こじらせ女子ですが、何か?

心臓外科医との婚約を解消して以後、恋愛に臆病になっていた理穂。そんな彼女の前に今度は耳鼻科医の先生が現れて!?

ピアノと薔薇の日々。-【3】-

2021年04月01日 | ピアノと薔薇の日々。

 

 さて、連載第3回目ですが、今回も特に何も書くことないかな~☆ということで、どうしようかな、なんて

 

 と言いつつ、前回リチャード・クレイダーマンさんの「愛のコンチェルト」のようつべ動画を貼っつけててふと思ったのですが、実はわたしがリチャード・クレイダーマンさんのことを知ったのは「渚のアデリーヌ」という曲でだったんですよね(^^)

 

 

 

 

 中学生の頃放送部で、朝に時々この曲をかけていたのをなんとなく思いだしたというか(笑)

 

 まあ、はっきし言ってどーでもいいことではあるものの……わたしの記憶違いでなければ、レコードに若かりし頃のリチャード・クレイダーマンさんの超イケメンお写真が載ってたような覚えがあったり(そして、この時はリチャード・クレイダーマンさんのことをてっきりアメリカ人だとばかり思い込んでた気がします^^;)。

 

 そんで、↓のほうに、ケイウンスクさんの「夢おんな」が出てくるので、そちらを最後に貼っつけて、今回の前文の終わりにしたいと思います♪

 

 

 

 以前、ケイ・ウンスク(桂銀淑)さんのその後というのをテレビで見たのですが、また日本へ来て歌ってほしいなって思いました

 

 もちろん、今はコロナでアレ(ドレ?)ですけれども、落ち着いたらほんと、いつでも復活してほしいです!!

 

 それではまた~!!

 

P.S.gooブログって30000文字までしか入らないので、↓の文章は例によって変なところでぶっちぎれてたりしますいえ、文章を次の章に写そうとしたら、何をどうやっても小文字になるとか、色々諸事情ありまして(^^;)そういうことでよろしくお願いしますm(_ _)m

 

 

     ピアノと薔薇の日々。-【3】-

 

 マキは全学年の99%が進学すると言われる、進学校に通っていた。つまり、高校三年になって卒業しようという時、マキはその高校としては珍しい、残り1%の就職組だったわけだ。

 

 だから、ストレートで志望大学へ受かった同級生とは、自然その後なんとなく疎遠になった。高校三年生だった頃も、「この受験の苦しみがないなんて、羨ましい~」と恨みがましく言われ続けたが、マキは他のクラスメイトが塾通いする間も、ずっとハンバーガーショップでアルバイトをしていたのである。卒業後、<ベルサイユのはなや>で事務員として仕事を覚える間も、休日会った友達に聞かされるのは、大学のキャンパスライフがいかに楽しいかということばかりだった。

 

 入ったサークルの△□先輩が超格好いいとか、来週末、某サークル主催のパーティがあるから、着ていく服を一緒に選んでほしい……などなど。そんな中、仲の良かった四人組のうち、ひとりに初カレが出来、先週とうとうロストヴァージンした――という話になったことがある。

 

『ええっ!?ミナったら、めっちゃおっとなーっ!!』

 

『ええと、この場合「おめでとう」って言っていいのかな?』

 

『すごーいっ!!わたしたちの中で、一番進んでるのがミナじゃんっ。もしこれからわたしに彼氏できたら、色々教えてっ!!』

 

 天宮ミナは、好奇心をむき出しにして色々聞いてこようとする友人に対し、『べつに、痛いってこと以外、特別なことは何もなかったよ』と、あくまで冷静に語っていたものだ。『向こうも初めてだったから、余計にそうだったのかなあ。確かに彼のことは好きだけど、少女漫画にあるみたいな、最初に想像してたのとは全然違う感じ』

 

 実をいうと、マキが電話しようとしたのが、この天宮ミナだった。現在はこの初カレの次につきあった彼と結婚し、子供がすでにひとりいる。他のふたり――永嶋有希と朝井睦月は、それぞれ大手アパレル会社や新聞社に勤めていたが、ミナは自然とその後、ユキとムツキとはあまり連絡を取らないようになっていったという。

 

『女って結局、そういうとこあるじゃない。ユキのこともムツキのことも、わたしは今も好きだよ。すごい倍率勝ち抜いて、すごくいいところに就職したってことについても尊敬してる。でも、働く苦労をろくに知らずに結婚しちゃったわたしに、社会人の苦労はわかんないよっていう、何かそんなとこかな。でも、マキはユキともムツキとも、今も連絡とりあってるんでしょ?』

 

 ――実際、そのとおりだった。三人でラインをすることもよくあるのだが、ふたりが何故ミナのことを外したのか、マキには今もよくわかっていない。『子育てで忙しいだろうから、迷惑なんじゃない?』といったように、ふたりの間で話は一致しているようなのだが……。

 

『うん。でも、ユキもムツキも結構びっくりしてたよね。わたしたちの中じゃ、ミナが一番キャリアウーマンとしてバリバリ働きそうって、みんないつも言ってたもんね。それが、一番最初に結婚しちゃうんだもん』

 

 実をいうと、このことのうちには、ある理由があった。ミナはユキやムツキには少しオブラートで包んで話して聞かせたのだが、マキにはあとからほとんどありのまま、彼女の恋愛模様をなんでも話してくれた。

 

 ミナが初めて出来た彼と別れた過程は、次のようなものだったという。同じ大学の文学部に所属していたふたりは、好きな本、漫画やアニメなどを通して急速に仲良くなったということだった。この時、ミナは『マキは笑うかもしれないけど、あんなに色々趣味が合う人なんて初めてだったの。わたし、これが運命の恋ってやつなのかなって思っちゃってるくらい』と、瞳を輝かせて語っていたものだ。

 

 ところが、その<運命の人>と初めてセックスをして以来(ミナは初えっちと表現していた)、お互いの間で何かがうまくいかなくなったということだった。ユキとムツキが先に帰ったあと、マキは某喫茶店にて、小声でマキにこう囁いた。

 

『わたし、もしかして自分が不感症なのかなって思いはじめてるんだよね』

 

『ええっ!?どういうこと?』

 

『だからさあ。あいつとヤッても全然よくないってこと。ほら、最初はやっぱり痛いだけで良くないとかって話としてはよく聞くじゃん。だからわたしも慣れれば変わっていくのかなって思ったりしたんだけど……向こうはもうデートのたびに「そのことしか頭にない」みたいな雰囲気を伝えてくるわけ。「出来るんなら、毎日でもミナとこれしてたい」とかさあ。わたしもううんざりしちゃって、あいつと別れようかなと思ってるくらい』

 

 ――マキの中で、この話の何が衝撃的だったかというと、体の関係を持つようになる前まで……ミナと初めての彼とは、なんとも仲睦まじい似合いのカップルに見えたということだった。ミナも、自分が夢に描いていた理想の恋愛が、性などというもののためにこうも容易く破れ去ろうとは、これが現実の恋愛というものなのだとは、思ってもみなかったという。

 

 結局、ミナはこの生まれて初めて出来た彼と別れて、軽音部にいた一見軽薄そうに見える一年上の先輩とつきあいはじめた。もともと物凄くモテる人だったため、向こうから告白してきたとはいえ、ミナは(あまり長続きしないんじゃないかな)と最初は思っていたらしい。ところが、自分のために色々曲を書いて捧げてくれるわ、前の彼との間にあった問題もすっかり解消してくれるわで――ふたりは大恋愛の末、ミナが大学を卒業するのを待って、結婚したというわけなのである。

 

 ゆえに、マキは今の混乱した自分の相談に乗ってもらえるのはミナしかいないと思ったわけだが、電話する直前でやめていた。ゆきずりの男を相手に、何かそんなことになった……と聞いたとしても、ミナは軽蔑したりはしないだろう。けれど、マキはそれよりもっと先のことを考えていた。

 

 とにかく、なんにせよあの男とは、もう二度と会えないのだ。あとから数えたところによると、三十一万円あった金は、彼なりの誠実さと受けとるべきなのかどうか――いや、ミナならば「金で問題解決しようとした卑劣野郎!!」と言うに違いなかったが――マキは名前も知らない男のことを、卑劣漢として罵りたいというわけでもなかった。

 

 そして、目が覚めたあと、マキが一番最初にしたのは、母の遺品の中から演歌のCDを取りだして聞くということだったのである。母の生前、マキは演歌のことなどまったく理解できなかった。というより、(こんなしみったれた歌ばかり聴く、母さんの気が知れない)とすら思っていた気がする。

 

 けれど、マキは母がよく聞いていた桂銀淑(ケイウンスク)の『夢おんな』を聞きながら、初めて演歌の良さがわかった気がして、自分でも笑ってしまった。

 

「♪抱かれることに女は弱い、それを愛だと信じてしまう……」

 

(なるほどねえ)と、マキは思った。マキも、もし仮にあの男にまったく愛などないのに、(ただヤリたいだけ)という本心を隠されて、優しくされていたとしたら――たぶん、あれを愛と信じてしまったのではないかという気がする。

 

(それに、わたしだって悪かったんだわ。第一、あの人だってびっくりしたはずよ。こんなに胸が洗濯板みたいに平べったい女、今まで引っかけた女の中には誰もいなかったでしょうしね。それなのに「可愛い」なんてあんなに繰り返し言うなんて……)

 

 比較対象が他に誰もいないので、マキははっきりとはわからないのだが――(彼は物凄くキスが上手かった気がする……)と、そう思っていた。何より、男の動きには一切迷いがなかった。こんなことはもう何度も繰り返し行なっていて、日常茶飯事だ、当然すぎるほど当前だといったような、犯行の手なみの速さだった。

 

「初めての人の名前くらい、聞いておいたらよかったのかな。もう二度と会えないとしても……ううん。二度と会えないとしたら、尚さら……」

 

 マキはその日の残りの午後は、いつもの日曜日と同じように過ごし た。つまり、洗濯や掃除をし、冷蔵庫の残り物で夕食を作り……本棚を漁ってリストの『ラ・カンパネラ』の楽譜を探しだすと、初めての男の演奏を思いだしながら、それを弾いた。

 

 そして、ふとマキは思いだした。よく考えてみると、彼の顔をどこかで見たことがある気がしたのだ。けれど、マキは自分の思い過ごしに違いないと首を振り――それから、今度はやけにはっきりと思いだした。

 

(そうだわ!ピアニスト、阿藤耀子の息子よ!!)

 

 マキは一度そう思い当たると、ピアノの横にあるCDラックを探して、彼女のものを探した。マキが持っているのはとりあえず、シューベルトのピアノソナタ第18番や21番、スクリャービンのピアノソナタ第2番<幻想ソナタ>、ベートーヴェンのピアノソナタ第8番<悲愴>などだった。

 

(あ、そりゃそうよね。個人のプロフィールなんかが軽く紹介してあったにしても……息子や娘が何人いるかとか、そんなことまで書いてあるわけないっか)

 

 マキは、阿藤耀子の、美しいが、どこか厳しさを感じさせるジャケット写真、中のブックレットのプロフィールを読み、そう我に返った。そこで、リビングのほうへ戻ると、テーブルの上でパソコンを開き、阿藤耀子のウィキペディアを調べてみることにした。

 

(名前……名前のほうが全然思い出せないんだけど、確か指揮者の旦那さんとの間に、三人くらい子供がいるはずなのよ。それで、その中の誰かがプロのピアニストとヴァイオリニストで……)

 

 マキはだんだん胸がドキドキしてきた。ウィキペディアの欄には、阿藤耀子がピアニストとして得意としているレパートリー、共演したことのある世界的オーケストラや指揮者の名前などが列記されている。そしてその下に経歴として――3歳からピアノをはじめたといったことや、卒業した音楽学校名や留学先、賞を取ったピアノコンクール名がいくつも並んだのち……<私生活では、指揮者・阿藤貴生を夫に持ち、長女の阿藤美夏もプロのピアニストである。また、長男の阿藤君貴は建築家、次男の阿藤崇はプロのヴァイオリニストである>……マキはドキドキするあまり、リンク先をクリックする手が微かに震えるほどだった。

 

 まず、次男の阿藤崇については、絶対に違うと断言できた。というのも、テレビの音楽番組で、彼が母親の阿藤燿子と共演しているのを見たことがあるからだ。ということは――自分が抱かれた男は、この建築家の阿藤君貴である可能性が高いように思われた。

 

(建築家なのに、ちゃんとウィキペディアに名前があるのね……)

 

 そして、マキはそこに載っている写真を見て、(間違いない)と確信したわけである。使われているのはおそらく、二十代前半くらいの頃のものだろう。今の彼よりもかなり若い。

 

<来歴>

 東京都港区出身。父は指揮者の阿藤貴生、母はピアニストの阿藤耀子。姉は同じくピアニストの阿藤美夏、弟はヴァイオリニストの阿藤崇である。君貴自身も幼少時よりピアノの英才教育を受け、東京音大付属校を経てウィーンの音楽院へ留学するが、途中で挫折。21歳の時、マサチューセッツ工科大の建築・都市計画学科に入学。修士号を取得してのち、ダニエル・レーン構造設計エンジニアに入社。3年後、退社するのと同時、フリーの建築デザイナーとなる。現在、ニューヨークに本社、ロサンジェルスとロンドンに支社を持つ、阿藤君貴建築設計事務所、所長。

 

 このあと、マキは阿藤君貴が建築デザインを担当したいくつもの作品を見て、驚いた。アイスランドの文学館やイスラエルのホテル、ドバイの超高層ビルや、オーストラリアの巨大ショッピングモール、カナダの博物館やフィンランドの美術館などなど……(お金をたくさん持っていて、羽振りが良さそうに見えたのは、こうした仕事のお陰ってこと?)と、彼女はそう思った。

 

 マキは、それにしては彼も少し無用心すぎるのではないかという気がした。ウィキペディアを調べて名前の出るような人物が、お金で娼婦――いや、マキは娼婦ではないにしても――を買うような真似ばかりしていたら、そのうち誰かしらから訴えられる可能性だって、あるかもしれないではないか。

 

(そうよねえ。わたしの場合、そんな気さらさらないにしても……人によっては、レイプされたとかなんとか、お金をふんだくろうとする女の人だっているかもしれないわ)

 

 マキはこの時、自分の初めての相手がどこの誰かがわかって少しほっとした。そして、こんなびっくりするような経歴の人物と、あんなに素敵なホテルの一室で一夜を過ごせたというのは――これから何年かしたら、もしかしたら<悪くない思い出>として思い出せるようになるかもしれないと思い、自分を慰めることにしたのである。

 

   *   *   *   *   *   *   *

 

「どうしたの、君貴。随分機嫌が良さそうだけど……何かいいことでもあった?」

 

 場所は、ニューヨークのセントラルパークを見渡せる、ペントハウスでのことだった。君貴はニューヨークとロサンジェルス、それにロンドンに自身の建築事務所を構えているが、彼は五年以上ものつきあいになる恋人とは――いつでも世界中のどこかのホテルで落ち合うなどして、互いの近況を伝えあっていた。

 

「い、いいや、べつにっ……」

 

「ふうん。なんか怪しいな。どうせまた、パリかミラノあたりで、好みの子でも見つけて遊ぶか何かしたんだろ?怒らないからさ、正直に全部僕に話したら?」

 

 君貴の恋人はレオン・ウォンといって、ロンドンの児童養護施設にいたところを富豪の中国人に引きとられたという、複雑な出自の持ち主だった。君貴は英・仏・伊・独・日本語が話せたが、彼はこれに加えて中国語とロシア語が話せる。

 

「今度の相手は、男じゃないんだ……」

 

 君貴はレオンの機嫌を伺うように、ソファに座る隣の恋人のことをおそるおそる見た。結局のところ、勘の鋭いこの世界的ピアニストのことを騙し覆せるはずもないのだ。それならば、なるべく早く降参してしまったほうがいい。

 

「なっ……ま、まさかとは思うけど、とうとう未成年の美少年にまで手を出したとか、そういう……」

 

(流石の僕も、それだけは許さないよっ!!)というように凄まれて、君貴は首を竦めた。彼らのゲイ仲間で、よくつるんで遊ぶカール・レイモンドなどは、「あんたたちってまったく、しょうもないゼウスと、ゼウスの浮気を叱るヘラみたいな関係性よねえ」と言って、よく笑っていたものである。

 

「ちっ、違うぞっ。俺だって流石にそこまで人間として落ちぶれてないからなっ!ただ、てっきり男だとばかり思ってたのに、寝てみたらだったっていうか……」

 

「なんだってえ!?寝てみたら一体なんだったってのさ。まさか、相手はやり手のドラァグ・クイーンだったとか、そういうわけでもないんだろ?」

 

「違うよ。女の子だったんだ。あ、女の子なんて言っても、ちゃんと成人過ぎのって意味だぞっ。髪の毛も短いし、声もハスキーだったからわかんなかったんだ。しかも……」

 

(処女だったんだ)とまではとても言えなくて、君貴はまた黙り込んだ。レオンのほうではもう言葉もない。いや、彼は文字通り絶句していた。

 

「だって――そんなの……変じゃないか。おまえは、なんでかわかんないけど、僕たちと同じ人種かどうかわかるのをずっと自慢にしてて、百発百中とまではいかなくても、まあ、88.8%くらいの確率で、相手がゲイかどうかすぐに見抜く。で、残りの22.2%っていうのは大体バイだったりするわけだ」

 

「うん……つか俺、結構酔ってたっていうのがあってさ。それで判断が狂ったのかどうか……」

 

「だから、それがおかしいんだろ。君貴が男引っかける時は大抵、最低でも軽く酔ってるわけだから。それより、それがおまえの機嫌のいい理由ってことのほうが僕は気になるね。まさかとは思うけど、その子と……」

 

 このあと、君貴は何故か頬を染めたまま、俯いていた。(嘘だろ!?)とレオンは思ったが、彼の反応から見て本当らしい。そもそも、君貴は元はヘテロだったのが、ある理由からゲイになったという経緯があるので――最初から女が相手では勃たないといったタイプのゲイではないのだ。

 

「なんか、そんなことになったんだ。何も、俺のほうが無理強いしたってわけじゃないぞっ。ホテルへ連れていこうとしたら、ただ黙ってついてきたから、『あ、やっぱりそうじゃないか』と思ったんだ。普通、もしそうじゃなかったら、キスしたあたりで『あんた、何すんだよっ』てなるもんだろ?でも全然、そういうこともなかったし……」

 

「…………………」

 

 レオンには、何か突然飲み込めてきた。こう言ってはなんだが、彼の恋人は37歳という年齢にして、イケメンといっていい容貌をしている。女性のほうで、そうした一夜だけの関係を結ぶのも悪くない――と考えても、おかしくはないかもしれない。

 

「っていうことは、おまえあれ?もう十何年以上も女性とはしてないのに……いや、もし僕に話してないってだけで、実は前からたまにそんなこともあった、僕に対して不貞を働いてたっていうんなら、話はまた別だけど」

 

「そんなこと、あるわけないだろっ。だから、俺もびっくりしたんだ。でも、あんまり……その……ドンピシャ好みな子だったもんだから」

 

「へええ……………」

 

 ジロリと横から睨まれても、この時君貴はそんなレオンの様子にすら気づいていない様子だった。いつもなら、『俺とおまえは魂の双子みたいなもんなんだから、他の奴らはそのことに一切関係ない。そのことはわかるだろ?』といったように、言い訳するのが君貴の常套手段だ。けれど、今回はそれすらない。

 

 レオンはこの時ばかりは流石に(やってられるか!)と思った。それで、ぼんやり顔の君貴に向かって、牡丹の刺繍が施されたクッションをぼぐっ!とぶん投げる。

 

「じゃあ、君貴はこれからはゲイじゃなくてバイってことだね!僕はね、これまで随分おまえの浮気のことは見逃してやってきた気がするけど――それも全部、軽い気持ちの遊びだってわかってたからだよ。それもほとんどが一夜限りのね。でも、今回ばかりはもう許せないっ。その、どこの尻軽ともわからないアバズレと、どうとでもなっちまえっ!!」

 

「お、落ち着けよ、レオンっ。それに、その子は尻軽なんかじゃないんだっ。しょ、処女だったんだ……

 

「はあっ!?」

 

 他に、青いガーベラやコスモスの描かれたクッションで「これでもか」とばかりしたたか殴られた君貴は、頭や顔を必死にガードしつつ、ようやくのことでそこまで言った。

 

 レオンは「ヴァージン」という言葉に一度冷静になると、君貴の隣にもう一度座り直した。本当なら、「死んじまえ、このどあほうめっ!!」とでも捨て科白を残し、次のコンサート地であるイスラエルへ飛ぶため、JFK空港にでも向かうところだったのだが。

 

「そういうことなら、最初から話せよ。少なくとも僕には恋人として、おまえの愚行のあらましについて、知る権利がある」

 

「う、うん……」

 

 そこで君貴は、まだ怒っているレオンに向かって、先週の土曜の夜にあったことを、順に話して聞かせた。ゆえにここで、話の時間のほうは、一時的にその時のことに戻る。

 

 日本のどこにも、君貴は自分の設計事務所を構えていない。ゆえに、仕事で日本の諸都市へ行く際には、ホテル住まいをするのが常である。その前日の金曜日、君貴は都内に新しく建設される予定のホテルのデザインを、長くライバルとして競ってきた建築デザイナー、ケン・イリエとプレゼンすることになっていた。結果のほうはその場で公表されたわけではなく、この翌日、どちらにお願いするか連絡する……ということだった。

 

 採用の連絡が来たのは、君貴の秘書をしている岡田豊(おかだ・ゆたか)の携帯電話だった。その結果を知るなり、君貴は「キャッホー!!」と叫び、シモンズのベッドの上へ高々ダイブしていたものである。

 

 そして、祝杯を挙げるために、「日本の風俗について知りたい。俺を夜の街に連れていけ」と自分のボスに言われ――岡田としては困り果てたものである。というのも、彼はボストンのロースクールを出たあと、弁護士をしていたところを君貴の設計事務所に拾われたといった経緯があり、彼と同じ東京出身であるにせよ、いわゆる「行きつけの店」などはなかったからである。

 

 そこで、日本の中学時代の友人と再会した時、彼らと行った居酒屋のほうへ君貴のことを連れていくことにした。店のほうは田舎の民家風で、座敷のほうは堀りごたつになっており――君貴はこれはこれで気に入ったようである。もちろん、二十七歳の時から三十二歳になるまでのこの五年、阿藤君貴所長の性格・性癖等について、岡田はよく知り抜いていた。彼がゲイであることも、自分と同じ年齢の世界的ピアニストの恋人がいることも……ゆえに、君貴が「日本の風俗について知りたい」という時、それは何も「いいネエチャンのいる店に連れていけや。へへへ」といったことを意味していない。そうではなく、ロンドンやミラノやパリ、ニューヨークなど、世界の大都市の風俗についてはある程度観察済みだから、東京のそうした風俗といったものがどんなものか、比較検討してみたい――と、岡田の上司は言っているわけである。

 

 何故日本人で、それも東京出身である君貴が、歌舞伎町や六本木といったあたりの雰囲気を何も知らないかといえば、そこにはそれなりに理由があった。まず、第一には、ウィーンの音楽院へ進学した時点で、彼には日本という場所に一切未練がなかった。小さな頃から何故か、ヨーロッパの歴史が大好きで、日本の歴史にはまるで興味が持てなかったものである。そして、初めて実際にヨーロッパに住んでみて思ったのは、(こここそ、俺が住むべき場所だ!)ということであり、さらには(俺の前世はきっとヨーロッパのどこかの国の領主だったに違いない)と、本人はそのように思い込んでいたようである。

 

 また、音楽の道を断念し、建築という道に<逃げた>と、君貴の母が思っていたことから――自然、実家のある日本からは足が遠のいたということがあった。だが、アメリカやヨーロッパや中東などで建築の仕事をし、実績が積み重なっていくごとに、君貴は日本の仕事も少しは請け負うようになっていたのである。けれど、それも割と最近……ここ、一、二年のことだということは、それだけ彼の心の中には「音楽の道を断念した」ことに対し、後ろめたい気持ちが残っていたということなのだろう。

 

 一軒目の居酒屋で軽く食事をして出た時、君貴はすでに結構酔っているようではあった。だが、「さあ、次いくぞ!二軒目に案内しろ」などと言われ、岡田が携帯で一生懸命いい店はないかと探していた時のことである。歩いている途中で、君貴は居並ぶ店の中に『モン・シェール・アムール』なる紫色の看板を見るなり――「おっ、あそこに俺のいとしいしとがいるらしいぞ」と言い、その地下にある店のほうへ突進していったのである。

 

(やれやれ。ボスはまったく、トールキンの『指輪物語』が大好きなんだから)

 

 そんなことを思いつつ、岡田は溜息を着いて君貴のあとを追っていった。地下へ続く階段のほうは、どこか中世の城の石壁を思わせたが、君貴が突然「なんだかここは、パリのカタコンベみたいなところじゃないか」などと言いだすもので――(こりゃ、なるべく早くボスをホテルへ送っていったほうがいいな)と、岡田はそう判断していたほどである。

 

「そうですかね。俺にはここは、せいぜいのところを言って、マヤ文明の遺跡か何かみたいにしか見えませんけどね」

 

「マヤ文明の遺跡だって?岡田、おまえ相当酔ってるな」

 

(どっちが!)と、岡田は思ったが、君貴はすでにすっかり上機嫌で、スキップしながら店のドアをくぐるところだった。ボーイにボックス席のひとつに案内されると、エメラルドグリーンのドレスを着た、二十代後半くらいの女性が「いらっしゃいませー!」と営業スマイル全開で挨拶してくる。

 

 ところが、君貴はといえば、「かのんでえーす!」などと挨拶してきたホステスの巨乳の谷間を見て――「チッ」と舌打ちしていたものである。

 

「お母さんが泣いてるぞ。娘をこんな淫売に育てた覚えはないって、そう言ってな」

 

「わっ、わわわっ!ええと、カノンちゃんだっけ?先生にはウィスキーの水割りをお願いしようかなあ、なーんて」

 

 岡田は慌てて、君貴の言葉に被せるようにしてそう言った。どうやら幸い、飯島花音の耳には、「淫売」の二文字がよく聞こえなかったらしく、彼女はきょとんとした顔をしていたものである。

 

「あ、せんせえってことはあ、あれですか?お医者さんとか、弁護士さんとか、そういう……」

 

「俺は一応弁護士の資格は持ってるけど、先生はそういう先生じゃないんだ」

 

「えっ!?でもまさかー、学校のせんせえってことはないですよね?」

 

「はははっ。学校の先生かあ。なるほどー」

 

 気を遣いまくりの岡田とは違い、君貴はカノンという名のホステスに一切興味を示すでもなく、そちらの対応は部下にまかせ、まずは右側の席の会話に耳を澄ませた。衝立によって仕切られているため、姿ははっきり見えないとはいえ――衝立に数ミリ隙間のある箇所があり、そこから相手を見ようと思えば見えないこともない。

 

「だから、その俺の部下ってのがさあ、やたら身長高くて、ラグビー選手みたいにがっしりした体格なんだけど、アレのほうが小っせえのな。ほら、その点背の低い女の子ってのは、そんなにでかいもんでなくても満足してもらえるかもしれねえだろ?それで俺の部下の奴はいつでも、小柄な女の子の尻ばっか追いかけ回してたんだ」

 

「へええ……人の悩みっていうのは色々あるもんですねー」

 

「そうそう。何分、体格が立派な分、さぞかし立派なモノをお持ちでしょう……ってな具合に、女の子が寄ってきても、あいつにとっては嬉しくもなんともねえわけよ。結局、自分と五十センチくらい身長差のある女の子を口説き落として、去年結婚したよ。俺も、あいつのアレの小ささのことを思って、ご祝儀のほうはちっと色をつけてやったもんだ」

 

「やあだあ、社長~。だからわたしにも短小の男が近づいてこないように気をつけろだなんて~」

 

「その点わしはもう、基準点はクリアしとるぞ。奴さんと比べたら、少なくとも二倍以上はあったからな!ワッハッハッ!!」

 

(やれやれ。ありゃ、しょうもねえスケベじじいだな。だから、チンポコのちっせえ若造より、いい年した中年のオレにしとけってか?)

 

 君貴はちびちびウィスキーを飲みながら、そんなことを考えた。

 

(実際、ホステスってのも大変なもんだな。俺があの子の立場なら、『やあだあ。そんなこと言って社長、ほんとはペニスが1.5センチくらいで、股の間に埋もれて見えないんじゃないですかあ?』とでも、言わずにいられないだろうがな……笑顔でいなして、適当にかわさなきゃならんとは、客商売ってのもままならんもんだな)

 

 君貴はどこぞの社長ともわからぬ赤ら顔の男に心中で唾を吐きかけると、今度は左の座席の様子を伺うことにした。

 

「まったく、女性の美を求める飽くなき欲望ってやつには、実際のところ参っちまうね。やれ脂肪吸引だ、リフトアップだの……まあ、それで金をもらってる以上、もちろん私には何も言えやしないんだがね」

 

「あら。でも、男性がやっぱり女性に美を求めさせるんですわよ。顔にたるみのある女性よりもない女性、お尻のたるんだ女性よりもたるんでない女性――といった具合にね。そのうちわたしも、先生のお勤めなさってるクリニックのほうに、お世話になってみようかしら」

 

「はははっ。ママはうちになんか用はないだろ。それだけの美貌があったら、うちの美容外科なんか来たって、無駄にお金を捨てるようなもんだ」

 

「そんなことありませんわよ。女も四十近くになると、どうしてもお腹まわりやらなんやらにお肉がつきやすくなりますからね。あ、でも、わたしが昔から悩んでるのは贅肉とかじゃありませんのよ。この顔の鼻の横にあるほくろなんですの」

 

「べつに、ママの場合はそのほくろがむしろ素敵なチャームポイントになってるんだから、いいじゃないか」

 

「それがねえ……わたしがこの仕事を始めて間もない頃、やっぱり美容外科でとってもらおうと思ったことがあるんですけど、いわゆる観相学っていうのかしら。そういう先生に見てもらったら、わたしの場合、この鼻の横のほくろが金運に関係してるから、取らないほうがいいって言われて、それで今日に至るってわけですの」

 

(ほうほう。こちらはそこそこまともな会話を交わしているようだな)

 

 君貴はそんなふうに思い、衝立の数ミリの隙間から、それとわからぬようちらと覗いて見ることにした。すると、まず白い光沢のある着物を着た、細面の上品な顔立ちの女性が目に入り――次に、その隣に視線を移し、君貴は思わず吹きだしそうになった。

 

「ぐっ!ぶえっ!!」

 

 ウィスキーを無理な形で飲みこんだため、君貴はおかしな音を発してしまったが、やはりどうしても笑いが堪え切れない。というのも、美容クリニックの外科医なのだろう<先生>というのが、あまりに背が低い上、自分で自分の顔を整形したほうがいいのではないかという御面相だったからだ。

 

(そうだよなあ。いくら美容技術が発達しても、男の低身長ってのは、シークレットブーツでも履く以外ないだろうしな……)

 

 おそらく、酔っていたせいもあるのだろう。このくだんの美容外科医が、実は自宅で『背よ、伸びろ!びよよよよ~ん!!』などと、ある種のマシーンによって体を必死に伸ばすところまで思い浮かび、この自分の妄想に、君貴は堪らず笑いだしてしまった。

 

「はっ!はははははっ!!」

 

 もちろん、突然のこの笑い声に驚いたのは、カノンと岡田である。そこで彼は誤魔化すために、急いで全然関係のない話をしはじめた。

 

「ああ、なんだっけ?おまえら今、俺に建築のデザインを頼むとしたらどーだのいう話をしてたんだっけ。まあ、お嬢さんがうちに依頼してきたとしたら、短小話聞かされ料といった同情割引を用いて、多少安くしてやってもいいよ。俺だって何も、最初から今みたいに大口の仕事があったわけじゃない……駆け出しの頃は、ロサンジェルスあたりに住む大富豪に、十万ドルやるから、うちの犬の犬小屋を作ってくれなんて依頼されてたもんだ」

 

 十万ドルといえば、日本円にして約一千万ほどだが、そのあたりがよくわからないカノンは、やはりきょとんとした顔のままでいる。

 

「そいつの家の犬ってのが、すこぶる太っててな……フレンチ・ブルドッグだったんだが、顔のほうれい線のだぶつきといい、目のまわりに黒っぽいクマがあるところといい、マフィアみたいな顔のご主人さまと実によく似てるんだ。実際はマフィアじゃなくて、映画のプロデューサーだったんだが、『オレはこいつを自分の分身のように可愛がってる』なんて真顔で言われた日には、吹きださないようにするのが大変だったぜ。ほんと、毎日ちゃんこ鍋でも食わされてんのかってくらい太った犬でな……しかも、あんまり太りすぎて、後ろの足があまりうまく機能してないんだな。ちょっと歩いてはおっちゃんこ、ちょっと歩いてはおっちゃんこ……俺はご主人さまにこう聞いたよ。『この可愛らしいワンちゃんは、下半身が不自由なんですか?』って。そしたらやっぱり、太りすぎでこうなったってことだった。で、話のほうは本題の、どんなデザインの犬小屋にするかってことになったんだが――犬の様子が何やらおかしい。やたらハァハァ言いながら、俺の足のあたりに縋りついてきやがる。それから不自由じゃない自分のチンポコを何度もなめまわすんだ。結局俺は、この話を断ることにした。もちろん十万ドルは欲しかったがな。けど、俺にもプライドってものがある……それに、この犬に必要なのは犬小屋じゃない、ダイエットだ、と思ったというのが、何よりの一番の理由だ」

 

「ははあ。ブルジョワの家で飼われてるブルドッグの、何やらブルブル震える話だってことですね」

 

 岡田が(うまいこと言ったオレ!)といったようなしたり顔をしたため――君貴は再び「チッ」と舌打ちした。それから、ウィスキーのグラスをテーブルに置き、「くだらん」と言って席を外す。

 

 君貴がトイレのある方角へ消えてしまうと、カノンは彼の早口の話をもう一度思い出して、遅れて笑った。

 

「先生の先生は、面白い方なんですねえ。お顔だってハンサムのイケメンさんだし、歌舞伎町あたりでホストにでもなったら、すぐお店のナンバーワンになれそうですよ」

 

「まあ、確かにな。でも、先生はまあ、貴族趣味でいらっしゃるから……あ、失礼。ごほん、ごほんっ!!」

 

 自分たちが貴族とその家来なら、彼女は娼婦ということになってしまうと思い、岡田は咳き込んだのだが、もちろんカノンはそこまで色々深く考えたりしなかった。ただ、君貴の後ろ姿をぼんやり眺め、これからもしこの店で自分を指名してくれたとしたら――結構いいお金を落としていってくれそうだと、そちらのことのほうに気を取られていたせいでもある。

 

(やれやれ。どこの国でも結局、人間観察というやつが一番面白いな)

 

 そんなことを思いつつ、君貴はトイレから出てくると、手を洗った。それからエアータオルで乾かしてのち――ふと、ピアノの生音に気づいたのである。

 

(こりゃ一体誰の曲だ?どこかで聞いたことがあるような気はするが……)

 

 それがクラシックのピアノ曲であれば、知らない曲はほとんどないと言い切れる君貴ではあるが、それがジャズということになると、かなりのところ心許ない。だが、誰のなんという曲なのかは気になる――というわけで、ふらふらとピアノの音の源まで近づいていくことにしたわけである。

 

 

 >>続く。

 

 

 

 

 


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