よく整った作風からして年配の陶芸家だろう、と記者は思い込んでいた。だが、岸田怜さんは33歳。長野市在住で既に4年前に県工芸展で最高の県工芸会長賞に選ばれ、全国規模の公募展でも入選を重ねてきた。須坂市の古民家再生文化施設「旧小田切家住宅」で9月3日まで、鉢や水指など20点の個展が開かれている(木曜日は休み)。
東京芸術大名誉教授の工芸史家・竹内順一さんの監修で同施設が今春から連続開催している「長野県ゆかりの工芸作家」展に選ばれての出品。「だから仕事場には作品が少ないんですが、いいですか」と電話で取材を申し込んだ時に言われたが、訪ねたら見事な大鉢を出してきてくれた。ここに掲載した「盛夏競演」だ(このたびの個展には出品されていない)。
岸田さんの作品は青白磁。表面に浮き彫りを施したり、動植物を描いたりして焼く。涼しげな青色を生み出すのはコバルトを含む呉須(ごす)という顔料だ。「盛夏競演」は絵柄がアサガオであるだけでなく、この大鉢自体もアサガオの花を模した形状という、心憎い表現になっている。
「いろいろな器の定型が何に見えるかを考え、浮き彫りや染め付けをします。例えば片口(酒器の一種)なら、とがっている注ぎ口が鳥のくちばしみたいに見える。だから翼を彫ったり、注ぎ口のそばに目を描いたりしてみようと考えるわけです」。その片口に浮き彫りを施している姿を撮影させてもらった。
焼き物を始めたのは中学生の頃。当時は料理人になりたいという夢を抱いていたが、父から「料理を盛り付ける器のことも勉強するとよいのでは」と勧められ、陶芸教室に通った。長野商業高校(長野市)を経て愛知県にある窯業の学校へ進み、さらに岐阜県の陶芸家・島田芳博さんに師事。磁器制作の基礎的な技法をみっちりと身に付けた。
陶芸に限らず、若手の作家は表現上の実験や冒険に走りがちだ。見る者を驚かすような技法や材料、形や色へ一足飛びに挑んでみようと―。だが岸田さんは「技法や材料、色に関しては大きく変えようと思いません。今のところは造形的、絵画的な追求に興味がありますから」。
例えば、浮き彫りと呉須を組み合わせての制作で初めて選んだモチーフであるアサガオ。それ一つ取っても「もうこれ以上は面白い表情を生み出すことはできない、と感じられるまで幾つも作った」と語る。そして、ようやく最近「動的なモチーフに進もうと、植物だけではなく金魚や鳥を彫ったり描いたりするようになりました」。
「私は特別に絵が上手なわけではない。花や金魚を写生したり図鑑で調べたりして、焼き物にふさわしい姿形に装飾化・様式化できるまでに最短でも2年は必要です」。一歩一歩、着実な進化と深化を目指しているのだ。
「表現上『暴れてみせる』ことと『何でもあり』ということは違う。冒険的な作品も最低限の水準があってこそ。ただ、その水準の維持だけでも常に現在以上の努力を要するのが陶芸です。今の私でさえ20代よりも集中力が落ちそうだと感じるほどですから、これからも一心に磁器を制作していくだけです」
「老練」と呼ぶには早いが、そう感じられるほど手堅い作品そのままの制作姿勢を聞く思いがした。
(植草学)
[きしだ・りょう]
日本工芸会準会員。1984年に松本市で生まれ、長野市で育つ。愛知県立瀬戸窯業高校で学ぶ。2009年、同工芸会東日本支部の展覧会(東日本伝統工芸展)で初入選。13年、日本陶芸美術協会の展覧会(陶美展)で初入選。同年、長野県工芸展で県工芸会長賞。14年、日本工芸会の展覧会(日本伝統工芸展)で初入選。15年、菊池ビエンナーレ展(菊池美術財団など主催)で入選。長野市在住。写真は自宅の仕事場で。