50のひとり言~「りぷる」から~

言葉の刺激が欲しい方へ。亡き父が書きためた「りぷる」(さざ波)を中心に公開します。きっと日常とは違った世界へ。

その灯を仰ぎ、目を閉じて・・・

2015-01-11 17:48:59 | 小説
その灯を仰ぎ、目を閉じて、英次の脳裏には・・・・・・白い画布を見る。突然画布は真っ赤だ、意識が三次元に揺れ戻るような気分で見るうち、赤青白の車を描いた。鮮やかなまま、ずんずん去って行って、叫ぶように、「ありがとう!」・・・・・・
とその時夕陽が目を射したので、はっとして、英次は目が覚めた時に、バスは英次の停留所を放送しているのだった。夢を見たのは幾年ぶりだろう、と英次はふと思っていた。しかしその夢は再び戻らず、永遠に記憶の壁に閉ざされてしまうだろう。バスの出口で雄吉が運転手に二言、三言何かいっている声を、はっきりとレトロスペクションと呟きながら耳にしていたものだからである。そしてその時に浮き出た懐かしさは束の間に果てていたもので、
「英次」
と呼ぶ雄吉の声に、「はい」とばかりに大きく応えているのだった。付き添いの人のどうのと聞き慣れた運転手の小声が流れ、
「どうか、今しばらくのご勘弁を。すみません。すみません」
と雄吉はいった。リュックを提げる英次をバスの外から迎えていた。運転手を労働の邪魔で無理もないと雄吉は思い、無表情の英次を空の頭で受け取るようにして待っていた。そしてわが子の恙ない肉体をひたすら、喜ぶことに専念したいと英次の足もとに目を配る。

(つづく)

身軽になった感じで走る・・・

2015-01-10 22:58:44 | 小説
身軽になった感じで走るバスの中、頭が騒ぐ英次は、
「三色すみれだろう。噴水だろう。公園だろう。日の丸の旗と車・・・それから皆うっとりと見つめてくれた」
ふっと記憶力が切れ、いつもの強い頭痛を避けていれたのだ。暮れなずむ街路を軽快に走るバスのように、英次は快い気分に浸るばかりになる。その切れ切れの記憶が絵画の紙面に墨汁をいきなり塗ったように消えて後、座席にもたれてバスの動揺にあわせて、体が楽しく揺れていた。仕事から帰るんだと思い、英次は誇らしく胸を反らしたくなるくらいなのである。乗客の目があれば実感的に、赤いネクタイの弛みが仕事を精いっぱい努めてきた男の、証しと見たものに違いなかった。抜け殻の頭を問われずにその労働に羨望や嫉妬が向けられて、サラリーマンは帰路にあったはずだから。夜毎にある薬を服用してから眠りにつく英次であり、バスの中でも眠気を覚えた例がないのに、眠たくなるのである。
心地よい疲労に委ねながら、とろとろとなる英次で、幾年ぶりだろうその英次は。雄吉と妙子の願い続ける英次だが、車窓の街なみに少しづつ薄墨を撒く、バスの明かりは明るく、座席のまどろむ人を祝うように照らしている。

(つづく)

その間中、いすくむ英次を・・・

2015-01-09 21:55:10 | 小説
その間中、いすくむ英次を小沢久との間には変容なく、遠縁関係の関係の外はもとのありさまに戻っていた。小沢久は頑健らしい体を通路に突っ立て、素知らぬ顔をきめこむ。先程の路線妨害のことを考えるので、時刻表を熟知する男が車上から名を転がす風景が浮かんだりしていた。妻子がいる身が、大きな事故となれば大変だったのだから。頭痛がほとんどおさまる英次。バスは二度三度、そして六度七度停止、発進と進行して、小沢久が姿を消していなかった。通路が実際拍子抜けのような空間に、子供の日にある一種退廃な雰囲気かも知れないものを感じさせて、最後部席に移ってきている小沢久には英次が気がかりでしょうがない。切ると叫んだ声が彼の良心に引っかかって容易に離れないのだ。それをずっと忘れられないなら、弱ったなと車窓の日ざしを横ざまに受けながら、つくづく悩ましくなる。次で降りて、「一杯やってこうかい」
八度目の停留所である。英次の横手を数人の男と女と子供が通り抜けて行き、英次は停留所横の鉢花を車窓に見つけて
「おうちの花が咲いている」
衰微の色を染めた三色の花片群。小沢久がよぎるが、たちどころに軒端を行く人影、商店の明かり、果物群、看板、電器店の商品群などなどと英次の眼前に飛び去って行った。そうして英次は記憶力の回復を今ほど、兆候のうちに知った例がなかった。

(つづく)

「大丈夫、ええ、小沢、・・・

2015-01-08 20:03:06 | 小説
「大丈夫、ええ、小沢、大丈夫か。許せ。先日は悪かったよ。小沢」
小沢久が覆いかぶさった。
「事故かと思った」
と後部座席から向こうの席に渡り、四五十歳の女の声が高く響いて、
「道が悪いの、歩いて見ればよくわかるんだから。最近ですよ、少しはよくなったのは」
「いいえ。少しじゃありません。随分キレイになっています」
「じゃさっきのは何なのよ。ほらまた、穴ぼこ」
「置き石なんですよ」
「石ですって」
「私も、まさかバスの路線妨害なんて妙に思いましたがね、本当なんです」
「すぐに犯人が捕まえられません?」
「それは・・・あ、降ろしてくださあい」
バスは止まり動き出すと同時に、再び停止、話中だった二人の女は太い腕に子供を引き連れて降りた。

(つづく)

「英次さんを忘れて・・・

2015-01-07 20:41:52 | 小説
「英次さんを忘れていたわね」
「同窓会のこと?」
「どうしましょうか。案内状は一応、お送りします」
「ご両親は・・・」
「そうね。気の毒ね。かわいそうね」
「切る?」・・・・・・

バスが音立てて揺れ、子供の日に家族連れの客が大勢いる中に子供の悲鳴を聞き、
「切る!」
と英次はまるで啓示のような叫びを発したのだ。ふりあげる顔一面を傾ぐ窓の街路樹の緑が塗った。続いて雄吉の独言が、「現代人とは形態を破る人間でなければならんのだ。英次」それは父が英次のためにいった啓発のための独言、と連続して浮かんだ後、ひどい頭痛をこらえてリュックを怯えたように握り締める。がしかし英次には何かの時によくあることだ。・・・・・・

(つづく)