現在、ebookさまにて、9月10日まで「萩尾望都×清水玲子、対談記念!」として、無料&試し読み増量中みたいです♪
それで、本当は雑誌のほうを入手したかったのですが……このことを知った途端読みたくて堪らなくなり、速攻月間メロディの10月号と月間フラワーズの10月号の電子版を購入しました
が――く、くそっ!!こんな時に限って前文にあんまし文字数使えないんだぜッ!!というわけで、とりあえず今回の文字数に間に合うよう、なるべく手短に。。。
【MELODY清水玲子×flowers萩尾望都
少女まんが界レジェンドスペシャル対談!】
第一部 少女まんがにおける過去・現在・未来 <メロディ10月号掲載>
第二部 この世に、理想の男性は存在するのか? <フラワーズ10月号掲載>
萩尾先生と清水先生の出会いは、今から35~40年くらい前とか……大体「月の子」の連載がはじまった頃で、清水先生のアシスタントさんが、「ご紹介しますよ」と萩尾先生に繋いでくださったということでした他に、自分的注目ポイントとしては、清水先生が萩尾先生に「鬼滅の刃」を送ったとか、エドガーやアランの大体の身長のこととか(笑)、すでにお読みになった方にとっては今更情報とは思うものの、「ポーの一族」が生まれるまでについてのお話もありました♪
いえ、石ノ森章太郎先生の「きりとばらとほしと」……のことに言及がある以外で、もう少し詳しく萩尾先生がお話されてるのって、わたしの読んだものの範囲内ではここで語られてることが初めてのような気がしますそしてホラーが苦手と語る萩尾先生。その~、わたしもホラーは苦手なものの、それでもなんだかんだで色々映画見たりしてるみたいに、萩尾先生も清水先生も色々お読みになっておられるんだな~と思ったり……まあ、「吸血鬼」っていう存在自体はホラーに分類されがちですけれども、わたしも「ポーの一族」は#ロマン#ファンタジーと言いますか、タグ的には他に#ミステリーといったところかな、なんて思ったりします(^^;)
これは「月の子」に関することなんですけど、やっぱりジミーはティルトやセツほどあんまし人気なかったらしいという話(笑)。また、「月の子」にはチェルノブイリのことが出てくるわけですけど、萩尾先生は戦後世代とはいえ、やっぱり御両親が戦争を経験されてる世代なので……より戦争が身近というか、核兵器や「第三次世界大戦が起きたらどうしよう」と本気で考えていらっしゃったらしい。他にこのあたりの繋がりから映画の「オッペンハイマー」のことなども語られ、さらに「三体」のことへも。やっぱり、映像作品の力を借りずに原作だけ読んだ場合、「三体」は難しいんだなあ~なんて思ったり(^^;)
フラワーズのほうに関してはまた次回の前文に書こうかなと思うのですが、ちなみにわたし、「秘密」はシーズンゼロの何巻目からか読んでなかったり、「ポーの一族」は連載再開されて以降については全然読んでなかったりしますm(_ _)m
ええとですね、「秘密」はもちろんめっちゃ面白いのです♪ただ、一回一回ちゃんと完結してから読みたいと思ってたら、結構巻数空いてしまったような気がします(^^;)それで、「ポーの一族」はアランが復活するらしいと聞いて以降、その後どうなったかがとても気になっていました……で、今回フラワーズ読んで、結構びっくりしたというかネタバレになってしまうのであまり色々書けないものの、やっぱりわたし、あの状態からどうやってアランが復活したのかが一番注目してたところで、今回の10月号読んで思うに、「何か制約があるらしい」とわかり――そのあたりが面白いなって思いましたあの「薔薇の花咲くポーの村」には、どうやらまだ秘密が色々あるらしい……まあ、自分的にはある程度このあたりの決着が着いてから読みたいと思っていたのですが、もしかしたら誘惑に負けてその前に読んでしまうやもしれませぬww
文字数を十分使えれば、もっと色々書けたと思うものの(汗)、なんにしても今回の対談は清水玲子先生の原画展へ萩尾先生がお出かけになった際、「今度対談したいね!」的に盛り上がって決定したものなのだとか♪ゆえに、わたしが思うに、今後何か画集やスペシャル本など、なんらかの形で収録される可能性は高いとはいえ、それが一体いつかもわからないことから――速攻買うことにしたのであります
萩尾先生&清水先生のファンの方で迷ってる方は買って損はありません。ええ、絶対に……
それではまた~!!
惑星シェイクスピア-第二部【27】-
(これは、一体どういうことだ!?)
マリーン・シャンテュイエ城へ戻ってくるなり、ギベルネスは自分に割り当てられた部屋のほうにひとり閉じ篭もった。レンスブルックは他の仲間たちといるのだろう、室内に姿のほうはない(彼はキリオンやウルフィン、キャシアスやホレイショらと庭園を散歩しているところだった。もしギベルネスが窓から下を見たとすれば、噴水を中心に迷路のようになっている幾何学庭園にいる彼らの姿が見えたに違いない)。
ギベルネスの顔色が悪く、見るからに具合悪そうに見えたからだろう、御者台にいたサムソンが心配して、「大丈夫ですか?」と何度も聞いてきたほどだったが、彼は「ああ、大丈夫だ。今日は本当にありがとう」と礼を言い、多少のチップに相当するような金を渡していた。サムソンは「いやあ、そのような……伯爵さまには俸給その他、待遇のほうは良くしてもらってるもんで」と、最初は受け取ろうとしなかったが、ギベルネスは彼のお仕着せのポケットにねじこむようにして銀貨を入れた。どこの医院への道も、最短距離で着いたのだろうと不案内なギベルネスにも感じ取れるほど、伯爵お抱えの御者は馬を御すのも、通行の交渉をするのも上手だったからである。
実際のところ、白髪頭で目の白く濁った老婆の精神攻撃のせいかどうか、ギベルネスは気分が悪かった。一度、こみあげるものがあって吐きそうになったが、急いで盥(たらい)を用意したものの、吐こうとしてもその時は吐けなかった。結局、豪華なしつらえのベッドの上へ横になり、陶器製の盥のほうは手の届く位置にあるテーブルのほうへ置いておくことにした。
(まるで、お姫さまのお部屋のようだな……)と、ギベルネスはぼんやり考えた。四柱式ベッドには、金糸で刺繍された真紅のベルベットの覆い布と、レースのカーテンが二重にかかっている。クローディア・リメスと初めてふたりきりで旅行へ出かけたという時も――こんなふうなベッドだったと彼は記憶している。
(いや、今はローディのことは考えるな。第一、ここから遥か遠く離れた星系にいる彼女がどうしているかなど、あんな老女にわかるはずなどないのだから……彼女は今ごろ、金持ちの男と結婚して幸せに暮らしているさ。そうだ、きっと子供もいて……)
今まで一生懸命繰り返してきたイメージトレーニングをさらに重ねるように、クローディア・リメスと彼女が生んだ子供が幸せそうに微笑むという映像をギベルネスは思い浮かべた。本来ならば、その近くに自分もいるはずの光景。いや、自分はおそらく少し離れた場所からその場面をホームビデオか何かで撮影しているところなのだ。
こうした想像を、ギべルネスは女々しいとは思っていない。問題は彼女が誰と結婚したかではないのだ。もしクローディアの結婚に、多少なり不幸な側面があったとしても、可愛い子供たちが彼女の不幸を贖い、それ以上に幸福にしてくれていることだろう……そう思うと、ギべルネスは何かが安心だった。自分のことを思って今も不幸だなどとはとんでもない。とにかく何があろうと何がなんでも、クローディア・リメスには幸せでいてもらわなくては――彼は自分の身に今現在起きている不幸な出来事などより、彼女のことのほうがよほど心配で堪らなくなってくるのだから。
(そうだ。私は結局何も出来ない……今からもっとも速い宇宙船でタイムジャンプし、ローディの住む惑星へ駆けつけることが出来たところで彼女は死んだあとなのだから、こんな不健全な不安や恐怖に苛まれること自体、まるで無意味だ……)
だが、それでいてギべルネスはこうも考えた。もしあの老女が水晶玉にでもある種の幻覚としての映像を、クローディア・リメスが今どんな状況にあって不幸かということを彼に見せつけていたら――まるで無意味とわかっていても、彼は最善を尽くそうとしたことだろう。そう、まるきり意味のない最善。すなわち、なるべく早く、可及的速やかに宇宙船カエサルへ戻り、百年かかろうがなんだろうが、とにかくその事実を確認せずにはいられなかったろうということだ。
ここまで考えて、ギべルネスはようやく一度深呼吸した。それから、思考を完全に切り換える。本当は、すぐにもローリー・ロットバルトに例の薬を――本当に効果があるかどうかは別として――飲ませなければならないとはわかっていた。けれど、その際には<東王朝>へ赴かねばなりません……云々といった話をハムレットにもしなければなるまい。そう考えると、その前に彼としては『本当にそれでいいのかどうか』思考を整理しておく必要があったのだ。
(あの白髪頭の老女は近いうち、カエサルから連絡があるだろうと言っていた……近いうち、というのが三日後か一週間後か、三か月後か、それはわからない。だが、私は自分の良心にかけて、まずはあの薬をローリーに飲ませたいと思う。まさか、それで彼が死に、私のせいでハムレット王子とロットバルト伯爵の関係にひびが入るということはあるまい。それで彼の病気が良くなれば……それこそが、ハムレット王子が困難な戦争にも勝利するという保証ともなることかもしれない。だが、私はそこまで見届けてから、もっと言うならカエサルから連絡が来るのを待ってから<東王朝>へ出向くというわけにもいかないということだろうか?)
ギべルネスは気が重かった。精神攻撃云々といったことがなかったとしても――今度は単身、いや、正確にはディオルグも共に来てくれるということだったが、こちらの<西王朝>とも文化の異なる場所へ行かなければならないのだ。
(確か、<死の谷>……そこにいるらい病患者に会いにいけという話だったか?)
らい病――ハンセン病、レプラ、ツァラアトなど、時代や国(あるいは惑星)によって呼び方は様々だったに違いないが、簡単にいえばらい病(ハンセン病)とは、古来からある皮膚と末梢神経が侵される、慢性感染症のことである。感染力のほうは実際には低かったにも関わらず(ハンセン病は感染症の中でもっとも感染力が弱いと言われる)、一度この病気になり症状が進むと皮膚が崩れることがあるため、その見た目から人々に忌み嫌われ、非常に恐れられていた。地球において、治療法のほうは遥か昔に確立されていたとはいえ、他のすでに知的生命体の存在する惑星においても、同一の原因となる癩菌が検出されるということは、今も割合よくあることである。
ゆえに、ギべルネスがここ惑星シェイクスピアに派遣されると決まった時、いくつか受けたワクチンの中に、このハンセン病に対するワクチンも含まれており、そうした意味で彼はらい病を恐れる必要はなかったわけである。彼はここへ旅してくるまでの間、こうした患者たちが城砦や城壁の外でうなだれている姿というのを何度となく見てきた。ギべルネスは感染の恐れがないことから、自分から彼らのほうへ近づいていって話を聞いたこともあったが、中にはすぐに逃げ出す者もいた。城壁付近を取り締まる役人か警邏隊員と勘違いしたのかもしれないし、病気を移してしまうと思い、気遣いの気持ちから急いで遠去かっていったのかもしれない。
(まさか、彼らはそんなこともどこかから見ていて知っていたということなのか?いや、流石にそんなはずはない……)
ありえない、としてギべルネスはその可能性を排除しようとして、出来なかった。むしろハッとしたようになり、ベッドの上に身を起こしていたほどである。
(彼ら、と私が考えるのは、あの老女が自分たちのような存在のことを指し、『我々』という言い方をしていたからだ。そもそも、あの老女はどこからやって来たのだ?それに、あの老女は『カエサルにはカエサルの事情がある』とも言った。ということは、なんらかの手法を通してそのことを知っているということだ……いや、あの言い方ははったりではない。それに、自分たちはおまえら地球発祥型人類と違って嘘はつかないと言った時の、あの強い怒りの波動……)
ギべルネスは訳がわからないなりに、あるひとつの仮説を立てた。彼も直にそのような存在を見たことはないが、噂としては聞いたことがある。つまり、ある惑星を新しく開拓しようとして、不可思議な事故が相次いだといった場合……先住民の姿が人間の肉体的視力に見えるとは限らないといった類の話である。
(クソっ!!もし仮にそのような存在がいたとして、自分がそうした存在と遭遇することなど絶対ないと信じ切っていたがゆえに……私はあまりそうした事柄について、どんな異星人のことも詳しく調べようとしたことはなかったんだ。もしそんな存在と出会ったとしたら、どんなふうにコンタクトを取って会話するかだのなんだの……いや、つまりは実はそれこそが彼らがここ惑星シェイクスピアにおいて、神か、あるいは神々として崇められている理由だということなのではないか?……)
この時、ギべルネスは昔見たことのある一本の映画のことを思い出していた。ある惑星に降り立った開拓民が、よくはわからないが、その惑星へ来てから次から次へといいことばかりが起きる……そこである時、長く『目に見えない形で共存』することで、彼らの言語を学んでいた先住民の異星人とコンタクトをはかろうとするのだ。あらゆる危機を不思議な形で救ってくれるなどしてくれたことから、彼らはこの先住民のことを友好的で善的な存在とすっかり思い込んでいたわけだが――実はこの先住民は地球発祥型人類の美的感覚からしてみれば、非常に醜い容貌をしていたわけである。彼らはそのように説明し、姿を現すことを拒み続けるが、ある科学者がこの先住民の姿が見えるようになる特殊な<着色法>なるものを発明すると、開拓民たちは最終的に絶滅するに至った。先住民の姿があまりに醜すぎたことから、直視した者はすっかり頭がおかしくなったり、失神する者が相次いだそのせいである。先住民たちはこのことで非常にプライドを傷つけられ、開拓民たちを抹殺すると、その死体を土地の肥やしにしてしまった……といったようなストーリーである。
(我々の信じる神、あるいは神々の姿が我々の美観に照らして美しいとは限らないと、そういえばあるSF作家が言っていたっけな……それはさておき、彼らの目的は一体なんだ?ここ、惑星シェイクスピアに元々最初から住み着いていて、ここに誕生した人類をずっと見守ってきた存在ということなのか?もしそうなら、地球発祥型人類である我々が宇宙船からずっとこの星を観察し続けているそのこと自体我慢ならないというのも理解は出来るが……)
また、ギべルネスはこうも思った。
(これも、昔見たB級SF映画というのがなんなのだが……宇宙遊泳するタイプの異星人というやつがいて、そいつらの住みついている惑星から命からがらようやく逃げ出したものの、そのせいでどこまでも宇宙船を追ってこられ、最後は破滅するというラストだったっけ。なんにしても、彼らは――というか、少なくとも彼女は、あまり善良な存在といった感じはしなかった。だが、それは私が異星人であるからであって、もともとここ惑星シェイクスピアに住む人間に対しては、彼らは友好的だということなのだろうか……)
とにかく、ハムレットにここペンドラゴン王国の王位を約束しているのは、彼女たちのような存在だということなのだろう。これはギべルネスの直感だが、あの白髪の老婆は、いつでもあの姿で人間の前に姿を現すということではなく、それこそ老若男女、どんな世代の人間にも化けることが可能なのではないかという気がした。ようするに、あるひとつの肉体に縛られるような存在ではないということだ。
(彼らは一体、普段はどんな暮らしをしているのだろうな?もし仮に一切姿を現さず、宇宙船カエサルにまでやって来れたとした場合……AIクレオパトラの暗視レーダーにすら引っかからず、船内を移動することが可能ということになるだろうか?とにかく、『カエサルにはカエサルの事情がある』というのは……そのことを彼女たちのような存在にわかっているということは――もしかして、同じように精神攻撃によって支配しようとしたのか?もしそのような形で宇宙船が乗っ取られたとした場合、私に連絡してくる人間が元カエサルにいた六名の惑星学者と同一人物であると言い切ることは出来ないのではないだろうか?)
ここで、ギベルネスは久方ぶりに、意識不明状態になったというロルカ・クォネスカのことを思い出した。彼は今、一体どうしていることだろう?ハイエナジールームの医療カプセルに入ってさえいれば、カプセルへの電源の供給でも遮断されぬ限り、彼は生き続けることが出来ているに違いない。
(そうだ。こちらの生活のことや自分のことで手一杯で、私は宇宙船カエサルのことは次第に考えても仕方ないとして、あまり考えないようになっていったんだ……だが、あんなに温厚そうに見えたクォネスカ博士が突然ニディアをレイプしようとするだなんて、そもそも私にしてみれば最初から違和感のあることではあった。とはいえ、異星人の精神攻撃に屈してだなどとは、それ以上に考えにくいことだしな……)
ここで、(あーっ、もう訳がわからん!!)と思い、ギベルネスは髪の毛をかきむしった。(だが、カエサルから遭難した私に対して連絡が途絶えたのが何故かの理由はこれで説明がつくか?あの老婆は向こうからの連絡がつくようにさせないことも出来ると、そう言っていたからな……近いうちというのがいつのことなのかはわからんが、まさか一週間とか二週間後といったことまではあるまい)
ギベルネスはそう悲観して考えた。彼らがなんらかの形によって自分や、ハムレットたちのすることを監視していた場合(この監視を、神からの見守りと思っているのだろうとギベルネスは感じる)、ローリー・ロットバルトに薬を飲ませ、さらには自分が<東王朝>へ赴くところを見届け、らい病患者たちがいるという<死の谷>へ到着し――そこで、彼らが自分にさせたいと考えていると思しきことが達成されてのち、ようやく宇宙船カエサルとの通信が開かれる……ここまでの仮説を立てると、ギベルネスは再び脱力しきった人間のようにぼてり、と枕に倒れ伏した。
(はああああッ!!)と、心の中で彼は深い絶望の溜息を着いた。(もう嫌だっ!本当に何もかもが嫌だっ!!そもそも私は、こんな呪われた惑星へなぞ、やって来るべきじゃなかったんだ……っ)
その後、ギベルネスは精神攻撃を受けた疲労からか、懇々と眠り続けた。夕食を知らせる鐘が鳴り、レンスブルックが起こしに来ても、彼は起きなかったほどである。大広間のテーブルにギベルネスが顔を見せないと、みな心配したが、レンスブルックが「先生にもきっと色々あるぎゃ。伯爵さまの息子さんのことで、なんか今日一日あちこち駆けずり回って疲れたらしいぎゃ」と言うと、彼らの愛するギベルネ先生の話はそれきりとなった。軍事会議などでも、余計なことは何も口にしない<神の人>ではあるが、(何か思うところは先生にもあるらしい)とは、彼らはいつでも感じていたからである。
実は、レンスブルックは厩舎のほうで馬の世話をする傍ら、例の御者からギベルネスがその日一日どんなふうに過ごしていたかと聞いていたのだ。そして、彼自身(<神の人>ってのもつらいもんだぎゃ……)などと思っていたものである。これは、レンスブルックが内心ギベルネスを<神の人>ではないと疑っていた不信心を示すものではない。ただレンスブルックはいつでも、『もっと大きなこともしようと思えば出来るのだが、<神の人>が魔法のようになんでもするのは良くない』とでもいうような、そうした自分を抑えているような気配を――彼の大好きな先生から感じていたわけである。
ところで、ギベルネスと同室のレンスブルックは、続き部屋となっている、しつらえのほうは同じように豪華だが、少しばかり手狭な部屋のほうで眠っていた。ゆえに、銀の盆にのせた夕食の品をベッドの脇のテーブルへ置いた時も、ギベルネスがまったく目を覚ます様子を見せなかったため――すぐそちらのほうへ引っこむことにしたわけである。(ふあ~あ。オラも、特に軍事会議で何か発言するってわけでねくても、それならそれで結構疲れるぎゃよ)などと思いながら……。
この日、中途半端な時刻に眠り、その後も八時間ばかり懇々と眠り続けたギベルネスは――マリーン・シャンテュイエ城の夜回りの守備兵しか起きている者のない深夜に目を覚ましていた。彼は目が覚める直前まで夢を見ていた。母星のロッシーニでは戦争など起きておらず、父も戦死などせず、家族も、隣に住むリメス一家も、仲の良い親戚も全員が当たり前のように生きていて……彼はブランコに乗っていた。家のポーチにあったもので、小さな頃はよくそのブランコに自分の妹と隣の家のクローディア、それに自分の三人でそこに座り、色々な話をしたものだった……。
『この間、年の離れたクラリスが結婚したのよ』と、ギベルネスの妹でないほうのローディ。『とっっても素敵な結婚式だったわ。わたし、生まれて初めてブライズメイドとして花嫁さんの長いベールを後ろのほうで持ったのよ!その後ろから天使みたいな可愛い子たちが籠から花びらを取りだしてまくの。きっとわたし、いつか誰かと結婚するとしたら、まったく同じようにしたいと思ったくらい』
『ふうん。まあ、そんな危篤な人間がいつか現れるといいけどね』
ギベルネスとローディの間には、妹のクローディアが挟まっていた。彼女は結婚式の模様を撮影した写真を、デジタルアルバムで見ているところだった。ギベルネスの妹もまた、『本当に素敵ねえ』などと、憧れの溜息を着いている。
『そうね。きっとわたし、最低でもギベルネスよりは結婚するの早いと思うの。だって、あんたは女心のわからないボンクラだけど、その点わたしは今も崇拝者に事欠きませんからね』
『そうだね。にきび面のデヴィッドとスカートめくりなんて古風なことを今もやってるスティーヴと親指の噛み癖の直らないヘンリー・ガイノットが相手なら、君がなめたキャンディを渡しただけで、確かに取り合いになるだろうね』
『ほーんと、ギベルネスってさいって~な嫌な奴よね』と、同名の親友の体越しに、ローディは幼なじみの体をぐりぐり殴った。いつものことなので、ギベルネスは少しも気にしていない。『そうやってどこか高いところからものを眺めて、自分は他の人間とは違うんだぞ、なんでって僕はあいつらより頭がいいから……みたいな態度、向こうにだってわかってると思うわよ?普通よりほんのちょっとIQが高く生まれついたからって、それが一体何?将来はきっと、手に負えないエゴイストの引きこもりかなんかになってそう。僕の頭の良さを理解しない世界なんてどうかしてるとかなんとか、そんな理由でね』
『まあまあ』と、妹のクローディアがフォローして、デジタルアルバムの写真を指差す。『本当に素敵な結婚式だったのね。花嫁さんは綺麗だし、後ろの花びらをまいてる子たちもみんな、天使みたい。わたしもいつか結婚するとしたら、こんな結婚式がいいなあ』
『クローディアはダメだよ』と、ギベルネスは無表情に言った。『結婚なんてとんでもない。この世界におまえが結婚しなけりゃならないほど立派な男なんか、存在しやしないだろうからね』
『おえっ!マジで気持ち悪い、あんたっ。この重度のシスコンめっ!!』
――このあと、ギベルネスとローディの間ではちょっとした喧嘩になった。とにかく、ふたりはほんの些細なことをきっかけに、小さな頃から喧嘩ばかりしていた。だが、今にして思うとのちに恋人となった彼女の指摘というのは正しいものばかりだったのだろうとギベルネスは思ったものである。また、隣の家に同い年のクローディア・リメスという女の子が住んでいなかったら、確かに自分は手に負えないエゴイストの引きこもりになっていた可能性もなきにしもあらずだったに違いない。
また、クローディア・リメスは本人が小さな頃から自覚していた通り、その後も競争率の高い少女・女性であり続けてもいた。けれど、彼女は特に誰ともつきあわなかった。ギベルネスにしても、アメフト選手のクォーターバックだの、自分よりも総合成績のいい同級生だの、ヴァイオリンで神童と呼ばれた男だの――ローディが「今度こそつきあうのではないか」、「そして、自分がそのことに反対することまでは出来ない」と感じる強敵が現れるたび、ある種の焦燥感を何も感じていない振りをして隠し続けた。けれど、結局何も言わなかったし、何もしなかった。にも関わらずとうとう……ギベルネスが医大に合格し、交際しているというのではないが、時々同じ大学の女性を連れてくるようになると、ローディはとうとうぶっ千切れていたのだ。
『ねえっ、一体あの女何よっ!!あんたはわたしと結婚するんでしょ!?小さい頃からずっとそう決まってるって、口にしなくてもわたしにもあんたにもわかってたことよ。それなのに、わたしの目の前で無神経にも色目を使ったり、ベタベタ触ってきたりなんかして……まったくもう、アッタマに来るったらっ!!』
――こうして、彼らふたりの間に長く横たわっていた、目に見えぬある種の恋愛的頭脳戦は、クローディア・リメスの堪え性のなさが原因であっさり幕を下ろした。だが、ローディはそのことをこの上もなく悔しがったものの、ギベルネスにはわかっていた。実際には完膚なきまでに敗北を喫したのは自分のほうだったということを……。
つきあいはじめた、などと言っても、その後もふたりの間の関係にそれほど大きな違いはなかったかもしれない。お互い、大学生活のほうが忙しかったりと、相も変わらず具にもつかないことがきっかけで喧嘩したりと……けれど、お互いにわかってはいたのだ。自分たちが結ばれるのは小さな頃からすでに決まっていたことで、他の誰かなど、到底考えられもしないということだけは。
「やれやれ。ただの夢か……」
夢でいいから会いたい――そう思っている時に限って、クローディア・リメスのことを夢に見ることはないと、彼は経験上よくわかっている。けれど、幸せな夢だった。ギベルネスは真っ暗闇の中目覚めてからも、暫く夢の中の映像、ローディの姿の残像を必死で追った。
(もし私が、この惑星で苦難を身に引き受けることで、おまえがその分幸福になるというのなら、今感じているこの虚しささえも、なんでもなく耐えられたことだったろうにな……)
ギベルネスがそんなふうに感傷に耽りつつ、柔らかいベッドの上に身を起こした時のことだった。いつまでも覚えていたい恋人の姿のことが脳裏から消し飛ぶほど、彼は激しく動揺した。「ヒッ!」という叫び声さえ、喉の奥から洩れてくる。
(なっ、なんだ、これはッ……!!)
暗闇に目が慣れてくるのと同時、ギベルネスにはそれが<虫>らしいと気づいた。自分は昆虫の死骸に囲まれるようにして、ずっとベッドに横になっていたのだ!!
「き、気持ち悪……っ!!」
直視してはいけない気はしたが、事実確認はしなくてはならない――咄嗟にそんなふうに感じ、ギベルネスはコンソールの上にあった蝋燭に火を点け、注意してベッドの上をもう一度覗き込んだ。手燭に照らされた虫たちは微塵も動かず、その全員は死骸と化しているようだった。
(誰かの嫌がらせか?いや、まさかそんなことをする人間が、この城内にいるはずがない……)
この時、ギベルネスは相当疲れていたか、あるいはまだ寝ぼけていたのだろう。ハエや蚊がそれぞれ五十匹ほど、それにバッタやコオロギにキリギリス、カブト虫やクワガタ虫……考えたくもないが、ゴキブリもその中に混ざっているようだ。そしてこの時、(いや、物事はいいほうに考えよう。これがムカデじゃなかっただけでもよしとしなくては……)などと、いつもの思考の冴えもなく、無駄に彼がポジティヴシンキングを発揮していた時のことである。
ほんの少し開いていた窓から、さらに性懲りもなくぷぅ~んとハエか蚊のようなものが飛翔してきたのである。ギベルネスはこの時も咄嗟に、この小さな敵をぶちのめすのにちょうどいい、何かの武器を周囲に探した。
(母星のロッシーニで家に虫が出た時には――ティッシュケースの箱の後ろなり、スリッパの裏なり、ちょうどいいものがいくらでもあった気がするのだがな。殺虫剤も調合して出来ないこともないが……)
なおもそんなことを考えつつ、ギベルネスが周囲をきょろきょろし、最終的に手燭を元の位置へ戻した彼が頼ろうとした原始的手段――それは自分の両手でこの羽虫をピシャリと挟むということだった。だが、ハエは最後まで彼に抵抗し、なんと最後にはそのことを本人に言葉として伝えてきたのである!!
『いいかげんにしろ、ギベルネス・リジェッロっ!!遭難した上に、こんな面倒までこの俺にかけさせやがって……ヴヴヴ…………』
ギベルネスは危うく、本当にそのしゃべるハエを寸でのところで両手に挟みこむところだった。だが、流石に彼も「ハ、ハエがしゃべった!!」とはならなかったのである。遭難してから暫くの間、ギベルネスはずっと、窓辺のハエをじっと注意深く観察していたものだった。宇宙船カエサルからの通信をその小蠅が伝えはしないかと、そう思って。けれど、いつでも彼のその期待は裏切られ、蚊に至っては生かしておいたそのせいで、血をたっぷり吸われて終わったということさえある。その後は、もうそんなふうに絶望することにも慣れ切ってしまい、虫を見てもなんの期待もかけないようになっていったのである。
「お、おまえは……いや、あなたは一体誰ですか?まず、名前を教えてください」
『俺はさ、宇宙船カエサルの惑星学者のひとり、コリン・デイヴィスだ。ほら、みんなが超のつく変人扱いしてた、あの動物学者さ』
「コリン……ええ、もちろん覚えています。他のみんなはどうしてますか?元気なんですか?」
ギベルネスは瞳に涙が滲んだ。例の占い師の老婆の言った通りだっただのなんだの、そんなことも一時的に頭から吹き飛んだ。自分が本来いるべき世界とコンタクトを取れたということが、今はただこんなにも嬉しい。
『いやあ、それがさあ……あれからこっちでも色々あったんだよ。なんつーか、こう……それはもう一言じゃ説明できねえ。とにかく、今ここでなるたけ短く約めて話せなんて言われたところで、俺には無理だ。とにかくこっちではな、俺はあんたと連絡を取りたいと思って必死だった。暫くの間AIクレオパトラは役立たずだったし、とにかく俺はエンジニアとして考えられる限りの可能性を考慮して、ありとあらゆる補修工事というやつを行なった。それ以前にも色々……いや、こっちの問題についてはまた今度だ。話がややこしくなるからな。細かい事情についてはギベルネス、あんたがこっちへ戻って来たらちゃんと説明するよ。AIのクレオパを苦労して元通りに戻すと、俺はあんたのことを探しはじめたんだ。何分、あれから随分時間が経っちまったもんで、きっとあんたは「もう迎えなんか来ない」とか、「こんな本星から遥か遠く離れた星系でひとりぼっち」だの思って絶望してるに違いないと思ったもんでな……だが、クレオパの顔認証システムを使って探したってのに、あんたの顔に一致する人間は見つからなかった。ギベルネス、あんたも知ってるだろうが、このシステムを使って発見できなかったら、そいつは死んでるだろうと判断されるくらい、AIの顔認証システムは精巧に出来てる。でも、それでも俺は希望を捨てなかったんだ。何分、宇宙船のシステム自体が一度完全に落ちたところから復旧させたからな。どこかにポンコツ的なところが残ってるかもしれないし、俺はもうAIのクレオパトラの性能自体信用しなかった。そこからがまた大変だったぜぇ。なんでって、この広い惑星中、あっちに蠅を走らせ、こっちにヤブ蚊を飛ばしだのして、ひとりの人間を探しだそうってんだからな……そんなこんなで時間がかかったが、なんにしてもこれでお互い一安心ってところだ』
「ありがとう……ほんとに、ありがとう。コリン………」
ギベルネスは小さな蠅を拝むようにして泣いた。堰を切ったように涙が溢れてきて止まらなかった。これが精神攻撃を受けた後遺症の幻視や幻聴でないことを願った。あるいは、またもう一度目が覚めて、これもまた夢だった――なんてことにならなければいいと、彼は深刻にそんなことまで心配していたのである。
『泣きたいのはこっちも一緒だよ、ギベルネス。ほんとはこんなこと……ほんとはさ、あんたがこっちへ戻ってくるまでは、どうにか嘘でもついて誤魔化したほうがいいって思ってた。だけど、泣いてるあんたを見たら、やっぱり誤魔化せねえや。今、俺のほうでもほんと、泣きそうなくらいなんだ。こんないい年した、大の大人がさ……今、こっちの宇宙船カエサルには、俺ひとりしかいねえんだよ。いや、違うか。正確にはハイエナジールームで、ロルカのおっちゃんが今も目ぇカッ開いたまんま、眠ってるって意味じゃ……意識のほうは確認できないにせよ、俺とおやっさんのふたりきりとは言えるか』
「ええっ!?そんな、なんでだい?他のみんなは一体どうしたっていうんだっ!?」
この時、隣の続き部屋のほうからガタリ、という大きな音がして、ギベルネスは飛び上がりそうになるほど驚いた。こんな、小蠅に向かって熱心におしゃべりしているところなど、誰にも見られるわけにはいかない。
「す、すまない、コリン。そっちの続き部屋にレンスブルック……いや、友達がいるんだ。そちらの様子を見たら、どこか別の――もっと人気のないところで静かに話そう」
『ああ、そうだな』
ギベルネスが隣の部屋に続く扉をそっと開けると、ベッドから転げ落ちたレンスブルックが絨毯の真ん中でいびきをかいているところだった。足台がひっくり返っているところを見ると、これにぶつかった時の音だったのかもしれない。
レンスブルックの軽い体を持ち上げ、ギベルネスは彼のことを元の位置へ戻し、寝巻き姿の彼の肩までシーツを引き上げてから、そっとまた部屋のほうを出た。
「それじゃあちょっと、外のほうにでも出ましょうか」
『おう。ギベルネス、あんたがもし蠅と聞いたこともねえ言語でしゃべってるとなったら、蠅の王バアルゼブブを崇めてるとか、蠅の頭をした悪魔を崇拝してるに違いないだの言われて――ほら、この場合のわけのわからん言語というのが呪文みたいに思われて、魔女狩りみたいなことになっちまうかもわからんだろ?これ、マジで実際にある話なんだぜ。惑星の地元民に紛れこんで調査してた情報庁の調査隊員がさ、宇宙船と小型通信機で話してたら、当地の人間に怪しまれて牢獄行きとかな。ほら、上司や同僚との関係が上手くいってりゃいいけど、『あんな奴、もう放っておいて本星へ帰ろうぜ』なんてことが本当にあるんだよ。法律上は確かに、その場合はもう誰も裁けないからな。同じ宇宙船に乗ってた人間が、自分も同罪であることを認めた上、告発でもしない限りはさ』
「ドラマか映画みたいな話ですね……」
ギベルネスは廊下の様子を伺い、誰の姿もないのを確認すると、燭台を片手にそのまま階段のある方角へ向かった。正面玄関に続くほうの階段ではない。大広間のある側、そちらの廊下を曲がって角に位置する階段のほうである。そこから一階へ下り、テラスからの階段が外庭に繋がっている場所があるのだ。鍵のほうがかかっていたとしても、内側から開けることが出来るはずだった。
『映画かドラマっていや、ギベルネス、今あんたに起きてることだってそうじゃないか?』
ギベルネスが白亜の階段を下りている途中で、小蠅が言った。コリンは宇宙船のスクリーンに蠅のカメラが映した映像を見ていたが、一応念のため、音量のほうは絞っておいた。小さすぎて聴こえないということであれば、ギベルネスのほうで反応がないか、「もっと大きな声でしゃべってくれ」とでも言うことだろう。
「まあ、確かにそうですね。先ほどコリンが話してくれたこともそうですが、ある惑星に捨てられた情報庁の隊員などが、その後復讐のためにしつこく追いかけてくるとか、よくあるパターンすぎて、今じゃもう昼メロにも近いものがありますよ」
『まあ、確かにな』と言って、コリンは主通信室の椅子をくるりと一回転させて笑った。『昼下がりに不倫する主婦並みによくある話だもんな。まあ、一体いつの話だって気もするが、ドラマや映画の場合は大抵、そいつを未開の惑星なんかに置き去りにした理由ってのがさ、女絡みだったりするもんな。その部隊を率いる隊長の意中の女が主人公の男に気があるなんて理由で、そいつがいなくなりゃ自分を選んでくれるだろう……もうよくありすぎるパターンすぎて、普通だったらここで見るのはやめる。けど、昼メロと一緒でさ、似たり寄ったりのパターンだってのに、今回は最後のほうで一ひねりなんかあるんじゃねえかなんて思って、つい最後まで見ちまうんだ』
「わかりますよ……私も一緒でしたから」
(コリン・デイヴィスは、こんなに話しやすい男だったろうか?)
そう思い、ギベルネスは少し不思議だった。コリンはどちらかというと天然の電波系で、いつでも動物の生態の何かに話を持っていこうとするため、『空気が読めない奴』として、他の惑星学者たちからは嫌煙されていたものだ。
『俺さ……あんたとは出身惑星は違うけど、同じミドルクラスの惑星出身なんだ。だから、文化水準なんかも似たり寄ったりだろうから、もし腹を割って話したとしたら結構気も合うんじゃないかと思うよ』
一階の誰もいない部屋から、日除けのカーテンを脇へ払い、ギベルネスが窓からテラスへ出た時に、小蠅は後ろからついて来ながら、そう同僚の耳許に囁いた。この広い宇宙世界のうち、地球発祥型人類が既知宇宙と呼んでいるのは、全宇宙のほんの小さな一角にしか過ぎない。さらにその場所を、本星エフェメラは上位惑星・中位惑星・下位惑星といったように大まかに分けている。下位惑星は文化水準が中世か中世以下にある惑星であり、中位惑星のほうは、ギベルネスの出身惑星程度には文化水準が洗練されている場合が多い。このミドルクラスに分類される惑星群は、さらに大きくふたつに分けられる――すなわち、本星エフェメラなる場所があると知っている場合と、まったく知らない場合であり、後者については文化水準が下位惑星よりだと言って間違いないだろう。上位惑星は、本星エフェメラを中心として、既知宇宙における政治に影響を及ぼすことの出来るほど、その科学技術が成熟の域にある惑星群である。
「そうか……私たちはきっと、もっと早くからこんなふうに打ち解けて色々と話すべきだったのかもしれませんね。きっとあなたにも、私と同じく戦争じゃなかったにせよ、本星エフェメラへやって来ることになる何がしかの事情というのがあったんでしょうし……」
『うん。そんなところ……ヴヴヴヴ………』
テラスに出ると、その両脇にテラコッタの鉢植えの並ぶ石の階段を下り、ギベルネスはマリーン・シャンテュイエ城に五つある庭のひとつへ向かった。他の四つの庭に関しては、他にも「眠れないから散歩に」ということで、もしかしたら誰かと出会う可能性があったかもしれない。だが、これからギベルネスが向かおうとしている庭園はその心配がない場所だったのである。
『うっひゃ~!蠅の俺が言うのもなんだけど、なんとも不気味な場所だな、こりゃあ』
「ええ。ですが、頭のおかしくなった精神病患者が蠅男としゃべるにはうってつけの場所ですよ。ここなら、夜であれば……特にこんな夜更け過ぎであれば、見回りの守備隊員でさえ見回りにくるかどうかというくらいの場所ですから」
小蠅には暗視システムも装備されているので、太陽の下で見るほど明瞭でなかったにせよ、ある程度物の姿を識別することくらいは出来る。この庭園は、ロドリゴ・ロットバルトから遡って八代前の伯爵が、息子の病気の治癒を願って造りはじめた庭園であり、最初の設計図では神や天使の像などがあって、天上の世界を思わせるような壮麗な庭だったらしい。ところが、最初の門や次に続く噴水のある庭の建設途中で喀血病によりやはり息子が死亡してしまった。絶望した伯爵は、地獄や悪魔を思わせるようなグロテスクな庭園を造りだすことに、残りの生涯を費やしたと言われている。
「地獄の門をくぐったあとは、悪魔が昼寝をする噴水があって、奥のほうには蓮の浮かんだ池が左右対称に六つあります。昼間見ると美しいですが、泥で濁ったような匂いがしますし、やっぱりこんな夜半にやって来るのは不気味ですね」
『確かにな……が、まあここなら確かに、誰かに話を聞かれる心配はないか』
それでもふたりは、なるべく声をひそめて静かに話した。誰もいない庭は石に人声がよく響くような感じがしたし、そばに誰か隠れていたとすれば、そんな小声でもすべて聞こえてしまったことだろう。もっとも、内容については間違いなく誰にも理解できなかったにせよ、<東王朝>のスパイではないかとの嫌疑をかけられる可能性といったことは、おそらく大いにあったに違いない。
『この場合、一番大事な点っていうのが、誰もギベルネス、あんたを直接迎えに行けないってことなんだ』と、コリンは肝要な部分について、順に話そうとした。『つまり、現在宇宙船カエサルには五体満足で動ける人間というのが俺しかいない。だから、あんたにはやっぱり、どうにか頑張って自力で中継基地のひとつにでも向かってもらうしかないんだよ』
「いや……今から一番近い基地へ向かったとしても、普通に結構かかるでしょうし……」
ここで、ギベルネスの脳裏に<東王朝>にある基地のことが閃いた。あの占い師の老婆の言うとおりにする振りをして、<東王朝>側にある第七基地へと向かい、そのまま宇宙船カエサルのほうへ戻る……一度戻ることさえ出来れば、再びやって来ることは容易になるからだ。また、ハムレット王子がこれから行なおうとしている戦争に助力することも可能だった。無論、それは重大な規約違反であり、そのことをコリン・デイヴィスが当局へ訴えでたとしたら――ギベルネスは本星エフェメラへ戻ってのち、裁判を受けねばならないということにはなっただろうが。
(いや、そんなことはやはり出来ない……というより無理だ。何より、あの占い師の老女のような存在は、他に少なくとも数名以上はいると見たほうがいいのだろう。彼らに宇宙船カエサルとの通信を遮断されたら、私はそれまでだ。そうだ。何より、あの時起きたような転移装置のパワーダウンが再び起きて戻れなくするということだって、彼らには出来るのだとしたら?)
「コリン……実に話しづらいことなんだが、私が遭難してこの半年ほどの間に――こちらで私のことを助けてくれた人たちがいるんだ。それで、今その人たちには私の力が必要で……いや、話をすると長くなるんだが、この件についてはやはり省けない。聞いていて君が馬鹿らしいと感じる部分も多々あるだろうが、どういった事情があるのかについてだけ、聞いてもらえないだろうか?」
『ああ。もちろんだとも』
この時、コリンのほうでは多少ほっとしていた。問い詰められれば、何故今宇宙船カエサルに自分しか動けぬ者がいないのか、先に説明しなくてはならなかったろう。けれど、それは彼にとって極めて気の重いことだったからである。
>>続く。