雪の日、7才したの弟が東京で肺癌の闘病9か月の結果、死んだ。
死の順をたがへて君よ冬銀河
私と大阪の次の弟は血液型A型で、死んだ弟はまぁー、B型で、プレッシャーに強い男でした。昔、草野球のチームを作った第一試合で、最終回負けていた試合の満塁の局面で、ホームラン打ってくるぜ! と言って🍅見事、ホームラン打ってくれたのだった。
人は死ぬためにひたすらに生きてゆくのである。人として唯一確実なことなのだ。死に顔を見た時には、涙があふれて止まらなかったけれど、さほどやつれてもいず、今にも(ヤァー!)と言って起き上がりそうな、やすらかな死に顔であった。
楽も苦も波状のようにくりかえすこの人の世から弟よ、卒業できておめでとうと🎵思う。
🌃 父母に今ぞあまへよ
弟よ
幼き日々のあの笑顔にて
❄東京の雪よ弟やすらけく
20年ぶりの東京の街を歩いて、つくづくと田舎のおっさんになったと思った。
新宿駅から新京王までの地下への歩みに
ほとほと疲れたのた。
逢いたいひとや、行きたい場所も~この機会だからいろいろあったけれど、疲労困憊、素直に帰ってきました。
5月、弟のお骨を父母の元に還してあげましょう。それが、長男の私の最低の義務でござんしょうね。