そういえば先日,アリババ関連サイトの文字コードを調べていた時に,ちょうどGB云々というものが何であるのかを知った.
GBとは国家標準(Guo jia Biao zhun)の略.
いかにも社会主義国的な雰囲気を感じさせる.
文字コードのケースでは,GBは簡体字を指すものに相当する.
経験からB5は繁体字だということがわかった.
しかし,B5とはいったい???
調べてみると,繁体字の文字コード策定に関わったのが台湾メーカー5社だったとのこと.
それで"Big 5"か...日本人の感覚ではありえないなぁ.
いろんなところからお国柄を知ることができるものだ.
比較文化というのは面白いものだ.
ところでスパムにはGB2312の文字コードが使われることが多いので,日本でもそれを含むメールのメッセージをスパムフィルタで排除するという人も少なくない.
実に荒っぽいことだと思うが,北米の多くのISPが".jp"のドメインを自動的にスパムとして排除した動きに似ていて興味深い.
グローバル化が進む一方で,それを受け入れられないorそれが必要ない人達は,外界を排除する動きも大きな勢力になっている.
身近なことのように思えるが,考えてみるとこれが世界中で起こっている.
宗教,制度,イデオロギーなどがまさにそれに当たる.
グローバル経済に入り込めなかった日本の携帯電話なんて,ほとんど宗教になっているようにも思える.
あらゆる分野を超えて,大小を問わずに同じ形が存在する.
不気味とも言えるが,美しいとも言える.
科学者なら経験則でこの事象からフラクタルを連想するかもしれない.
この世が純粋に実部だけではないことに,多くの人は気づいているのではないだろうかと思う.
人が求めている答が複素平面上に存在するのであれば,純粋に虚部だけの解のひとつを「神」と呼ぶ人がいても,尊重してあげて別に良いんじゃないかなぁ.
お金だけ崇拝するってのは実際に存在する世の中だし.
なんだか純粋に怪しいことを書いている気がするが,そう考えると相似性と多様性を同時に考えやすいように思う.
人間でも話でも,「次元」の高い・低いを軽々しく言うが,次元をひとつ上げるだけでもえげつないパラダイムシフトが必要なわけで,方向やスピードの速い・遅いを大げさに扱うことは,それ自体が問題になりかねないor虚しいことなのかもしれない.
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