戦争と平和
戦争と平和について考えさせられる日々である。人間は何故争いをし、殺し合いをするのか。
78年の間貧しくはあった時から今日まで所謂平和が実現している。79年間生き続けている
者にとって誠に有難い世の中だとつくづく感じるのです。この平和を有難いことだ多くの国民
が自覚されているのだろうかとも考えとしまいます。当たり前として感じていないのではない
かということ。
さて、戦争が起る原因について考えてみたい、私は学者ではないので、専門知識を持ち合わ
せておりませんので、思いのまま述べて見ます。
➀ まず、人類は限りない欲望をその身体と脳に埋め込まれているのであろう。
➁ 住んでいる環境がそれぞれ異なっている。たとえば、資源(石油、石炭、天然ガス、その他
の人間に役立つ物)に恵まれている地域差が大きいこと。
➂ 各宗教のそれぞれが、わが宗教こそが世界で一番優れているし、尊いものだという考え方、
よって、平和を追求すべきはずの宗教同士の争いが発生していること。
ただし、我が国「神道」には文章になっている教義がなく説教的ではない。江戸時代まで、
神社とお寺、つまり神道と仏教が同居していたように相互に寛容精神が強く働いていたようだ。
しかし、仏教徒は残念ながら、織田信長などと激しい戦いをしていた歴史がある。。
④ 今日は科学が進歩発達し、武器の性能が可なりの遠距離まで影響を及ぼすようになった。
以上のような要素が想いつくままだけれども、だからどうすれば戦争を回避できるかの言葉
が見つからないのである。民主主義社会が平和を築くのか? 独裁的国家がどうか等を思うに
つけ、とても永続した平和が実現できるとも思えない。もう人間のさらなる進化を待つまで仕
方がないのかとも思ったりしますが、これとてこれから数百年程度では達成できなぃだろう。
あるいは地球の変化、変動により人類が生息できない時代が来てしまうまで、戦争は各地で発
生してしまうのではないかと、極めて悲観的な思いしてしまうのです。今日行きている者とし
てせめて孫の時代まで平和を維持してほしいと願うのですが、これも誠に勝手な独りよがりの
精神であり、このような精神だから、この世から争いが無くならないとも思ってしまいます。
この世に生をえている者は、一人では何もできないと思わずに、とにかく戦争と平和につい
て考えるべきだと思っているところです。