丹 善人の世界

きわめて個人的な思い出話や、家族知人には見せられない内容を書いていこうと思っています。

小説「二枚目」後書き

2011年04月27日 | 詩・小説
   後書き

 40年前に書いた物語で、おまけに毛色の変わった小説だったから、ほとんど内容を覚えていなかった。終盤の海辺での物語だけを覚えていた。だから、最初のページから、主人公ってこんな名前だったんだ、とか、誰、この人物?という驚きばかり。
 そういうことで、エディターで書き改めていく作業の毎日が新発見ばかり。こんな物語だったんだとか、この後いったいどうなるんだろう、とか。ホントに自分が書いたのだろうか、まあ見方によっては面白かったとも言えよう。

 当時の後書きを読めば、なんと構想から4年後に完成した作品だとか。ということは中学の時に考えていたらしい。前作の「白夜の人」とほぼ並行して構想を練っていたそうだ。4年のうちに主人公設定も変わったとか。それに恋愛小説に少々飽きてきたらしくて、きわどい場面は極力無くすようにしたらしい。そんなこと知らないから、ラストはけっこうきわどくなってしまった。最終章の直前まではほぼオリジナル通り、若干てにをはとか細かい描写・表現・会話の変更はあっても、基本的に元を変えずに書き進んできたのだが、最終章だけ終わり方をどうしようと考えていたら、オリジナルとかなり変わってしまう構想になってしまった。
 結末とか流れ自体はオリジナルを変更していないけれど、場面設定やら会話やら、大きく変わってしまって、それまではオリジナルを横に置きながら「書き改める」作業をしていたのだが、最後の部分だけはほとんどノートを見ずに書き進めた。だからそこだけやたら長くなってしまった。個人的にはこの終わり方の方が良いと思ってはいるが。

 人物は極端に少なく4人だけ。オリジナルの後書きでも、これまでの傾向と違ってあえて減らしたというように書かれていた。人物が勝手に動き出したのは毎度のこと。オリジナルでも「マリ子」が当初の予定以上に出演しだしたとか。また京子なる人物も、当初の予定にない計算外の行動に出てしまって、内容が大きく変更したようだ。これには作中の「マリ子」も困っているという表現があるが、作者自身困ってしまったようだった。まあ登場人物が勝手な動きをし始めるのは良い傾向だとは思っている。物語が生き生きとしだしている証拠だとも言えるから。だから最終章が今回大きく変わったのも、過去の作品をただ書き直しただけでなく、40年の時を越えて蘇った証拠とも言えよう。

 しかし、正直言って、こんな傾向の小説は今ならとても書けないと思う。本来復活させるリストに入っていなかったのだが、書き直して正解だったかも。

小説「二枚目」§18

2011年04月26日 | 詩・小説
   §18

 考えてみればマリ子も浩二も俺に協力できないわけだ。二人とも口では上手いこと言いながら、3人グルになってたに違いない。やたら偶然が多かったのも裏であいつらが示し合わせてたのだと思えば何でもないことだったのだ。おかしいと思わなかった俺がどうかしていたのだ。
 何もかも嫌になった。その日から俺は何をする気にもなれなくなってほとんど自室で寝るだけの生活に陥ってしまった。夏休みも残すところあと数日だというのに。自分でもあきれるくらいショックは大きかったようで、食欲もほとんど無くなってしまったくらいなのだから。
 何度か浩二から電話もかかってきたが、ほとんど聞き流していた。奴とは口も聞きたくないと言ったところだろうか。せめて二学期が始まるまではそおっとしておいて欲しかった。

 マリ子が電話を掛けてきたときも本当は何も話す気にはなれなかったのだが、おそらく浩二から頼まれたのだろう、随分俺のことを心配していて、俺の家に押しかけるか、自分の家に来るかどちらかにするように迫られた。俺の部屋は散らかりっぱなしで、マリ子にあれこれいじられたくもなかったから、仕方ないからマリ子の家に行くことにした。外に出るのも何日ぶるだろうか。体がめちゃくちゃ細くなり、体重も極端に減ったような気がして、気をつけないと真夏のアスファルトの路上で倒れそうだった。

 よくマリ子の家にたどりつけたことかと思われるだろうが、実際には家を出てすぐにマリ子に迎えに来られていた。そんなに家が近いわけではないが、俺が家を出るのにかなりの時間を費やしただけの話だ。
 久しぶりに見るマリ子はなぜか俺をほっとさせた。こいつには何も隠しようがない。秘書として俺のことをすべてしられているという、ある意味安心感があった。俺の行動パターン、すべて読み取られているような。だから、今俺がどうしたいのか、どうされたいのかも、何も言わなくても理解してくれている。
 マリ子の家にはマリ子以外誰もいなかった。ちょうど昼食時間になっていたので、食堂に俺を座らせて、鮮やかな手つきでスパゲッティーを作ってくれた。
「胃薬も置いとく?」
「いらねえ。お前の腕、信用してるから」
 悔しいが、俺の味の好みまで熟知されている。食欲が無くてあまり食べていない俺のお腹の具合まで測られた適量だった。
「お前、良いお嫁さんになるぞ。俺が保証してやる」
「素直にありがとう、言っておくわね」
 食後にアイスコーヒーも入れてくれた。洗い物を済ませると、俺の隣に座って一緒にアイスコーヒーを飲み出した。

「あいつら二人のこと、知ってたんだろ」
 こくりとマリ子はうなずいた。
「まあ、俺には言えないよな。あいつらもよく隠し通せた物だな。誰も気がつかなかったのかな?」
「京子の家に呼ばれるほどの友だちだったら誰でも知ってたと思う。でも、家によく来ていた中学の時の友だちはみんな別の高校に行っちゃって、最近はあまり来ないって言ってた。同じ中学から来た子も何人かはいるけれど、京子や浩二君とはそんなに親しくもないから」
「友だちいたのに、別の学校に行ったんだ」
「本当なら京子のレベルだったら、その友達が行った高校に行く筈なんだけど、わざわざ浩二君と同じ学校にしたんだって」
「何だよ、それ。追いかけてきたっての?でも、学校じゃあそんなに親しそうには見えなかったけれどな」
「京子ってけっこう変な子なのよ。家も近くで、学校でも近くだったら二人で話す内容が決まってしまって面白くないって。別々の経験があるから、それを話し合って、知らない話を聞くのが面白いんだって」
「じゃあ、別の学校にすればもっといいんじゃないか」
「普通はそう思うわね。まったく違う環境にするか、べったりになるか。でもね、違う環境だったらそれはそれで話がかみ合わないでしょ。先生や行事や友だちのことや、何となく知ってはいるけどよくは知らないから、そういう話で盛り上がれるのよ。だから、あたしがあんたのこと知ったのもそういうところからね。浩二君の話を聞いて、会ってみたいなって思ったのが始まり」
「どういうことだよ。街で俺と浩二が声を掛けたのが最初じゃないのかよ」
 俺がそう言うと、マリ子はしまったという顔をした。いくら鈍感な俺でもその顔を見れば理解できた。
「そうか、あの出会いもお芝居なのか。道理でいくら浩二でも、あんな変なナンパするわけもないか」
「ごめんなさい。あたしが頼んだの。印象深くあんたと出会える方法ってないかなって頼んだの。ごめんなさい」
「もういいよ。お前と知り合えたこと、後悔はしてないから。おかげで優秀な秘書と出会えたんだから。まあ、もう少し自然な出会い方でも良かったとは思うけれど」
「だから、京子のことはだめだって言ったの」
「浩二の話では困っているって言うような印象だったけれど」
「浩二君の話、信用したらだめよ。あの二人、一緒に泊まりがけの旅行もしてるんだから」
 俺は思いっきりコーヒーを吹いてしまって、あわててティッシュでテーブルを拭いた。
「何だよ、どういう意味だよ、まさかあいつら、もう……」
「ごめん、言い忘れてた。家族も一緒だった。両方の家で泊まりがけの旅行とかもよく出かけているらしいの。写真があったわ。全員の集合写真が」
「それを早く言え。二人だけかと思ったじゃないか」
「二人だけなら映画とか遊園地とか喫茶店とか買い物とか、あまり学校の友達に会わないような所にはちょくちょく行くらしいわよ」
「それくらいなら許す。しかし、浩二のどこがいいんだろ」
 すっかりマリ子のペースに乗せられていた。やっぱり俺を生かせるのはマリ子の腕次第なんだろう。
「反対に聞くけど、あんたはどうして浩二君と仲が良いの?」
「そりゃ、ああ見えてもけっこうしっかりした奴だし、話も面白いし、付き合ってて損はしないからだろうな」
「京子もおんなじ。一緒にいると楽しいって。それに京子がね、あんたみたいに明るくてさっぱりしていて、活発な男の人っていいわ、なんて言ったら、浩二君、それの上を行く明るさでいくことにしたらしいの。三枚目って言われてるけど、あれ、京子の希望なの」
 なんだよ一体。浩二の話とは全然違うじゃないか。俺に言ったのは照れ隠しなのかよ。
「ねえ、まだ京子のこと好き?」
 マリ子が俺の方を見て言った。俺もマリ子を一瞬見て、また前を向いた。
「ああ、好きだった。現在形と過去形の中間。まだ好きなことは好きだけど、でも、俺の割り込む余地などなさそうだ。畜生!誰か浩二よりずっとずっといい男現れて、京子さんがそちらを向かないかな。このまま浩二に独り占めされるのは何となく嫌だな」
「女々しいのね」
「何とでも言え。でも、俺はもうあきらめた。あの人はアイドルだったんだ。遠くから眺めてればよい、そんな人だったんだ。そう思うことにした」
 マリ子はただ頷くだけだった。
「でもな、勘違いするなよ。あの人をあきらめたからと言って、明日から別の人に乗り換えるなんてことじゃないから。お前にはっきり言っておく」
「判ってるわよ、それくらい」
「ひょっとしたら今までまったく知らなかった人と急に出会って、突然恋に落ちるかもしれない。しかし、少なくとも今俺が知っている女の子と明日から付き合い出すということはない。もしあるとしたら……。そうだな、5・6年して、俺たちが社会人になって、見違えるような大人になって再会したら付き合い出すことはあるかもしれないけど、今の今は考えられないから」
「5・6年か。長いな」
 マリ子が溜息をつく音がしたので俺は付け加えた。
「お前の気持ちは聞いた。でも今は無しだ。お前だって、これから先、俺よりずっといい男と出会うかもしれないだろ」
「そんなことあるかな」
「ああ、大丈夫だ。お前が俺のことよく知っているように、俺もお前のことよく知ってる。お前のこと放っておかない奴だってきっと現れるに決まってる。それに……」
「何?」
 俺は体ごとマリ子に向き直って言った。
「それに、お前と別れるとかいうんじゃないし。秘書はもう辞めたんだろうけど、俺たちは仲の良い友だちだ。浩二と同じ俺の親友だから。何て言うか、俺のこと一番上手に引き立ててくれるのがお前なんだから。お前がいないと、俺の調子が狂っちまうと言うか、空回りばかりしそう。だからもし、俺が好きな子を見つけたときには真っ先にお前に相談する。反対にお前に好きな男ができたら、いつでも相談に乗ってやる」
 マリ子はニコッと微笑んだ。

「でもさ、あたし、もう傷物だし」
「傷物?」
「そう。ファーストキッスは勝手に奪われるし、胸とかも触りまくられたし」
 俺は再びコーヒーを吹きだした。
「人聞き悪いこと言うなよ。そりゃ確かに人口呼吸したけど、胸には絶対触ってなんかいない」
「だってわからないじゃない。悔しいけど、あたし、何にも覚えていないのよ」
 確かに自分の知らない間に女の子にとって大変な経験をしてしまっているのだった。
「あたしね、お嫁に行くまでは清い体でいようって決めてるの。まあキスくらいはしたいけど、それ以上はありえない。なのに自分の基準でも認めているキスさえ覚えてないなんてね」
「それは俺も同じだぞ。君とキスをしたなんてまったく思ってないから。本当に夢中で、学校で習った人口呼吸をやっただけで、感触とかも覚えてない」
「まったく?」
「まったく」
「ほんとに?」
「ああ、ほんとに」
「ちょっとは何か思わなかった?人形にしか思えなかったの?」
「そういう聞かれ方するんなら、答えられない。お前は人形じゃないから」
「ちょっとは意識したんでしょ」
「……。答えない!」
 マリ子は椅子ごと俺に向き直った。そして俺の椅子もまっすぐに自分に向けた。
「あんた一人だけ覚えてるのなんて許せない。だから、もう一度きちんとキスして。お願い」
「何言ってるんだよ」
「あんたは一度キスしてるんだから平気でしょ。さっきも言ったけど、あたしもファーストキッスを覚えておきたいの。それとついでに、胸も触ったんだから、それも許してあげる。でもそれ以上は絶対に駄目だから」
「おいおい、もう一度言うけど、胸には絶対触ってないから」
「じゃあ、命を助けてくれたお礼と言うことにしておいてもいいから。許す」
 そういうとマリ子は両手を後ろに組んで目をつぶって顔を俺の前に突きだした。俺はしばらく迷っていた。右手が前に伸びそうになって彼女の胸の手前で止まった。いいと言ってるんだから。でもためらわれた。唇がやけに大写しで見えた。俺はつばをごくんと飲み込んだ。
 でも、結局、ためらった後、マリ子のおでこに軽くキスをして椅子を元に戻した。マリ子は拍子抜けしたように目を開けた。
「してくれないんだ……」
「そういうことじゃないよ。君が覚えてないんだったら、それはやっぱり無かったことなんだ。君はまだファーストキッスはしていない。それだけのことだよ」
「でも……」
「ファーストキッスは、君のことを本当に大事に思ってくれる人に取っておいた方がいい。その方が良い思い出になるだろ」
「そんな人が現れればいいけどね」
「大丈夫だよ。きっと君をお嫁に欲しいって男が現れるさ。もし……」
「もし……、何?」
「まあいくら待っても現れなかったら、その時は仕方ない。俺がお嫁に貰ってやっても良いからな。二人で縁側に座って。濃いめのお茶を飲んで。昔話をして。若いときは柔らかいおっぱいしてたのにな、とか話しながら……」
「やっぱり触ってたんだ!」
「冗談、冗談。軽いノリだから」
 マリ子もそれが冗談だとわかってくれたようだった。
「冗談でごまかそうとするんだから。お返しにあたしも怖ろしい話して上げるわね」
「何だよ、今でも十分怖ろしかったけどな」
「実はね、今日、あんたを家に連れてくるってお母さんに言ったら、じゃあ夕方まで出て行くわねって。二人で好きなようにすればって言われたの。だからこの家には夕方まで二人っきり」
「何だよ、年頃の娘を置いて、家に帰らないって。それでもまともな親かよ」
「そうなの、狼を家に連れ込んで、子羊を好きに食べてもらっても構わないって。お母さん、あんたのこと気に入っててね。既成事実作っても構わないらしい」
「嫌だよ、俺は」
 マリ子は笑いながら先を続けた。
「たぶん帰ってきたらあたしに聞くと思うんだ。どうだったって。だからこう答えるの。彼、とっても優しくしてくれたって」
「だめ!そんな言い方、誤解されたらどうするんだ!」
「あんたがあたしに優しかったの本当でしょ」
「だめだめ、絶対に誤解するって」

 後日談だが、マリ子は本当にそういう言い方で母親に言ったらしい。振り返ればそれ以降、マリ子の母親が俺を見る目つきが少し変わったような気もしたりもする。気のせいだと思うが。
 しかし、俺は軽いノリで言ったつもりだったのだが、6年後本当に言った言葉が実現することになるとは、その時には思いもしなかった。本当に俺の所に嫁に来るなんて。
 京子さんのことは吹っ切れた。俺たち4人はそれから仲の良い4人組として有名になった。俺も京子さんとは気軽に話ができるようになっていた。もっとも浩二は今でもマリ子を苦手としているようではあったが、その関係は今でも続いている。
 京子さんと浩二の関係がどうなったのか、ここで話すつもりはまったくない。まあ、あいつらにもいろいろあったといういことだけは言っておこう。
 俺は今でもマリ子に操られている。昔は秘書だったけれど、今では個人マネージャーとでも言おうか。俺の一番良いところを引き出してくれるのが彼女だから、それに従うのが一番良い事だと思ってる。もっともマリ子の計算外の行動もとりたくなることもあるけれど、実はそれ自体、もっと大きな計算の中なのかもしれないが。

                完

小説「二枚目」§17

2011年04月25日 | 詩・小説
   §17

 着いた先は浩二の家であった。ここに来るのは高校で奴と親しくなって初めてのことである。どういうわけか、奴が俺の家に来ることはあっても、俺が奴の家に行くことは一度もなかった。いつもうまくはぐらかされてそのままになっていた。
「お前にもまともな家があるなんて知らなかったな。結構良い家じゃないか。てっきり誰にも知られたくないほどひどい家かと思ってたぜ。どうして今まで隠してたんだ。いや、ひょっとしたら親はすごい有名人かなんかで、他人に知られるとまずい秘密とかあるのかな」
「有名人とかじゃないけど、そこはそれ、まあいろいろ訳もあってな。そこんところ、後で話そうとは思うけど」
「それよりさっきの話の続きなんだが。お前、けっこう詳しそうだから聞くんだけど。マリ子の奴、どうして俺の秘書役なんか買って出たんだ。俺に近づきたかったんだったら、もっと手っ取り早い方法もあったのに。何か知ってるのか?」
「そこは彼女の女心かも。いきなりお前に近づいてもうまく行くわけはないって考えたんだろ。目立たなくさりげなくお前の近くにいる方法を考えたんだ。そんなわけで、お前をもてさせればいいって思ったんだ。最初から彼女がしくんだ考えだったんだ」
「俺をもてさせたって?それ、どういう意味だよ」
「わかんないかな。いくらお前が二枚目だからって、そんなにすべての女の子が自分夢中になるなんてこと、本当にあるって思ってたのかよ。それもこれも、みんな青木君が仕組んだことなんだ。お前はすっかり彼女に乗せられたってことさ」
「馬鹿なこと言うなよ」
「ほんとに鈍いんだから。よく考えてみろよ。お前がモテモテになったのは一体いつからだったと思う。確かに昔からもてたって話は聞いたことあるけれど、そんなに大変なことはなかっただろ。本格的に大変な状況になったのは青木君と知り合ってからじゃなかったのかな」
「それはたまたま時期が重なった偶然だろ」
「じゃあ聞くけど、反対にどうしてあんなにいた大勢の取り巻きが、みんな急にお前から手を引いたんだ。おかしいとは思わなかったのか」
 考えてみればそうだった。好きなアイドルがいたとして、何か事件でもない限り突然見向きもしなくなるなんてあり得ない話だ。
 黙り込んで考え込んでしまった俺の様子を見て奴はうなづいた。
「そういうことなんだ。彼女は、お前のことで毎日時間を潰すことが楽しかったんだ。それだけで幸せだったのに、いきなりお前が憧れの人と話ができたってことで変化してしまって、もうすっかり慌ててしまったんだ。彼女の計画の中では、お前があの人と会うことなんかなかったはずなのに。今なら気づくよな。実は彼女が遠ざけていたんだよ。親友の行動ならすべて把握しているから、お前と出会わないようにすることくらいわけもないことだったんだ。自分の管理の中では絶対にお前とあの人と出会う事なんてなかったんだから。なのにお前は会ってしまった。それは彼女の計算の中に入っていなかったことだった。
 もっとも、そのおかげで逆にお前との時間も増えて、それはそれでよかったのかも知れないが。しかしそれ以上に不安も大きくなり、精神不安定になってあの海の日を迎えたんだ。あの日考え事をしながら泳いでいて、気がつけばいつの間にかかなり沖に出てしまっていたそうだ。まあ結果的には怪我の功名でうまく解決したけれど、文字通り命がけ。で、ああいうことになってもう自分の気持ちが抑えきれなくなって、お前が他の女の子と一緒にいること自体たまらなくなったようだから、17人全員片を付けたってことらしいぜ」
「あいつがそんなこと言ってたのか?」
「いや、後半は俺の勝手な想像。青木君には内緒。そんなこと俺が言ってたなんて彼女に知れたら、俺、たぶん殺される。ただでさえ苦手なんだから」
 こいつの話、どこまで信じればいいんだろ。しかし、俺に無関心の筈だったマリ子がひょっとしたらそんな気持ちでいたのかもしれないと思うと、少し複雑な気持ちがしてきた。
「それより、えーーと、そろそろ時間かな」
「何が?」
「まあ、いいからいいから。俺の家にお前を来させたくなかった理由と、どうして今日連れてきたのか、その理由を教えてやるから。ちょっと窓の外を見てみろ。面白い物が見えるから」

 俺は言われるままにカーテンを開け、窓を開けて外を眺めた。特に珍しい物はない。見えるのは隣の家の二階の部屋だけである。しかし、そこから見える部屋の中を見て俺は固まってしまった。そこにいたのは誰あろう、マリ子と京子さんだった。
「おい、どういうことだ!どうして京子さんとマリ子がいるんだ!」
 俺は我が目を疑ってしまった。京子さんが何かを言うとマリ子がこちらを見て、俺と目が合ってしまった。彼女もびっくりして叫んでいた。
「うわあ、ひどい!」
 そう言うなり、ガタッピシャっと窓を閉め、カーテンを閉め切ってしまった。マリ子も俺がいるのを知らなかったようだった。
「こういうことさ。隣にいたのがお京と青木君。青木君の家はお前も知ってるよな。ということは隣の家は誰の家だ?」
「そんな馬鹿な!」
「これが、お前をここに呼ばなかった理由さ。お京と歯俺たちが生まれる前から隣同士。俺3質は言ってみれば幼なじみって奴かな」
「マリ子は知ってたのか?」
「ああ、よくお京の家に来るから俺とも顔なじみ。で、俺たちのことも知ってるからうるさくて仕方がない。お京とはどんな関係だとかあれこれ聞かれて困ってる。困ったことにお京の奴も変に気を回すような言い方するもんだから。親同士が仲良すぎて、俺たちと関係ないところで変に約束しちゃったり」
「約束って、まさか……」
「親が勝手に言ってるだけ。俺はそんなの気にしてないけど、どうもお京の奴、ずっと小さい頃に、俺のお嫁さんになってもいい、って言ったとか言わないとか。そんな幼児の発言を真に受けるもんだから。で、あいつもそんな大昔の話、否定すればいいのに、青木君にぺらぺらしゃべったりするんだから。何考えてるのかわからん。というわけで、俺、青木君が苦手で仕方がないんだ」
「じゃあ、あの人の『彼氏』ってのは、つまりお前のことだったのか」
「何だよ、それ?」
 マリ子が口を閉ざすはずだ。こんなこと俺には告げられなかったのだろう。
「まあそんなことで、俺たち3人で共同戦線張ったってことさ。もっともお京が勝手に単独行動取ったおかげでかなりペースが狂っちゃったけどな。まあ、こちらも親友、あちらも親友、友だちの友だちはみな友だちでいいんじゃないかって」
 俺の京子さんへの想いが一度に萎えていくような気がしてきた。まさかこんな奴にすでに取られていたなんて。まあまったく知らない男でなくて良かったと思わないといけないのか。振り向いて窓の外を見ると、いつの間に窓を開けたのか、マリ子がじっと俺を見つめていた。でも俺の視線に気づいてまた引っ込んでしまった。京子さんの様子も見えたが、ニコニコ笑っているだけだった。

小説「二枚目」§16

2011年04月24日 | 詩・小説
   §16

 マリ子の親は一体何しに来たのだろう。最初は堅苦しいあいさつで始めたけれど、そのうちになぜか俺の親とすっかり意気投合しちまって、いつの間にか俺たちは邪魔者扱いにされてしまった。しかたなく俺の部屋に避難することにしたのだが、以前と違ってどうも居心地が悪い。二人きりになるというと妙に意識してしまって、結局何も話ができないまま、別々の本を読むようなしまつ。
 だいたいが、今日のマリ子の服装というのがいけないのだ。ふだんと同じような格好ならそんなに気にもならなかったのだろうが、今日はおそらく親にしっかり言われてきたのだろうが、めちゃくちゃ女の子っぽい服装で来たものだから、目のやり場に困ってしまう。あいつもそれは同じ事で、動きがどうもぎこちない。ふと思ったのだが、まるでお見合いの席に連れ出された二人という感じである。
 そんなことを思ってしまったのが運の尽き。マリ子の親の態度すべてがそんな雰囲気に感じてしまう。帰りがけにもマリ子の親から、これからも娘のこと、よろしくお願いします、って言われたら、こちらこそって答えるしかないじゃないか。マリ子もちょっとは抗議くらいすればいいのに、親に合わせてしっかり丁寧なお辞儀をするもんだから、知らない人が見ればすっかりお見合い成功、親公認の間柄になってしまったような状態になってしまう。いかんいかん。まあ今日だけの我慢だ。

 まだ夏休みが終わっていないのが幸いだ。学校のみんなとはまだ顔を合わせていない。海辺での出来事を知るものはほんの少数。一緒に行った連中には固く口止めをしているとは言え、学校が始まったら知れてしまうだろうことは覚悟しないといけない。それもいろいろあらぬ尾ひれが一杯付くに決まっている。俺とマリ子がもう関係できてしまっているとかなんとか、そんな噂が流れたらどうすればいいんだろう。
 俺にとって幸いなことは京子さんが事実を知っていてくれているということだった。とはいえその現場を見てはいないのだから、勝手にいろいろ想像されても困るが。
「そんなこと気にするなよ、大丈夫だから」
そんな俺の心配に、あっさり浩二は安請け合いをする。
「そんな噂は俺たちで何とかするから、お前は心配しなくてもいいから」
「おい、その『俺たち』って何だよ」
「俺たちは俺たちさ。俺と……その……」
 だいたいこいつは怪しいんだ。考えてみれば、中間試験の前に奴が俺の家に来たとき、偶然マリ子と出くわした時にしたって、初めから打合せしていたのに違いない。京子さんも京子さんだ。こいつと示し合わせて、俺とマリ子をくっつけようと企んでいるに違いない。ということは『俺たち』というのは奴と京子さんっていうことなのか?こいつらのどこに接点があるんだ。共通するのはマリ子の知り合いと言うことなんだが、そもそも浩二はマリ子を苦手にしているはずなんだし。

 まあ噂が出たとしても、75日我慢すればいつの間にか消えてしまうだろう。それくらいの覚悟はしていたのだが、今度は突然、マリ子が俺の秘書を辞めると言い出した。
「どういう気なんだよ、一体」
 マリ子と気まずかったのはあの日一日だけだった。数日経ち、マリ子もふだんの服装になれば俺たちはまた以前のような関係に戻っていた。
「そうね。あたしの秘書の役目ももう終わったみたいだし」
「終わったって?」
「ええ、残ってた17人にはあたしからきちんと話つけておいたから」
「話つけたって、どういうことだ」
「言い聞かせたの。青春時代は楽ばっかりじゃない。たまには苦しまないとねって」
「そんな風に切り捨てたって言うのか。なんかお前らしくないな」
「いいの、それで。みんな、あたしの頼みなら喜んで聞いてくれるんだから」
「お前がそんな奴だとは思わなかった。自分さえよけりゃ、後は知らないって言うのか!」
 俺が強い調子で怒鳴ったら、どういうわけか、あいつ、涙を浮かべ始めていた。ちょっときつく言い過ぎたかとは思ったが後には引けなかった。
「泣いたって知るもんか」
「ううん、そうじゃない。嬉しいの。あんた、やっぱりあたしの思ってた通りだから」
「何わけのわからないこと言ってるんだ。もうお前のことなんか知らないから」
 俺は頭に来て背を向けて離れていった。
 なぜか浩二が俺に近づいて来ていた。
「駄目な奴だな、お前って」
「何のことだよ」
「青木君と言い合いしてただろ、さっき」
「見てたのか?」
「ああ、ちょっと近くを通りかかったので、様子だけ見させてもらうつもりだったけど、あまりに声が大きいから話までしっかりきかせてもらった」
「お前に覗きの趣味があったとはね。まあいいけど、何が駄目なんだ」
「お前って全然わかってないんだから。いいか、青木君はお前の顔を立てようとしたんだぜ」
「どうして俺の顔が立つんだよ。分けわかんない」
 俺には浩二の言おうとしていることがまるで理解できなかった。第一、なんで浩二の奴がマリ子の事を肩持つんだ。
「青木君を見損なっちゃいけないな。彼女、残りの何人だっけ、全員責任を持って片付けたんだぜ。彼女だってけっこう顔は広いんだから。ひょっとしてお前以上かも」
「じゃあなんであんな無責任な言い方したんだ」
「そこなんだな、彼女の気遣いは。みんな私がうまく片付けましたって言ったら、早い話、お前が全員に愛想を尽かされたって聞こえるじゃないか。だから頼んで手を引いてもらったということにしたんだろ。これならお前の顔も立つじゃないか」
「よくわからん。そんなものか」
 どうにも俺にはよくわからない。
「青木君はけっこう気を配ってるんだぜ。特にお前のことについては繊細なほどにな」
 それは言われなくてもわかってはいるつもりだ。
「何かまだなっとくしてないようだな。まあいいか。じゃあ、これからちょっと俺とつきあえよ」
「どこ行くんだ?」
「まあいいって。行けば判るから」

小説「二枚目」§15

2011年04月21日 | 詩・小説
   §15

 救急隊員が駆けつける直前にマリ子は自力で呼吸をし始めた。助かったのだ。
 病院に運ばれると、発見が早く、処置も早かったので大丈夫とのこと。知らせを聞いて浩二も京子さんを連れて駆けつけてきてくれた。二人の顔を見て俺はようやく張り詰めていた気が楽になり、ぐったりと倒れ込んだのだが、マリ子が大丈夫だと知ると二人ともさっさと帰ってしまった。なんて薄情な奴らなんだ。しかし落ち着いて考えると、あの二人は示し合わせて、俺と二人きりにさせようという魂胆らしかった。まあ良い。俺としちゃそんなことはもうどうでもよかった。それに、二度と会えないと思っていた京子さんに会えたのだから良しとしよう。

 俺らを二人きりに使用なんて奴らの考えは、はなから甘すぎるのだ。なにしろマリ子の両親がすぐに駆けつけてきたから、二人きりになるなんてことはまったく起きなかった。俺も親に後は任せても良かったのだが、責任上彼女の意識が戻るまでは側についてはいたが、意識が戻ったと知らされたら、俺の顔を見せずに引き上げることにした。意識がないうちは良かったが、正気になったらいろいろその時の状況を聞かされるだろうから、俺としてはどういう顔で向き合えばよいかわからなかったから。意識がないとは言え、彼女の唇を奪ってしまったことになるのだから、まともに顔を合わせるのが照れくさくもあった。
 京子さんは毎日病院にやってきたようだ。いろいろと話を聞かされたようで、浩二からそういう情報だけは聞いていた。

 退院してマリ子も元気になったようで、数日後、親子3人で俺の家にあいさつにやってきた。
 堅苦しいことは俺は大嫌いなんだが、あちらとしては俺は大事な娘の命の恩人と言うことになるようだから、きちんとお礼を言いたいということらしい。俺としちゃ、穴があったら入りたいくらいに遠慮したいところだし、できればその場は抜け出してどこかに行ってしまいたいくらいだったのだが、俺がいないと話にならないようなので、最後の手段として俺は耳栓をすることにした。こうすればちっとは気が楽になるだろう。本当はヘッドフォーンでもしたいところだがあまりに非常識だし、耳を怪我したことにして包帯でも巻けばいいかもしれないが、かえって大騒ぎされるだろう。さすがにそこまではできそうにもないが。
 結果として耳栓など何の役にも立たなかった。もう俺は向こうのあいさつなど上の空で聞くしかなかったが、他のことを考えようとしても頭に浮かぶのは、あの人口呼吸の時のことだった。ますます俺はマリ子の顔をまともに見られなくなった。
 一方マリ子と言えば、これまた神妙にかしこまっていやがる。やはり俺の顔を見られないようで、たまに二人目が合うと、あいつ、ちょっと顔を赤くしやがった。こんな感じのあいつを見るのは初めてだった。あいつもかなり意識しているようである。無理はない。俺でさえ動揺しまくりなんだから。

小説「二枚目」§14

2011年04月20日 | 詩・小説
   §14

 こんな暗いバカンスになるなんて思いもしなかった。
 せめて海水浴に来ている間だけは嫌なことを忘れて楽しもうと思いたかった。絶好の海水浴日和である。海はまだ青く俺の心など知らぬげに済みきっていた。俗世間のことを忘れるには雰囲気的には申し分はない。しかし何となく欠けている物が一つだけあった。それはマリ子の明るさだった。マリ子とはしばらくまともに話をしていなかった。京子さんが言った言葉が気にかかって、マリ子と会う約束をしていたのにも関わらずすっぽかして以来、どうにも話しづらくなってしまった。なまじ話をしないと、ますますあの言葉が心に引っかかってくる。気にすまいと思えば思うほど、なおさら気になるのだった。

 ふと見ると、 なんとなく淋しそうな表情のマリ子がいた。一体あいつ、何を考えているんだろう。とにかくわからないことだらけだった。いや、そんあこと考えるのはよそう。今日は楽しむために来たのだ。嫌なことみんな忘れに来たんだ。そう思ってわざとマリ子を無視するようにした。
 気がつくといつの間にかマリ子はいなくなっていた。気にすることなんかない。そうは思ったが、かなり時間が経ってもまだ姿を現さなかった。誰に聞いても知らないという。

 さすがに俺は気になってきた。手分けをしてみんなで捜すことにした。そんな時、すぐ近くの浜辺で人の騒ぐ声が聞こえてきた。俺は一瞬悪い予感が頭の中を駆け巡り、あわてて声のする方向に走っていった。誰かが溺れてたった今引き上げられたばかりだった。何卯も考えず俺は急いで人混みをかき分けて中に押し入った。
 俺の予感は悪い方に的中した。はたして溺れていたのはマリ子だった。ぐったりとして青みがかった表情をしている。落ち着け、俺。落ち着くんだ。今俺は何をなすべきなのかじっくり考えるんだ。俺は自分自身にまず言い聞かせた。

 落ち着くと思い出せることが出てきた。夏休みに入る前、学校の体育館で救急救命の講習会があった。こういう場面での処置の仕方を教えてもらい、人形を使っての実習も行ったはずだ。まさか現実に遭遇することなどあり得ないだろうと、割といい加減な気持ちで受けてはいたが、それでもしっかり実習をしたはずだ。
 まず腕を取って脈を測った。しかし見つからない。俺はちょっとあせった。首元で脈を診る。感じない。心音はどうだ。あいつとは言え女の子だ。ちょっと胸に触れることにためらいはあったが、そんなことは言ってられない。乳房の間やや左下あたりを、気をつけながら押さえてみた。停止している。
「早く救急車を呼んでください!」
 一番大事なことを忘れていて大声で叫んだ。回りでうろうろしているだけの人たちの数人があわてて駆けだしていった。
 次にするのは、気道の確保。そして人口呼吸と心臓マッサージ。まわりを見回したが、そういうことのできそうな人は見つからなかった。何となく誰もが腰が引けているような漢字を覚えた。俺しかいないのか。俺は必死で講習内容を思い返していた。
 首を持ち上げ気道の確保。四角い浮き袋があったのであおれを当てて位置を固定する。人形の時は脱脂綿とかも用意があったが、そんなことは考えている時間もなかった。意を決して、マリ子の鼻を押さえて唇に俺の唇を押し当てて息を吹き込んだ。数回吹き込んだ後、心臓を一定間隔でマッサージする。そしてまた息を吹き込む。単調な作業の繰り返し。

「一人で沖の方に向かっていたようですよ……」
「何でまたそんなことをね」
「自殺でもする気じゃなかったのかな」
「まだ若いのにね」
 周囲でされる勝手なおしゃべりに俺は怒鳴り出しそうになった。お前ら今のこの事態を何て思ってるんだ。しかし喧嘩している場合ではない。いいか、マリ子の息が戻ったらこいつらとじっくり喧嘩してやるからな。今はマリ子の命の方が大事だ。死ぬなよ、死ぬなよ、頑張れ、頑張れ。俺が着いてるからな。俺は心の中で叫び続けた。遠くで救急車のサイレンが聞こえてきたような気がした。

小説「二枚目」§13

2011年04月19日 | 詩・小説
   §13

 そうこうしているうちに夏休みだ。休みはデートにはもってこいではあるのだが、あいにくこの夏はマリ子を中心にすでにスケジュールは組まれてしまっていた。

「海水浴のスケジュール、決まったわよ」
 夏と言えばなんと言っても海。そこで海へ行こうと、誰とはなしに言い出した。もちろんスケジュールを組むのはマリ子である。
「えーとね、8月19日に行くのが、女の子が7人。それにあんたとあたしと。それで合計9人ね」
「君も行くの?」
「当然でしょ。あんた一人だと危ないしね」
「危ないってどういう意味だい、それ」
「文字通り女の子みんなのボディーガード。万一変な気起こして、取り返しの付かないことになったら大変だし」
「えらく信用ないんだな。いつもならそんなこと言わないのに」
「夏は特別なの。誰だって海なんか行って、露出一杯の中にいれば、その気がなくてもクラクラってするでしょ」
「誰でも?」
「ええ。たとえ美人の恋人がいる人だって、思わず目がそっちに行ったりするかも。たとえば京子の彼氏だって……」
「えっ!?それ、どういう意味だよ!」
 聞き逃せない一言に、俺はびっくりして叫んでしまった。
「『京子の彼氏』って、今言ったよな。どういうことだよ」
「えっ……。いや別に……。そうそう、用事思い出したからあたし帰るわね。じゃあさよなら」
 そう言うとマリ子は急に走り出して行ってしまった。
「おい、マリ子!待てよ!」
 しかしもう無駄だった。すでに俺の視界からマリ子は消え去っていた。俺は何が何だかすっかりわからなくなってしまった。

 どういうわけか、その日京子さんから呼び出しの電話があった。
 俺はなんとなく暗い気持ちで出かけることになってしまったが、話の内容はさらに俺を絶望の淵に追い落とす悪魔の呪いだった。
「話って言うのは、もう私に会わないで欲しいってことなの。彼がうるさいのよね」
 ああ、もうだめだ。俺に救いはない。
「私は、マリ子をあなたに紹介するためにあなたに近づいたの。でもその仕事も終わったようだし。ねえ、マリ子は良い子よ。あなたに初めてあったときから彼女、あなたに一途で思い込んでいるんだから」
 しかし俺の耳には通り過ぎる風の音しか入ってこなかった。そう、大切なことを忘れていたのだった。あの人に恋人の一人くらいいない方がおかしかったのだ。俺に見向きもしなかったのは、すでにそういう男がいたからに違いない。俺はもうその男が憎らしくて仕方がなかった。
 ああ、もうだめだ。この世は真っ暗だ。
 俺はついこの前までのバラ色の世界からたちまちのうちに暗黒の世界に突き落とされてしまったのだった。

小説「二枚目」§12

2011年04月18日 | 詩・小説
   §12

 あれ以来、マリ子には思いも掛けない暇ができてしまった。
 暇をもてあます様子が学校でもよく見かけられた。ましてふだんの生活にあってはリズムが狂いっぱなしであった。そんなこともあって、俺は責任上マリ子の暇をつぶす手伝いをさせられる羽目になった。
 土曜日曜には互いの家に行ったり外をぶらついたり。ゲーセンや映画館に行けば時間もつぶれるのだろうが、あいつは金をかけるのが嫌いだと言うことで、いたって経済的に時間を潰した。知らない他人が俺たちを見たなら、ただの友だちだと言っても信じてはくれないだろうな。でも俺にとって安心なことは、彼女が京子さんの親友であり、この間の事情を知っていてくれているから、京子さんに誤解される心配がないと言うことだった。それに京子さんのことをマリ子から聞く機会も増えて、それまでマリ子と面と向かって話をすることがなかったのだが、けっこう話もするようになってきていた。

 俺があいつの家に行った時は、あいつは自慢の料理を作ってくれたりもした。料理を作っている時のあいつはけっこう楽しげな様子だった。味付けと言えば噂の胃腸薬など必要はなかった。材料は家に残っている余り物を使っての料理で、これまた金はかかっていないのだが、決してそういうことを感じさせないのだからたいしたものだ。
 あいつの部屋にも入らせてもらったが、さすがに女の子の部屋で、見かけによらず女らしい感性がある部屋で少々びっくりしてしまった。ちょっとあいつに対する見方を変えないといけないのかも知れない。

 あいつが俺の家に来た時は、CDをかけたり、ギターを弾いて一緒にハモったり。あいつ、けっこう歌もこなして、俺の好きな歌をいきなり歌っても、しっかりハモれる程なのには驚いた。考えてみれば俺の部屋に女の子を入れるのは初めてのことだった。正直に言えば初めての女性の来客は京子さんでいてほしかったのだが、そういうことをうっかり忘れてしまって、マリ子を上げてしまって楽しんで、帰らせてから気がついた次第。俺もどうかしている。で、一度部屋にあげてしまって以来、あいつはかなり図々しく俺の部屋に上がり込むようになって、それ以来俺の部屋大変身を遂げるようになってしまった。あいつは少々気が効き過ぎるというか、世話焼きすぎるところが多い。まあこれまではそれで助かっていたのだが、頼みもしないのに部屋をせっせと片付けたり、いろいろ飾り付けもしたり、男では気がつかない部分をしっかりいじりまくってしまった。まあ良いセンスをしているのは確かで、俺にはそんなに不満ではないのだから感謝してもいいのかもしれないが。
 とにかく変な具合になってしまった。俺としたことが、完全にあいつのペースにはまってしまっていた。ああ、これから先どうなってしまうんだろうか。

 外に出かける時は、のんびり何もしないのも良いものだと言うことを確認するかのようにぶらぶら散歩をした。その時に話すあいつの毒舌だけは変わらない。もっともその方がマリ子らしいと言うか、俺としてはむしろ散歩をしている時の方が落ち着く気分だった。

小説「二枚目」§11

2011年04月16日 | 詩・小説
   §11

 さて浩二はと言えば、あれ以来三枚目ぶりがさえなくなっていた。あいつから三枚目を取ったら何が残るのか。クラスでも何か大きな穴があいたようで、しまりがなくなってしまっていた。そんなわけで、ちょっとあいつをからかってやろうかと思った次第である。

 その日はもうすっかり夏であった。まぶしい光が教室内にも入り込み、とにかく眠たい頃ではあった。そしてちょうど俺の前の席に座っているあ奴も授業中に関わらず眠っていた。俺は時を見計らって奴を揺り起こした。
「大川、大川、起きろ!」
 奴はそのとたん、びっくりして立ち上がった。そして大きな声ではっきりと叫んだ。
「はい、わかりません!」
 急な叫び声にみんなは一斉に注目。すぐに事情が分かって大爆笑となった。先生もあきれながらも笑いながら言った。
「けしからん。外で立っとれ!」
 しかたなく奴は外に出ようとした。ところが奴の眠けはまだ完全には覚めていなくて、扉に激突してしまた。なんてこった。

 その時間が終わって、俺の仕業だと感づいたマリ子が俺に意見しに来たが、クラスに張りが無くなったという俺の話を聞いて、一も二もなく俺に協力することを申し入れた。あいつも俺と同じような事を感じていたらしかった。

 次の休み時間、第二の作戦を開始した。
 マリ子が奴に話しかけ、その隙に奴の背中に『笑ってやって下さい』と書いた紙を貼り付けることにした。
 単純ないたずらではあったが、結果は大成功だった。後で奴の背中を見ると、まだ張り紙はついたままであったが、どういうわけか、そこには奴の署名まで入っていた。どうやら三枚目こそが自分の生きる道だと悟ったらしい。俺はマリ子と顔を見合わせてホッとした物だった。

 それ以来、奴は元に戻ったようである。しかし何かしら、どこか以前とは違うようなところがあるように思われてならなかった。はっきりとは言えないが、俺に対する態度が気がつかないくらいどこか違っているように感じてならなかった。

小説「二枚目」§10

2011年04月15日 | 詩・小説
   §10

 その日から俺はマリ子に劣らぬほど忙しくなった。身辺整理を始めたのだ。
 俺の回りに集まってくる女性達ときっぱりと縁を切ることにした。でも無責任なことだけはしたくない。俺はけっこう顔も広いから、そんなに性格も悪くないのに、もてなくて困っている男連中を何人も知っていた。だから相性その他考えて引き合わせてやるようにしてやった。俺が組み合わせたカップルは、結構うまくやっていけているようだった。
 でも俺の持ち合わせにも限界がある。あと16・7人ほどは相手が無く残ってしまった。仕方がないから時期を待つことにする。

 これにたまげたのはマリ子であった。俺に集まる人間が急に減ってしまったのだから。マリ子が俺に文句を言いに来たのも無理はない。何しろ、あいつにすれば、商売あがったりなのだから(別に商売しているわけでもないのだろうが)。
「一体どうなってるの?」
「何のことかな?」
 俺は変然として答えた。
「わかってるでしょ」
「ああ、たぶん君の言いたいことは分かってるけれど。別に怒鳴り込まれるようなことはしてないつもりだけど」
「でも……」
「君がそんなこと言うのはおかしいと思わないかい。俺としては、君に楽をさせてやりたいと思ってやったことなんだから」
 まんざら嘘を言ってるわけでもない。楽をさせたいと思ったことは本当だった。
「これから私はどうしたらいいのよ」
「ああ、まだ数人残ってるから、よろしく頼む」
「でも……。それもみんな片付けたら、わたしなんかお払い箱ね」
 思わず俺がドキッとするほどシンミリとした声であいつが言った。
「何、言ってんだよ。これからは君の好きなこと、何でも自由にできるんだぜ」
「そうね……」
 ポツンとあいつはつぶやいた。張り合いを無くしたような、何か張り詰めていた物がプチンと切れてたるんでしまったようだった。

 後で京子さんに会った時にこの話をすると、あの人はこんなことを言った。
「駄目じゃない。マリ子はね、張り詰めた中でこそ初めて生き甲斐を見いだせるんだから。そんな生き甲斐を奪っちゃうようなこと言ったら」
 こんな風に言われて、俺はちょっとあせりすぎたのかな、と少し反省した。

 しかし、俺の心配にも関わらず、マリ子は元気にやっていた。しかしそれは、残された命をじっと見つめている人のような感じではあったが。あるいは、また違った張り詰め方をしているかのようでもあった。でも残りの16・7人は一向に減る気配はなかった。少し気になって、一度マリ子に尋ねてみた。
「あれから全然人数が減ってないような気がするんだけど。君は誰かに紹介とかしてやってるのかい?」
 するとあいつはケラケラ笑いながら答えた。
「そんなに自分の首、閉めたいって言うの?」
「?……どういう意味だ?」
「わかってないのね。京子はだめだって前に言ったでしょ」
「それってどういうことだい、一体」
「別に、どうってことはないけどね」
 しかし俺には大いに気になる一言ではあった。