雷 の 褌
【主な登場人物】
雷親父 雷息子 雷嬶 トラ
【事の成り行き】
雷を気象学的にみると、暖かい空気が急激に上昇し上空で冷やされ、水蒸
気が氷となり成長して落下、再び上昇気流によって上空へ舞い上げられて大
きな氷の塊に成長していく繰り返しの過程で、氷同士の摩擦によって静電気
を帯び、飽和すると放電する。という、まことに分かり易い仕組みになって
います。
上昇気流の起こる条件としては、春先の春雷、冬の寒雷(=ゆきおこし)な
ど寒冷前線の通過(界雷)や発達した低気圧や台風の中心など(渦雷)、日射に
よる大気温の上昇(熱雷)などがあります。
古来「雷」は「かむなり・かんなり」と発音していたとか、わたくし上林
が「かんばやし」であるのはその痕跡をとどめているからなのです。
また、雷は「神鳴り」の意からの訓読みだそうです。まさしく天空を駆け
る神々がその怒りを顕わにしている様を言い当てて、自然現象のなかでもパ
フォーマンス抜群ですね。
今回の噺は神鳴り様というよりは「雷さん」どこか童話にも似たほのぼの
とした小作品です(2000/08/20)。
* * * * *
沖天(ちゅ~てん)に雷橋といぅところがございまして、ここに雷をば営業
にしておられる五郎八さんといぅ雷仲間の取締がおられます。
■ただいま、いま戻った
▲お帰りやす。お疲れさん
■坊主が見えんが、どっか行ったんか?
▲表で遊んでますわ……
●お父っつぁんお帰り
■「お帰り」やないがな、こんな時間まで外出てるやつがあるか。
家(うち)に居てんかい。
●ボンな学校から帰って来て、本読んで宿題もぜぇ~んぶ済まして、ちょっと表へ遊びにやってもろたん
■さぁ、字ぃ書いたり本読んだりするばっかりが勉強やないわい。
いずれお前もわしの跡を継いで雷にならんならん、太鼓を稽古せんかい。
●お父っつぁん「太鼓の稽古せぇ」言ぅたかて、家に太鼓あらへんさかい稽古でけへん
■そぉ言ぅやろ思て、ちゃんと誂えといたんが今日届いたぁる。
そこにあるのがボンの太鼓じゃ
●へぇ、これボンの太鼓か? お父っつぁんが使こてんのん十六ついたぁるなぁ、
ボンのん八つしかあれへん。
■お前は体が小さいよって、まだまだ十六太鼓は背負えやせんわい。
八つ太鼓で結構じゃ。
体に合うか合わんか背負わしたるさかい、裸になってこっち来い。
さぁ、両の手ぇ通して、紐を前で結んだろ……。
嬶(かか)どや? 今度の太鼓屋は仕事がうまいなぁ、太鼓が体にきちんと合ぉたぁるわい。
■さ、稽古したる。
わしの太鼓こっち持って来い。
今日は稽古始めじゃ、わしの太鼓よぉ見てぇよ……、これが陰陽の桴(ばち)じゃ、右の方から出るぞ。
ハッ、ゴロッ、ゴロゴロゴロゴロ……、次は左の方、コンッ、コロコロコロコロ……、両の手で、バリッ、バリバリバリ……、さぁ、やってみぃ。
●お父っつぁん、こぉか……、ゴロン、ゴロン、ゴロ、ゴロン、ンゴロ、ロゴン、ロゴン、ンゴロ……
■太鼓が訛ってるやないか、手を堅とぉするさかいいかんねや。
柔こぉ、こぉいぅ具合に回してみ……、ゴロッ、ゴロゴロゴロッ!
●そない言ぅたかて、ボンら初めて稽古するねんさかい、具合よぉ行けへん
■明日から、一生懸命稽古するねんぞ
●うんッ!
明くる日になりますと、学校から帰って来るとすぐ稽古しよる。
間ぁが有ると稽古しよる。
子どもといぅもんは、もの覚えるのが早よぉございます。
ものの半季もせんうちに、親っさんよりずっと上手に打つよぉになりよった。
●なぁ、お父っつぁん
■何や?
●ボン、この頃だいぶ太鼓打てるよぉになってきたやろ?
■そやなぁ、だいぶましになった
●ほなな、今度夕立があったら、お父っつぁんの代りに雲の上走らしてんか
■おぉ、えぇとこに気が付いたなぁ。たしかに太鼓打つばっかりが稽古やないわい、雲の上走って足腰を鍛えとかんと、さぁっちゅうとき間に合わんわい。
■今度夕立があったら、いっぺん走ってみぃ
●うんッ!
親子のもんが話しておりますと、表に来ましたんが沖天の市役所の小使。
★へ、五郎八師匠。
本日午後三時、夕立でおます。
おこしらえ願います
●お父っつぁん、市役所から「夕立のこしらえせぇ」言ぅてきたで
■そらちょ~どえぇ、さっそく仕度せぇ……。
嬶、今日はよそ行きの褌を出してやれ、太鼓背負ぉてバチ持って……、
さッ、用意はでけた。
時間がくるまで待ってぇ。
午後三時になりますと、ピカッ! 車軸を流すよぉな雨がザザ~ッ!
●お父っつぁん行ってくるで
■気ぃつけて行けよ
●うんッ!
ゴロッ、ゴロゴロゴロ……、コロッ、コロコロコロ……、バリッ、バリバリバリ……
走りよる走りよる、子どもちゅうのは身が軽いもんでっさかい、あっちへツツ~ッ、こっちへツツ~ッ走りよった走りよった。ところが、なんせ初めてのことでっさかい、雲に厚いとこと薄いとこがあるんに気ぃ付きません。
ひょ~しの悪い、雲の薄なってるとっからスコン! 落ちよったんです。
落ちた所が日本ではございません。
清国、山奥の薮ん中に落ちよった。
薮ん中でトラが昼寝しとりましたんですけど、その枕元へドス~~ン! トラやんのびっくりしょまいことか、頭持ち上げよって大きな口開けて、
グゥワォ~~ッ!
【さげ】
●お、お父っつぁん怖い~ッ……! 褌が噛みよる。
【プロパティ】
音源:(初)桂枝太郎 1923(大正12)年録音
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