2015年5月26日(火)日本径税新聞春秋
紀元前5世紀に造られたギリシャのパルテノン神殿は、建造費についての記録が残っている。山から石材を切り出して運搬した人たちの賃金、彫刻家たちに支払った報酬……。当時の都市国家アテナイが、公のお金の使い道をきちんと管理していた様子がわかるという。
▼情報公開も進んでいた。「バランスシートで読みとく世界経済史」(ジェーン・G・ホワイト著)によれば、役人たちによる取引はすべて記録され、石に刻んで公示された。国が何にどれだけ支出したか、市民は知ることができた。市民の意思にしたがう民主政治は、その始まりから、情報の提供が欠かせなかったわけだ。
▼投資の判断材料を伝える株式会社の情報開示も、広く人々の意思決定を助ける点はアテナイ民主政を支えた情報公開と変わらない。いま株主になっている人だけでなく、これから株主になるかもしれない人にも会社の財務状況や戦略などを知らせる。株式会社が社会に根づくために不可欠なのが、迅速で十分な情報発信だ。
▼T社が不適切な会計処理問題で揺れている。問われているのは管理体制のずさんさだけではあるまい。「株式会社が公的な存在なことの自覚」は十分あったのだろうか。費用や損益をどの時期に計上するかは、「社会に対し誠実」であろうとすれば、おのずと正しいところに落ち着こう。情報開示の姿勢が退化していないか心配だ。