この国の一番美しい町はどこであろうか? 勝手きままにさまざまな地方を放浪してきた私に
とって、岐阜の街こそが、青春の折り重なるような思い出とともに、真っ先に夢のごとく浮かび
あがる。
深いみどりいろを湛えた長良川が町を流れ、稲葉山城がそびえる、そして衰退したとはいえ、
柳ヶ瀬の繁華街に、かの君、あのひとと散歩したひとときが、幻のようにフラッシュ・バックする
のである。 重たいラジカセを抱えて、イヤホンで聞きながら列車で通勤したのだった。
走り根につまづきかけて曼珠沙華
芙蓉咲くうしろすがたの敷き道に
ある会社の共同のロッカーに、もろに財布を置いていたひとがいた。「盗まれても仕方がない、
でも、盗むひとを創ってしまうのは、あなたの罪でもあるのだよ」と、やんわりと注意をした。
それが「とめちゃん」だった。
私の打ち上げた写植印画紙を、版下に制作するのが仕事の彼女と、急速に親しくなった。
夜毎、滋賀へ帰る私と岐阜駅の待合室で、或いは喫茶店で時間も忘れて語り合った日々。
われもこう白川郷は風のなか
立秋のうしおのいろとなりにけり
ある晩秋の夜、とめちゃんのアパートへ初めて送っていった。月の明かりのほのかな塀際で
抱きしめあっていた。 その時だ。 ひとりの男のキツイ眼がふたりを刺し貫いたのだった。
白川郷の両方の親同士が決めた、とめちゃんの許婚であった。
そして、それっきりであった。 あの夜以来・・・・私の胸に去来する調べは、
由紀さおりの 「枯葉の町」 の哀しい歌声であることだ。