世界中から熱苦しく・・・「ふじもん世界放学ブログ」

元「変な学校先生」私ふじもんが、ただ今世界を駆け巡っています!世界の今と僕の魂をお届けしますので、ぜひお読み下さ~い!

【第2章 中米編 「ジンベイザメツアー」から考える、動物を食べることの善悪論】

2013-08-03 12:06:28 | 日記
2013年8月2日。

ついに「ふじもんブログ」も中米に入りました!皆様、今後ともどうぞよろしくお願い致します!


世界的な一大観光地、メキシコのカンクン。抜けるような青空とコバルトブルーの海。世界有数のビーチリゾートの名に恥じない、その美しさ。僕は今、そんなカンクンにいる。


カンクンの海を楽しむには、何かしらのツアーに参加するのが一般的だ。遥々日本から大切な彼女「よっさん」がメキシコまで来てくれているので、カンクンでは「普通の観光客」のように、ちょっと贅沢もしながら色々楽しもうと決めていた。そして僕たちは今日、周りからの評判も良かった「ジンベイザメウォッチングツアー」に参加した。

ツアー自体はとても楽しかった。ジンベイザメは本当に近くまで寄ってきて、全然人間を恐れない。「触っちゃダメだよ」と強く言われていたが、サメの方からどんどん近づいてきて、避けるのが大変なくらいだった。


ボートのスタッフもとてもフレンドリーで対応は良く、本当に楽しめたツアーだった。観光客としては充実した1日を送れたのは間違いない。

しかし、僕を考えさせたのは、そのあとの安宿に戻ってからの出来事だ。いや、出来事と言うほどのことではない。それはちょっとした会話でのことであった。

今僕が泊まっている安宿は、簡単な朝食だけはついているものの、あとの食事はついていない。いわゆるバックパッカーが好んで泊まるような安宿で、ほとんどの人は共同のキッチンで自炊をし、食事をする。カンクンはメキシコ国内でも有数の物価の高い地域なので、外で食事をするのもかなりの出費になる。今日もいつもと同じように、みんな各々自炊をするつもりだったのだが、ひょんなことからみんなで食材を出し合ってカレーを作って食べようということになった。


そしてみんなでカレーを食べて色々と話しているときに、現地のツアー会社で働いている長期滞在者の方のお話を聞く機会があった。

「今ジンベイザメは100匹くらいやって来るんですけど、2~3年前は300匹くらいやって来ていたんですよ。それが年々減っているんですよね・・・。」

当然僕たちは、どうしてそんなに数が減っているのか疑問に思い、質問をする。

答えは「乱獲ですよ。」

「ジンベイザメの尻尾は高級食材なんですよね。いわゆるフカヒレです。フカヒレをたくさん獲って売りさばくために、ジンベイザメは乱獲の対象になっているんですよ。」

さらに話は続く。

「ではどこの国がジンベイザメをたくさん獲っているかというと、アジアの発展途上国なんです。では、そこで獲られたフカヒレがどこに行くかというと、日本にたくさん流れているんです。つまり、アジアの貧しい国々はもうけのためにジンベイザメを獲る。それを日本がたくさん買う。日本のように買ってくれる国があるから、発展途上国はジンベイザメを獲り続ける。そんなサイクルが続いているんです。」

「そのことをほとんどの日本人は知らない。知らないままで、カンクンに来てジンベイザメのツアーに参加し、サメだサメだ!と大騒ぎをする。現地のガイドビジネスだし何も言わないけど、内心、そのサメは乱獲されてあんたらの国にたくさん流れてるんだぞ、と思っている人もいると思いますよ。」

僕は何も知らなった。まさに「何も知らないでカンクンにやって来た」日本人そのものだ。そして、間近に寄ってくるジンベイザメに興奮し、テンション上げながら、まさに「観光客」をやって来た。目の前のサメと、ボートの上で出される食事とビールにすっかり満足し、まさに普通の「観光客」そのものだった。

その方の一言で、一気に考えさせられた。無知は罪である。そして、何も知らずにはしゃいでいた自分自身の情けなさ・・・。

僕は、「学び」のために今世界を「放学」している。ツアーをツアーとして純粋に楽しんで、ツアーでしか触れられないような大自然に触れることは決して悪いことではない。しかし、それだけじゃダメだ。そんなんじゃダメだ。そんなんじゃ普通の「旅行者」じゃないか。そんなもんになるために、僕は旅をしているんじゃない。

この話を聞いて、僕はある質問を思い出した。世界を放学していると、各地で間々聞かれる質問がある。それは次の質問だ。

「日本人はクジラを食べるのか?それについてどう思っているんだ?」

ぜひ知っていただきたい。そんなに毎回というわけではないが、この質問、間々されることがある。そしてこの質問をしてくるのはほとんど白人のみで、当然ネガティブな要素を込めて質問している。

僕は今まで何度も、日本人は世界中で好感を持たれていると述べてきた。しかし良いとか悪いとかではないが、このクジラに関しては、理解を示していない外国人が少なくないのは間違いない。

どの国のどの民族が何を食料とするのか?このことについて、皆さんはどのようにお考えだろうか。

僕はクジラについての質問を何度もされていくうちに、ある決まった返し方をするようになった。

「その質問に答える前に、なぜその質問をするのかを教えてくれ。」
(明らかに否定的な人に対しては)「クジラを食べることと牛を食べることと豚を食べることとアザラシを食べることと鳥を食べることと、何が違うのか教えてくれ。何が良くて何がダメなのか、僕に分かるように教えてくれ。」

僕に言わせれば、クジラを食べることそのもに関してガタガタ言われるのは、大きなお世話だと思っている。お前らだってガンガン肉を食っているじゃないか。日本人よりはるかに多くの肉を食べるじゃないか。自分たちの肉はオッケーで、日本人が食べる肉はダメなのか。誰もが納得できるようなその理由と根拠を教えてくれ、と、僕は思ってしまう。

しかし、この現在の地球において、絶滅危惧が叫ばれている動物に関しては、当然考慮せざるを得ない時代になっているのは間違いないであろう。もっともそれも、「乱獲」というものがなく、かつてのようにバランスを取りながら狩猟を続けていれば、絶滅が問題になるようなことはなかったのであろうが。それは人類そのものの営みが問われる問題であり、何か特定の動物を食べることが良いとか悪いとかの次元の話ではない。

フカヒレの問題だって、根本的に考えれば、それを食べること自体は決して絶対悪ではないと思う。しかし現代における経済システムにおいて、フカヒレは金になり、それを買う国があって、それを獲る国もまたある。そして現実的に、少なくともカンクンの沖合においては、集まってくるジンベイザメの数が確実に減っている。そのことを事実として受け止め、世界の生物種のバランスと人間としての倫理観を考えたとき、僕たちは「フカヒレを食べることの是非」について、真剣な議論が必要になるであろう。

以前、イルカを食べる日本人についてが映画化され、大きな反響を呼んだ。それを見て日本人を非難する声も各地で上がっていたようだが、「どの国のどの民族が何を食料とするか」という問題については、歴史的なものであり文化的なものであり伝統的なものであり気候風土的なものであり宗教的なものであり、一概に善悪の二元論を展開できるものではないはずだ。

「イルカもクジラも可愛いじゃないか。あれは特別な動物だ。だからそれを獲って食べるなんで、許されることではない。」なんていうのは、極めて一方向からのものの見方だと思う。だったら牛はどうなんだ?人にもなついてとってもつぶらな目をして、本当に可愛いじゃないか。豚だって何だって、哺乳類は多くは人になつく。それだけで十分可愛いじゃないか。イルカやクジラを食べることが許されない理由が西洋的な価値観から出発しているのであれば、それは当然根拠にならない。その地域で今まで生きてきた人々の、歴史や文化、伝統を否定することである。それは許されない。


世界の一大観光地、カンクン。「とってもいいから行ってきなよ」という評判から何気なく参加した、ジンベイザメツアー。そのツアーと安宿での会話から、多くのことを考えさせられることになった。

この旅の中で、僕は色々な動物を食べ、色々な動物を見ることになるであろう。また実際に食べずとも、その国の人々が何を食べるのかの話を見聞きすることになるであろう。その中に正義はあるのか?その中に悪はあるのか?ジンベイザメと触れ合った1日が、僕に色々なことを教えてくれた。

ただの「旅人」になっちゃあいけない。僕は「学び」のために、今動いているんだ。「放学」をしているんだ。そしてその学びを、多くの人に伝えていきたいんだ。

僕はまだまだ、成長しなくちゃいけない。日々もっと、貪欲になっていこう。それが「放学」の大前提だ。

2013年8月2日。メキシコ・カンクン中心部にある安宿にて。

【第2章 中米編 「ジンベイザメツアー」から考える、動物を食べることの善悪論】

2013-08-03 12:06:28 | 日記
2013年8月2日。

ついに「ふじもんブログ」も中米に入りました!皆様、今後ともどうぞよろしくお願い致します!


世界的な一大観光地、メキシコのカンクン。抜けるような青空とコバルトブルーの海。世界有数のビーチリゾートの名に恥じない、その美しさ。僕は今、そんなカンクンにいる。


カンクンの海を楽しむには、何かしらのツアーに参加するのが一般的だ。遥々日本から大切な彼女「よっさん」がメキシコまで来てくれているので、カンクンでは「普通の観光客」のように、ちょっと贅沢もしながら色々楽しもうと決めていた。そして僕たちは今日、周りからの評判も良かった「ジンベイザメウォッチングツアー」に参加した。

ツアー自体はとても楽しかった。ジンベイザメは本当に近くまで寄ってきて、全然人間を恐れない。「触っちゃダメだよ」と強く言われていたが、サメの方からどんどん近づいてきて、避けるのが大変なくらいだった。


ボートのスタッフもとてもフレンドリーで対応は良く、本当に楽しめたツアーだった。観光客としては充実した1日を送れたのは間違いない。

しかし、僕を考えさせたのは、そのあとの安宿に戻ってからの出来事だ。いや、出来事と言うほどのことではない。それはちょっとした会話でのことであった。

今僕が泊まっている安宿は、簡単な朝食だけはついているものの、あとの食事はついていない。いわゆるバックパッカーが好んで泊まるような安宿で、ほとんどの人は共同のキッチンで自炊をし、食事をする。カンクンはメキシコ国内でも有数の物価の高い地域なので、外で食事をするのもかなりの出費になる。今日もいつもと同じように、みんな各々自炊をするつもりだったのだが、ひょんなことからみんなで食材を出し合ってカレーを作って食べようということになった。


そしてみんなでカレーを食べて色々と話しているときに、現地のツアー会社で働いている長期滞在者の方のお話を聞く機会があった。

「今ジンベイザメは100匹くらいやって来るんですけど、2~3年前は300匹くらいやって来ていたんですよ。それが年々減っているんですよね・・・。」

当然僕たちは、どうしてそんなに数が減っているのか疑問に思い、質問をする。

答えは「乱獲ですよ。」

「ジンベイザメの尻尾は高級食材なんですよね。いわゆるフカヒレです。フカヒレをたくさん獲って売りさばくために、ジンベイザメは乱獲の対象になっているんですよ。」

さらに話は続く。

「ではどこの国がジンベイザメをたくさん獲っているかというと、アジアの発展途上国なんです。では、そこで獲られたフカヒレがどこに行くかというと、日本にたくさん流れているんです。つまり、アジアの貧しい国々はもうけのためにジンベイザメを獲る。それを日本がたくさん買う。日本のように買ってくれる国があるから、発展途上国はジンベイザメを獲り続ける。そんなサイクルが続いているんです。」

「そのことをほとんどの日本人は知らない。知らないままで、カンクンに来てジンベイザメのツアーに参加し、サメだサメだ!と大騒ぎをする。現地のガイドビジネスだし何も言わないけど、内心、そのサメは乱獲されてあんたらの国にたくさん流れてるんだぞ、と思っている人もいると思いますよ。」

僕は何も知らなった。まさに「何も知らないでカンクンにやって来た」日本人そのものだ。そして、間近に寄ってくるジンベイザメに興奮し、テンション上げながら、まさに「観光客」をやって来た。目の前のサメと、ボートの上で出される食事とビールにすっかり満足し、まさに普通の「観光客」そのものだった。

その方の一言で、一気に考えさせられた。無知は罪である。そして、何も知らずにはしゃいでいた自分自身の情けなさ・・・。

僕は、「学び」のために今世界を「放学」している。ツアーをツアーとして純粋に楽しんで、ツアーでしか触れられないような大自然に触れることは決して悪いことではない。しかし、それだけじゃダメだ。そんなんじゃダメだ。そんなんじゃ普通の「旅行者」じゃないか。そんなもんになるために、僕は旅をしているんじゃない。

この話を聞いて、僕はある質問を思い出した。世界を放学していると、各地で間々聞かれる質問がある。それは次の質問だ。

「日本人はクジラを食べるのか?それについてどう思っているんだ?」

ぜひ知っていただきたい。そんなに毎回というわけではないが、この質問、間々されることがある。そしてこの質問をしてくるのはほとんど白人のみで、当然ネガティブな要素を込めて質問している。

僕は今まで何度も、日本人は世界中で好感を持たれていると述べてきた。しかし良いとか悪いとかではないが、このクジラに関しては、理解を示していない外国人が少なくないのは間違いない。

どの国のどの民族が何を食料とするのか?このことについて、皆さんはどのようにお考えだろうか。

僕はクジラについての質問を何度もされていくうちに、ある決まった返し方をするようになった。

「その質問に答える前に、なぜその質問をするのかを教えてくれ。」
(明らかに否定的な人に対しては)「クジラを食べることと牛を食べることと豚を食べることとアザラシを食べることと鳥を食べることと、何が違うのか教えてくれ。何が良くて何がダメなのか、僕に分かるように教えてくれ。」

僕に言わせれば、クジラを食べることそのもに関してガタガタ言われるのは、大きなお世話だと思っている。お前らだってガンガン肉を食っているじゃないか。日本人よりはるかに多くの肉を食べるじゃないか。自分たちの肉はオッケーで、日本人が食べる肉はダメなのか。誰もが納得できるようなその理由と根拠を教えてくれ、と、僕は思ってしまう。

しかし、この現在の地球において、絶滅危惧が叫ばれている動物に関しては、当然考慮せざるを得ない時代になっているのは間違いないであろう。もっともそれも、「乱獲」というものがなく、かつてのようにバランスを取りながら狩猟を続けていれば、絶滅が問題になるようなことはなかったのであろうが。それは人類そのものの営みが問われる問題であり、何か特定の動物を食べることが良いとか悪いとかの次元の話ではない。

フカヒレの問題だって、根本的に考えれば、それを食べること自体は決して絶対悪ではないと思う。しかし現代における経済システムにおいて、フカヒレは金になり、それを買う国があって、それを獲る国もまたある。そして現実的に、少なくともカンクンの沖合においては、集まってくるジンベイザメの数が確実に減っている。そのことを事実として受け止め、世界の生物種のバランスと人間としての倫理観を考えたとき、僕たちは「フカヒレを食べることの是非」について、真剣な議論が必要になるであろう。

以前、イルカを食べる日本人についてが映画化され、大きな反響を呼んだ。それを見て日本人を非難する声も各地で上がっていたようだが、「どの国のどの民族が何を食料とするか」という問題については、歴史的なものであり文化的なものであり伝統的なものであり気候風土的なものであり宗教的なものであり、一概に善悪の二元論を展開できるものではないはずだ。

「イルカもクジラも可愛いじゃないか。あれは特別な動物だ。だからそれを獲って食べるなんで、許されることではない。」なんていうのは、極めて一方向からのものの見方だと思う。だったら牛はどうなんだ?人にもなついてとってもつぶらな目をして、本当に可愛いじゃないか。豚だって何だって、哺乳類は多くは人になつく。それだけで十分可愛いじゃないか。イルカやクジラを食べることが許されない理由が西洋的な価値観から出発しているのであれば、それは当然根拠にならない。その地域で今まで生きてきた人々の、歴史や文化、伝統を否定することである。それは許されない。


世界の一大観光地、カンクン。「とってもいいから行ってきなよ」という評判から何気なく参加した、ジンベイザメツアー。そのツアーと安宿での会話から、多くのことを考えさせられることになった。

この旅の中で、僕は色々な動物を食べ、色々な動物を見ることになるであろう。また実際に食べずとも、その国の人々が何を食べるのかの話を見聞きすることになるであろう。その中に正義はあるのか?その中に悪はあるのか?ジンベイザメと触れ合った1日が、僕に色々なことを教えてくれた。

ただの「旅人」になっちゃあいけない。僕は「学び」のために、今動いているんだ。「放学」をしているんだ。そしてその学びを、多くの人に伝えていきたいんだ。

僕はまだまだ、成長しなくちゃいけない。日々もっと、貪欲になっていこう。それが「放学」の大前提だ。

2013年8月2日。メキシコ・カンクン中心部にある安宿にて。