年に一度来る、東京の親友を連れて行くところは、ふたつお決まりだ。
ひとつは、渡岸寺・国宝・十一面観音菩薩。もうひとつは、湖北の山里にひっそりと息する
「近江・弧篷庵」である。
江戸期の、総合芸術家、小堀遠州の菩提寺である。いわゆる「綺麗さび」の奥義を極めた
粋人だ。
ゆるやかな坂道を登る。参道というより、詩歌をゆったりと誘う幽玄の路である。
右手の刈り込みは、満天星躑躅。春、花は咲かない。緑を楽しむ趣向である。
玄関には、誰もいない。ただ、ご芳志を置いて、2面の庭と対面する。
枯山水の庭は、今なら筆竜胆の咲き乱れに出会える。
もうひとつの庭は、琵琶湖を形どった小さな池を前景に、秋も深まれば圧倒的な紅葉に
出会えるだろう。大阪、京都方面から、観光バスを連ねて、それは大変な人出なのである。
けれど、今は誰もいない。ゆったりと過ぎ去る時の流れを、独り占めである。
友の声が聞こえるようだ。「あー、ここなんだよな、近江に来たぜ・・・さぁ、一句、披露しろよな」
俳句が、次々に湧いてくる。そして、やや浮き足だったような日常を、正常に戻してくれる、
近江・弧篷庵・・・・俳句・短歌作者にとっては、聖地ともいえる清浄な庵ではある。