実は今回の掲載にあたり、一部散逸しているものもあったりしますが、手持ちの419の画像をあるだけ集めて確認しましたので、これを機会にこちらにも掲載していこうと思います。(2010年とかすでに掲載済みもありますが)
最初のネガはこちら、1985年5月12日
1985年3月改正から就役して、活躍を始めたのは、趣味誌で聞き知っており、当時は実家の名古屋から、定期列車からは引退したものの、臨時「雷鳥」で活躍する583の撮影と共に敦賀で撮影したのが最初になります。
敦賀に到着早々に、福井から419系重連の敦賀止が到着、最初にみたのはD10とD9の編成でした。
反対側、中間のクハ418が切妻なので、6連固定にも見えます。こちら側からだと、元月光形にはとても見えない
一旦福井方に引き上げ転線
クモハ419のM用空気取り入れ口、雪切室のルーバー形状です。
模型製作に当たって、寸法だしの為に撮影したものです。
なぜか419系の形式図にはこのルーバーが、115系等の縦長のものになっていて、実物と異なっています。(今回のとれいん掲載の形式図も同様)
モハ418-10の改造直後の、西の583系オリジナルを残す床下機器形状
クハ419の機械室通路から、運転台への仕切りドア
クハ419-6室内、583系そのままの紺系モケットや、オリジナルの室内色が懐かしい
室内その2、残されたトイレ部分と仕切り、広告枠にまだ何も入っていない
先ほど転線を済ませた編成が折り返して福井方面への列車に
こちらは3連の米原からあがって来た福井行、D1編成でクハ419-1はヘッドライト周りが赤く塗られているのが目立つ
米原行D13編成の3連、先頭は暖地原形のクハ419-3
新疋田の大カーブにて、D1編成、3連じゃ短い。。。
かと言って引き付けすぎると、^^;
この他にもあったのですが、ネガがお出かけ?中だったりで、今あるのはこれだけ。
この時は敦賀、もしくは新疋田のカーブで485/583「雷鳥」の撮影も行っていて、419はおまけ的な撮影でした。
始発で出かけて、日没で帰宅の日帰り撮影行でした。
最初のネガはこちら、1985年5月12日
1985年3月改正から就役して、活躍を始めたのは、趣味誌で聞き知っており、当時は実家の名古屋から、定期列車からは引退したものの、臨時「雷鳥」で活躍する583の撮影と共に敦賀で撮影したのが最初になります。
敦賀に到着早々に、福井から419系重連の敦賀止が到着、最初にみたのはD10とD9の編成でした。
反対側、中間のクハ418が切妻なので、6連固定にも見えます。こちら側からだと、元月光形にはとても見えない
一旦福井方に引き上げ転線
クモハ419のM用空気取り入れ口、雪切室のルーバー形状です。
模型製作に当たって、寸法だしの為に撮影したものです。
なぜか419系の形式図にはこのルーバーが、115系等の縦長のものになっていて、実物と異なっています。(今回のとれいん掲載の形式図も同様)
モハ418-10の改造直後の、西の583系オリジナルを残す床下機器形状
クハ419の機械室通路から、運転台への仕切りドア
クハ419-6室内、583系そのままの紺系モケットや、オリジナルの室内色が懐かしい
室内その2、残されたトイレ部分と仕切り、広告枠にまだ何も入っていない
先ほど転線を済ませた編成が折り返して福井方面への列車に
こちらは3連の米原からあがって来た福井行、D1編成でクハ419-1はヘッドライト周りが赤く塗られているのが目立つ
米原行D13編成の3連、先頭は暖地原形のクハ419-3
新疋田の大カーブにて、D1編成、3連じゃ短い。。。
かと言って引き付けすぎると、^^;
この他にもあったのですが、ネガがお出かけ?中だったりで、今あるのはこれだけ。
この時は敦賀、もしくは新疋田のカーブで485/583「雷鳥」の撮影も行っていて、419はおまけ的な撮影でした。
始発で出かけて、日没で帰宅の日帰り撮影行でした。
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