ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

「家」を建てる

2018-05-20 | わたしの思い

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ある高齢の大工は引退する準備ができていた。そこで彼は雇い主 - 請負業者に、妻と孫を含めた家族をゆっくり楽しむために、家屋建設事業を離れたい旨を伝えた。毎週支払われる給料がなくなるが、それでも引退したかった。それなしになんとかやっていけると思えた。
 
請負業者は、良質で腕の立つ熟練の大工を失うことを残念がり、最後にもう一つの家を建てることができるかどうか尋ねた。大工は、お受けしましょうと言ったが、時間が経つにつれて、彼の心がその仕事にはないことが見て取れた。見せかけだけの仕事ぶりで、さらに、劣った材料を使用した。それはいままでの献身的なほどの力量を持ったキャリアを終了するには、とても残念な方法だった。

大工が仕事を終えると、雇用主は家を点検した。そして彼はフロントドアの鍵を大工に渡して言った、 "これはあなたの家です...あなたへの私の贈り物です。"

大工はショックを受けた!

なんということだろうか! 彼が自分の家を建てていると分かっていたならば、彼は本来の凄腕をもって、最上級の材料で、最上の家を完成させただろうに。

これは私たちへの教訓である。私たちは、毎日自分たちの人生を築き、しばしば最善にはるかに劣るものをあまり考えもせずに、人生の中に入れる。そして、追い追いその人生を私たちが生きなければならないことを自覚する。もし私たちがもう一度やり返せるなら、きっともっと違った人生を生きていただろう。

しかし、誰も元に戻ることはできない。あなた自身が大工であり、毎日あなたは釘を打ち、ボードを置いたり、壁を立てたりする。かつてある人は「人生は自分で構築するプロジェクトである」と言った。あなたの態度と今日の選択が、あなたが明日住む「家」を構築するのに役立つ。したがって、賢明に構築することである。


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今年の母の日

2018-05-16 | アメリカ事情

帰国して三週間近くになり、ようやく日常生活が戻ってきた。いない間に孫たちは一段と成長している。そして母の日のために長女の夫と三歳の息子は、小さな足つきの花壇を作り、薬草や野菜を植えて、長女にプレゼントした。長年の干ばつで、スプリンクラーを極力使わないように言われて久しく、そんな荒れ果てた裏庭に、ちいさなオアシスのようにしつらえられた花壇。


長女の息子は、父親と二人でこの足つき花壇を作り、土を入れ、野菜や薬草を植えて完成させた。


同じ頃、ドイツの次男の妻と一歳半になる娘が、やはりバルコニーの小さな菜園で、初収穫のスナップエンドウを楽しんでいた。すぐに、そして頻繁に遠い地から、この孫娘の様子を写真で知らせてくれる次男の妻のよい母親ぶりは、私にはとても嬉しい。日曜日にくれたテキストには、”Happy Mother's Day! Thank you for being such a sweet and loving mother-in-law and for raising XXX(次男の名 ) to be such a wonderful husband and father!  Love you!" とあった。お世辞でもこう言われると、送られた写真の孫を見ながら、つい微笑んでしまう。


  

ちいさな”お庭”に水やりをする役目。

絵本は大好き。スエーデン語と英語と、今度はドイツ語も。


フロリダの三男からの電話も楽しく、また他の子供たちのやさしさにも感謝した。そんな中、隣の郡の病院で研修医をしている長男から電話がかかってきた。あいにく日曜日は、ER(緊急治療室)詰めのため、家にはこれなかったが、良いニュースをもたらしてくれた。7月1日から、とうとう専門分野の眼科・小児眼科・角膜の三年間の研修医プログラムを始めることになった、という。


このプログラムへ入ることはたいへんな競争率で、凡人の親は、おそらくダメだろうと思っていたのに、なんと選んでいただいたのだ。去年医大を卒業してすぐに、今の病院での研修医プログラムに入ったのだが、これも高い競争率で、全国から申し込む医大卒業生や研修医の数は非常に多く、アイビーリーグや高名な医大からの研修医が殺到するので、おそらく無理だと思ったのだが、意外に簡単に入ってしまった。やはり同期の研修医たちは、ほとんどスタンフォード大学やハーバード大学が多い。その中で、しっかりと凡人の息子が頑張ってやってきているのだ、と、この母親は信じられない思いであった。たいへんな幸運である。このプログラムはフロリダ州なので、長男家族は来月、大陸を半分ほど移動する。別れはさみしいが、子供が将来を決めてそれに、邁進していくことほど嬉しいことはない夫と私である。


こうして息子たち家族も、長女家族も、末娘夫婦もみな夫婦仲良く健康で、家族も円満にやっている。そんなことが本当に一番の母の日のギフトである。どうもありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


良い日

2018-05-14 | アメリカ事情

 

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それは私の息子と彼の花嫁のための引っ越しの日のこと。 借りたトラックを彼らの新居に私が運転して行く途中、4つの後輪のうちの1つがハイウェイでパンクしてしまった。 私は私立学校の空き地になんとかトラックを寄せた。 別の車で一緒に来ていた息子は、そばに来て、私と一緒に修理を待つことにし、2人して美しいその学校の校庭に座り込んで、この不運を笑った。そして私達のそれぞれの生きこしかたや、息子の将来についても話し合った。 不運な一日になるところだったが、その日は私にとってそして息子にとっても、お互い心から打ち解けていろいろ話す貴重な時間になった。その時でさえ、私はこの時間を大切にしている、と感じたことだった。

 

上記は、ミシガン州デイヴィスバーグのお住みのルース・ミーリーさん談であるが、先日私にもこんな機会があった。長い時間でなくとも、ほんの30分でも一時間でも、このように息子や娘と話をする機会があるのは、なにかのご褒美のように感じることがある。先日帰郷した息子と二人で短時間なのに、非常に深い話をでき、終わった時、私は感謝の気持ちでいっぱいだった。それはそんな短時間でも、息子の人となりがさらに分かったからで、親にとっては安寧な気持ちを持ったのだ。誰もが忙しい現代に、じっくり子供と話すことは、どれほど大切で必要なことか。


White Shoulder

2018-05-12 | アメリカ事情

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私たちのヤードセール(ガラージセール)に来ていた女性は、天にも昇るようなそれでいて親しみのある香りを身にまとっていました。「なんと言う香水をお召でしょうか?」と私は尋ねました。「ホワイト・ショルダーです。」と彼女は言いました。途端に記憶の鉢がひっくり返ったようになりました。ホワイト・ショルダーは私の亡き母親がクリスマスに私によく贈ってくれた物の一つでした。 その思い出について私たちはしばらく会話し、そして彼女はいくつかのものを買って去りました。 数時間後、彼女はホワイト・ショルダーの新しい瓶を持って戻ってきました。 私か彼女か、最初に泣き始めたのはどちらだったか、思い出せません。


 ーテネシー州パウエルのメディア・ストックスベリーさん


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義理の母も、ここに書いたように、クチナシの芳香豊かなホワイト・ショルダー香水がたいへんに好きだった。それは義父が大戦時、急に出来た休暇に二人でサンフランシスコへ出かけ、街角の花屋で義父は彼女に買った花束がクチナシだった時以来の好みであった。奇しくも、義母と同じ年生まれだった私の母もクチナシが好きで庭に欠かしたことがなかった。花や香水の香りは、それをつけている人の思い出につながるものである。母の日を控えて、我が家の前庭に植えてあるクチナシに亡き義母と実母を思う。


夫と妻のチーム、 アルドピントとマリアッチャ・マンデッリによって1954年に設立されたクリッツイア会社は、イタリアのファッションブランドだが、クリッツイアと言う香水は1980年代特に流行り、以前住んでいた南加での隣人女性が、非常にこれを好み、これが香ると私は必ず彼女を思い出す。Kriziaクリッツイアとは、女性の虚栄心に関するプラトンの論文から名付けられたそうだが、とても芳醇で、自信を持つ成熟した彼女のような女性にふさわしい香りだと思った。その彼女は、昨年脳腫瘍のため、69歳の生涯を閉じたが、「彼女の香り」はいまでも時折漂い、彼女の人となりが思い出される。


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