露の五郎(五郎兵衛)艶笑噺
唐 人 お 吉
【主な登場人物】
ハリス総領事 侍従カリス 下田奉行 唐人お吉 お女郎衆ほか
【事の成り行き】
「♪男と女の間には、深くて暗い河がある……」70年代、長谷川きよしさんや
野坂昭如さん、加藤登紀子さんなんかが唄ってた和製フォークの一節です。
深くて暗い河を渡るために、一生懸命船を漕ぐんです
「♪Row and Row,Row and Row 振り返るな Row Row...」
流行った当時、高校生から大学生と「深い河」を知り、
向こう岸の見えない河を闇雲にさまよった実体験と重なり合って、
今でもこの曲を聴くと悶々の日々を懐かしく思い出してしまいます。
「肌の触れ合い」と言うと艶めかし過ぎますので「スキンシップ」と言い換えれば、
男女間に限らず人と人のコミュニケーション手段として、
これほど有効な方法はないように思えます。
自由運動している見知らぬ男女が、
行動パターンのうち共有するたった一つで繁く顔を合わせるようになり、
やがて言葉を交わし親しくなり、偶然か必然か、はたまた陰謀かスキンシップで急速に近しくなる。
スキンシップにも段階があり、徐々にステップアップしてついに……、
これで完璧なコミュニケーションがとれたのかと言えば、
残念ながら深い暗い河は依然として深い暗い河のまま横たわっていて
「♪Row and Row, Row andRow 振り返るな Row Row...」(2007/04/08)
* * * * *
え~、およろしぃおあとでございまして、もぉ一席のところお付き合いのほど願いますが。
え~、安政三年と申しますから、かなり古い噺でございまして、
わたしなんかまだ生まれてない時でございますが……、
あら、なに笑うん?
生まれてへんから「生まれてへん」ちゅうてまんねん、ひょっとしたら生まれてた思たんでっしゃろ……
安政三年の七月にアメリカの駐日総領事といぅことで、
ハリスさんといぅのが来た。
こらもぉその当時といたしましては大変なもんですなぁ、
ペルリが来てからね
「太平の眠りを覚ます正喜撰(しょ~きせん)たった四杯で夜も眠れず」
といぅ狂歌(きょか)があっちこっち張り出されたんです。
あの正喜撰ていぅのはお茶なんですよね。かなりえぇお茶で、いわゆる玉露です。
せやけどあの、ある時期からね
「喜撰ていぅのはえぇお茶や」いぅだけのことで正喜撰、
正喜撰ちゅうのんぎょ~さん出たんです、各店によってね。
せやから正喜撰もあんまり大したことない正喜撰も出ましたけど、
本来は正喜撰といぅとかなりえぇお茶でね。
あのほら「濃いお茶を飲むと寝られへん」てなこと言ぃますなぁ。
ですから、徳川三百年、太平の夢がたった四杯の蒸気船、
あの黒船が来たんです。
で、蒸気船と正喜撰と掛けて「太平の眠りを覚ます正喜撰、
たった四杯で夜も眠れず」といぅ。
別にここで正喜撰の説明して宣伝することはないんですが、
実は何を隠そぉわたしあの、お茶屋の倅(せがれ)なんです。
それでね、要らんこと知ったかぶりしてこんなこと言ぅてね。
また違うとこ行ったら「料理屋の倅や」て言ぃますけどね、
いやいや、といぅのがね、
うちのお爺さんちゅうのは捷(は)しまめな人でね、
あっちこっちにいろんな家があったの。
せやからわたしもあっちで育てられ、こっちで育てられね、
正直のとこ言ぅとどれがホンマのお母んや分かれへんの、わたしもね。
まぁ「お母ちゃん」といぅのがいろいろありましたですがね……
安政三年に、このハリスが下田の玉泉寺といぅお寺へやって来て、
そこを領事館にしたんですなぁ。
どぉいぅわけでお寺をアレにするんですかねぇ?
だいたいお寺とかあぁいぅとこ、あぁいぅ風になりやすいんですね。
こないだわたし、二、三日前に人権週間のナニで厚木ぃ行って来ましたけど、
厚木といぅところはホラ、あのマッカーサーがね、レーバンのサングラスかけて、
コーンのパイプくわえて降りて来たとこですが、
あそこへ何であれが来たのかね?
と思うぐらい、厚木っちゅうとこは未だに大したことないですが、
ハリスさんが来たのが下田の玉泉寺。
近所にいろんなもんができまして、だいたいが温泉地ですからね、伊豆といぅところは。
ですから向こぉもいろいろ考えて来たんでしょ~ね
「この辺やったら、たぶん保養ができてえぇやろ」ちゅなこと思てたんでしょ~な。
初めペルリが浦賀に来たときはね、
尊皇攘夷といぅやつで
「夷狄(いてき)討つべし」なんてなこと言ぅて
「目の色の変わったんが来た」ちゅうて。
向こぉは大きな大砲持って来て、
こっちは大砲が無いから、もぉ
「有るよぉな顔せなしょ~がない」いぅて。
ですからもぉ下田奉行のほぉといたしましても、
あっちこっちから山寺の釣鐘外して来て、
浦賀の海岸へ釣鐘を並べてね、
遠いとっから見たら大砲に見えるやろっちゅうとこですわ。
ところがそんなもん、
釣鐘では驚きよらへなんだんですけども、
この日本人見てビックリしよったんだ
「オー、ジャパニーズ、タイヘン。アタマピストル、イチョズツアリマス」言ぅてね。
ピストル一丁ずつ持ってる思いよったんですな。
それからみますと安政三年、ハリスがやって来た頃にはもぉだいぶ開けてた。
アメリカの総領事といぅことでございますから、
アメリカといぅものを一身に背負いましてやって来た。
そぉなると日本人ちゅうのは接待が好きでっさかいねぇ、
もぉ接待さえしてりゃえぇと考えるんですなぁ。
ですからあんまり表向きで政治するよりも呑みながらのほぉが好きなんです。
そこで「ハリス殿、今宵は下田の芸者なるものをご紹介いたしたいと存じます」
「オー、ジャパニーズ、ゲーシャガール、ワンダフル、ワンダフル。
ワタシ、ゲーシャスーキ、ゲーシャスーキ」
も~、その晩は下田の芸者、総揚げでドンチャン騒ぎ。
と、この下田の芸者の中で、お吉といぅのがいた。
これがすこぶる付きの別嬪で、ハリスがこのお吉を見るなり。
●ワタシー、コノシト、ホシー。オー、ワタシ、コノシトスキー。
コノシトホシー、イマスグホシー、スグホシ、スグホシ、イマホシー
■「今欲しぃ」と申されても、ハリス殿、芸者といえども日本の女性には操といぅものがござる。
●オー、ミサオ? ワカリマシェーン。コノシト、ホシー、ミサオ、ワカリマシェーン。
都合の悪いことは何でも「ワカリマシェーン」分からんことあれへん。
下田奉行といたしましても、ここでハリスの機嫌を損じるわけにはいかん。
●ミサオ、ワカリマシェーン。コノシト、ホシー。
コノシト、ダメ?
コノシトダメ、ワタシ、アメリカ、カエリマス。
ワタシ、アメリカ、カエル、ワタシノクニ、アナタノクニ、セメマース。
■芸者一人で戦争が始まったんではどもならん。
奉行たるべきものがどぉして女の世話までせねばならんのであろぉか……。
後日、吉左右(きっそぉ)をお届けいたしまするで、本日のところはお帰りを。
その日はハリスを何とかなだめて帰した。で、お吉を呼んで、
■かくかく、しかじか、こぉいぅわけじゃ、何とか日本の国のためじゃ、ハリスに抱かれてくれ
▲滅相もない、わたくしには鶴さんといぅ、
言交わした男がございます、鶴松といぅものがございます。
どぉぞそればっかりはお許しを。
■いや、そぉも申そぉがな、そなたが首を縦に振らんと戦争が起きるのじゃ
▲どぉしてわたくしが?
■そぉなのじゃ、とまれ、何とか「うん」と言ぅてくれぬか?
なぁ「うん」と言ぅてくれ、これ、吉、よいではないか……、
あかんか、ならしょ~がない。
お奉行さんのほぉも、お吉に直接当たってあかんといぅことなればと、
次に手を回しましたのが、このお吉と言交わした男、鶴松のほぉ。
■鶴松、そのほぉ、一生船大工で終わるのが望みか?
どぉじゃ、この際日本国のためじゃ、お吉を諦めんか?
いや、タダで諦めと申すわけではない、
そのほぉがお吉を諦めるとあらば、江戸表でそのほぉを武士にとり立てさす。
■よいか、船大工で一生終わるのがよいか、武士になって面目を立てるがよいか。
お吉をとるか、武士をとるか?
二つに一つじゃ。鶴松、返答をいたせ、どぉじゃ?
ん、大工で一生冷や飯を食ぅのか?
武士となって男の面目を立てるのか?
御国(みくに)のためじゃ。
昔のやつは「御国のため」に弱かった。
御国のためにて言われると、命投げ出した。
ねぇ、そぉでっせ、わたしらでもひと足違えばね、御国のためでどっか行ってたんだ。
今ごろ木っ端微塵、ねぇ。
あの頃いろんなことあったんですよ「御国のために」といぅだけのことでね……、
まぁそんなこと言ぅてる間ぁないんですが。
ともあれ「御国のため」といぅ言葉に弱いのと、鶴松、もぉ一生船大工で終わるよりはと。
その頃のお侍さま、士農工商といぅ確実に四段階分かれておりました、
その頂点の武士にとりたててもらえる。
侍になったら、また別のえぇ女が当たるかも分からん。
お吉を捨てて鶴松は江戸表へ出奔をいたしました。
さぁ、この人だけはと信じていた鶴松に去られたお吉
「え~いッ、こぉなったらヤケクソ」女はヤケクソになると強いですなぁ、
ヤケクソになって使うとこ使やねぇ、お金が入って来る。
男はヤケクソなって使うとこ使こたら、銭が要るんです。
えらい違いでございます。
たんまり支度金をもらいましたが、心は晴れやらぬまま、お吉は玉泉寺、ハリスの元へ送られる。
ここんところは歌なんかにもございますなぁ
「♪駕籠で行くのはお吉じゃないか、下田港の春の雨、泣けば椿の花が散る」
と、玉泉寺へまいりましたお吉、もぉ覚悟は決めてます。
▲ハリスさま、お吉はあなたさまのものに相なります
●オー、オキチサーン、
イラッシャイ、イラッシャイ。
マッテマーシタ。
ワタシアナタスーキ、フジヤーマ、ゲーシャガール、ワンダフール、ノーキョー、ノーキョ。
なんや、何言ぅてるや分からん。
ともあれ、知ってる限りの日本語を並べて
「ハヤクイラシャーイ、ハヤクイラシャーイ」ベッドのほぉへ連れて行ったんですが、
ところがお吉さん、日本人ですからベッドといぅんは具合が悪いんです。
でもあれねぇ、慣れるとベッドのほぉがいろいろと楽しみ方があるんですよねぇ、
いろんな具合に使いよぉがあるんですが、
どぉも慣れないあいだといぅのはベッドといぅのはフカフカ、
フカフカして踏ん張りよぉがないんですてねぇ(女性の笑声)……、
あら? いろいろと知ってらっしゃる?
ベッドといぅのは具合が悪い。お吉さん、持参いたしました夜具を玉泉寺の本堂に敷(ひ)ぃたんですなぁ。
そぉすると「オー、ジャパニーズ、マット。
オー、コノウエデ、レスリング、シマショー」もぉ、向こぉは喜んだ。
「柳」といぅ帯が結ばれております。
片側をスッと引くとキキッキキッ、キュッ。
博多の帯といぅやつは片ほどきますとキュキュキュキュッとこぉ絹と絹ですからねぇ、
帯を解くのに鳴くんです。
「♪誰に見しょよか博多の帯、帯の鳴く音をこの人に」といぅ歌があります。
あの帯の鳴く音ていぅのはえぇもんでねぇ、この頃の人は皆ベルトやからねぇ、鳴きよぉがないでしょ。
伊達締めでもそぉですよ、今は半分混じりっこのやつしはるさかいに結びはるでしょ。
昔はキュキュキュッと巻いて、端だけピッと挟んだぁったん。
端を一つポ~ンと外すと、サラサラ、サラサラサラッ、キュキュキュ……
蛇がとぐろ巻いたみたいに、足元へスルスルスルスルッと。
で、長襦袢のここ(袖)とここと持ってポンッとこぉ落とすと、長襦袢がサラッと落ちる。
真っ赤な緋縮緬の……、を……、想像してください。
で、ハリスさんの大柄な体が、小柄なお吉と重なり合って、
はじめのうちはお吉のほぉも泣きの涙で抱かれてたんでしょ~けども、
そこは男と女、度重なってくると、段々馴染んでくる。
しまいには何もかもが何となく懐かしぃよぉな気になってくる。
と、ある日、ハリスに抱かれていながら、お吉さんの頭に
「あぁ、これが鶴松さんやったらな」といぅのがヒョイッとよぎった途端に、
今まで感じたことのないよぉなエクスタシーがビビビビッ。
思わず「鶴さんッ!」
あのねぇ、
女の人のあぁいぅ時の声っちゅうのはもぉ男にとってはたまらんのですなぁ、
つられるんですアレに。
ですから昔、赤線華やかなりし頃は「ボンヤ」ってのがあったん。
ボンヤて何やちゅうとね、文弥節といぅ新内のね、文弥から来てるん。
ブンヤが訛ってボンヤになったんですと。
つまり、高い声で聴かせるといぅわけで、これ偽装なんです、嘘なんです。
ほんとにそんなことはないんですけれども
「♪あぁコリャコリャ」てな相の手言われると、
男はついその気になって、ちゅうのがある。
ところが男のほぉも遊び慣れてくると「なんぬかしてけつかんねん、
ボンヤばっかり言ぃやがって。
一番、本音で鳴くまで責めたろか」てなことになる。
と、片一方もはじめは芝居のつもりでやってるやつが、
海千山千のやつにかかってくると、どこまでが芝居なのか、
どこまでがホンマもんなのか自分でも分からんよぉになってきて、ついとり乱して「ハァ~ッ」
「あ~、今日は良かった値打ちあった」てなもんでね、
それがまぁ赤線の楽しみやったんです。
確かあれ、昭和二十……、まだ宝塚の新芸座へ出てた頃ズッと福原から通てたん。
新芸座終わったら福原へ帰って来てね、福原で何して、朝まで福原にいて、ほんで福原から出勤してね。
あの頃安かった、五円やったからねぇ、なんし泊まりで。
ホンマはね、泊まり八円ぐらいしたん。
でもね、馴染みの女の子がいてね、懐心細いとき下から石をね、
その子の部屋のとこの窓ガラスへポンと当てんのん。
すると上から中へ五十銭玉を芯にしてね、
でないとお札放ったら飛んで行ってしまうからアレ芯にして上から(五円札を)放ってくれた。
その五十銭はね、オバチャンに茶(ぶぶ)代として渡すん、と、五円で上げてくれるん。
あとはその子が払ろてくれたん、仕事が丁寧やったからね、俺は。
そぉいぅ時代がありましたが……、
で、お吉も鶴さんが頭によぎった途端
「鶴さんッ!」何や知らんけどもハリスのほぉも励んでると、向こぉのほぉが何ともいえん声で
「鶴さん、鶴さん」
「オー、ツルサン、ツルサン」で、
両方がビビビッとなったん。
あとで「アレ何やったんか知らん?」とハリスが聞ぃたら、
まさか「惚れてる男の名前や」言われへんさかいに
「日本では、すばらしぃ、感極まったときに『つるさん』て言ぅんですよ」と。
さぁハリス、それを覚えよったもんやさかい、それからはもぉ朝から
「オキチサーン、ツルサンシマショ、ツルサンシマショ。オキチサーン、ツルサンシマショ、ツルサン、ツルサン」
そぉなるとお吉のほぉも大っぴらに言えるもんですから「鶴さ~んッ!」
「オツルサーン、ツルサーンッ!」やかましぃ、やかましぃ。
朝から晩まで
「つるさん、つるさん」なんかアデランスの宣伝みたいなもんです。
「つるさん、つるさん」で、お吉とハリスのほぉはよろしぃが、
たまらんのはお付きのほぉ。
このハリスの侍従といぃますかお付でカリスといぅのがいた。
ハリスの侍従でカリス、かなんですなぁ、朝から晩まで
「つるさん、つるさん」こっちが頭にきよったんだ。
奉行所へ出て来て、
★オー、オブギョーサン、ハナシ、アリマース。ワタシモ、ツルサン、シターイ
■はぁ? 何でござる?
★オキチサーン、ハリスサーン、ツルサーン、
ツルサーン。アサカラ、バンマデ、ツルサーン。
ワタシモ、ツルサーン、ホシー。
■いやあの、鶴さんといぅのは……、
ひょっとするとカリス殿はホモの気がおありでござるか?
★「ホモ?」ワカリマシェーン、ワタシ、ツルサンホシー、ジャパニーズ、ゲーシャガール
■おぉ、芸者をご所望でござるか、
ならば調達いたしましょ~。
奉行所といたしましては、
ハリスは総領事でございますから芸者当てごぉたけども、
カリスは家来やから芸者当てがうことなかろぉ。
呼びよったのが三島から女郎衆を呼んで来た「♪三島女郎衆はノ~エ」の、あれですなぁ。
あれを三人ぐらい呼んで来よって
「この中からえぇのをどぉぞ」といぅつもりやったんですけども、
カリスはこれ見るなり
「オー、ジャパニーズ、サンニン、サンニン、ツルサン、サンニン、ツルサン、ツルサン、イラッシャイ」
三人連れて行きよった。
明けの朝になりますと、
★オー、オブギョサン、ツルサン、サンニン、ダメ
■あぁなるほど、カリス殿はさすがに三人では疲れるから、一人にしたいと
★オー、チガマース。コレ、
サンニントモ、ジェンブ、ツルサン、ダメ。
ベツノ、ツルサンイリマース。
■いや、これ日本の女性(にょしょ~)に違いはござらん
★チガイアリマシェン、チガイアリマシェンガ、
コノサンニン、ツルサンダメ。ホカノ、ツルサン、ホシー
■分からん。カリス殿と話をいたしておっては……、いやいや、
手前のほぉで勘考いたすから、しばらくそれにてお待ちくだされ。
■これ、どぉした? カリスが何や言ぅとる、分からん「鶴さ~ん、鶴さ~ん」て何やアレ?
三人、どぉした?
◆いや「鶴さ~ん」ちゅうのは何や分からしませんねんけどね、
なんしろあきまへんねんわ。
■「あきまへん」て、あかんでは困る、どぉしてあかん?
◆いえあのぉ、カリスさまのな、カリスさまのカリスさんが大きぃのん
■あぁ~、しかしそのほぉらも海千山千、失礼、
あまた千軍万馬のツワモノなれば、それしきのことでは困るが。
◆そら、少々のことはと思いまっけど、なんせ大きおまんねわ。
あんなん、わたしらつぶれますへぇ。
もぉ、とてものことにこりごりで。
わたしら三人ともあきまへん
■三人とも、いかんか……、ん~ん。これから三島へ帰ってな、
お前らの朋輩(ほぉばい)で大きやつはおらぬか、
それをひとつ探してくれ、頼む御国のためじゃ。
なんぼ「御国のため」と言われてもね、
この三人が三島へ帰ってまいりまして
「大きぃ人……」あのねぇ、小さい人探すのは探し易いんで、
大きぃのんちゅわれても
「わたし、大きぃです」いぅ人はまぁないんでねぇ、
誰も名乗り出る者がない。
「あぁ、大きぃやつはおらんか……」一方、カリスのほぉは、
★オー、サンニン、ダメデシタ。ツギノ、ツルサン、マダ、キマセン
■近々きっと手配をいたす、カリス殿ご心配あるな。
我が国には江戸表には吉原といぅ所もあれば、
京に島原といぅのもござる、
大阪には飛田・松島・南陽いろいろとございますれば、
すぐに手配をいたしますで、まぁあせらずに。
★オー、ワタシ、ツルサン、シタイ
■分かっとります、分かっとります。
もぉ、使いの者は早馬を飛ばして日本国じゅ~を
「大きぃのはおらんか?大きぃのはおらんか?」
あちらこちらと探しましたが、これといぅ目途がない。
なんぼ探しても名乗り出る者がない。
ひょっとしたら……、長崎へ行って丸山を探せば、
丸山では外人を相手のやつがいるから、
中には大きぃのがあるかも分からん。
丸山へやってまいりまして探すと、
◆わたしら、とてものことにこの丸山にいてる人だけで手ぇいっぱい、
それにあんた、そんだけあっちこっちの方が皆
「どないもならん」と言ぅたはるほど大きぃ人、わたしらお相手よぉしまへん
■そこをそぉ申さず、
ここで誰かが名乗り出てくれんことには身共が切腹をいたさねば相ならん。
切腹をいたすこの身はいとわねど、あとに残す妻や子が……
◆そんな大層な話を、まぁそないまで言われたらしょ~がおまへん、
最後の手段といぅのがたった一つおますけど
■最後の手段があるか?
◆へぇあの~、
何ですけども、この丸山に「錐揉みさん」といぅ大夫が
■錐揉み大夫か、その錐揉み大夫はこぉモミモミするか?
◆さよぉではございません。素股、の名人で
■なに、スマタの名人? スマタとは何じゃ?
◆これなぁ、説明しにくいんですけどねぇ、こんなんわ。
つまりですなぁ、男の方のしかるべきものをですな、
そこへ納めずに、腿と腿の間へ挟みまして、
それでこの誤魔化すんです。
■それを「素股」と申すのか? そこへ挿入をいたさず、
股の間へ挟んで、そぉいぅことができる?
しかしだぞ、その素股といぅのは相手にバレはせぬか?
もしもこれが相手に悟られたら、
こら国際問題であるからして「こらすまった」ではすまたれんぞ
◆悪い洒落でんなぁ……
◆こぉなったら、それしかしょ~がございません
■しかし、イチかバチかやらねば、身共切腹するかせんかの境じゃ。
でわ早速、その素股の名人
「錐揉み大夫」とやらを下田へ連れまいることにいたそぉ。
早駕籠を仕立てまして、この錐揉み大夫を乗せて「ハイヨッ、ハイヨッ、
ハイヨッ」下田へ帰って来る。
■カリス殿、この者なれば
★オー、マチカネマシタ、マチカネマシタ。
ハヤクハヤク、コチラヘ、コチラコチラ……
錐揉み大夫を抱えて入りましたカリスの部屋から
「オー、ツルサーン、ツルサーン、オー、ツルサーン」
といぅのが三日三晩聴こえたといぅんですから大変なもん。
三日三晩いたしますと、さすがのカリスもゲソッとやつれて、
★オー、オブギョサン、タイヘン、ケッコー。オー、ツルサーン、スキー、
ジャパニーズツルサーン、ケッコォケッコォ
■これなればお気に入ってござるか?
★オー、ジャパニーズ、オクユカシィ、ジョセー
■「奥ゆかしぃ」といぅほどのこともなかろぉと思いますが、
奥ゆかしゅ~ござるかな?
★オー、イカニーモ、オクユカシー。
ジャパニーズ、ニホンテーキ、オクユカシー
■何が奥ゆかしゅ~ござるかな?
【さげ】
★オクユカシィデス。ナカニ、タタミ、ヒィテマシタ。
【プロパティ】
ハリス総領事=タウンゼント・ハリス(1804~1878)アメリカの外交官。
1856年初代駐日総領事として下田に着任。下田条約・日米修好通商条
約を締結。59年公使となる。62年帰国。著「日本滞在記」
喜撰(きせん)=六歌仙のうち、宇治にまつわる喜撰法師にちなんで名付け
られた宇治茶・玉露の商品銘柄。
正喜撰(しょうきせん)=幕末の頃「喜撰」のまがい物が蔓延したため、本
物を「正喜撰」と改め販売。あとを追うように「上喜撰」「喜撰山」
など次々出たという。
ぎょ~さん=たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
転とある。「仰々しい」のギョウか?「よぉけ→よぉ~さん」たくさ
ん、の訛りかも?
捷(は)しまめ=はしこくまめまめしいこと。手早く女に手を出すことをい
う。
玉泉寺(ぎょくせんじ)=曹洞宗瑞龍山玉泉寺:静岡県下田市柿崎。境内に
初代米国総領事タウンゼント・ハリスの記念館あり。
ペルリ=マシュー・カルブレース・ペリー(1794~1858)アメリカの東イ
ンド艦隊司令官。1853年浦賀に入港して開国を迫る。翌年江戸湾に再
来し日米和親条約を締結。帰路琉球王国と通商条約を調印。著「日本
遠征記」。ペルリ。
別嬪(べっぴん)=嬪は嫁。夫に連れ添う女。奥御殿で、天子のそば近くに
仕える女官。別嬪:嬪の中でも選ばれた嬪。美人。
下田奉行=井上清直(きよなお)(1809~1868)1855(安政2)年、下田奉行に
就任。1858(安政5)年、岩瀬忠震とともに日米修好通商条約調印。
お吉=斎藤きち。1842(天保12)年、愛知県南知多町内海生まれ。4歳で伊
豆下田へ移住。14歳で芸妓、17歳のときハリスの侍妾となるも3日で
解任される。「唐人」という世間の罵声をあびながら貧困の中に身を
もちくずし、1890(明治23)年、稲生川へ身投げし絶命。
吉左右(きっそう)=「左右」は便りの意。よいたより。うれしい知らせ。
吉報。よいか悪いか、どちらかの連絡。
鶴松=川井又五郎。鶴松は幼名。1857(安政4)年、お吉との仲を裂かれた
のち1868(明治元)年、横浜で同棲。1871(明治4)年、お吉とともに下
田に帰り髪結業を営むも不仲のため1876(明治9)年、離別。
お金が入ってくる=お吉の場合、初期契約は支度金25両、月俸10両だった
という。しかし、3日で解任され支度金25両と5月分の月俸10両は支
給されたものの、6月7両、7月5両と減額され、8月には30両の手
切金で完全解雇となった。
♪駕籠で行くのはお吉じゃないか……=唐人お吉小唄(明烏篇):歌・藤本
二三吉、作詞・西条八十、作曲・佐々紅華。1930(昭和5)年リリース。
ノーキョ=農協:一時期、農業共同組合(農協)の主催する海外ツアーによ
り日本人が大挙海外に押し寄せ、日本人のことを「ノウキョウ」と呼
んだという都市伝説。発言元が日本発か外国発かは定かでない。
柳(結び)=江戸芸者の標準帯結び。太鼓結びの端を紐で縛らず、だらりと
下げたもの。
帯が鳴く=博多帯のなかでも特に品質の良いものへの賛辞。
ボンヤ使う=大阪の色町における特殊用語の一つで、芸娼妓などが閨中で
のテクニックとしてわざと嬌声を発し相手を喜ばすことをいう。「泣
きを入れる」ともいい、それによって客を満足させると共に、客の気
をそそって早く終らせる手段としたものだといわれる。浄瑠璃語り岡
本文弥の文弥節から出た語。文弥節は俗に「文弥の泣き節」といわれ
て、その「すすり泣くような」と評された節調が閨中の叫快に似てい
るところから、その喜悦の声を「文弥」と呼ぶようになった。
文弥節=古浄瑠璃の流派の一つ。延宝~元禄年間に岡本文弥が語り出した
もの。哀調を帯びた語り方で泣き節ともいわれ、一時期、京坂地方に
流行した。また、佐渡で行われた浄瑠璃の一種。民俗芸能として伝存
する。
福原=神戸市兵庫区福原。今でもそのスジのお店がたくさん健在。
宝塚新芸座=1950(昭和25)年、宝塚歌劇団を作り上げた小林一三が「漫才
師による劇団の結成」を秋田實にもちかけ発足した演劇集団。ミスワ
カサ・島ひろし、夢路いとし・喜味こいし、秋田Aスケ・Bスケらを
中心に宝塚歌劇団の生徒も参加して公演を行った。
売春防止法=売春を防止するための法律。売春の周旋など、売春を助長す
る行為の処罰、売春を行うおそれのある女性の保護更生などについて
規定する。1956(昭和31)年制定。
アデランス=育毛サービス、ハゲ用カツラ製造会社。
かなん=困惑する。適わない→適わん→かなん。
♪三島女郎衆はノ~エ……=静岡県三島民謡「農兵節」ちなみに「のーえ
節」ではありませんので念のため。
勘考(かんこう)=よく考えること。思案。思考。
かり=雁先:ペニスの先端部分の俗称。亀頭。雁首(がんくび)。
千軍万馬(せんぐんばんば)=たくさんの兵と馬。大軍。戦闘の経験が豊か
であること。転じて、社会経験が豊かなこと。
南陽=南陽新地:1922(大正11)年、浪速区の「新世界」が芸妓居住地に指
定される。
丸山=丸山遊郭:長崎の遊郭。近世、江戸の吉原・京都の島原・大坂の新
町と並び称された。
素股=2007年現在「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」
(風適法)による規制対象外行為のため、合法とみなされている。が、
大阪では府条例でこれらのサービスを行うお店の出店そのものが禁止
されている。
音源:露の五郎(五郎兵衛)
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