三代目桂三木助の噺、「ねずみ」によると
大工さんと言えば職人さんの中の司(つかさ)だと言います。その中でも日本一と言われた、飛騨高山出身の甚五郎利勝が居た。名人と言われた甚五郎は京都の御所で竹の水仙を彫り、”左”姓を受けその足で江戸に下った。日本橋の橘町、大工政五郎の家に10年間居候をした。その間に日光東照宮の”眠り猫”や”三井の大黒”、”寛永寺鐘楼に龍”を彫った。政五郎は早死にして息子に名を譲ったが、その後見を甚五郎はした。
一人甚五郎は江戸を発って奥州に向かった。仙台に着いて宿場のハズレで子供の客引きに会い、虎屋の前にある小さく汚い「ねずみ屋」に落ち着く事になった。布団代だと言われ、前金を取られ、食事代だからと前金で寿司を取り、酒代も前金で買いに走る子供であった。宿では親父が居たが腰が抜けて動けないので、足は裏の川ですすいだ。十二になる息子・卯之吉(うのきち)はハタ目にも良く働く出来た子供だった。
「どんな小さい宿でも女中さんを置けば良いのではないか」とアドバイスをすると、そのお気持ちに答えて親父の愚痴を聞いてくれと話し始めた。
「私は元来、前の虎屋の主(あるじ)でした。5年前女房を亡くし、宿の事が良く分かる女中頭の”お紺”を後添えに迎えた。仙台の七夕祭りの時、二階のお客さんの喧嘩騒ぎに巻き込まれ、階段の上から落下して腰をしたたかに打ってしまった。それが元で腰が立たなくなってしまった。離れに布団を敷いてあらゆる手を打ったがだめであった。幼友達で隣の宿の”生駒屋”が見舞いに来て『卯兵衛、子供の身体を見た事があるか。腰だけではなく心まで腑抜けになったのか』と帰っていった。
子供が帰ってきて、裸になれと言っても、モジモジして脱がないので、叱りつけて肌を見ると生傷だらけ、私の首っ玉に抱きついて『どうしておっ母さんは死んだんだ』と言うのを聞いて、初めて自分の事だけで子供の事を考えてあげなかったのだろうと、すぐ番頭を呼んで、物置に使っていたここに二人で住み始めた。三度の食事は前から運ばせたが、その内二度になって、一度になってしまった。前に取りにやらせると番頭が『忙しい時になんだ』と頭を殴ったとか、主人の息子になんて事をと思ったが、腰が立たないので悔しがっていると、生駒屋がやってきて『番頭も忙しくて気が立っていたのだろう。三度の食事は私の所から運ぼう』と言ってくれました。
ある時、生駒屋が血相変えて飛び込んできた。『卯兵衛、虎屋をいつ番頭に譲ったのだ。あまりにも横暴なので文句言ったら、印形も押された譲り渡し状を見せられ、元のご主人とは何の関係もないと言われ、帰ってきたが、印形はどうして押したんだ』。印形はお紺に渡していたのでそれを使ったのでしょう。それ以来、子供が言うには『三度の食事をもらっているのは乞食と同じ、自分たちで旅籠をやって生活しよう』と言い、客引きから何まで子供が駆けずり回っています」。
ねずみ屋のいわれを聞くと「虎屋は番頭に乗っ取られてしまいましたが、この宿は物置小屋でして鼠が住んでいました。それを二人で乗っ取ったので”ねずみ屋”としました」。
端な木れは無いかと聞いて、二階に持ち込み、頼まれても気が進まないと仕事をしない甚五郎だが、お客が来るようにと鼠を彫る事にした。精魂込めて、朝までに鼠一匹彫り上げた。
タライを店先に出して鼠を入れて、竹網を掛けて出発した。
立て札に《飛騨高山甚五郎作福鼠》、近隣の農夫が来て覗くと彫り物の鼠が動いた。立て札の続きに《この福ねずみを見た人は、土地の人、旅の人を問わず、ねずみ屋にお泊まり下さい》。「おらの家まで11町しかないのに泊まれないよ、その上、女房は焼き餅焼きだから大変だ」、「おらが一緒に行って弁解してやるよ」、と言う事で泊まる事になった。虎屋の悪評と、福鼠の評判が広がり満員が続き、裏に宿を建て奉公人も置いた。その反動で虎屋の客は激減した。怒った虎屋は飯田丹下に虎を彫らせ、ねずみ屋を睨み付けるように二階の手摺りに飾った。その途端、ねずみ屋の鼠がピタリと動かなくなった。驚いたのが卯兵衛、その反動で腰が立った。本当はもっと前に治っていたが、立たないと思って立たなかったから立てなかった。甚五郎に手紙を出した「私の腰が立ちました。鼠の腰が抜けました」。
それを見た甚五郎は、若い政五郎を連れて仙台に入った。卯兵衛に経緯を聞き、その虎を見せてもらった。「飯田さんが彫った・・・、ん~、政坊あの虎をどう見る」、「私の力量から見ても、あの虎はそんなに良くはないとふんだ。目に恨みを含んでいる。立派な虎になると額の所に”王”が浮かぶが、あの虎にはそんな風格がない。ね、伯父さん」、「私も、そんなに良い虎だとは思えんがな~。
鼠。世の中の事はみんな忘れて一心に彫り上げたのだが、それなのに、あの虎が恐いのかイ」、
「え? あれは虎ですか。アッシは猫かと思いました」。
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