キートンは母子家庭に育った。
母親の絹代は奔放な性格の女性で、男出入りの多い女であった。
その為にキートンの父は出て行ったのだった。
彼女の押しの強さは尋常ではなかった。
子どものキートンに対しても、男を手玉に取る手管を駆使して自分の我を通すのである。
自分の頼みを成就する為のは彼女にためらいはなかった。
現在彼女はおでん屋を経営しているが、その裏には男の影があった。
彼女はその男と息子が仲良くしてくれることが望ましかった。
鬼のような形相で怒りを露わに暴力をふるい。
冷静な口調で論理的に攻め
ついにはキートンをニッチモサッチもいけない状況にがんじがらめにして自分の意見をとおすのであった。
こんな母をキートンは憎んではいたが…憎み切れてはいなかった。
1965年のキートンの家の一コマである。
続く。
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