タミアのおもしろ日記

食文化・食育のお役立ちの話題、トンデモ食育、都市伝説、フードファディズムなどを分析して解説します!(^.^)

韓国に老舗が少ないのはなぜ?

2016年04月23日 | Weblog
最近こんな話を耳にしました。「日本には100年以上継続している老舗が沢山ある。ところが韓国にはこうした老舗がほとんどない。これは日本の誇りと言えます。」と。

ところが、吉川弘文館「都市の暮らしの民俗学2」に収録された論文「老舗の語り」(著者は李英珠先生)によると、韓国では「長年何代も続けて商売を営むことは、一般に望ましいことと考えられていない。」のだそうです。

商業が代々続くことを、韓国の方々はむしろ恥ずかしいと考えるため、李先生は初めて日本に来た時、老舗という概念がなかなか理解できず、その後理解してみると大変面白い文化だと思い、日本の老舗に関する研究を始めたのだそうです。

文化が変われば、何を誇りや恥とするかが変わるのですね。日本では誇りや美徳とされることでも、他の国では必ずしも評価されるとは限らないという難しさを、この論文に教わりました。食品の世界でも、こうした点に気をつけながら、諸外国と連携したいものだと思います。

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一汁三菜説の根拠を絵巻物に求めるのは危険!

2016年04月17日 | Weblog
「一汁三菜が和食の基本」という説が、近年になって創られた説であることは、今までのこのブログの中で、繰り返し述べてきました(2015年9月6日、2016年1月16日、同年4月2日)。

 我が国の和食文化研究の第一人者、静岡文化芸術大学学長の熊倉功夫先生も、産経ニュース2014年1月6日付けで、古い文献には「和食の基本が一汁三菜」と示す物が一つもないことを指摘しています。先生は同年3月5日付けのALICというHPの消費者コーナー「トップインタビュー」においても、「お菜(注:おかずのこと。)が三つでなければならぬと思われては困ります。汁とご飯とお菜と漬け物という四つの要素からできているのが和食の基本」「お菜がトンカツでもすき焼きでも(和食である。)」と述べて居ます。上記の定義だと、寿司や蕎麦やうどんは和食の基本ではないということになりますが、そのことはともかく、「おかずが三つが基本」とする一汁三菜説には、全く根拠がないのです。

ところが、最近「古い絵巻物の中に一汁三菜の絵が書かれている物があるから、これが和食の基本だ」という説が聞かれるようになりました。この説は残念ながら、2つの意味で大きな疑問があり、学問的に通用するレベルではありません。

まず第一に、その「証拠の絵」がたった1点しかないことです。その絵の他に、一汁三菜を描いた古い絵巻物が、専門書にもネットにも全く見当たらないのです。我が国には古くから多数の絵巻物が保存されており、そこにはいろいろな数のおかずの絵が描かれています。その多数のパターンの食事図の中に、たった1点、一汁三菜の絵があっただけで、「一汁三菜が和食の基本だ」と唱えるのは、あまりにも説得力に欠ける話です。

そして第二の問題。その問題の絵が「病草子」という12世紀末から13世紀初頭に作られたと推定されている絵巻物なのですが、この絵一つだけを根拠に「一汁三菜が和食の基本だった」と決めつけるのは、絵という「メディア」の性質について誤解していると思われることです。ここは専門的な話になるので少し難しいところですが、以下、出来るだけ丁寧に説明いたします。

「病草子」は当時の様々な病気を描いた絵巻物であり、問題の場面は、歯槽膿漏の男性が、一汁三菜の食事を前にして、食べられず、困った表情をしているところです。したがって絵師は、食事が出来ない苦痛を強調するために、あえておかずの数を増やした可能性が高いのです。と、説明してもこれだけではちょっと分かりづらいので、いったん現代に戻って、大人気イラストレーターの中村祐介先生が書いた「みんなのイラスト教室(飛鳥新社)」のお話をご紹介しましょう。

この本は、イラスト好きの若者の投稿作品に、中村先生が、こうしたらもっと良くなるとアドバイスする内容ですが、6~14頁で取り上げられた投稿作品はまさに、「虫歯かなにかの理由で食事ができない人の周りにお菓子がいっぱいある。」という、病草子を思わせるシチュエーションです。この作品について中村先生は、色使いを変えてでも、周りの食品を美味しそうに見せるべきだと指摘しています。作者の伝えたいこと、つまり「甘い物が食べられない」ことをはっきりさせるのが一番大事だからと書いてあります。作者の伝えたいことを明確にするために、小道具をありのまま描かずに、意図的に変更さえするのが、プロの仕事であり力量なのです。当然、お菓子やおかずの数を増やすことだってあり得るのです。

同様に、絵巻物に書かれた食事についても、そのまま当時のリアルな現実の図だったと捉えることは危険なのです。絵巻物の詞書きに「後の世に、当世の食を伝えんとて、ありのままに記す物なり。」とでも書いてあるなら話は別ですが、そうでなければ、絵巻物の中に書かれた食事を指して、そのすべてが当時のスタンダードだったと考えるのは早計なのです。絵を描いた作者の意図的改変もあり得ると考えて慎重になる必要があるのです。それが病草子のような、病気の苦悩を示す図であればなおさらのことです。

話をまとめましょう。日常食を描いた絵の中では、あの熊倉先生でさえ、「病草子」にしか一汁三菜の絵を見つけることができなかったのです。そして、さらに文献に至っては、「和食の基本は一汁三菜だった」という証拠が全くないのです。大勢の人が信じていたあの「江戸しぐさ」が、実はねつ造だったということで最近問題になっていますが、一汁三菜説についても同様の可能性を考えて、慎重になりたいものです。

 今ひとつ心配なのは、この問題について、寿司、蕎麦、うどんなどに携わっている人々が危機感をいただいていないことです。ユネスコが和食を世界無形文化遺産に登録した中、和食の基本は一汁三菜だという説がすっかり定着してしまえば、基本と認められない寿司、蕎麦、うどんなどの業界は、様々な面で影響を受けかねません。業界の将来に影を落としかねない深刻な問題ではないかと懸念します。

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変な食育・「臼歯は穀物の歯」!?

2016年04月09日 | Weblog
平成14年頃から食育と称して次のような説を頻繁に耳にします。「動物の歯にはそれぞれ固有の役割がある。犬歯は肉を食いちぎるために生えており、臼歯は穀物をすりつぶすために生えている。人間は臼歯がたくさん生えているので、穀物をたくさん食べて肉類を少なくするのが理にかなっている。」
一見もっともらしい説ですが、学問的にはまったくの勘違いなのです。

臼歯は、草食動物では草をすりつぶすために生えています。大きな博物館や動物園では、キリンやシマウマなどの頭骨を見せてくれるところもありますので、機会があればぜひ観察してください。キリンは高い木の枝に付いている葉が主食です。穀物なんてまったく食べません。シマウマも草などの繊維をすりつぶすために臼歯が発達しています。

同じく草食動物のカバには、立派な犬歯が生えていますが、肉を食べるためではなく、草を短く切るはさみとして使用されます。オス同士の場合は力を誇示するディスプレイにも使用されます。犬歯は草を食べるためにも利用されるのですから、「犬歯=肉の歯」というのも勘違いです。

(ちなみに、カバのイラストやマンガではカバの犬歯が平らに描かれた物が多数見かけられます。しかし、動物園で観察すると、とがっている個体が多いことが確認できます。カバの前歯には土を掘り返す役割があります。そのため、だんだん前歯の先端が平らになってしまうのですが、その前歯の印象があまりにも強いので、絵を描く人はつい誤って犬歯も平らに書いてしまうのかもしれません。)

逆に、肉食獣のライオンには、臼歯が生えています。とがっていますが、臼歯の変化したものです。つまり、臼歯は肉を食べるためにも生えているのです。雑食動物である熊には平らな臼歯が生えていますが、餌は小動物と木の実と虫などであり、穀物はほとんど食べません。

人間はどうか。タミアは10年前に佐倉の国立歴史民俗博物館で、とても興味深い展示を見ました。農耕を始める以前の日本人の臼歯は極端にすり減っており、すり減り具合を専門家が分析した結果、動物を狩猟して皮を臼歯で噛んで「皮なめし」していたためと分かったそうです。つまり、人間の臼歯も「穀物のため」とは言えないのです

以上をまとめると「犬歯は肉を食べるための歯で、臼歯は穀物を食べるための歯だ。」という説は、まったく根拠がないわけです。

最近は糖質制限食がブームで、これに反対する人たちが「糖質制限食は疑似科学である」と唱えています。糖質制限食が本当に体に良いのかどうか、専門家でも様々な意見があり、今後の研究の進展が待たれますが、疑似科学説を唱える人たちの中には「人間には臼歯がたくさん生えているから、穀物をたくさん食べるのが自然の摂理だ。」と言う人もいて、残念です。疑似科学批判のつもりが疑似科学に陥ってしまうことのないように、気を付けなければと思うこの頃です。



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創られた伝統「いただきますの挨拶」。

2016年04月02日 | Weblog
石毛直道先生の著書「食卓文明論」はいろいろな角度から考えさせられる内容です。
個人的に面白いと思ったエピソードを2つ紹介します。

1:柳田国男先生が1932年発行の「明治大正史」の中で、「暖かい飯と味噌汁と浅漬と茶との生活は、実は現在の最小家族制がやっと拵(こしら)へあげた新様式である」と指摘しているそうです(p163)。
 つまり、このような食事でさえ、やっと昭和初期に成立したという訳ですので、ましてや「暖かいご飯に味噌汁に漬け物におかず3種の、一汁三菜が日本の伝統」などという、最近よく耳にする説は、(以前にもこのブログで詳しく記しましたが)やっぱり作り話ですね。

2:食卓文明論のp204によると、(江戸時代から大正時代まで主流だった)銘々膳の食事では、食前食後の挨拶がなかった例が非常に多いのだそうです!しかもこの研究は、あのあまりにも有名な熊倉功夫先生の研究結果です。
 いったい誰なんでしょう。「昔から日本人は皆、命を分け与えてくれた食べものや、それを生産した農家さん、調理してくれた方への感謝を込めて『いただきます』『ごちそうさま』と唱えてました。」などという、もっともらしいウソを広めた人達は。

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