母校の医局の同僚からメールがきた。同期が留学するかもしれないとのこと。仲間の最近の様子も記されていた。
こちらに来て、今月末で一年半が経過しようとしている。振り返れば、こちらで認めてもらおうと力が入りすぎた所もあり、あっという間に時間が経過したように思う。
職場で共同研究を始めた血液内科医の同僚がいる。彼は、僕とほぼ同じ年齢でもうすぐAssistant menberという職位に上がり、日本の大学でいうところのAssistant Professor(助教、講師)クラスである。9歳のときに両親とロシア(当時はソ連)から渡ってきた彼は、もともとフランクな性格でシニカルなジョークが大好きで話していて面白いし、会話が弾むためかいろいろなことを教えてくれる。
彼によると今の職場での昇進基準は、以下のとおりだそうである。聞いていて、自分が恥ずかしくなった。
Assistant member(病院ではasssitant attending)(日本でいうAssistant professor)は、専門医クラスで、自分で研究予算を獲得でき独立して仕事ができるレベル。
Associate attending(同associate attending)(日本でいうAssociate professor;準教授)は、自分の専門分野で名の通ったリーダー。
Member(同attending)(日本でいうprofessor;教授)は、自分の専門分野で世界的なリーダー。
当たり前だが、我々のような日本の地方の大学とは、求められるレベル、「こころざし」が違うのである。日本では、ポジションが空いている場合、実力がない人間でもタイミングがあえば簡単にスタッフになってしまうことも多い(かつての私もそうだった...)が、今の職場でも、もちろん例外はあるが、そのような事例は少ないし、実績がないとポジションを維持できないシステムになっている。
ここのassistantの中には、若くても本当の意味で独立して仕事を進めることができるひともいる。と同時に、30代後半でもポジションを獲得できていない人間もたくさんひしめいている。そして、スタッフになっても予算が獲得できなければ、ポジションを失う。今年も、いくつかの研究室がなくなる。
日本の医者は努力すればするほど、しんどくなるのは当然としても、実は経済的にも苦しくなってしまう。医学の学問としての奥深さ、醍醐味を味わうためには、多くの自己犠牲とサバイバルを伴う。
はたして、僕は今後、母校の仲間と同じ目標、夢を共有できるのであろうか。なんだか、とてもさびしい夜である。