【築地の歴史】そもそも築地って?江戸時代から始まる築地とは
「築地から豊洲に市場が移転したけど、そもそも築地っていつ始まったんですか?江戸時代?築地の歴史に興味があるので、築地の歴史がわかる場所も教えて下さい。」
③築地の歴史がわかる場所は?
築地の始まりは、江戸時代前期に「西本願寺別院」が建てられたことが始まります。
「西本願寺別院」は今の築地本願寺ですね。
写真は1847(弘化4年)年に歌川広重により描かれた西本願寺別院『東都名所 築地御門跡』です。
出典元:京橋図書館蔵
江戸幕府から公認されたのが西本願寺別院です。その他、58の寺が集まり当時は寺町を形成していました。
1657(明暦3)年に発生した「明暦の大火」で、↑の絵の本願寺の本堂が焼失しましたが、1679(延宝7)年に再建されました。
1923(大正12)年の関東大震災で再び、本願寺は焼失しました。その後の東京復興計画によって、本願寺周辺にあった小寺が郊外に移転しました。
その跡地にできたのが、今の「築地場外市場」です。
1934(昭和9)年に再建されたのが、現在の築地本願寺です。今でも築地の象徴として、多くの方々が参拝に訪れています。
どなたでも自由に入れるため、観光地としても人気が高いです。
明治時代に入ると、築地は貿易のための海外の方たちの居留地として、↓の絵のように賑わっていました。
お寺、海外用の居留地、そして市場と人との交流が絶えずできていた場所が築地でした。
③東京復興計画によって周辺の小寺が移転。その跡地に「築地場外市場」が誕生
※参考出典元:三井住友トラスト不動産「東京都東京湾岸」
出典元:京橋図書館蔵
絵の左側が新島原遊廓、右側が海外の方たちの築地居留地、そして右上の洋館が「築地ホテル館」です。
この築地ホテル館が日本で最初の洋風ホテルですね。
こちらが当時のホテルの写真です。
出典元:国立国会図書館蔵
築地居留地の開設にあたり、イギリス公使から幕府へ外国人用ホテルの建設の要請がありました。これを受けて幕府の軍事教練所だった「海軍所」の跡地に建設されたものです。
築地ホテル館の部屋数は102室ありましたが、1872(明治5)年の「銀座大火」で焼失してしまいました。
現在のホテルの跡地は、築地市場の立体駐車場跡地となっています。
③1872(明治5)年に焼失、現在は築地市場立体駐車場跡地になっている
※住所: 〒104-0045 東京都中央区築地6丁目20−6
築地共栄会にある「築地よりみち館」です。ここで築地の歴史を見ることができます♪
この建物の2階に築地よりみち館があります。どなたでも無料で入れます。
江戸時代、明治時代の築地の様子を写真や錦絵でご覧になれます。
空いているので、ゆっくりとご覧になれます。築地のおすすめの観光スポットです♪
建物の1階には、食料品フロアになっています。海鮮、海苔、お茶、肉、漬物、お惣菜など築地ならではの食品を買えます。
タコ焼き、スイーツ、お茶などちょっとした軽食もできます♪
店舗所在地:
〒104-0045
東京都中央区築地4丁目7−5築地共栄会ビル2階
電話:03-3541-6521
営業時間:8:30~15:00
休業日:日曜・祝日・市場休市日・12/28~1/4
利用料金:無料
最寄り駅:営団地下鉄日比谷線 築地駅徒歩3分
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