風 邪 う ど ん
【主な登場人物】
うどん屋 客 遊び人A・B 番頭 丁稚 酔っぱらい
【事の成り行き】
わたしの住んでる私鉄沿線の駅前に、創業三十有余年になる老舗の屋台店があります。中学生の頃、試験勉強と称して実は仁鶴さんの深夜放送聞きながら夜更かしし、夜食代わりに食べに行ったのが最初でした。
それからも、高校大学と一夜漬けにかこつけては食べに通い、今でも時たま出かけて懐かしい味を楽しんでいます。
お品書きはうどん、ラーメン、関東煮におにぎり。
テーブルの真ん中のざるに盛られたゆで卵にはいつも手が伸びてしまいます。
何がどぉと言ぅ味や無いんですけど、屋台のオッチャンがいてて、タクシーの運転手さんがいてて、近くの大学の学生さんがいてて……、裸電球のゆらゆらがたまらんのですねぇ。
* * * * *
真冬、真夜中、北風がピュ~~ッ……、凍て入るよぉな寒ぶぅい晩に遠くのほぉからうどん屋さんの声が聞こえてまいりますといぅと、寂しぃいよぉな、悲しぃいよぉな、そしてどっか暖ったかぁ~いよぉな、なんとも言えん気持ちがいたしましたそぉで、
♪うどぉ~~んえぇ~ ♪そぉ~やぁう~~~
●あッ寒ぶぅ~、寒ぶいなぁ。冷えると思てたがこんな冷(ちめ)となると思てなかったなぁ……、ぎょ~さんの星さん出たはるなぁ……、
♪うどぉ~~んえぇ~、そぉ~やぁう~~~♪
皆、お布団の中でヌクヌク寝たはんねんやろなぁ。
寒い晩はうどんがよぉ売れるちゅうねんけど、こない寒いと肝心の人間が通らんよってなぁ、売れるも売れんもないわ。
★子ども早いことしなはれや。早いことせな、うどん屋さん行ってしまうで。
早いことしなはれや。
●ありがたいこっちゃなぁ「子ども早いことしなはれや、早いことせな、うどん屋行ってしまうで」番頭さんか誰かやろなぁ、丁稚さんにあないして、うどんの注文かいな……。
出てきた出てきた丁稚さん。ありがたいこっちゃ注文、注文……、何をしてんねんな? 溝またげてオシッコして。
●子どもやなぁ。用言ぃ付けられてんけども、言ぃ付けられた用より自分の用先に済ましとこちゅうことか、オシッコしてからこっち注文か……、一人前に振ってるがな、うどんの注文……、ガラガラピシャ。かなんなぁ、おのれの用が済んだらスッとしたもんやさかい、肝心の用忘れて入ってしもたがな。
●難儀やなぁ、これぐらいのお店やったら、嘘でも五杯や六杯は買ぉてくれはんねん。
こっちから聞きに行こ……。
今晩わ、今晩わ
★どなたじゃ?
●へ、うどん屋でございま
★うどん屋が、どぉしたな?
●いま聞ぃとりましたら、ご番頭はんでございまっしゃろか「子ども早いことしなはれや、早いことせな、うどん屋行ってしまうで」言ぅてくれはりまして、待っとりましたら子どもさん出てきはったんでおますけど、自分の用足しはって注文忘れて帰りはりましたんで……、おうどんは何杯さしてもろたらよろしぃんですかいなぁ?
★あぁ、あれか。あらもぉえぇのじゃ
●おうどんのほぉは?
★いやいや、そやない。うちの子どもはな、夜遅そなったら恐ぉて裏のお手水へよぉ行きませんのじゃ。
いつもおうどん屋さんや何かが通るとな、その明かりを借りてな、オシッコをしますのじゃ。
今晩もどぉやら無事に済んだよぉじゃでな、おっきありがとぉ。
●子どものオシッコに灯ぃ貸したんかいな。
おうどんどぉです?
★うちはうどん、皆嫌いじゃ
●さよか。糞ったれ、しゃ~ないなぁ
★いやいや糞やない、ションベンじゃ
●どぉも場所が悪いわい。
ちょっと場所変えよか。
♪うどぉ~~んえぇ~ ♪そぉ~やぁう~~~
●さっぱワヤやがな……、お、どこで呑んできはったんか知らんけど、えらい酔ぉたはるで。
あっちぃフラフラ、こっちぃフラフラ、あっち寄ったり、こっち寄ったり、自分入れて九人歩きちゅうねや……。
お~ッと危ない大丈夫かいな、だいぶに酔ぉたはるで。
▲♪ちゃ、ちゃ~ん、ちゃんちゃん♪
雨ぇのぉ~、降るぅ~日ぃわぁ~♪
天気ぃ~がぁ~、悪い♪
兄貴ゃ~、わしよぉ~りぃ~、年ぃ~がぁ~、上♪
ちゃ、ちゃ~んの、ちゃんちゃん♪
●けったいな唄うとて……、あんまり相手ならんほぉが……
★う、うどん屋さん
●あ、見つかってもた……。大将、えらいご機嫌でんなぁ
★な、何ですか?
●えらいえぇご機嫌でんなぁ
★何ですか? えらいえぇご機嫌ですねぇ?
あぁ~た何ですか、わたしがえぇ機嫌で酔っているか、悪い機嫌で酔っているか、分かっているのれすか?
●そぉいぅわけやおまへんけど、えぇご機嫌でんがな
★えぇご機嫌ちゅうわけでもないけれども、ちょっとね……。
ちょっとね、くれますか?
●へ、おうどんですか?
★いえ、湯ぅです
●お湯? どぉなさるんで?
★いま、そこ歩いてましたらね、溝がありまして、そこへボチャとはまってしもて、足が
泥ららけなんれすねぇ。
ちょっとお湯をば掛けてくれますか?
●汚れた足洗うために沸かしてる湯やないけれど、うどん屋が湯ぅ無いてなこと言われ……、いえいえ、何でもおません、こっちのこってす。
いま掛けさしてもらいますんで、ちょっと待っとぉくれやっしゃ……。
ちょっと熱いかも分かりまへんけど……、熱つおました? えらい顔してはる。
すぐ慣れはるやろ思います。
●もぉ一杯掛けますんで……、へ、こんなもんで
★おっき、ありがと、済まんこちゃねぇ。ついでに、拭いてくれますか?
●こぉいぅ人があとで食べてくれはんねん……、いえいえ、こっちのこってす。
拭かしてもらいます……。
へ、こんなもんでどぉだす。
★うどん屋さん、すびばせんねぇ。お蔭で綺麗になりました。手拭持ってな
いこともないんですけろね、あぁ~たので拭いてくれたのれすか? おっき
ありがとぉ……。一杯くれますか?
●おうどんですか?
★水です
●なかなかうどんにならんなぁ……、おひやですか?
★いぃえ、水です
●せやから、おひやでっしゃろ
★み、ず、で、すぅ
●片意地な人やなぁ……、水のこと「おひや」言ぅんですけど
★何ですか?
水のこと「おひや」ちゅうのですか?
あそぉ? そぉ? 水のことおひや?
面白いこと聞きましたねぇ。
★ほな、ちょっと尋んねますけど「向こぉ水害でえらい水つきやで」言ぃますけど
「向こぉ水害でえらいおひやつきやで」てなこと言ぅのでしょ~か?
「淀の川瀬の水車」なんて唄ございますけれど「淀の川瀬のおひや車」あるんでしょ~か?
★水のこと「おひや」と言わんこともないこともないれすよ。けれどもそれは時と場合によるのれす。おひやといぅのは一流の料亭上がって、床柱を背にし山海の珍味を並べ、上等の酒を十分にいただいたところで「ちょっと喉が乾きましたねぇ、姐さん」と呼びますと、白魚を五本並べたよぉな手を前につかえて「旦さん、何かご用で?」「水を持って来てくれたまえ」「おひやですか?」
★これを、おひやちゅうねん。よぉ覚えときなさい。ゴンボ並べた指ブラブラさして何がおひやじゃ、馬鹿。おっきありがとぉ。す、すびばせんねぇ。
(クゥクゥ、クゥクゥクゥクゥ、クゥクゥ……)美味い。
これ、何ぼですか?
え? ただですか? たらなら、もぉ一杯くらさい。
★酔ぉた時に飲む水はうまいですねぇ……。
す、すびばせんねぇ(クゥクゥ、クゥクゥクゥクゥ、クゥクゥ……)美味い。え?
もぉ結構です。
そない水ばっかり飲んでられないです。
うどん屋さん、寒い中お仕事大変ですねぇ。
しかし、奥さんやお子達のために頑張ってくださいねぇ。
それではわたしは失礼します。
ごきげんよぉ、またお会いしましょ、さよぉなら。
●……、うどん食わずじまいやがな。
嫌んなってきたなぁ、今日はろくな晩やないなぁ……。
イョットショ ♪うどぉ~んえぇ~ ♪そぉ~やぁう~~
* * * * *
■ちょっと置け。
止めてしまえ言ぅてへんがな、いっぺん札を置けっちゅうねん。
お前ら腹減ってへんか?
宵からやってんねんやろ。
いま表、うどん屋流しとぉる、うどん注文してこい。
何人おる? わし? わしは要らん宵に油もん食ぅたんじゃ。
わし除けて十人か?
芳っ!
▲へいっ
■うどん十杯注文してこい。
言ぅとくで、大きな声出したらあかんぞ。
当たり前やないか大きな声で「うどん十杯」「どこですか?」
「あの路地の奥です」
「……? 明かりが点いたぁるなぁ、こんな時間まで十人の人間が寄って何しとんねん?
ははぁ~ッ、こんなことしとんねんな」痛とぉも無い腹探られても……
■ホンマはしてるんやけれどもや、思われるんも片腹痛いわい。
小さな声でそっと注文してこい。分かったなぁ
▲へいっ。
♪うどぉ~~んえぇ~ ♪そぉ~やぁう~~~
▲・・・・
●気色悪ぅ~、何やいまクシャクシャちゅうたで。竹やんが言ぅてた狸てこれか……、
嫌やで「相撲とろ」言ぃよんねん。わい嫌やがな、狸と相撲とって、ひょっと負けたら格好つかんがな ♪うどぉ~~んえぇ~
▲シ~~ッ! 大きな声出すな。うどん十杯持って来てんか、この路地の奥や。
明かり点いてるやろ、うどん十杯。
大きな声出したらあかんで、分かったぁるな
●び、ビックリした、あ~、ビックリした。
何じゃいなうどんの注文かいな。
わしゃまた、狸が出てきた思てビックリしたがな。
●狸が出てきたら、キツネこしらえたろ思てんけど……、
なぁ、昔からえぇことが言ぅたぁるなぁ「えぇ後は悪い、悪い後はえぇ」
今日は宵からろくなお客さんがないと思てたけど、
うどんがいっぺんに十杯も売れるやなんて、
ありがたいこっちゃなぁ。
●何や知らんけど、大きな声出したらいかんちゅうてなはったなぁ。
気ぃ付けて持って行かないかん……
* * * * *
■おぉ、おぉ。いっぺん札を置けっちゅうねん、お前らも好っきゃなぁ。
宵からやってんねやないか、止めちゅうてへんがな一服せぇちゅうねん。
喧しぃ言ぅな、さっきから戸ぉの外誰か居てるよぉな気がすんねんけど、
お前らがヤァヤァ言ぅから分かれへんやないか。
芳っ、戸ぉ開けてみぃ。
■見てみぃ、うどん屋やないか……。どぉした?
えぇ? 注文が出来て持って来てんけれども、
この男に大きな声出したらいかん言われてたんで、戸ぉの外から聞こえもせん小さい声で……
■そぉかいな、すまなんだ。
脅かしてやりないな、早いこと食ぅたり。
おいおい、どっちが大きぃも小さいもないがなどれも一緒やがな……、
美味いか?
うまい?
うどん屋、皆うまい言ぅとる……。
なんぼ早よ食え言ぅてもボロボロ落とさいでもえぇやないか、落ち着いて食わんかい。
■食ぅたら、鉢揃えんかい。
揃えたら岡持ちの中入れたれ……。
うどん屋、表は寒いやろなぁ。わいらこんなことして遊んでるねん。
お前の目ぇから見たら腹の立つよぉなことやろけど、
若いもんのこっちゃしゃ~ないがな堪忍したって……。
代は何ぼや?
■釣は要らん、取っといてくれ。
こっち回ってくるんは?
初めて?
明日から毎晩回っといで、
大抵十人ぐらいの人間寄ってこんなことしてんねん。
表冷たいやろけど、精ぇ出しや
●《おっき、ありがとさん》
* * * * *
★ありがたいこっちゃなぁ「明日から毎晩来いよ、十杯ぐらいのうどん毎日買ぉたる」
えぇお得意さんが出来た。
われわれ小商人(こあきゅ~ど)は可愛がってもらわないかんわい。
♪うどぉ~~んえぇ~ ♪そぉ~やぁう~~~
大通りへ出ると風がきついなぁ……
♪うどぉ~~んえぇ~ ♪そぉ~やぁう~~~
★《うどん屋は~ん、うどん屋ぁ~は~ん》●……? 今晩こんなん流行ったぁるんかいな。
ありがたいなぁ、また十杯売れるがな。
そぉか、ここらはこんなことして遊ぶ人ばっかり寄ったはるんやな。
今度は向こぉから言われるまでも無い、心得てるわい。
●《うどんですかぁ~?》
★《そや》
●《十杯ですか?》
★《いや、一杯でえぇ》
●《あ、さよか》おかしぃなぁ……、そぉか、味見や。
まてまて、お前ら食ぅてもえぇけど初めてのうどん屋、どんな味か分からんやろ。
ひょっと不味かったらどぉすんねん、わしがまず一杯食ぅてみて、美味かったらお前らもみな食え……。
うまいこといったら十一杯売れるがな。
●《お待ちどぉさんでした》
★《できた? おっきあ、ありがと。
うまそやなぁ……、
フッ、フゥ、ズズゥ~~……、
えぇダシ使こてるなぁ美味い。
ズズゥ~、カマボコも厚ぅ切ってるなぁ、コリコリして美味い。
ズズゥ~、ズズゥ~、ズズゥ~、ズズゥ~……。
美味かった。
おっきごっつぉさん》
●《お粗末さまでした》
★《何ぼや……? そぉか渡しとこ》
●《おっき、ありがとさんで》
★《うどん屋、また明日もおいでや》
●《おっき、ありがとさん》
★《うどん屋》
●《へぇ?》
【さげ】
★《お前も、風邪ひぃてんのんか?》
【プロパティ】
キツネ=「きつね(うどん)」はうどんに甘辛く煮た薄揚げを
トッピングしたもの「たぬき(そば)」はうどんの代わりに蕎麦を使って、
同じく揚 げをトッピングしたもの。
うどんと蕎麦を半々に使ったものを「パンダ」とはもちろん言わない。
岡持ち=手と蓋がついた平たい桶。料理などを運ぶのに用いる。出前桶。
塗りでできた上等なものもあるが、多くは白木。決してアルミででき
た岡持ちはイメージしないでください、あれは時代が違う。
終盤《 》付きのせりふは喉が潰れたときの声で。
音源:1980/10/26 枝雀寄席(ABC)
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