ジリジリと焼け付く太陽に原爆投下時の熱さを重ねる8月です。県内の各自治体では今「平和展」が開催されていますが、糸魚川市では中学生の広島派遣事業は別として、昨年の戦後70年目の節目ともこの類の催しは何も見当たらないようです。近隣の上越市・妙高市では毎年行われていることで、市民から糸魚川市はどうしたのかとの声が聞こえてきます。
「平和都市宣言」といえば、2007年(H19年)6月28日、議会定例会最終日に米田市長から突然のトップダウン「宣言」であったことを思い出します。ただ、毎年夏に民間レベルでの「平和パネル展」や「はだしのゲン」などの上映会、原爆投下の6日と9日に合わせた市内の真宗大谷派のお寺での平和の鐘付きが行われていることで救われます。
夕方まだ暑さが残る中、能生生涯学習センターへと急ぎました。沖縄県読谷村在住で僧侶の<label for="%D1%C1">兪(ゆ)よんじゃさんが毎年夏、能生小泊の安専寺へ来ていることで、6時半から『沖縄からの声を聞く会』計画されました。<label for="%D1%C1"><label for="%D1%C1">よんじゃさんは先ず、沖縄の</label></label>問題は人類の課題であると、1972年に日本に返還されてからの今日に至るまでを話されました。</label>
<label for="%D1%C1">アベ政権が強行しようとしている辺野古への米軍基地移設のことや参院選でのことなど、特に高江地区のヘリパット建設問題では、本土のマスコミが報じない現地の惨い実情が伝わり、沖縄を身近に感じるひと時です。</label>
<label for="%D1%C1"><label for="%D1%C1">兪(ゆ)よんじゃさんのお話しは1時間余りで、最後に「どんな活動でも体力の限界まで闘ったらダメ・・・、明日への力を残しておくこと」、「無知は罪ではない、知っていて動かないことが罪・・・」と、心に残る言葉でした。また</label></label><label for="%D1%C1">上越市からも知り合いの多くが参加し、今年沖縄へ行ってきたというKさんとNさんのフロアー発言もありました。</label>
<label for="%D1%C1">一夜明けて月曜日も暑いスタートで、いつものパターンで孫たちが日曜日に「お化けの館 inまちなか」<label for="%D1%C1">へ行って来たことに耳を傾けたり、下の</label>孫を水泳教室へ送ったりとあっという間に昼食時です。午後から上の孫の友だちが遊びに来て、あまりの猛暑で家の中で3人のカルタ取りの読み手をしたりと少々バテ気味です。</label>
<label for="%D1%C1">少し</label><label for="%D1%C1">落ち着いて夕方、天皇の“お気持ち”中継に耳を傾け、「全身全霊をもって務めを果たしていくことが難しくなる・・・」との生前退位の意向が伝わります。“象徴天皇”としてご高齢の激務もお元気であってこそですから、体力の限界までを求める現状はいかがなものかと考えるひと時です。</label>
<label for="%D1%C1">上</label>の写真は、須沢臨海公園の多目的広場から隣接するドームなぎさへと通じる道が、ほんの少し土手を切り取って出来上がりました。これまでは動線が不便で人は土手を上がったり、ぐるっとまわって通っていましたのでストレートになりました。天皇の生前退位も、伝統に固執せず政府をはじめとする関係者の速やかな対応を一国民として切に願う終日です。(暑さのためかパソコンが不調です。)