湖の子守唄

琵琶湖・湖北での生活、四季おりおりの
風景の移り変わり、旅先でのふれ逢いなど、
つれづれなるままに、語りたい。

東映映画 「あの雲に歌おう」

2013年12月28日 | 詩歌・歳時記

遠いむかし、雑誌・平凡だったか明星に連載されていた、青春小説「十代の性典」を映画化した

1965年の作品である・・・・というよりは、ボクにとって西郷さんの 「十七才のこの胸に」 に

続く二作目の映画であり、 昨年彼のデビュー50周年を記念して、東映がDVD化してくれた

一巻である。 巻頭クレジットの左に「本間千代子」、右に「西郷輝彦」。 つまり主演は千代子、

西郷さんは友情出演というあつかいであることだ。

          虹たちて湖北に冬はきたりけり

一月の公開である、ということはお互い2月生まれの西郷さんはまさしく17歳、そしてボクは15歳

でした。 主演の本間千代子がめっちゃくちゃカワユイ。 あははっ、とあどけなく笑う!!

    

千葉の房総地方の海の町の高校に赴任してきた千葉真一を取り巻いて、 チョコや太田博之の

優等生、不良の岡崎二朗、ズベ公の新井茂子らが織りなす青春群像ドラマで、 別段なんと

言うこともないのだが。 海岸で木刀を降りながら 「薩南哀歌」 を歌う西郷さん・・・・或いは、

剣道の道具を肩にして 「我が青春」 を歌う西郷さんが、 完璧にカッコイイのである。

 

17歳の西郷輝彦の姿に、涙をかみしめ・・・胸をふるわせる私は64歳である。

過ぎ去った50年と言う歳月への想いを、 湧き水がこころの奥底に沁みでるように、 しみじみと

「まだ若い!!」 感傷に浸らせてくれる映画といえようか。

ところでクラス・メートに、初代というのか元祖というのかジャニーズの4人が共演している。

真家ひろみ、飯野おさみ、中谷良、あおい輝彦である。 狂言回しが長沢 純なんだが。

スリー・ファンキーズでしたっけ? そこから先の記憶というものは、 青江三奈でして・・・・

あとはおぼろ、あとはおぼろ・・・・・遠いむかしのお話しでござんした。 


悲しきクリスマス・ソング

2013年12月22日 | 詩歌・歳時記

     

遠いむかし・・・・ふるさとでの恋に破れて、 作詞家を夢みて上京した折、 北関東を放浪した。

まったくの無銭旅行で、 教会に泊めてもらったその朝は、一宿一飯の珈琲とトーストを頂き

ながら、牧師が語るキリストの話を不承不承うなずきかねながらも、聞いていたものだ。

          新雪や牛首紬泣きて触れ

          菊活けて三月生まれの母の顔

またある夜は鉾田のお寺に泊めてもらった。 本堂に敷かれた蒲団が妙に冷たいのだった。

聞けば昨晩、葬式があったそうな・・・・。 まんじりともせず夜明けを待ったものである。

そのうちに所持金につまってしまって、霞ヶ浦の畔の町、土浦のある新聞社のデザイン室に

アルバイトで勤め始めたのであった。 つくづくと若かった!! 胸に抱いた夢のためなら、

臨機応変・・・今日いちにちを生きることに何のためらいもなかったのである。

          水郷や夢をあやめにきし旅ぞ    ★「あやめ」・・・菖蒲&殺め・・・掛け言葉

そのデザイン室に、別れたふるさとのひとに面影の似通うひとがいて、 ひそかに遠くから

観ていたのだった。 話しかける言葉も優しく・・・暖かいものが胸にあふれたのだが・・・。

 

クリスマス・イブの夜、 暖かそうなコートに光り輝く黒皮のブーツに身をつつんだそのひとは、

土浦の繁華街を恋人らしい男と腕を組みながら、 昂然と胸を張り、 歩きすぎたのだった。

呆けたように見送るボクは、着の身着のままの貧しい服をかき寄せながら、町に流れる

クリスマス・ソングをむなしく聞いていたのだった。

金もなく、明日への基盤も敷けず、見果てぬ夢だけに生きていた孤独なボクだった。

     

遠いむかし・・・・あの悲しいクリスマスの歌を、こころの糧として作詞家への夢に生きてきた。

けれども、シングル盤を1枚この世に残して、やがてボクは死ぬだろう。

           長浜やひとはむかしの冬の虹 

でも今、幸せな人生だったとつくづく思う。 夢をみた! 夢のひとかけらでも手に入れたのだ。

息子の大志がボクの目の前で、 尾崎豊を気取ってさ、

「ふたりのビートルズ」 をギターの弾き語りで歌ってくれたのだ。 

           雪みれば死すは魚津と思ひけり

    

 

 

 

 

    

 


都議会よ、許しておあげ

2013年12月16日 | 詩歌・歳時記

このブログが予約発表されるのは、来週の16日月曜日であるが、連日のように都議会でさらし者

にされている、猪瀬都知事のいのちが保つのか心配ではある。 9日10日の答弁の猪瀬都知

事は、生きた屍状態である。 友人や取り巻きに心ある人間はいないのか? 

すっぱりと辞任しなければいけない。 でなければ精神に破綻がいく。 あとはビル屋上から飛び

降りるか・・・首をくくるしかないのだ。

    

知事の給料を一年間返上するという。 と言うことは、この苦難を乗り切って、振り切って・・・・

都知事は辞めないという決意の現われであろう。 16日においてやつの命が健在ならば、

逆に褒めてあげようかな。 

猪瀬を糾弾するのは勝手だが、 東京都民自らが選んだ知事であることは間違いのないことだ。

                

選んでしまった側の責任ということも、考えてくれよ。 それは秘密法がすんなり通ったことにも

通じる。 自民党に投票したのは国民全体であろう。 猪瀬や安部を批難する前に、そんなクズを

選んだ己を自己批判するのが、まずは先であろう。

都議会議員よ、猪瀬なんて野郎のホントは弱虫の、信念もなにもない虎の威を借りて生きてきた

馬鹿ものの底が知れたろうよ。 もう「いじめ」はやめようよ。

これ以上責めたら・・・・小学校の校長室でヤツは首を吊るよ!!!!!


尾崎豊は天才である。

2013年12月10日 | 詩歌・歳時記

       

父母が健在だった頃私の部屋だった、今は物置になっている2階にDVDのゲーリー・クーパーと

ジーン・アーサーの「オペラハット」を探しにいって、 思いもかけぬ一巻を見つけた。

「OZAKI 625 DAYS」 2枚組のDVDである。 まったく記憶にない。

俺がはたして買ったのか? 息子のプレゼント? ノンノン・・・じゃぁー万引きでもしたのかなぁー?

奴が18歳で新宿ルイードでデビューしてからの2年間の、625日ということだね。

    

まったく素晴らしい映像とサウンドである。 西郷さんもそうだが豊も日本で生まれちまったのが、

不幸の最大のものだ。 アメリカ人として生を受けたなら、その才能を本人も気づかないほどの

大成功を収めただろう。 日本人にはロックやポピュラーを甘受するだけの度量がないわね。

コンサートのなかで語る豊は、もちろん幼いさ。 けれどあいつのステージを駆け回り、

歌い、弾き、つぶやく姿勢には・・・自分にもたらされた可能性を総て発揮しようという、彼の

狂気と隣り合わせの情熱をこそ感じる。 石川啄木の生まれ変わりかしらん?

尾崎豊は天才である。 そのかけがいのない才能を殺したのは、民主主義なんぞというものを

掲げながら、 薄っぺらな政策に終始したこの国の罪だ。

 

 


ふたりの 「沓掛時次郎」

2013年12月04日 | 詩歌・歳時記

今夜はDVDの東映 「遊侠一匹」 を久しぶりに見て、 身体と心に残っていたすべての涙を

流し尽くしました。 昭和41年の公開作品。 主演の沓掛時次郎に中村錦之助、 一宿一飯の

恩義のために切り殺すのが六ツ田の三蔵の東千代之介だ。 今わの際に頼まれたのが、

かみさんとひとり息子を親戚に送ってくだせいと言うひとことだった。

          一合の米研ぐ夜の鰤起こし

その恋女房のお絹と太郎吉との道中の切なさ。 お絹の池内淳子の美しさ、可憐さ・・・・画面に

池内さんが映るたびに涙がこみあげるのである。

さて、しかし・・・・ボクにはもうひとりの時次郎がいるのである。 これはフジテレビの製作した、

大川橋蔵のドラマであるのだが・・・・。 三蔵役が林与一、お絹さんは山本陽子である。

          やがて死ぬいのち愛しき冬の星

この時の橋蔵はもうすでに、銭形平次を引退した最後の炎であったろうか。 けれども、この時の

橋蔵は枯れて、山本陽子とのからみも素晴らしかった。 

正直言って昔から苦しんできたのだ。 つまりは 「オイ、お前よ! 錦之助でゆくのかい? それとも

橋蔵スタイルかい?」 動の錦之助、静の橋蔵。 むかし昔、寺山修二がこんな比喩を並べたこと

があった。  すべてのことは覚えてはいないけれども、 この世の二つを対比したのだった。

鉄橋=土橋、 トウショウボーイ=テンポイント、 そしてボクはその中へ、ジョン・レノン=ポール・

マッカートニーという訳である。

つまりは叙事詩か抒情詩のどちらを取るのかい? と言うことである。

     

ジョンとポールのどちらも決められやしない。 それがボクの創作活動での弱みだったのかな?。

男たるもの、選ぶ道はひとつでなければならん。 だが、ボクには選べなかったんだ。

けれど5.5で「橋蔵」だったかな? だがインパクトのあるのは常に錦之助の演技であり、ジョンの

作品ではあった。 ポールの曲はほとんど好きではあるが、 結局は「イエスタディー」 だよね。

けど、ジョンは違う!! 「ジェラスガイ」「しっかりジョン」「イマジン」・・・・永遠の曲が多いのだ。

 

けれどもジョンの曲を聴くのは命がけ、 錦之助の映画を観るのは正座である。

ポールと橋蔵は気が楽さ・・・・。 この歳になっても、さて? どちらの路線を目指すべきなのか?

未だに濃霧のなかを、手探りにさまよっている私です。