教師☆学校心理士のセルフカウンセリングルーム

学校心理士によるつぶやき。教師の悩み・試行錯誤に寄り添うブログです。

春☆元気玉

2009年04月14日 | Weblog
新年度、授業もスタート。
若者わんさか。
大学は活気に満ちている。
元気玉にいっぱいエネルギーを送ることができそう。

でも外は薄暗く、小雨が降っていた。
早く花見をしないと散ってしまうなぁ。。


今期、単位取得に関係なく教育心理学に関する授業をいくつか聴講して学ぼうと思う。
自分が大事だと思ったもの何でも学ばせていただくという姿勢。
心理学の分野は様々な立場や考え方があるし、内容も難しいものが多い。
心理学についてほとんどわかっていない。
しかし、心理学者やカウンセラーになろうとしているのではない。
学級づくりという集団に対するアプローチ、子ども一人一人という個人に対するアプローチ、そしてそれぞれの開発的アプローチ、治療的アプローチに引き出しが増えたらいいと思っている。自分の教育実践に理論の裏付けができる。そこから哲学づくりのヒントが得られるかも知れない。
知らない人たちの中に入って学ぶのもなかなか悪くない。
安全領域からすっ飛びだして学ばないと!です。


学級づくりの柱を「ルール」「リレーション」「自分磨き」の3本で漠然と考えてきたが、修正が必要だと思った。
学級づくりの原理原則をアウトプットすると考えたとき、果たして「自分磨き」は入れるべきなのか。それが確立していない学級は健康な状態といえないのか。
そんなことはなさそうだ。「自分磨き」のある学級は少し上のレベルであるように感じる。
 (学級が健康な状態とは、子どもひとりひとりみんなに居場所があり安心して失敗できる状態と考える。)

学級づくりの成立、健康状態のアセスメントにも「ルール」と「リレーション」がすっきりしていいように思う。
では「自分磨き」はどうなのか。必要ないのか。
そうではなく、大事な要素である。自分磨き、お互いに磨き合う学級は目指す学級の姿だ。でも、原理原則となると少し外れる。うまくいかなくて困っている学級に対して、改善の手を考えるのはまずは「ルール」と「リレーション」の確立だろう。
「自分磨き」「自己コントロール」は学級づくりと無関係ではないが、原理原則の必要要素というよりも、目指す児童像に近い。「ルール」と「リレーション」のある学級では安心して自分を磨くことができるのだ。その児童像に近づけるための手だても学級づくりの要素として考えてしまったところがズレた原因だ。


大体複雑な要素が絡み合っている学級づくり。
それを単純にそしていっぺんにコレとコレと言おうとしているところが間違い。
もう少し、思考を整理しなければならない。