大阪ビジネスパークというエリアを訪れた。
新大阪駅から車でおよそ20分。
松下電器関連のタワーやビル、住友生命本社ビル、
読売テレビ本社などの建物が立ち並ぶ商業エリアだ。
こんな風に再開発されていたんだねぇ。知らなかった。
南西の位置には大阪城。そして大阪城ホール。
かつての天下の城は、ここをどんな気持ちで
見下ろしているのだろうか・・・。
大阪ビジネスパークの北側を流れる寝屋川の静かなる澱みが
この場所のかつての姿を彷彿とさせるーーー。
ここには、1945年8月14日、そう終戦の前の日、
アメリカ軍の爆撃を受けて全焼した
大阪砲兵工廠があった。
アジア最大の兵器工場といわれた。
大阪城ホールが立っているところはその本館だったという。
戦のための軍需品の生産。
6万人以上の人が働いていた。
炎とともに消え去ったあとは、不発弾が多く危険だという理由で
広大な土地はその後およそ20年も放置された。
もはや「廃墟」だと、見て見ぬふりされたのか・・・!?
この(国による)立ち入り禁止の砲兵工廠跡に忍び込み
生きのびるため鉄屑を掘り起こして売りさばいていた
“アパッチ”と呼ばれる人々のことを、以前
梁石日(ヤンソギル)氏の小説『夜を賭けて』で読んだ。
金守珍(キムスジン)監督が映画化したのでご存じの方も多いだろう。
混乱と絶望と恐怖と渇望が入り交じった
そこに住む人々のエネルギーの塊が
確かにここにあったんだ。
ビジネスパークの整備された広い道路を歩きながら
そんなことを思ったのでした。
新大阪駅から車でおよそ20分。
松下電器関連のタワーやビル、住友生命本社ビル、
読売テレビ本社などの建物が立ち並ぶ商業エリアだ。
こんな風に再開発されていたんだねぇ。知らなかった。
南西の位置には大阪城。そして大阪城ホール。
かつての天下の城は、ここをどんな気持ちで
見下ろしているのだろうか・・・。
大阪ビジネスパークの北側を流れる寝屋川の静かなる澱みが
この場所のかつての姿を彷彿とさせるーーー。
ここには、1945年8月14日、そう終戦の前の日、
アメリカ軍の爆撃を受けて全焼した
大阪砲兵工廠があった。
アジア最大の兵器工場といわれた。
大阪城ホールが立っているところはその本館だったという。
戦のための軍需品の生産。
6万人以上の人が働いていた。
炎とともに消え去ったあとは、不発弾が多く危険だという理由で
広大な土地はその後およそ20年も放置された。
もはや「廃墟」だと、見て見ぬふりされたのか・・・!?
この(国による)立ち入り禁止の砲兵工廠跡に忍び込み
生きのびるため鉄屑を掘り起こして売りさばいていた
“アパッチ”と呼ばれる人々のことを、以前
梁石日(ヤンソギル)氏の小説『夜を賭けて』で読んだ。
金守珍(キムスジン)監督が映画化したのでご存じの方も多いだろう。
混乱と絶望と恐怖と渇望が入り交じった
そこに住む人々のエネルギーの塊が
確かにここにあったんだ。
ビジネスパークの整備された広い道路を歩きながら
そんなことを思ったのでした。