日記

日々のあれこれ

作品の仕上げ

2023年11月10日 | 機織り

大分手間取りました。糊付けで、糊がまだらについたこと、二種類の糸で、縮率がやや違うこと、打ち込みもまだらと反省することばかり。

どうも大きいのを年に二回織る流れになっている。としたら、5年で10枚。思うのができないうちに年取って体力失くしてできなくなるのでしょうか。

掛けて確認。

展示前なので画像省略。

下はステンの棒が錘になっていい。そう言われてこれを使う。

中に直径1.2センチの棒を通す。しっかり形が整った。


細部

昔は裏表でベッドカバーにしていたそうで、織り方の名前はサマーアンドウィンター。

通し方、踏み方、経糸、緯糸、平織りの3色からできている。

組み合わせで織り目の表情が変わる。

合わない色も、平織りの色で馴染みやすく。

ピンクは少し入れただけで華やか。

接着心を楕円に切って・・・

タイトルと名前を。裏側は生前の姑に貰った木綿の古布で。

縦横に織り柄があり、使いやすい。

次はクロネコ用の箱です。段ボール箱からサイズを合わせて作ります。

それにまた手間取りそう。


京都。中学生の頃から好きだった。私の父は弟妹が多く、末の叔母とは中二まで一緒に暮らした。地元出身、京都在住の人と結婚したので、よく遊びに行った。私が結婚するまでに10回以上。叔父も叔母も嫌な顔せず、大学生の頃は1週間くらい逗留したことも。

歴史が好きなんですよね。古いものなら何でも好き。賞味期限切れの食べ物は別にして。

再び行き始めたのは三男が京都の大学へ遊学し、長い休みはほぼ帰らず。母は息子の顔見たさに落研の寄席に。葵家〇〇という芸名は、大学の場所が尾張藩かどこかの京屋敷だったからとか。京に歴史あり。

もう一つの自動車いじって遊んでいた場所は〇〇泉殿町とかで、貴族が鴨川から水を庭に引いていたとか。

ううーむ、京都の歴史、侮りがたし。

先日の河村瑞賢は角倉了以の間違いでした。記事が分からないのでここで訂正。

その頃はまっていたのが京都の近代建築。各時代のいろいろなのがあるけれど、東京駅と同じ辰野金吾設計の旧日銀京都支店は重厚で風格あり。京都の近代建築を代表する建物。

惜しむらくは三条通=旧東海道に面していて、建物の前が狭いこと。周りの空間も大切。

昨年、まだ一度も出していないのに誘われて会の展示を見に行った。

建物の風格も展覧会の大切な要素。私もいつかはこんな場所で展示してもらいたいと一生の目標にしていましたが、今年はもう出す流れに。いゃあびっくりです。

10代の私に教えに行きたい。年取ったら機織りして京都で観てもらうようになるよって。

10代の私、びっくりすると思う。そんなこと夢にも思ってないので。何となく京都の大学へ行きたかったけど、学力は遠く及ばす。京都の大学(いろいろあります)へ行った友達がとっても羨ましかった。広島は街が焼けているので、中心部は歴史的建物は皆無。木もほとんどなかった。50年以上前には。

でもまあ、人生は生々流転。何があるのか分からないのが人生。

今朝の横山大観の番組。人と同じことをしてはダメ。それまで誰もしたことのない表現をする。人の真似をしてもその人以上にできるわけはない。自分独自の表現を目指す。

と言うくだりがあった。

そうなんですよね。余りにも遅い出発ですが、自分なりの作品ができるよう精進します。下手だと、謙遜しない。下手は当たり前なのでわざわざ口に出さない。黙って続ける。それだけ。


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