「昼、介護職。夜、デリヘル嬢。」-。過激なタイトルだが中身はシリアスである。高野山真言宗僧侶でもある作家、家田荘子さんが過酷な介護現場への潜入取材やインタビューを重ねて書き上げた渾身のルポルタージュ。女性介護士らは低賃金にもかかわらず3Kといわれる重労働や日常的に受けるセクハラに耐え続けている。介護職だけでは食べていけず、中にはやむなくデリバリーヘルスなど風俗の副業を持つ女性も。それでも「介護の仕事が好き」と言い切るのだ。彼女らの姿からは高齢化社会の暗部も見えてくる。(古野英明)
背に腹は代えられず熟女専門のデリヘルへ
「デリヘルのお客さんより、施設のお爺さんの方がエロいんです」
家田さんのインタビューにこう答えたのは、広島の48歳の女性。この言葉には、あまり表には出てこない介護現場の深刻な問題が含まれているのだが、それは後に詳述する。
女性は18年前、30歳のときに会社員の夫と離婚、3人の子供を引き取った。しばらく会社勤めをした後、介護ヘルパーの資格を取り施設で正社員として働き出す。月収は18万円。夜に水商売のバイトをしながらなんとか家計をやりくりしてきた。
その店が1年前につぶれた。50歳近い女性を新規で雇ってくれるようなクラブはなく、子供の学費はますますかさむ…。「背に腹は代えられない」。女性はついに熟女専門のデリヘルで働くようになった。
体が動かないはずなのに襲われそうに…90超えて衰えぬ男性の性欲
風俗の仕事のことは何も分からず、店や客から教わりながら覚えていった。不器用ながらも懸命にサービスをしているうちに、本番を迫る客をうまくかわす術も学んでいった。やがて女性は、店に来る客よりも、正業の介護の現場で接している老人たちの方がよほどスケベだということに気づく。女性が証言した介護現場でのセクハラの実態は衝撃的だ。
胸や尻を触られ、ズボンの上から股間も触られ、「やらせろ」といわれるのは日常茶飯事。92歳の酸素吸入器をつけた寝たきりの男性は、トイレに行くたびに自分の一物をしごいて「わしはお前とやりたい」と言い、用を足してベッドに戻そうとすると抱きついてキスをしてくるという。
精神科病院の認知症病棟に勤めていたときは、四肢の麻痺した高齢男性に襲われかけるという経験もした。体が動かないはずなのに、いきなり抱きしめられてベッドに押し倒され、「男の人って、いざというときは、本能だけで力が出るんだぁ-と分かって、怖かったです」と女性は振り返る。
堅物だったあの人が…
本書には、この女性のほかにも、デリヘルなど風俗の仕事を副業とする女性介護士たちが登場する。取材に3年もかけたという家田さんは本書について、「知人の看護師を介して、セクハラが横行している介護現場の実態を、たまたま知ったのがきっかけでした」と話す。
世間でエリートと呼ばれる立派な経歴を持つ76歳の男性が、ALS(筋萎縮性側索硬化症)という筋肉がだんだん痩せ細っていく難病に冒され、寝たきりの生活を送っていた。家田さんは男性宅を看護師とともに訪れ、男性の家族らとともに近くで花見を楽しんだ。
まじめを絵に描いたような堅物だった男性が性的な問題を抱えていたと知ったのは花見の後のこと。娘と妻から、「ヘルパーさんにセクハラ行為を繰り返し、何人も辞めた」と聞かされた。
「ヘルパーさんにセクハラ行為をする利用者はその男性に限ったことではなく、普通にあると聞いて驚愕しました。それで、介護の現場と高齢者の性について取材をしたいと思ったんです」
介護士見習いとして、セクハラ行為で要注意人物として知られる男性宅へ自ら出向き、その仕事のきつさを体験。襲われかけるなど危険な目にも遭った。ただ、当初は何を切り口にしていいか分からなかったという。
それが、取材を進めるうちに、「きつい」「汚い」「危険」の3Kの仕事でありながら介護士の給料が安いこと、それゆえに副業をしている人が多いこと、そして中には風俗嬢までしている女性もいることを知った。
「長く風俗関係の取材をし続けてきた私の持論は、風俗を取材すれば日本の縮図が見えてくる-です。副業で風俗の仕事をしている女性介護士を取材をすれば介護の世界の一面も見えてくるのでは、と思いました」
好きな介護職を続けるためにデリヘルを バランスとれた正業と副業
昼は介護職、夜はデリヘル嬢の副業をしているという女性の取材を重ねた結果、抱える事情はさまざまだが、「食べていけないから」という切羽詰まった経済的事情がやはり共通してあった。
「みなさん、介護の仕事が本当に好きなんです。好きな介護職を続けるためにデリヘル嬢の副業で足りない分を補填している。そんな感じですね」
最初はやむなく始めたデリヘルの仕事を続けているうちに、「人に喜ばれる」「必要とされている」といった介護の仕事と共通する“喜び”を見いだす女性も多い。しかし、手っ取り早く短時間で高収入を得られる風俗の仕事一本に絞ろうという人は皆無で、皆が「介護職は続けたい」と口をそろえたという。
「副業のことは皆さん、家族に絶対にばれないよう細心の注意を払っています。母親として、妻として、やはり“風俗の仕事”というのは胸を張って言える仕事ではないということでしょう。介護職という世間でも真っ当と思われる仕事があって、デリヘルはあくまでも秘密の副業。2つの仕事はバランスがとれているという女性もいました」
見たくないものに蓋…ではなく改善を
また、今回の取材では、日本の介護現場が抱える“深い闇”を見たという。
「食欲、物欲、性欲の人間の欲の中で、性欲は最後まで衰えないということをつくづく感じました。それなのに、高齢者の性の問題が、まるで存在しないものであるかのようにフタをされているように思えるんです」と家田さん。
それは、サービス利用者の家族に顕著で、自分の父親が、あるいは夫が介護士にセクハラ行為をしていることがわかると、一様に困った顔になり、中には泣き出す家族も。
「家族にすれば、自分の父親、夫が性欲をむきだしにする姿など見たくないし信じたくないんです。そのことを知っている現場の介護士さんが我慢して表沙汰にしないから、大きな問題に発展していないのでしょう」
そんな介護士たちの好意に甘えて、性の問題を放置しておいてもいいのか。家田さんは研修などで、おむつ交換や介添え、高齢者との接し方といった知識のほかに、セクハラ行為を受けたときのかわしかたを微に入り細に入り教えこむべきだと力説する。
「それと、政治家にもっと介護現場のことに関心を持ってほしいですね。介護を受ける人はどうせ選挙にも行かないだろうから票にはならない-とあまり介護現場のことを知ろうとしませんが、今後日本社会の高齢化はどんどん進んでいきます。介護大臣という閣僚ポストがあってもいいぐらいだと思います」
政治家が関心を持つように、家田さんは投票所に行けない高齢者のために“出張投票所”の制度を作るべきだとも提案する。
「票になるということなら、政治家も介護現場に足を運ぶようになり、声も反映されることになるでしょう。とにかく、どんなに介護士の仕事が大変かを政治家に見てほしいんです。そして介護士の待遇を改善してほしい」(7月11日掲載)