さんとぺぷちどくんは工事しませんでしたが、お二人のお話を聞いて感動したニンゲン町の人々がヒフ壁を磨いてきれいにしました。
ところが通りがかりの人は勘違いして、「チキンポーク町の亜美野さんがコラーゲンを作ってヒフの中に入れたんでしょ?だって、亜美野さんがきたらヒフ壁がきれいになったんだから。」と思いこんだのでした。
・・・とまあ、こんな説明でだいたいわかってもらえるかな。」
「そういうたとえ話は、子供やあたし以外のお年寄りにはわかりやすいけど。でも私はリケジョのはしりなのよ。もっと科学的な用語で説明してほしいわ。」
「そうね、おばあちゃんは昔から科学が大好きだったものね。それでは、もう少し深く、食べたコラーゲンがヒフのコラーゲンになるとは断言できない理由を説明しますね。
まず基礎を押さえますね。
コラーゲンはタンパク質の一種です。
タンパク質はたくさんのアミノ酸が数珠繋ぎになってできた物質です。
アミノ酸は、アミノ基(窒素原子1つに水素原子2つがくっついたもの)とカルボキシル基(炭素原子と酸素原子2つと水素原子がくっついたもの)を持つ物質の総称です。
コラーゲンというタンパク質は、グリシン、プロリン、ヒドロキシプロリンなどのアミノ酸が数珠繋ぎになったものです。
食べたコラーゲンは、グリシンやプロリンなどのアミノ酸に分解されるほか、完全に数珠がぷちぷちと切れずに、数個~数十個の数珠繋ぎ(ペプチド)になったりもしています。
アミノ酸はまで分解された場合、ヒフのコラーゲン合成に使用される可能性がありますが、ペプチドはコラーゲン合成には使用できません。
ちなみに、コラーゲンが体内で消化された場合、アミノ酸まで分解されるよりもペプチドの段階で止まる量の方がずっと多いのではと言っている方もいますが、この説が正しいかどうかは異論もあるようです。
ここまではいいですか?」
「ふふふ、こんなの楽勝だよ。」
「ここからが問題なんです。
まず、アミノ酸まで分解された場合を説明しますね。
数珠はひもが切れたら、玉がころころころがります。その玉が赤に黄色に丸に四角に、と、様々な別の物に変化すことはありません。
ところが、タンパク質の鎖が切れたら、アミノ酸の玉は猛烈なスピードでころころ変化するんですよ。消化吸収されたアミノ酸はそのままではいられません。
たとえばグリシンって玉は酵素のアタックを受けて、セリン、トレオニン、プリン、クレアチン、グルタチオン、グリオキシル酸、などに変化します。さらにその変化で生じた物質が別の物質に変化します。
プロリンの場合も同様です。酵素のアタックを受けて変化した後、さらに別の酵素のアタックを受けて、最終的にはα-ケトグルタル酸に変化して、クエン酸回路に入って、体内のエネルギーづくりの目的で二酸化炭素と水に完全分解されるんですよ。
ヒドロキシプロリンはピルビン酸になって、呼吸に使われたり糖新生といって糖になったりします。」
「え!吸収されたアミノ酸は、元のままでいられないのかい?」
「はい、そうなんです。
たとえば某社のコラーゲンドリンクを飲んだとします。表示にはコラーゲン2000ミリグラム配合って書いてあるとします・・・」
「ふっ。たくさん入ってるように見えるけど、ようするにたった2グラムってことよね。」
「そのコラーゲンは、体内でアミノ酸に分解されるのもあれば、分解しきれずにペプチドのままのものもあるんですよ。
完全にアミノ酸まで分解できたのが仮に半分の1グラムだとしましょう。しかし、これらは酵素の働きによって別のアミノ酸に変化して筋肉になったり、DNAの材料になったり、クエン酸回路でぐるぐるまわって口から二酸化炭素となって吐き出されるのです。
一方、日本人は人によっても違いますが、まあだいたい1日70グラム前後のタンパク質を食べています。その中にはもちろんコラーゲンも含まれますが、それ以外のタンパク質も沢山あります。コラーゲンではないタンパク質は、よりアミノ酸まで分解されやすい傾向があります。そのアミノ酸もやはりぐるぐると様々な物質に変化するんですが、一部がヒフを作る細胞に届けられて、コラーゲン生成の原料に利用されるんです。」
「70グラムのタンパク質を食べているって、なにからなの。」
「うーん、そうですね。
卵1個50グラムを食べるとタンパク質が約6グラムとれます。
まさば切り身水煮100グラムでタンパク質約23グラム。
肉類だと、たとえば、皮下脂肪をのぞいた焼きもも肉100グラムでタンパク質約30グラムがとれます。ほかにも、豆腐や納豆など大豆類もタンパク質の大事な供給源です。
一方、コラーゲンの場合はアミノ酸にまで分解できずに、分解途中のペプチドに止まるケースも多いらしいってお話をしましたよね。」
「そうだったわね。そっちはどうなの。コラーゲンの原料にはならないと言ってたわね。」
「今までの研究から、吸収されたペプチドが、コラーゲン生成細胞を刺激してコラーゲンを作らせてる可能性が高いだろうと考えられています。あるいは幹細胞を刺激して、コラーゲン生成細胞を生成している可能性もあります。しかし、食べたコラーゲンがアミノ酸になってお肌に届いてお肌のコラーゲン生成の原料になっているという考え方は、アミノ酸が猛スピードで別の物質に変換してることを考えると、話を盛りすぎなんですよね。」
「あら、放射性同位体で標識をつけたコラーゲンを食べて、肌に移行するかどうかを調べてみたらいいじゃない?」
「うわあ、おばあちゃん、そこまで食い下がるんですか!」
「こうみえても、あたしゃリケジョなんだよ。」
「さすがおばあちゃん。だけど、そういう研究もあまり意味がないんです。仮に放射性同位体で標識をつけたコラーゲンを食べた後で、ヒフで標識が見つかっても、『食べたコラーゲンがアミノ酸になってそのアミノ酸が皮膚に届いてコラーゲンに組み立てられた』という証明でないのです。」
「そんな・・・。いったいなんでなの?」
「さっきはなした通り、アミノ酸は、次々別の物質に変化させられるからです。アミノ基と、炭素骨格のついたカルボキシル基は切り離されてバラバラになって組み替えられるんですよ。
アミノ基は体内の各種酵素でどんどんバケツリレー式に様々な物質に渡されて、次からつぎへと別種類のアミノ酸に変化しちゃうんです。アミノ基とさよならしたカルボキシル基と炭素骨格も、やっぱり高速で様々に変化しますし。
たとえば窒素に標識したとしますね。わかりやすく説明するために、今食べたコラーゲンの中の、1つのグリシンにつき1つの標識がついて、全部で100個のグリシンが投与されたとします。でも、体内に入るとアミノ基部分と骨格部分に分解されます。グリシン由来の炭素骨格は、豆腐や魚や肉などから来たアミノ基と次々くっついて離れます。一方、グリシン由来のアミノ基のほうも、米や芋や果物や野菜から来た骨格などとくっついては離れるのです。
そして、99個の標識は肉や骨や尿などにいきました。
そして、一方では様々な食品由来の大量のアミノ酸が、ヒフのコラーゲン生成細胞に何万個も届き、コラーゲンに組み立てられます。さて、その中に、たった1個、標識のついたアミノ酸がありましたが、そのアミノ酸はもはや『骨格部分はぐるぐる回ったクエン酸回路から供給された骨格だから、果物由来かパン由来か、本当のところ、何から由来してるのかよくわらんな』、な状態でした。さて、こういう状態で『コラーゲン由来のアミノ酸を原料にヒフでコラーゲンが作られました』と言えるでしょうか。」
「なるほど、そのアミノ酸が、何由来とか言うこと自体、もはや全く意味がないのね。」
「そうです。」
「だから、『食べたコラーゲンがアミノ酸になり再びお肌でコラーゲンの原料になる』という言い方は、とっても大げさなのね。なるほど、だからあの雑誌の文章は科学的に適切な表現だったのね。反省するわ。」
「ありがとうございます。念のため、コラーゲンを飲食するのが無駄と言い切れないことも強調します。
繰り返しますが、直接お肌のコラーゲンになる可能性はきわめて低いが、コラーゲンを飲んで体内で生成されるペプチドが、肌に対して、コラーゲン生成するように働きかけしている可能性を示唆する研究論文が次々登場しています。
ただし、劇的な若返り効果と言うほどでもありませんので、値段と効能が見合ったものか、慎重に判断して購入してください。高いからよいという訳ではありません。原料として何を分解して得られたペプチドなのか、また、どういう分解法なのかによっても異なるペプチドが出来るので、性質も異なると考えられています。まだまだ未知の分野です。今後の研究で体内での仕組みがしっかりと解明されてほしいものです。」
「でも、あのメーカーのコラーゲンは機能性食品として申請したから、食べたコラーゲンがヒフに届くことが証明されたと、いってもいいんじゃないの?」
「おばあちゃん。それは基礎科学と法律をごちゃごちゃにして語ってます。基礎科学は全世界で同一のユニバーサルなルールですが、法律は人間が話し合いで決めるものなので国によって異なります。機能性食品の届け出制は海外には今のところ存在しない日本独自のユニークな法律です。」
「どこがユニークなのかしら」
「国ではなく企業の責任の範囲で食品の効能を主張することが認められた、世界の最先端の超斬新な制度です。法律を、科学と疑似科学を見分ける線引きに利用してはいけません。」
「なるほど、機能性食品で認められたからってものの言い方は、科学的事実の評価には使っちゃいけないのね。小島先生にこのことを伝えておくわ。お友達は選んでねって。」
「え?小島先生ってだれっ?」
「それは聞くだけ野暮よ。」
「タミアちゃん、あのね、ある雑誌にへんな記事がのってたのよ。」
「どんなのですか。」
「それはね、こんな記事よ。「コラーゲンを食べると消化されてアミノ酸になりますが、そのアミノ酸が皮膚で再度コラーゲンの材料になるのではありません。」というの。
この記事は間違いだわ。だって、ある機能性食品の広告で、コラーゲンを食べた人の肌がぷるぷるになった論文が示されてたのよ。」あらあら、おばあちゃんは勘違いしてます。
「おばあちゃん、コラーゲンを食べたらお肌の潤いが増加しましたという研究成果は、食べたコラーゲンが皮膚のコラーゲンになったとは証明してないんですよ。」
「え??じゃ、なんで「コラーゲンを食べたらお肌が潤った。」と言う人が多いのよ。」
「現在、多くの科学者が考えている仮説はこうです。
コラーゲンを食べた後でお肌がうるおうケースが多いのは、食べたコラーゲンがお肌のコラーゲンになったからではなく、未解明の別の仕組みだろう。
(1)コラーゲンを食べると腸でアミノ酸とペプチドに分解されるが、そのペプチドの刺激で、繊維芽細胞(コラーゲンを作る細胞)が活性化するのでは?。
(2)真皮の中の幹細胞に働きかけて、繊維芽細胞が増えるかもしれない。
(3)たとえコラーゲンは増えなくても、ヒフの水分保持能力がアップするなど、別の理由で肌が潤うケースもあるでしょう。
・・・という説なんです。」
「なんですって?」
「そうねー、たとえ話をいえば、こういうことです。
「ニンゲン町のヒフという壁は、コラーゲンという鉄筋が不足して、壁の修理が必要でした。そこで、チキンポーク町のコラーゲンづくり名人、亜美野さんとぺぷちどくんを町に招きました。
亜美野さんとぺぷちどくんは工事しませんでしたが、お二人のお話を聞いて感動したニンゲン町の人々がヒフ壁を磨いてきれいにしました。
ところが通りがかりの人は勘違いして、「チキンポーク町の亜美野さんがコラーゲンを作ってヒフの中に入れたんでしょ?だって、亜美野さんがきたらヒフ壁がきれいになったんだから。」と思いこんだのでした。
・・・とまあ、こんな説明でだいたいわかってもらえるかな。」
「そういうたとえ話は、子供やあたし以外のお年寄りにはわかりやすいけど。でも私はリケジョのはしりなのよ。もっと科学的な用語で説明してほしいわ。」
「そうね、おばあちゃんは昔から科学が大好きだったものね。それでは、もう少し深く、食べたコラーゲンがヒフのコラーゲンになるとは断言できない理由を説明しますね。
まず基礎を押さえますね。
コラーゲンはタンパク質の一種です。
タンパク質はたくさんのアミノ酸が数珠繋ぎになってできた物質です。
アミノ酸は、アミノ基(窒素原子1つに水素原子2つがくっついたもの)とカルボキシル基(炭素原子と酸素原子2つと水素原子がくっついたもの)を持つ物質の総称です。
コラーゲンというタンパク質は、グリシン、プロリン、ヒドロキシプロリンなどのアミノ酸が数珠繋ぎになったものです。
食べたコラーゲンは、グリシンやプロリンなどのアミノ酸に分解されるほか、完全に数珠がぷちぷちと切れずに、数個~数十個の数珠繋ぎ(ペプチド)になったりもしています。
アミノ酸はまで分解された場合、ヒフのコラーゲン合成に使用される可能性がありますが、ペプチドはコラーゲン合成には使用できません。
ちなみに、コラーゲンが体内で消化された場合、アミノ酸まで分解されるよりもペプチドの段階で止まる量の方がずっと多いのではと言っている方もいますが、この説が正しいかどうかは異論もあるようです。
ここまではいいですか?」
「ふふふ、こんなの楽勝だよ。」
「ここからが問題なんです。
まず、アミノ酸まで分解された場合を説明しますね。
数珠はひもが切れたら、玉がころころころがります。その玉が赤に黄色に丸に四角に、と、様々な別の物に変化すことはありません。
ところが、タンパク質の鎖が切れたら、アミノ酸の玉は猛烈なスピードでころころ変化するんですよ。消化吸収されたアミノ酸はそのままではいられません。
たとえばグリシンって玉は酵素のアタックを受けて、セリン、トレオニン、プリン、クレアチン、グルタチオン、グリオキシル酸、などに変化します。さらにその変化で生じた物質が別の物質に変化します。
プロリンの場合も同様です。酵素のアタックを受けて変化した後、さらに別の酵素のアタックを受けて、最終的にはα-ケトグルタル酸に変化して、クエン酸回路に入って、体内のエネルギーづくりの目的で二酸化炭素と水に完全分解されるんですよ。
ヒドロキシプロリンはピルビン酸になって、呼吸に使われたり糖新生といって糖になったりします。」
「え!吸収されたアミノ酸は、元のままでいられないのかい?」
「はい、そうなんです。
たとえば某社のコラーゲンドリンクを飲んだとします。表示にはコラーゲン2000ミリグラム配合って書いてあるとします・・・」
「ふっ。たくさん入ってるように見えるけど、ようするにたった2グラムってことよね。」
「そのコラーゲンは、体内でアミノ酸に分解されるのもあれば、分解しきれずにペプチドのままのものもあるんですよ。
完全にアミノ酸まで分解できたのが仮に半分の1グラムだとしましょう。しかし、これらは酵素の働きによって別のアミノ酸に変化して筋肉になったり、DNAの材料になったり、クエン酸回路でぐるぐるまわって口から二酸化炭素となって吐き出されるのです。
一方、日本人は人によっても違いますが、まあだいたい1日70グラム前後のタンパク質を食べています。その中にはもちろんコラーゲンも含まれますが、それ以外のタンパク質も沢山あります。コラーゲンではないタンパク質は、よりアミノ酸まで分解されやすい傾向があります。そのアミノ酸もやはりぐるぐると様々な物質に変化するんですが、一部がヒフを作る細胞に届けられて、コラーゲン生成の原料に利用されるんです。」
「70グラムのタンパク質を食べているって、なにからなの。」
「うーん、そうですね。
卵1個50グラムを食べるとタンパク質が約6グラムとれます。
まさば切り身水煮100グラムでタンパク質約23グラム。
肉類だと、たとえば、皮下脂肪をのぞいた焼きもも肉100グラムでタンパク質約30グラムがとれます。ほかにも、豆腐や納豆など大豆類もタンパク質の大事な供給源です。
一方、コラーゲンの場合はアミノ酸にまで分解できずに、分解途中のペプチドに止まるケースも多いらしいってお話をしましたよね。」
「そうだったわね。そっちはどうなの。コラーゲンの原料にはならないと言ってたわね。」
「今までの研究から、吸収されたペプチドが、コラーゲン生成細胞を刺激してコラーゲンを作らせてる可能性が高いだろうと考えられています。あるいは幹細胞を刺激して、コラーゲン生成細胞を生成している可能性もあります。しかし、食べたコラーゲンがアミノ酸になってお肌に届いてお肌のコラーゲン生成の原料になっているという考え方は、アミノ酸が猛スピードで別の物質に変換してることを考えると、話を盛りすぎなんですよね。」
「あら、放射性同位体で標識をつけたコラーゲンを食べて、肌に移行するかどうかを調べてみたらいいじゃない?」
「うわあ、おばあちゃん、そこまで食い下がるんですか!」
「こうみえても、あたしゃリケジョなんだよ。」
「さすがおばあちゃん。だけど、そういう研究もあまり意味がないんです。仮に放射性同位体で標識をつけたコラーゲンを食べた後で、ヒフで標識が見つかっても、『食べたコラーゲンがアミノ酸になってそのアミノ酸が皮膚に届いてコラーゲンに組み立てられた』という証明でないのです。」
「そんな・・・。いったいなんでなの?」
「さっきはなした通り、アミノ酸は、次々別の物質に変化させられるからです。アミノ基と、炭素骨格のついたカルボキシル基は切り離されてバラバラになって組み替えられるんですよ。
アミノ基は体内の各種酵素でどんどんバケツリレー式に様々な物質に渡されて、次からつぎへと別種類のアミノ酸に変化しちゃうんです。アミノ基とさよならしたカルボキシル基と炭素骨格も、やっぱり高速で様々に変化しますし。
たとえば窒素に標識したとしますね。わかりやすく説明するために、今食べたコラーゲンの中の、1つのグリシンにつき1つの標識がついて、全部で100個のグリシンが投与されたとします。でも、体内に入るとアミノ基部分と骨格部分に分解されます。グリシン由来の炭素骨格は、豆腐や魚や肉などから来たアミノ基と次々くっついて離れます。一方、グリシン由来のアミノ基のほうも、米や芋や果物や野菜から来た骨格などとくっついては離れるのです。
そして、99個の標識は肉や骨や尿などにいきました。
そして、一方では様々な食品由来の大量のアミノ酸が、ヒフのコラーゲン生成細胞に何万個も届き、コラーゲンに組み立てられます。さて、その中に、たった1個、標識のついたアミノ酸がありましたが、そのアミノ酸はもはや『骨格部分はぐるぐる回ったクエン酸回路から供給された骨格だから、果物由来かパン由来か、本当のところ、何から由来してるのかよくわらんな』、な状態でした。さて、こういう状態で『コラーゲン由来のアミノ酸を原料にヒフでコラーゲンが作られました』と言えるでしょうか。」
「なるほど、そのアミノ酸が、何由来とか言うこと自体、もはや全く意味がないのね。」
「そうです。」
「だから、『食べたコラーゲンがアミノ酸になり再びお肌でコラーゲンの原料になる』という言い方は、とっても大げさなのね。なるほど、だからあの雑誌の文章は科学的に適切な表現だったのね。反省するわ。」
「ありがとうございます。念のため、コラーゲンを飲食するのが無駄と言い切れないことも強調します。
繰り返しますが、直接お肌のコラーゲンになる可能性はきわめて低いが、コラーゲンを飲んで体内で生成されるペプチドが、肌に対して、コラーゲン生成するように働きかけしている可能性を示唆する研究論文が次々登場しています。
ただし、劇的な若返り効果と言うほどでもありませんので、値段と効能が見合ったものか、慎重に判断して購入してください。高いからよいという訳ではありません。原料として何を分解して得られたペプチドなのか、また、どういう分解法なのかによっても異なるペプチドが出来るので、性質も異なると考えられています。まだまだ未知の分野です。今後の研究で体内での仕組みがしっかりと解明されてほしいものです。」
「でも、あのメーカーのコラーゲンは機能性食品として申請したから、食べたコラーゲンがヒフに届くことが証明されたと、いってもいいんじゃないの?」
「おばあちゃん。それは基礎科学と法律をごちゃごちゃにして語ってます。基礎科学は全世界で同一のユニバーサルなルールですが、法律は人間が話し合いで決めるものなので国によって異なります。機能性食品の届け出制は海外には今のところ存在しない日本独自のユニークな法律です。」
「どこがユニークなのかしら」
「国ではなく企業の責任の範囲で食品の効能を主張することが認められた、世界の最先端の超斬新な制度です。法律を、科学と疑似科学を見分ける線引きに利用してはいけません。」
「なるほど、機能性食品で認められたからってものの言い方は、科学的事実の評価には使っちゃいけないのね。小島先生にこのことを伝えておくわ。お友達は選んでねって。」
「え?小島先生ってだれっ?」
「それは聞くだけ野暮よ。」