泰平の悪風・・・水雲問答⑨
雲 天下が泰平になりますと、人情が薄くなり風俗がみだれますが・・・。
水 お尋ねの問題、いかにも痛切であります。
雲 どうして矯正したらよいか、その方法をお伺いいたします。
水 これはたいへん難しい問題で、まずこの風をなおそうと思ったならば、綱紀を正す
すなわち何事によらず筋道を正す。そして風俗の堕落にまかさず、その風俗を直す
ことが第一であります。
鼻まがりでも・・・水雲問答⑩
雲 鼻がまがっても呼吸さえできればよい、ということわざがありますが、この節義の
ない悪い風俗習慣をどうして矯正したらよろしいのでしようか。
水 このような節義の風が衰え、よごれた風俗が盛んになる、悪酔いしたような有様で
ある。というのは、下から起るのではなく、上に立つ者がそういう手本を見せるから、
だんだんそうなるのである。節義とはしめくくり、節を通すということであります。
種を残すこと・・・水雲問答⑪
雲 およそ火事がおき火勢が猛烈な時には、人は近づくことができない。一時の火事で
さえこの様である。まして世の中がだんだん頽廃して、世も、末だというようになった
時には、人がこれをすぐにどうしよう、こうしようと思っても、どうすることもできま
せん。無理にやろうとすると副作用に敗れることがあります。花が、春過ぎて枯れゆく
時には、植木屋の名人でもどうすることもできません。それよりも来春のために種を残
すということがあります。
治国の術も同様であって、こういう頽廃した世の中を救えるような人物・精神・道徳
信仰というものを残すことです。そうすると必ず時がくるとそれが育つものである。
そういうことでは間に会わぬ、という考えも成立ちましようが、それでは他に方法が
あるかと言いますと、なかなか都合のよい方法はありません。天下の俗流・時流に動じ
ない、毅然とした人物・精神・道義・信仰というものを大事にしますと、必ず時代と人
心を救うことができるものであります。
水 太田道灌の詠に、「いそがずばぬれざらましを旅人のあとより晴る々野路の夕立」と
あるように、如何にも時を心得ない勇往直進する者を戒めている如く、これもよほど
信念と見識がないといけません。いずれにしても大変難しい問題です。