ひと筆めぐり 【新発見・再発見・摩訶不思議・唯一無二】への楽しみ…

地域に息づく歴史のひと幕にふれ、…遥かなる往時に思いを馳せる

宝篋印塔【隅飾角軸有段搭】 園部町若森

2020-01-27 | 石仏
宝篋印塔【隅飾角軸有段搭】 園部町若森
若森の中央に本梅川が流れ、昭和15年に河川改修され、右側は山手、左側に新田(耕作地)が造成された。今回は山手側の石造物を訪ねた。
基礎・搭身・屋蓋(おくがい)・相輪の四部よりなり、屋蓋を上・下段形に造り、軒の四隅に馬耳状の隅飾と呼ぶ突起を立てる。この様な石塔を「宝篋印塔」と云う。
この種の塔は鎌倉中期(1284)ころより供養塔として始まり、この時代の後期頃が宝篋印塔の黄金時代を形成している。注目は隅飾りの装飾文の有無、基礎に格狭間が入るか否か、塔身に月輪や梵字(種子)を配置しているかを見る。宝篋印塔は宝塔と並び、中世の搭中で最も形式や手法が複雑である。故高価な石塔と云える。中世の地方史研究上、注目すべき宝篋印塔である。
若森の宝篋印塔は二段の小石垣積、周りには石造物の破損残欠が寄せ集められ、その中央に「宝篋印塔」が建っている。この塔は閃緑岩(花崗岩製)で造られ、相輪の伏鉢・請花と九輪の7.8.9輪目が欠失しているが、残っている各輪形は克明に造っている。屋蓋の隅飾は二弧輪郭なのか一弧輪郭なのか…?長年の風雨天災等による剥離が大きく一弧輪郭となっている。
塔身には輪郭・月輪を造らず直接金剛界四仏の「阿閦(あしゅく)東」「宝生(ほうじょう)南」「阿弥陀(あみだ)西」「不空(ふくう)北」を配置、種子(梵字)は端正な刷毛書きで、光の当たり具合で浮き上がり解読可。基礎には反花を付けていないのが大きな特徴である。生駒市往生院墓地の正元元年の宝筐印塔によく似た造りである総高は四尺五寸(135cm)塔として造られ多と思われます。過去幾度ともなく自然搭壊・災害搭壊等に合っている。そのつど壊れ又組立られ管理されています。各部の摩耗損傷で判断できる。各部に古い形態の様式をみる。無銘塔なので正確な時代は推測域となるが…鎌倉後期~室町前期頃に造られたものか…。


<宝篋印 四尺五寸塔(135cm)>

<塔身に梵字、阿閦(東)・宝生(南)・阿弥陀(西)・不空(北)>

<屋蓋(おくがい)、相輪の上部欠失>


最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。