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エロ本の歴史、19世紀ロンドンで起こったポルノを巡る「戦争」とは?

2016年07月15日 | ニュース

by Francois R THOMAS


性的な作品については、映画の世界に100年にわたる検閲の歴史が存在しますが、書籍や写真といった出版物に関しても長きにわたって争いがありました。潔癖な価値観が優勢だった19世紀のヴィクトリア朝ロンドンでもポルノグラフィーが大流行し、警察・当局・メディアVSポルノ出版側・ポルノ書店による「戦争」があったそうです。

The Secret History of Holywell Street: Home to Victorian London’s Dirty Book Trade | The Public Domain Review
http://publicdomainreview.org/2016/06/29/the-secret-history-of-holywell-street-home-to-victorian-londons-dirty-book-trade/

イギリスのヴィクトリア朝中期から後期にかけて自由党を指導し、4度にわたって首相を務めた人物ウィリアム・グラッドストンは、現在のイギリスにいくつも彫像が建てられているほど高名な人物ですが、このグラッドストンをして「文明化された世界において最も下劣な通り」と表現されたのがHolywell Streetです。現在はポルノが盛んな場所としてソーホーが知られていますが、19世紀ロンドンにおいてポルノグラフィ販売の中心はHolywell Streetでした、

写真の左側に写っているのがHolywell Street


1864年に描かれたHolywell Streetの絵画を見てみると、趣のある中世ヨーロッパの雰囲気が伺えますが、実際の建物はもっと荒廃しており、通りは薄暗く、みすぼらしい見た目だったと言われています。


もともとHolywell Streetは急進党のパンフレット作成者や政治関連の出版物を刷る印刷屋が多い地域でした。しかし、1810年に政府が出版を規制すると、彼らは印刷物の内容を、それまでの政治関連のものからポルノグラフィーに変更しました。このため、Holywell Streetがポルノグラフィーの中心地として栄えるようになったわけです。

このことを問題視した当局は、1857年にポルノ製作者を投獄するというObscene Publications Actという法律を可決させました。しかし、ポルノグラフィーの売れ行きはよかったため多くの書店や印刷屋は活動をやめず、中には複数の名前と住所を持ち、政府の目をかいくぐりながら出版を続ける人もいたほど。1878年に発表された調査では「無許可の本や印刷物は一部のみしか取り締まれていない」ということが発表されており、規制にも関わらず、ポルノグラフィーは多くの人の手に渡っていきました。この事態を警察や政府だけでなく、新聞社など大手のメディアは非難しました。

Holywell Streetの37番地には、顔のついた半月が飾ってあるロンドンで最も古い本屋があります。書店の前には日常に男性の人だかりができ、すすけたショーウィンドウの中には挑発的なタイトルがついたページやきわどい彫刻が押し詰められていたとのこと。


当時ショーウィンドウに並んでいたのは「高度にエロチックな物語」「誘惑する枢機卿」「みだらなトルコ人」といったタイトルの作品で、さらに店の奥に入っていくと「スパンカー大佐の経験的レクチャー」「外科医による色欲の経験」といったディープなタイトルが並んでいたそうです。タイトルに使われている単語が比較的穏やかなのは、政府の規制を免れるためだと見られています


「The Autobiography of a Flea(ノミの自叙伝)」という本の口絵では、複数の男女が絡み合う様子が描かれていました。


これもThe Autobiography of a Fleaの挿絵。男女ともににこやかなのが印象的です。


この他、「The Story of a Dildoe!/ディルドの物語」という本は個人により出版され、出版数は150冊に制限されていたため人から人へと手渡されていき、「Randiana, or Excitable Tales; Being the Experiences of an Erotic Philosopher(エロス哲学者であること)」という本は卑猥すぎてカウンターの後ろに隠されていたなど、流通にはさまざまな経緯がありました。


これらのポルノグラフィーは現在では目録が作成され、資料として保存されています。この目録はポルノグラフィーの鑑定家だったHenry Spencer Ashbee氏によって、1870年代と1880年代に3つのパートにわけて製作されました。目録において、Ashbee氏はポルノ作品を分析・評価し、時に信じられないほどに長い脚注を加えているため、性的に興奮させることを目的としたタイトルの本が、まるで学術作品のように見えてくるそうです。

例えば、少女をせっかんするサディスティックな「スパンカー大佐の経験的レクチャー」についてAshbee氏は「これまで読んだ中で最も無情で残酷で、そしてひどくわいせつ」とつづっており、「若く美しい女性の魂を打ちのめし侮辱することで喜びを得る」物語だとしています。また、「The Story of a Dildoe!/ディルドの物語」は「3人の若いアメリカ女性が喜びのためにディルドを入手し、互いに処女を奪い合う」という内容とのこと。28歳の健康的な女性が性に目覚めるという「The Horn Book, or A Girl’s Guide to the Knowledge of Good and Evil/欲情の物語、善と邪悪の知識へと導かれる少女」という作品も目録には収録されています。なお、同性愛的な内容でいうと、1881年に出版された「The Sins of the Cities of the Plain(簡素な町の罪)」という本が初めて出版された男性同士のポルノグラフィーとなっています。


ヴィクトリア朝の支配層はこれらの本を「社会構造を腐敗させる邪悪なもの」とみなし、Ashbee氏によると出版界では「戦争」が起こったそうです。雑誌のPunchは「Holywell Streetが地震で一掃されればいいのに」と願い、「Holywell Streetでポルノを調達する悪党はクギで耳を門柱に打ち付けられるべき」と考えていた警察も存在したとのこと。実際に、死刑宣告をされた出版者もいました。

どうしてポルノがこれほどまでに弾圧されたのかというと、当時は若者が性的な行為にふけることが、男性に強さを損なわせ、肉体的・精神的な成長を妨げる邪悪なことであると考えられていたため。性行為だけでなく、マスタベーションも、黄疸になり、ニキビができ、歩き方が悪くなると考えられていたことに加え、結婚したあとも節度を守るべきで、性行為にふけりすぎると心臓病を引き起こす「精液漏」になると言われていました。


また当時、女性には性的な欲求がなく、妊娠中は性行為ができないと考えられていました。結婚している女性は夫に欲求が生まれた時にだけ従わねばならず、子どもを産むためにだけ性行為を行うという考え方が一般的でした。

しかし、1857年にWilliam Acton医師によって「生殖器の機能と不調」という本が出版され、人々の考え方は変化していきます。本は急進的な内容ではなく、むしろ性的なことを忌避する当時の医療の主流をいくものでしたが、本の内容が広まるにつれて、アンチテーゼ的にポルノに対する警察・政治家・メディアの反応がヒステリックであると人々は理解していきました。ポルノグラフィーの鑑定家で作家のWalterという人物は、「世界は『わいせつ』だと言い、男性器や女性器を楽しみのために使うことを偏見の目で見るかもしれませんが、私はこれらのものは無害だと思い始めてきました」という内容が書かれた、11巻・4000ページにもわたる「My Secret Life」という回想録を出版。この本を読むと、1888年頃のミドルクラスに属する人々が性に関して以前のような考えではなくなってきていることがわかります。


本の中で、Acton医師の性的な世界観はどんどん覆されていき、Walterは性感染症になるまで、心ゆくままに性行為を楽しんでいきました。女性も性行為に消極的ではなく、服従するタイプでない人々が描かれています。また、当時としてはタブーだった性的不能についても「なんてことだ、ちっとも立たない」「どんどん小さくなってしぼんだセイヨウスグリのようになっていった」と率直な記述が行われています。全体として、Walterの回顧録は性に対して抑圧的だったヴィクトリア朝に対する反発であり、ポルノグラフィーにおいて性の自由が獲得されたのだと言えます。


19世紀末頃には、規制が強化され、ポルノ写真やポルノ書籍を本屋で得るには隠語を使う必要がある状態にまでなりました。1880年には名門大学であるイートン校の生徒に「芸術科目」と書いた封筒に入れたポルノグラフィーを送っていたとして、ある家族経営の書店が警察によって秘密裏に捜査され、最終的に店主が逮捕され書店が潰れる事態に追い込まれました。これらの事件を受けて、書店でポルノグラフィーを購入する時は、例え隠語を使っていたとしても「警察ではないか?」と疑われることがあったとのこと。

しかし、弾圧が厳しくともHolywell Streetの人々は負けず、大物が逮捕されても次から次へと別のトレーダーが台頭するという展開が続きました。見かねた当局は、Holywell Streetと、Holywell Streetと同じくポルノグラフィーを入手できたWych Streetを「道を広くする」という名目でつぶそうと提案します。書店にポルノグラフィーが置かれ、薬局に大人のオモチャが置かれていたHolywell Streetに対して、Wych Streetは主に売春宿が並んでいる場所でした。

そして1901年、実際にその日がやってきます。Holywell StreetとWych Streetは一掃され、新しく無味乾燥な Aldwych Streetとして生まれ変わったのです。

ただし、通りの一掃をもっても、ポルノグラフィーの繁栄はもちろん消え失せず、人々は場所を変えてポルノグラフィーを売り出しました。そして、ポルノ本の中心地としてのCharing Crossが生まれ、現在のソーホーへと続いていくわけです。

 

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