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今日の筆洗

2022年04月06日 | Weblog

古典落語に登場する江戸の職人はだいたいが腕に自信と誇りを持った頑固者だろう。客がこしらえに注文などすれば「あっしにまかしてもらいましょう。なんか言っちゃいけないよ」▼その人は「職人にはなるな。技術者になれ」と教えられたそうだ。運動具メーカーのミズノで十五歳から引退するまでの六十年間、野球グラブ作りに携わったグラブ名人の坪田信義さんが亡くなった。八十九歳▼王貞治、イチロー、ピート・ローズ、松井秀喜…。坪田さんのグラブを使った日米の大選手の名を挙げれば切りがない。試合でエラーをした選手が「坪田さんのグラブを使いながら申し訳ない」と謝ったという伝説も残る▼頑固で気位の高い職人ではなく、目指した技術者とは「選手が言ったことを忠実に再現する」人。その道は険しかっただろう。選手とどんなグラブが欲しいのかを徹底的に話し合い、試作し、また話し合う。選手が気に入らなければ、何度も何度も作り直す▼選手のちょっとした言葉や守備中のしぐさからもグラブの好みを探り、ひとつひとつ魂を込めて作り上げる。イチロー選手のグラブを作るときは、その名プレー写真を目の前に貼っていたという▼選手にひどく叱られた若き日もあったそうだ。悔しかったが、落ち込まず、どうすべきかを考えた。名人の姿勢がこの春、入社の悩める若者たちにも伝わればよい。


今日の筆洗

2022年04月05日 | Weblog
高校生のときに使っていた英単語集に、ある英単語の覚え方が書いてあった。語呂合わせで日本語の「まさか」と覚えなさいとあった。英単語は【MASSACRE】=虐殺だった▼現地の映像に衝撃を受ける。冷たい路上に複数の遺体が点々と放置されている。まさか、こんな非道なことが行われていたとは。キーウ近郊のブチャ。人口約四万の街はロシア軍に約一カ月占拠された。ロシア軍は撤収したが、その後には。虐殺された多数の民間人の遺体が残されていた▼手を縛られ、後頭部を撃たれた遺体も見つかっている。拷問を受けた痕跡もあったと伝わる▼青いコートにカジュアルなズボンを身に着けた男性の遺体が横たわっている。日本なら花見にでも行くような格好をした普通の人。ロシア軍によって殺されたのはそういう人びとである▼ロシアの侵攻が起こる前、二十一世紀の世界はかつてに比べれば暴力から縁遠くなったように見えた。どこかの俳優がコメディアンをたたけば世界的なニュースになるほど暴力は日常から消えたと思い込んでいた。それはひどい思い違いで、ひとたび戦争という特殊な状況になれば人間はおぞましい暴力をふるう。普段ならまさかと思える残虐な行為に手を染める▼【CRUEL】=残虐な。これは日本語の「狂える」と覚えた。人間を残虐さに狂わせる侵攻を止めたい。一刻も早く。
 

 


今日の筆洗

2022年04月04日 | Weblog

ラグビーでボールを敵陣内へと運ぶトライはこの競技で最も興奮する場面だ。不思議な話だが、十九世紀のルールではトライは無得点だったそうだ▼トライ後のゴールキックを決めてやっと得点となる。ゴールキックを試みる権利を得るからトライ(試み、挑戦)というのだろう▼ゴールキックに挑戦させてもらえないとしたら十九世紀のルールを持ち出さずとも選手のくやしさは分かる。全国高校選抜ラグビー大会の決勝戦。コロナ禍が邪魔をした。東福岡は出場辞退を求められ、決勝戦は中止となった。一回戦で対戦した高校に新型コロナの陽性者が出たためで、この結果、報徳学園が不戦勝で優勝となった。大会側の慎重な判断も分かる。東福岡に陽性者はいないが、濃厚接触者ではあろう。難しいところだ▼ラグビーには「ルールよりゲーム」という考え方があるそうだ。すべての反則を厳格に取り締まるようなことはせず、展開を見て、大きな問題がなければ、ある程度は目をつぶる▼助け舟を出した、リーグワンの埼玉パナソニックワイルドナイツにもそんな気持ちがあったのかもしれない。両校に会場を提供し、練習試合の形ながら「決勝戦」をお膳立てしたという▼試合は東福岡が勝利。本当の勝者は挑戦したいという両校の願いと、それをかなえてあげたいというラグビーの強い絆か。ゴールキックは逸(そ)れなかった。


今日の筆洗

2022年04月02日 | Weblog
第二次大戦で当時のソ連は、不可侵条約を破って攻めてきたナチス・ドイツを退けた。ロシアは「大祖国戦争」と呼び、国を守った戦いを誇るが、序盤は劣勢。スターリンの独裁が響いた面がある▼ドイツの侵攻近しと伝えるスパイ情報も多数あったが、独裁者は「あるはずがない」と相手にせず、警戒を怠った。多くの党員、官僚、軍人らが粛清されており、トップの先入観が国の方針になった。大木毅氏の著書「独ソ戦」(岩波書店)に教わった▼ウクライナに侵攻するロシアのプーチン体制にも、独裁の弊害がみられると米国が指摘している▼米情報機関の分析のようだが、側近らはプーチン大統領を恐れ、戦況などについて真実を伝えていないという。今回の侵攻も一部の側近と決め、蚊帳の外だった幹部もいるとの報道も。皇帝とも呼ばれる指導者は情勢を正確に把握しているのだろうか▼戦争に勝ったスターリンは死後に圧政を批判されたが、プーチン時代には博物館に胸像ができるなど復権が進んだ。ヒトラーの野望を砕いた歴史こそが国民を糾合し、強いロシアの礎になると政権は考えているようだ▼ウクライナ侵攻でロシアが、対独戦勝記念日の五月九日までに「勝利宣言」するとの観測もあるが、そんな簡単にいくだろうか。大祖国戦争と違って侵攻を始めたのはロシアで、祖国防衛に燃えるのは相手の方である。
 

 


今日の筆洗

2022年04月01日 | Weblog
かつて担当した役所の敷地には、職員が「内示桜」と呼ぶソメイヨシノがあった▼周辺の桜より早咲きで、四月の定期異動の内示がある三月下旬に見ごろになるのが由来と聞いた。栄転が決まった人も、不本意な行き先を告げられた人も、花を眺めながら思いをめぐらせた。担当課によると、台風で損傷して十数年前に撤去され、後継のソメイヨシノが植えられたという▼きょうは四月一日。新人の職員のみならず、異動に伴い新たな職場に出勤する人もいる▼アート引越センターのシンクタンクの調査によると、法人の転勤は過去二年、コロナ禍で抑制されたが、今春の転勤需要は前年より高いとみられている。企業がコロナ対応に慣れ、異動規模も回復傾向とか。特別な思いで桜を眺める勤め人は一年前より増えたかもしれない▼桜は高地より低地で早く咲くものだが、お天気博士の倉嶋厚さんは、沖縄の桜の名所で昔、周辺の山の高い所ほど開花が進んでいるのを見たと著書に書いている。春の花は暖かいほど早く咲くが、その前に一定の寒さを経ないと休眠していた芽が目覚めず、花は咲かない。沖縄は暖かさが十分なため、寒さを早く経験する高地から順に花をつけたという▼つらい寒さを経てこそ花も咲くという教え。かの内示桜の後継は、先代と違って早咲きではないという。人も桜も、花咲く時期はそれぞれである。