今年の漢字は何だったの?と会社の人が言った。
たしか「暑」だったよ、と別の人が答えると、
いやいや、あなたの一文字だよ、と切り返しが入った。
そして出てきた漢字は「貧」だった。
実際は、子どもが生まれて入り用で、という、とても明るい話だったのだけど、
余裕がある人が言うから冗談になるんだよな。
さて、私にとっての今年の漢字はなんだろう。
考え始めると、まず浮かんだのは「乱」。
次に「瞋(じん)」。
これは、仏教のことばで三毒のひとつ。
自分の思いどおりにならなかったといって、怒る心のことだ。
確かに、今年は、自分の心の中にわいてくる怒りや、
その代償を他者に求めてしまう気持ちとたたかう一年だった。
暴力的な気持ちがどんどん出てきて、それを慰めるような醜い想像をし、
ときに行動までしてしまい、自分の心がただれていく。
まさしく「無明」を自覚させられる一年だった。
でも、電車に揺られ、最後に浮かんだ一文字は「果」だった。
これは、因果の果。
多くのことが今年一年をよび、そして、ある目に見える結果となった。
しかし、この果は同時に、
うわべだけのお人好しに扮していた自分を解き放ち、
自分の本心と向き合い、自分を取り戻す契機ともなった。
一年前と比べてストレスは減り、肩こりなどの鬱血もなくなった。
そしていま、新たな輪がまわりはじめていると感じる。
人生には、いろいろな時がある。
たしか「暑」だったよ、と別の人が答えると、
いやいや、あなたの一文字だよ、と切り返しが入った。
そして出てきた漢字は「貧」だった。
実際は、子どもが生まれて入り用で、という、とても明るい話だったのだけど、
余裕がある人が言うから冗談になるんだよな。
さて、私にとっての今年の漢字はなんだろう。
考え始めると、まず浮かんだのは「乱」。
次に「瞋(じん)」。
これは、仏教のことばで三毒のひとつ。
自分の思いどおりにならなかったといって、怒る心のことだ。
確かに、今年は、自分の心の中にわいてくる怒りや、
その代償を他者に求めてしまう気持ちとたたかう一年だった。
暴力的な気持ちがどんどん出てきて、それを慰めるような醜い想像をし、
ときに行動までしてしまい、自分の心がただれていく。
まさしく「無明」を自覚させられる一年だった。
でも、電車に揺られ、最後に浮かんだ一文字は「果」だった。
これは、因果の果。
多くのことが今年一年をよび、そして、ある目に見える結果となった。
しかし、この果は同時に、
うわべだけのお人好しに扮していた自分を解き放ち、
自分の本心と向き合い、自分を取り戻す契機ともなった。
一年前と比べてストレスは減り、肩こりなどの鬱血もなくなった。
そしていま、新たな輪がまわりはじめていると感じる。
人生には、いろいろな時がある。
今年の漢字が「苦」だったら、次にくるのは「楽」ですね。
「苦楽」と言いますが、苦があってはじめて楽が続く。
強引ですが、来年が訪れるという可能性を楽しみにしましょうね。ぜひ。