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今日の筆洗

2022年04月18日 | Weblog

その家族は戦火を逃れるためウクライナの首都キーウからポーランド国境を車で目指したそうだ▼途中から歩かなければならなくなったが、一緒に連れていた老犬が疲労から歩けなくなってしまう。お父さんが肩に担いで歩いたそうだ。犬はジャーマンシェパードというからゆうに三〇キロを超えていただろう▼途中で見た車を止め、乗せてほしいと頼んだが、犬を理由に断られてしまう。家族を助けたいのなら、犬はあきらめた方がよいのでは。そう助言する人もいたそうだ。家族はあきらめなかった。犬とともに歩ききり、無事、ポーランドに入国した▼ロシアが侵攻を始めた当時の話だそうだ。犬を飼っている人なら肩に担ぎ上げたお父さんの気持ちが分かるだろう。犬だって喜び、悲しみを分かち合ってきた家族。ましてや戦火の地に置き去りにはできまい▼日本にもウクライナから避難されてきた人がいらっしゃるが、せっかく連れてきた犬のことで思い煩っている方の話をニュースで聞いた▼日本の法律では犬は検査のためおよそ半年、検疫所で待機しなければならないそうで、その間、飼い主は犬に会えない。母国の悲劇、不慣れな地での生活を思えば、「家族」と会えないことはどんなにつらいか。検疫所での費用もかかる。知恵はないものか。避難民を引き受ける以上、家族と離れる悲しみからも避難させてあげたい。


今日の筆洗

2022年04月16日 | Weblog

ロシア黒海艦隊の戦艦「ポチョムキン」で水兵たちが反乱を起こしたのは一九〇五年六月。国に革命機運が高まっていたころである▼食事の肉の腐敗に怒ったのがきっかけで、兵士たちが蜂起して艦を掌握。ゼネストが行われている黒海沿岸のオデッサに入港し、人々に歓迎された。赤旗を掲げた艦。ソ連が生まれるロシア革命の先駆的行動とみなされ、反乱を題材にした無声映画もよく知られる▼ウクライナに侵攻する現在のロシア。黒海艦隊の旗艦であるミサイル巡洋艦「モスクワ」が沈没した▼ウクライナは巡航ミサイルで艦を攻撃したと発表している。ロシアの発表は敵の攻撃を認めていない。火災で積載の弾薬が爆発し、傷んだ船体をえい航していたが、沈没したと説明している。乗組員は無事らしい▼旗艦を失ったロシアの衝撃は大きかろう。今はウクライナ領のオデッサ制圧を狙って、いずれ上陸作戦を行うとの見方がかねてあるが、当面は難しくなったかもしれない▼ポチョムキンの水兵の反乱は、日本が相手の日本海海戦でバルチック艦隊が惨敗するなど国が動揺する中で起きた。今のロシアで近く革命が起きるとは言わないが、米国の研究所の最近の発表によれば、ロシアの精鋭空挺(くうてい)団員が次々と辞表を提出したほか、戦場への動員回避のための兵の自傷行為も横行しているという。士気には懸念が残るらしい。


今日の筆洗

2022年04月15日 | Weblog
海で過ごしたサケが故郷の川に戻ってくるのは秋。その途中に北海道沿岸などで捕獲されたサケはアキアジと呼ばれる。これに対し、ロシア極東の川で生まれ、回遊中の北海道沿岸で春に捕獲されるサケは、トキシラズの名で知られる▼産卵準備前のため身に脂が乗っている。食文化に詳しい小泉武夫氏の「北海道を味わう」(中公新書)によると、腹側の内臓のまわりのハラスが特に美味という。「焼くと脂がしたたり落ちるほどジューシー」とある▼北海道沖のトキシラズの漁獲量を協議する今年の日ロ交渉が先日、始まった。日本沿岸の漁に交渉が必要なのは、サケの場合、故郷の川の国に管理権がある「母川国主義」だからという▼ウクライナに侵攻したロシアに経済制裁を科す中の交渉。妥結すれば協力金を払うため、国際社会の批判を浴びる恐れもあるが、政府は漁業の権益維持を優先した。日ロ関係が冷え込んでおり、交渉は難航も予想される▼ウクライナ情勢はサンマ漁にも影響しているという。北太平洋公海の漁場へ最短で向かうにはロシアの二百カイリ水域を通る必要があるが、強硬な先方による拿捕(だほ)を心配する声が漁師にある。遠回りすれば燃料費はかさむ。不漁続きなこともあり、五〜七月の漁は三年連続で見送られるらしい▼戦火がやまねば、北洋の波も高いままか。なじみの魚もいっそう縁遠くなりかねない。
 

 


今日の筆洗

2022年04月14日 | Weblog

おもしろい話はないかとせがむと友人が教えてくれた。どこかのお店での出来事だ。男女二人連れの客がいた。男性は中年で女性の方は二十代。気になったのは男性が着用していたマスク。ウクライナ国旗がデザインされていたそうだ。鮮やかな青と黄色のあの旗。そのマスクを着けることで男性はロシアを非難し、ウクライナへの連帯を表明しているのだろう▼そのマスクを連れの女性がじっと見つめていたそうだ。意を決したように男性にこう尋ねた。「そのマスクを着けているとなにかポイントがもらえるんですか」−▼伝わるだろうか。提携したお店で商品を購入するともらえる「Tポイント」のカード。女性は国旗をそのマークと勘違いしたらしい。確かに色使いが似ている▼創作だろうと友人を問い詰めるも本当だという。最近の若い人はテレビもあまり見ないと聞くからそういうこともあるか。いや、もしかして。別の想像をする▼女性は国旗であることを知っていたのではないか。現地の状況に人一倍、胸を痛めているのかもしれない。「なにかポイントがもらえるんですか」。国旗のマスクを着けただけではウクライナを助けるポイントはもらえない。そういう皮肉ではなかったか▼プーチン大統領が軍事行動をやり遂げると表明した。国際社会はウクライナのためになにができるか。もう一度知恵を出し合いたい。


今日の筆洗

2022年04月13日 | Weblog
暖かい日が続いている。昼間ならTシャツ一枚でも大丈夫そうな陽気となった▼散歩に出れば、サクラの花はとうに散ってしまったが、今度はハナミズキが満開近い。不思議なにおいを放つヒメリンゴの白い花もそろそろ見ごろだろう。「春のうらら」。そんな季節である▼一年間を七十二に分けた七十二候でいえば、今は「田鼠(でんそ)化して鶉(うずら)となる」(十日から十四日)。田鼠はモグラで、鶉はウズラに似た鳥だそうだ。うららかな陽気につい誘われ、地中のモグラもウズラになってしまう。もちろん、そんなことはないが、それほどのびのびとした気分の良い季節ということなのだろう▼モグラがウズラに変身する話にカエルが人間の目を借りていく言い伝えを思い出す。「蛙(かわず)の目借時(めかりどき)」。諸説あるが、この時分、カエルが人の目を借りていってしまうので、人は眠くなるのだそうだ。晩春の季語で、とかく眠くなりがちな陽気や気分を表している▼<蛙になど貸せぬ眼を瞠(みは)るなり>野路斉子。歳時記にあった句にどきっとする。穏やかな陽気なれどウクライナを思えばうたた寝は許されまい▼ロシア軍は首都キーウ攻略をあきらめたようでもあるが、戦力を東部に集中させている。過去にシリアで無差別攻撃を指揮した冷酷な人物が総司令官に任命されたのも気になる。カエルに目を貸さず国際社会はロシアの動きを見張り続けたい。
 

 


今日の筆洗

2022年04月12日 | Weblog

大リーグに突如現れた無名の投手が「魔球」を武器に大活躍し、ついにはチームをワールドシリーズ優勝へと導く。米映画の『春の珍事』(一九四九年)を思い出している▼この投手、実は化学の大学教授で実験中に奇妙な液体を発見する。これを塗ったボールはなぜか木製品を避けて通る。つまりバットには当たらない。空振りした強打者のきょとんとした顔がおかしかった▼二十歳の右腕が日曜日にやってのけた快挙に古い映画が浮かんだが、こっちは紛れもなく、現実である。ロッテの佐々木朗希投手。対オリックス戦で、完全試合を成し遂げた。完全試合は二十八年ぶり。すごいとしか言いようがない▼最年少での完全試合達成。十三打者連続奪三振は日本新記録。一試合十九奪三振は日本タイ。記録の山も百六十キロを超える速球と落差の大きなフォークボールを見れば、納得か。「令和の怪物」の愛称でも物足らず、長い球史の中でも「最高の怪物」と呼びたくなる▼岩手県陸前高田市出身。九歳のときに東日本大震災の津波で父親と祖父母を失った。中学や高校では故障もあった。悲しみや不運を乗り越えて野球に取り組んだ投手の球に、野球の神様がこっそり不思議な細工をしてくれた気がしてならぬ▼二度、完全試合をした投手はいない。球場で見たかったが、あの投手ならまた機会があるはずだ。春の珍事ではなく。


今日の筆洗

2022年04月11日 | Weblog
巨大な国があった。その国を治める大統領は他国を征服したがっていた。自分の国の暮らしは最高なので征服された方が他国に住む人のためになる。そう考えた▼次々と侵略し、残るは一国。小さく、軍隊もない国である。攻め入るとなぜか歓迎してくれる。人々は兵に料理をふるまい、土地の歌や昔話も聞かせてくれる▼こうして侵略は終わったが、やがて、巨大な国には小さな国の料理のにおいが漂うようになる。小さな国の服も流行する。ある夜、大統領の子がなにか歌ってとねだった。大統領が歌ったのは小さな国の歌だった▼原題は『THE CONQUERORS』(征服者たち)。「征服」したのは、小さな国の人々だったのだろう。日本語訳の題名も良い。『せかいでいちばんつよい国』。作者の英絵本作家のデビッド・マッキーさんが亡くなった。八十七歳▼ロングセラー『ぞうのエルマー』(一九六八年)の方が有名か。鮮やかな九色のゾウ。エルマーは他のゾウとの違いに悩むが、同じでなくてもかまわないし、その方が楽しいと気づく。自分の国と同じになればみなが幸せと勘違いした大統領もそうだが、作品が子どもや大人に伝えていたのは多様性を認め合う穏やかな心であろう▼考えてみれば、絵本の大統領にも少しは良いところがある。小さな国の文化を憎み、根絶やしにするようなまねはしなかった。
 

 


今日の筆洗

2022年04月09日 | Weblog

大学生らへの奨学金事業を担う日本学生支援機構の前身、大日本育英会は戦時中の一九四三年につくられた。当時、大蔵官僚として制度設計に関わったのが大平正芳氏。後の首相である。自伝「私の履歴書」によると、制度作りでは返済不要の給付とするか、貸与とするかで難航した▼大平氏は国がやる以上は給付が筋と考え、対象人数を絞れば可能と試算。給付を柱とする案を作ったが、政府内で抵抗され、貸与制度に改めた。対象学生を増やすことが優先された結果という▼大平氏も属した自民党の派閥・宏池会で育った岸田文雄首相。先日の会議で、学生が就職後に一定の年収に達した段階で返済する「出世払い方式」の奨学金創設を検討するよう指示した▼奨学金は今も貸与が多い。安定した収入の職に就けず、返済に苦しむ人も。昔は大学生は少数でエリート色も強かった。返済の苦労は、あまり想定されていなかったかもしれない▼当初、論理と数字で給付制度を唱えた大平氏を翻意させたのは大蔵省の上司。貧しい家に生まれ、養子に出て学を修めた人が切々と訴えたという。「姓を変えるのはつらい。同じような境遇で進学を断念せざるを得ない人も多かろう。理は理としても、できるだけ多くの青年に恩恵を」▼人を動かすのは、血の通った言葉。新たな奨学金にこだわるのなら、いずれ首相からも聞きたいものだ。


今日の筆洗

2022年04月07日 | Weblog

十九世紀末のパリには、東ヨーロッパから踊り子の一座がよくやって来て、ムーラン・ルージュやフォリー・ベルジェールなど有名なキャバレーやホールでダンスを披露していたそうだ▼バレエの踊り子をよく描いた印象派のフランス人画家ドガも見慣れない異国のダンスに魅了され、絵筆を執ったのだろう。一八九九年ごろの作という「ロシアの踊り子たち」▼題名をめぐる誤解を修正したい。そう訴える人びとの切実な願いに応えたかったのだろう。ロンドンのナショナル・ギャラリーは収蔵する「ロシアの踊り子たち」の題名を「ウクライナの踊り子たち」に変更すると発表した。有名画家の歴史ある作品の題名を変えるとは大きな決断である▼制作当時、ウクライナの一部地域はロシア帝国の支配下にあり、混同しやすかったか。だが、変更の根拠は絵の中にある。描かれた踊り子の民族衣装やウクライナを象徴する青と黄色のリボンを見れば、ロシアというより「ウクライナの」の方がやはり筋が通っている▼何よりもロシアがウクライナで野蛮な侵攻を続ける今、その踊り子が「ロシアの」と呼ばれることがウクライナの人々には耐えられなかったに違いない▼もう一度、絵を見る。草原だろうか。少女が足を上げ、踊る。爆撃、虐殺、がれきの街−。その「題名」も変え、ダンスし、ほほ笑む穏やかな街を取り戻したい。