日本経済新聞110429「日本励ましたアンコール
信頼が実を結び、震災後にドミンゴの公演実現 寺島忠男」(抜粋)
満席のNHKホールに喝采がうねりとなってこだまする。舞台に引き返したプラシド・ドミンゴが、祈りを込めてアンコールに唱歌「故郷(ふるさと)」を日本語で歌う。
観客は総立ちになり、一緒に歌いながら感動の涙。歌っているドミンゴや共演したソプラノ、ヴァージニア・トーラの目にも涙が光っていた。舞台と客席が一つになり、天に届けとばかりに別世界の空間が広がった。
「故郷」を歌い終え、舞台そでに戻ったドミンゴにタオルを渡す。私はもう一度、彼の背中を押した。最後のアンコール曲「グラナダ」。力強い歌声が再び観客を、被災地を、日本を励ました。
東日本大震災から約1カ月。来日が危ぶまれたドミンゴの公演は、4月10日のNHKホール、13日のサントリーホールともに成功裏に終わった。
私は今ここにいることの幸せに包まれながら、8日のメキシコ大使館主催の歓迎晩さん会を思い出した。メキシコ大使夫妻、スペイン大使ら20人ほどが集まり、ドミンゴの極東地域責任者である私たち夫婦も招かれた。
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熱い言葉に心震える
乾杯が終わってしばらくして、メキシコ大使がおずおずと聞いた。「震災後数多くのイベントが中止され、海外アーティストも来日をやめた。このような時にためらいは全くなかったのですか」
口にしていたグラスを置き、ドミンゴは静かに答えた。「今日ここに着くまで、私は来日に一度たりとも疑問を持たなかった。もし来ない方がいい状況なら、24年間一緒に仕事をしてきたヨシコ(私の妻の名前)とテリー(私の愛称)が最初に言ってくれる。彼らが言わないのなら、絶対に安全だと確信を持っていた」
昼夜ニュースを注視
これほど熱く、心打たれる言葉に、一生に一度でも出合うことができるだろうか。私はドミンゴの温かさと人間的な大きさに心が震え、こみ上げる涙を抑えることができなかった。
●唱歌「故郷(ふるさと)」を歌ったこと
●ためらいなき、来日したこと