長良川
湖岸沿いに北上して行くと、道の駅が三つある。この季節、産直のトマトを欠かさないように
している。畑で完熟させた、朝採りの太陽をいっぱいに吸った真っ赤なトマト。スーパーのとは、
まったく味が違います。 美味いトマトをかじっていると、浮かんでくる面影がひとつある。
つばくろや木曾はさすがに夕べ冷へ
鶯や余呉湖鏡のごとく照る
ぴったり40年前のこと。長良川のほとりのボロ・アパートで同棲していた。
彼女のアルバイト先を探すため、柳ヶ瀬の町を散歩していた。手を握って歩くだけで、
幸せな時代。市電通りに、実に感じの良い喫茶店を見つけた。表に「ウェートレス募集」の
張り紙が・・・・。茶色で統一されたシックなお店、喫茶店「ロコ」であった。
岐阜城
理知的で、聡明で、美しいママさんだった。毎日、入り浸っては詩をかく日々の始まりだった。
ママの作るサンドイッチが素晴らしかった。厚めに切ったトマトの味を、今も覚えている。
やがて、3つの詩に曲がつき、フォークのグループのデビュー・アルバムに採用されるという、
そしてその中の一曲がシングル盤として、彼らのデビュー曲と決まったという、嬉しい知らせが
届き、二人で一躍、上京したのだった。
湖暗し漁村を照らす桐の花
卯の花のけだるく重き県境
今も忘れた頃に電話すると、少し甲高い、早口で近況を尋ねてくださる。
湖北を案内した時も、いつもそうであるように、黒いセーターに銀のペンダント・・・・。
テレビで、アウン・サン・スーチィーさんを見るたびに、ママさんの面影が浮かぶのである。
40年前の、疼くような日々を想いおこさせる、トマトの赤とその味わいであることだ。