82歳からの旅

私の記録

 ~ 北九州マラソン ~ を応援して

2015年02月09日 17時47分18秒 | 日記

 
   2月11日 月曜日     

 2月10日日曜日時々こでした。この冬一番の寒さでした。北九州マラソンに娘婿が走るのに、娘は出張でいないのです。其処で私が中3と小2の孫を連れて応援に行くことにした。
 
 マラソンコースは、門司港が、折り返し点になっています。其れで門司駅北側を、行きと帰り2回走るのを応援出来ます。門司駅で応援する様に、決めていました。、

 当日10日の朝電話すると、孫は二人でスタート地点で、父親の応援すると言う。さすがは父親の走る姿を、現地で応援するのです.一万人の参加者が、走るのです。
 
 私は門司で10時15分から12時半まで門司駅前で応援する。と告げて9時半過ぎに、応援に行きました。その後携帯でスタート地点で応援をしたら、門司駅に帰って来る様に連絡した。 
 その後携帯で連絡するも、連絡は上手く取れません。其れでまあ一人で、応援も良いと、一人で走ってくる選手を待っていました。

 その日はとても寒くて、その上海峡からの風はとても厳しかったのです。其の為に目から涙が出て、涙を拭き拭きの応援で大変でした。
 
 応援も初めのうちは、大きな声で頑張れとか…フワイト・フワイト等声援を送っていました。
そのうちに寒さと風で、声援も途切れ途切れになって.反対に走る選手の方は元気でした。走る選手から、元気を一杯貰いました。

 帰ってから孫に電話すると、孫達はスタート地点で応援し.門司駅でも応援して父親の走る姿を見付けたそうです.良かった良かった.親の頑張っている姿を見たのだから・・・

 とうとう娘婿の走る姿は、見付けられずに諦めて帰りました。3時間ばかり応援して、寒さに
震えて…帰ってからは長時間の応援の為に、腰が痛くて夜は大変でした。


 

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 ~ 蕎麦収穫祭? ・故郷等覚寺応援団の催しに ~

2014年12月13日 07時08分08秒 | 日記


     12月13日土曜日    

 応援団の団長の秋山君の招きで、参加しました。
懐かしい故郷の後輩が、故郷の村の過疎化を何とか
しなければと頑張っている。其れに少しでもと
思って、参加したのです。

 11時迄に、福岡県京都郡苅田町等覚寺の空の家
(空の家・一番上の方の家と言う意味)に集合。
 受付けを済ませて後、、主催者の挨拶など有リま
した。
 
 その後応援団の人達が、棚田に作った蕎麦で蕎麦
うどんと、棚田で収穫した米のおにぎり・棚田で
採れた野菜の漬けものをおかずにして頂くのです。

 その他にご当地で採れた、野菜のおでんなども
有りました。併せて1000円が、参加者の負担でし
た。
 和やかな雰囲気の中で、おにぎりと蕎麦うどん
におでんのおかずやぜんざいなど、お腹いっぱ
い頂きました。

 初冬の寒い日でしたが、おでんを竈で炊く火
の熱で寒さは感じませんでした。
 
 又つかの間の晴れ間に、遠く微かに見える豊
後富士(別府鶴見岳)も、参加者で眺めました。
何か遠い処にきて、眺めている様な気分になり
ました。

 小学生が遠足に行った様な、気分でした。
等覚寺応援団の皆さんの、陰の支援とスタ
ッフの皆さんに感謝して家路につきました。

 日本社会の地方創成は、此の様な活動が日本
の各地で成され・其れらを継続していく中で
当地出身の若者が故郷の良さに気づき、故郷
に帰ってくるようになり.此の運動の中心に
なって活動をして始めて地方創成と言える
のです。
 
 此の様にして故郷の創成は、生きて来るので
す。
 以下省略致します.故郷応援団の皆さん
頑張れ・・・有り難う・・・
 
           

 
    

  

 




                               

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 ~  永代経法会に参加して ~

2014年06月30日 10時17分46秒 | 日記

       6月29日土曜日
 お寺の催しの「永代経法会」に行きました。

講師は小倉北区の徳連寺住職の伊藤 元師でした。
会場は行橋市の真念寺でした。車で1時間少々の処
ですので,思い切って参加しました。
 車があるのでいけるのです、バスや電車では腰椎
が悪くてとてもいけそうにありません。
 
 私の干からびた心に栄養を補給しようと言うので
す。使い古したゼンマイ時計に,潤滑油を一~二滴注
ぐのです。

 演題は「自分がこの世に生まれて来た訳は?・と
生きて行かねばならないわけ?」こんな難しい問題
でした。
 難しい問題でとても解りそうもありません。でも
今から帰る訳にもいきませんので,1日辛抱して聞
くことにしました。
 其れを説明する事は,私には出来そうにありませ
ん。
 果たして説明出来るか?疑問です。私が解って無
いのですから。では次回に
   





    
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 ~ 整骨院での治療について ~

2014年02月19日 08時40分56秒 | 日記

       2月21日金曜日   

 体の調子が悪くて整骨院に、治療に行っている。腰椎の悪いのは
 ずーと以前からで整形外科で、レントゲンで見て貰っている。が
 医者の見立ては加齢によるもので,見放なされた形であった。

 其れが軽い内は良かったのですが,調子が悪くなってきて中々歩
くのがきつくなって来た。其れで整骨院に、治療に行っているのです。
   
整骨院の先生が問診や治療器具等によって,体の異常や悪い原因
を見付けて、其れにあった治療をするのです。そうして先生の指示
を理解した患者(自分)で治そうと努力する行為をして行くのです。

私は先生の説明を聞いて,体の各部に異状の有ることを知
 した。

(三つ目の整骨院で此の事を )自然の姿の写真を何枚か 撮って,

其れを正常な形の上に重ねて詳しく説明してくれました。
そうして私が、治療にどの様に取り組めば良いか、示してくれま
した。
 その1例を 
  ・ 関節の働き・動き等・・使わない為に、関節の働きの機能
    が十分でなくなる。又は衰えてしまう・・・
    機能しなくなった部分を,他の部分で補う.其の為に
    姿勢が崩れたり,筋肉に別な負担をかける?・・・・
       ・ こんな事らしい ・ 
 腰痛の治療をと思って、整骨院に治療をして貰っている。整骨院の
 先生は「あなたの体の悪い処を治す為に」私も手伝って」治し
 しょうと言う。
 体の奥の方の筋肉の凝った部分をほぐす為に,特別な電気器具で
 治療わし、先生の体のほぐしで約1時間頑張っています。

  足が幾らか強くなり,歩くのが幾らか楽に成って来たようです。

         


   

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 ~ 油揚げ・のブログを見て~

2014年02月18日 10時19分13秒 | 日記

       2月18日火曜日

先日のブログで、油揚の事を書きました。其れに幾つものコメントを
下さっている事に気づきました。其れを読みながら「母の事を思い出し
ました」其れともう一つ隣組での「お葬式の事もおもいだしました。」
では初めにお葬式の事を ~ 思い出す儘に ~

その 1
葬式が終わった後に,隣組で「御齋」をします。其の時の食べ物に,
豆腐や‥豆腐を上げて作ったあぶらげなどで作った「精進料理」で皆を
おもてなし」するのです。
その豆腐作りを良く母が作っていました.人数が多いので大変でした。

その 2
父が亡くなった時に私の職場の皆さんが沢山、参列して下さいました
何日かたったある日に,「田君の家で食べた豆腐の美味しかった事」
と参列した皆さんから聞いた時はとても嬉しかったです。

車で1時間もかかる田舎まで,来て下さった事も嬉しかったが,其れ
にもまして嬉しかったのです。
   
その 3
 其の時に食べるご飯を、炊くなも大変でした。五右衛門風呂の様な
 大釜で炊くのです。釜が大きいので必ず,お焦げが出来ます。かなり
 に多くの,お焦げが出来るのです。
 其れを物欲しそうにそばで見ている私達子供にくれるのでした。仕事
 の邪魔になる事も,平気な子供でした。

 懐かしいイメージが浮かんでキマス。アリガトウ・・・コメントを
 下さったみなさん方へ   
    
 何か昔のようすを纏める,「生活史」を掘り起こしている様です。

      









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